あるセミナーで、日本の神話には中空構造たるものがあるということを知った。

 

それは、河合隼雄の「中空構造日本の深層」という著書に説明されている。

 

そこでは、下記観点が記載されている。

 

①日本神話の中でも重要な局面で出現している三つの神。その中心となる神が無為となり

その後、神話の中でほとんど姿を見せなくなる。

 

②たとえば、アマテラス、ツクヨミ、スサノオといった三つの神が生まれたときに、月の神であるツクヨミが出現しなくなり、アマテラスとスサノオを中心に話しが展開していく。

 

③②の例は、他にも二つほど例があり、いずれも神話の中では重要な局面。

 

④そして、三つの神の一番重要と思われる神が不在となり、中心が空に見える。

 

⑤残りの二つの神で話が進むわけだが、見方によっては、どちらかが中心に座り、もう一人の神と対立構造を作る。

 

⑥その対立は、善悪の対立ではなく、男性原理と女性原理という対極で位置づけられ、一時的にどちらかが優位になりつつ、もう一つの原理がカウンターバランスをとっている。

 

⑦いうならば、真ん中が空の球体の周りに、神が巡回しているような形。それは、外的進入を許しやすいが、いつの間にかまたそれが周辺化され、中心を支える構造となる。

 

といったことが述べられている。

 

これは、日本のおける政治や企業のリーダーのあり方に大きく影響する要素と考える。



これ、奈良国立博物館の新館入り口の看板。



誰が書いたと思います?



なんと、聖武天皇が書いた様々な文章から該当する字を集めて作ったそうです。



正直、歴史を学んでいて、登場する人や事実って本当に実在したんだろうかって



なんとなく頭の片隅で信じられていないところがあって、まして、1000年以上前のこと



なんて、ちょっと疑わしいと思ったりしてたけど、あらためてこの字を見たときに



感性レベルで歴史がつながったような気がした。



非常に生真面目な実直な方だったんだろうなと、奈良時代に思いを馳せる。







最近、人事の世界で、人間力という言葉をよく聴く。



企業は、リーダーにこの人間力を求めているようで、それを強化するプログラムを我々には求めてくる。



でも、この人間力を定義化のは難しい。ただ私なりの考えはある。



人間力というのは、その人の活き方の持論。ある意味その人の内面の宗教みたいなもの



この持論が経験に基づいており、その持論に基づく行動が、社会における貢献になり得る



かどうかがポイントだと思う。そのプロセスがしっかりしていることで、周囲からの信望が



生まれる。リーダーや経営幹部にとって有効なものとなっていくのだろう。



では、その人生の持論をどう作るか。



目の前にある、本質的な課題から逃げずに立ち向かっていくことが重要だと思う。



そこで自分をさらけ出し、修羅場を潜り抜けていくことで、自分なりの人生訓が出てくる。



簡単に言っているが難しいこと。



そして、この修羅場から得られた自分に対する洞察が、より健全な方向への力になることが



重要だと思う。辛い経験によって、人を信用できなくなったり、法律を犯すような行動に



つながるケースもある。それは、決して人間力とはいえない。



その経験によって、自分は社会の一員としてどのように貢献していくかが、より深い



レベルで理解していくことが必要になるのだと思う。



自分の将来目標が定まると、どうしても人に言いたくなる。

 

それを言って、良い意味でプレッシャーを受けながらそれに向かっていく人もいる。

 

特に、企業で働く文脈だとそれが活きるケースも多い。

 

ただ、自分の中の個人目標の場合は、どうか。

 

これは性格によるかもしれない。外向的な人は、外界への関心が強いので

 

一度外部に言ったことについて、コミットメントする意欲が強くなるのでは。

 

”あの人に一度言ってるしな”という感覚があるのでは。

 

私は、内向的なのだが、圧倒的に言わない方がいいと思っている。内向的な人は。

 

それを言うことで、うつうつと自分で抱えてた悩みや課題が晴れるような気がして、

 

言ったことで、少し熱が落ち着いてしまうことがある。

 

振り返ると、公言した目標って、私の場合、失敗するケースが多い。

 

逆に言わなかったケースは、成功することが多かった。

 

内的なパワーを溜め込んでいる感じ。目標を立てるプロセスでの悩みをポジティブな

 

熱に変換して、それに向けて自分で乗り越えようとする。

 

一人で登山をしているような感覚。

 

まずは、自分の過去の成功事例を振り返り、自分の性格と合わせて分析し、

 

目標の公言について、よりよいやり方を選択してみるのが良いのだろう。

 

 

自分自身とはどういう人間か、多くが社会生活で外面的に取り繕っている自分が

 

自分自身と認識している。そして、周囲からもその特性と捉えられ評価されるので

 

さらにその認識が深まって、それが殻となって固定的な性格となってしまう。

 

でも、人間はもっと多様的で、様々な自分を内面に無意識に抱えている。

 

それは、ユングも言っていることで、その様々な自分を認知し、対話してあげることが

 

その人の人物として豊かさ、広がりにつながっていくのである。

 

では、その多様な自分をどのうよう認知してあげるか

 

私は、SNSが非常に良いツールであると考える。

 

フェイスブックは、自分の本名を使うので基本的にアカウントも一つしか設けられない。

 

どちらかというと上記で説明した外面的な自分(ペルソナ)をベースに、

 

様々な情報発信を行う。

 

ツイッターやインスタグラムは、一人がいくつかアカウントを自由に持ちやすい。

 

そして、匿名でやれる。

 

私は、そのツールを使って、いくつかのアカウントを持って、それぞれ人格化し

 

情報発信するというのは、自分自身の内面を統合する意味で非常に有効だと思う。

 

普段は、あまり外には出したくない自分に、ニックネームをつけて、アカウントを持ち

 

いろんな写真をアップして外部の人と対話する。

 

SNSをそんな目的で有効利用していくこともいいのではと思う。