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小学生のキャンプスタッフ日記~その1

お久しぶりです。


7月25日~30日まで、
5泊6日で小学生のキャンプのスタッフとして
群馬に行ってきましたニコニコ


気仙沼のプレイパークに行ったことに端を発し、

いろんなご縁のおかげで

このキャンプに参加することができましたキラキラ


キャンプの詳細などは伏せますが、
参加していたのは小学生1~6年生が32人、しかも1年生10人と平均年齢低め。
それと大人が5人。


私以外は小学生もスタッフも顔見知りで、

私だけが“部外者”ってことになります。


泊まったのは、まぁ…山の中富士山

テントを張って、自炊して。


一応東屋みたいなのがあって、食事とかはそこでするし、電気もあるけど
テントだから携帯充電するコンセントなんかあるはずもなく。


しかも“生憎の天気”なんて生易しいもんじゃなく、
5泊6日中5夜連続雨雨

大雨警報、雷・洪水注意報出っ放し雷


その中でテント生活…って、風邪ひきますよ、そりゃ。


子どもたちもこう天気悪いとメンタルくるからねー…
4日目の夜は、「ママに会いたい~」って、小学1年生の男の子が泣きついてきました笑


だけどそこは元気な子どもたち。
強いのなんのって。


3日目の夜11時くらいに、泊まっているすぐ近くに落雷ショック!あせる
大人は寝る前だったからテントの中で話していて、
あまりの音の大きさに衝撃。


その後、子どもらが泣いてたり怖がってるんじゃないかとテントを見に行ったら…
全員爆睡ぐぅぐぅ


翌朝子どもたちに聞いたら、
誰一人知らん…

なんと強者!?!?
子どもの眠りって、すごいのね(苦笑)


さてさて、ずいぶん長くなってきたので、第1弾はこの辺で。

to be continue...

陸前高田の『一番かわいそうな階段』

どうも、お久しぶりです。

昨日たまたまテレビをつけたら、陸前高田の津波の特集をしていました。

ほぼ1か月前、私は陸前高田に行きました。
その時、テレビ取材の人が3~4人と女性1人がいるのが車から見えました。

その日はちょうど雨。


昨日の映像に登場したのは傘をさした女性が1人。

…おそらくあの日に取材されたものじゃないか?

不思議な偶然にちょっと驚きました。


ニュースによると、その女性は避難所になっていた公民館に行ったけれど、
津波はそこまで押し寄せてきた。

公民館の横の山に通じる(と思われた)階段を必死に登った。

けれど、その階段はてっぺんで途切れ、
その先に道はなかった…

夢中で道なき道を木を伝いながら、
後ろを振り向く間もなく登った。

階段を上る途中で流された人、
山を登る体力のないお年寄り、

避難所であるはずの公民館に避難したのに…

夫と息子は行方不明のまま。

無念を隠せない、
やり場のない想い。

そんな内容でした。
TVでた蔵


その階段がこの写真の右側に写っている階段。

natsuhoのブログ


あの時、何気なく撮った写真。

そこで何が起こっていたかも知らずに…


3月11日は、
それぞれの場所で
それぞれの出来事があって
それぞれの想いが生まれた。

全部を知ることは出来ないけれど、
昨日また1つ、番組を見て“知る”ことができた。

poco a poco-東京からの復興支援- 報告その2

こんばんは。

気仙沼に行った報告の続きをしようと思っていたのですが、
10日のイベントで読まれたブログの紹介に切り替えましたリサイクル


poco a poco は、福宮あやの さんが主催をされていて、
私もこのアメブロからお声掛けを頂きましたキラキラ


当日読まれたブログを、あやのさんのブログ から引用させていただきますひらめき電球
それぞれへのコメントも少しずつ付記しますが、
コメントについては
あくまで私の主観ですので悪しからず…。


~第一部 被災者の声~
…実際に被災をされた方のブログ


『東日本大震災』 @愛という言葉へ繋ごう
http://ameblo.jp/ic-ic-ic/entry-10834164241.html

3月18日に書かれたブログ。
当日の凄まじさがひしひしと伝わってきます。
正直、鳥肌が立ちました。
でも、そんな中でも
『日本、立ち上がれ!』
と言える強さ。
私たちも頑張らなくては、と思いました。


『3.14の記録~出産のとき~/希望の光』 美椿 ニッキ☆
http://ameblo.jp/430924/entry-10877903858.html
http://ameblo.jp/430924/entry-10892198335.html

3月14日に出産された方のブログ。
『あの震災を乗り越え生まれてきてくれた命をみていると
みんなの希望の光になるために生まれてきたかったのでは、とも思えてくる。

たくさんの命が空にいくなか、おりてきた私の息子。
どうか、子供達も気仙沼を愛せるように復活させたい。』

これを聞いた時、思わず涙が出てきました。


『1ヶ月の変化』 ☆くうみ一家の毎日☆
http://ameblo.jp/kumi7788/entry-10858877084.html

明るいご家族みんなで震災を乗り越えていらっしゃるんだな、と感じました。
『想いを形にしようとするのは難しい。
でも、想いは必ず形になってる。』

そう。
一歩ずつ、一歩ずつ、
目に見えないくらいかもしれないけど、
いろんな人の想いが形になって、復興に繋がっているはず…


『学校再開』 かつらナース
http://ameblo.jp/l-ko/entry-10871957441.html

震災後に学校が再開した時の事を綴ったブログ。
電話もメールも通じにくい中、
顔を合わせるまではどんなに不安だったのでしょう…
こんな時だからこそ、
“学校”というコミュニティを改めて強く感じたりします。
そして、友達・先生の存在も。

地震によって気付かされたことってたくさんありますよね…


『5月15日(日)の帰省』 たむら家
http://ameblo.jp/70taka/entry-10905574630.html

気仙沼のご実家(?)に帰られた時のブログ。
自宅が被災され、その家にもう一度住もうとされている方のお家の片付けは
まだまだ人手が必要なのでしょう…。

瓦礫撤去のスピードを見ていると
“復興”への希望が少しだけ強まります。
もちろん、瓦礫撤去後の“復興”も必要ですが、
ひとつの指標、というか、目安としても捉えられますよね。



~第二部 ボランティア経験者の声~
…現地ボランティアに参加した方のブログ

『ボランティアに参加して』 HIRO'S REPORT
http://ameblo.jp/mt-hiro/entry-10890006939.html

オン・ザ・ロードで瓦礫撤去をされた方のブログ。
かなりの重労働だったのではないかと推察します。
それでも、明るく
『さあ、みんな!ボランティアに行こうやないか!』
と投げかけられるのは、
この方の持ち前の明るさなのかな、と
ちょっと尊敬。


『コーヒーアミーゴス in岩手』 SSCM活動ブログ
http://ameblo.jp/sophia-sscm/entry-10890039735.html

コーヒーの無料提供をボランティアで行った方のブログ。
『亡くなられた方も行方不明の方も含め、
彼ら一人ひとりに名前があり、愛する家族があるはずです。
あたたかい生活がそこにはあるんです。

私の一生を通しても出会うことは無かった人かもしれないけれど、
亡くなられた方も、そこで生きている方も、
彼らは一人の人間なんですよね。

数字にマヒしてはいけないんだと、
それが表わすのは人の命なのだと、現地に入って強く感じました。』

この文章に、強く共感しました。
数字にマヒしてはいけない。
まさにその通りだと思います。


『不謹慎ですいません。自己満ボランティアのススメ その3』 ライター・カメラマン・エディター高橋直行の    ほっこりヒューマンガス通信
http://ameblo.jp/malaytakahashi/entry-10896139373.html

南三陸で瓦礫撤去のボランティアをされた方のブログ。
被災地も、場所によっては草が生え、花が咲き、自然を感じられるようになっています。
花が瓦礫の間から顔を出したりしていますが。

日本人って、
家族の絆って、
やっぱり強かったんだ。失われてなかったんだ。
地震によって気付いたけど、これからも大切にしていきたい。


『元の生活に戻れるありがたさ』
http://ameblo.jp/hotsuna/entry-10897099671.html

私のブログです。
『震災を忘れる人が1人増えるごとに、復興のスピードは下がる』
だから、忘れないでほしいんです。

被災地のこと、
日本のこと、
家族のこと、
自分の大切な人のこと、
人と人の絆…



それぞれについて書いていたら長くなってしまいましたあせる

ぜひ、それぞれの記事だけではなくて
その前後も読んでいただけたら、
私の個人的な感想以上のものが得られると思いますメモ



この震災を通じて、いろいろな方と繋がり、
いろんな意見交換をし、
自分にとってとても大切な経験が出来ています。

改めて、
poco a poco関係者のみなさま、
ご来場くださったみなさま、
ブログを読んでくださっているみなさまに
お礼申し上げますクローバー

ボランティア記録その2~はじめに

6月25日から7月2日まで、気仙沼でボランティア活動をしてきました。

現地から帰ってきて既に1週間が経っていますが、
一緒に行った子のまとめブログがすごく分かりやすくまとまっていたり、
いろいろな方がこのブログを見てくださっているのが分かってちょっと気後れしたりで、
文章化するのが遅れていました。

でも、
このブログを読んでくださっている方に伝えるために、
自分自身のアウトプットのために、
ちょっとずつ書いていきたいと思います。

いつもどおり稚拙な文章になると思いますが、
お付き合いください…



さて、
今回参加したのも、前回と同じYouth for 3.11のプログラムです。

活動概要は以下の通り、
今後、1日ずつの報告をまとめていけたらな、と思っています(^-^)/


活動期間
 6月25日~7月2日(7日間)
  25日朝 東京発、夜 宮城着
  26日~ 活動開始
 2日活動終了後 夜 宮城発
 3日早朝 東京着

活動場所
 宮城県気仙沼市にある、日本冒険遊び場協会 が運営するプレイパーク(通称あそびーばー)

参加経緯と活動外情報(登録団体、移動手段、宿泊所、食事等)
 Youth for 3.11経由で現地へ。
 他団体が準備してくれたバスで移動

 宿泊所は気仙沼市内のプレハブのボランティア基地。
 食事は自炊ですが、食費等は団体が工面してくれました。

活動内容
 子どもと遊ぶ。
 子どもがいない時間は、場の整備など。

poco a poco…少しずつ。

poco a poco

少しずつ
という意味のイタリア語。

音楽用語にありますね。

ピアノ弾いてるときはこの記号が出てきて
「クレッシェンド・ディミヌエンド・リタルダンドでいーじゃん」
と子どもの私は思ったりしていました。

でも、それらの決まった記号が示す意味より、
もっともっと少しずつ、
分からないくらいかもしれないけどちょっとずつ、
そんな意味を持っているんだと認識しています。


今回の震災に関しては、その爪跡が広く・深く残っています。

もちろん、一気に全てを復旧させられたら最高ですが、
人間の力じゃそれは不可能。

だからこそ、今回のイベントのテーマ
poco a poco
が意味を持ってくるんだと思います。

1人の人間が、
ほんのちょっとだけ東北のことを想う。
お小遣いから少しだけ募金する
1回で良いから、チャリティイベントに行ってみる。

そんな些細なことの積み重ねが
いつかきっと、復興の一助になる。

逆に、その小さな積み重ねを怠れば、
いつかきっと、復興がストップする。

それだけは防がなきゃいけない。
この震災を忘れちゃいけない。

そう思うからこそ、
ちょっとずつ、ちょっとずつ
小さな支援、小さな心遣いをしていくことに
意味があるんだと思う。


今日は…
寝る前の数分間、
東北のことを想ってみては?