いじめ根絶に関わる
規制が出来ないのなら
規制が出来ないのなら
強制力あるルール、罰則を
新たに新設することを
前提として真剣に
議論するべきだが
その時期が
来る気配は
未だない。
一部で
いじめが肯定されることで
実は利益になり
日々誰かが犠牲になる
現実。
真実を、隠し
間違いを、肯定し
事件を、演出する
悪質さもある。
演出という名の
演出という名の
ヤラセや創作を織り交ぜて、言葉巧みに構成し、他人を煽り、謂れのないイメージ低下を目的とした「嫌がらせ」「いじめ」を一方的に見せるビジネスモデルは、今後も続いていくのだろうか。
真実よりも「デマ」
本物よりも「ウソ」
事実よりも「ガセ」
真実よりも「デマ」
本物よりも「ウソ」
事実よりも「ガセ」
の方が、
人の興味を引き
人の気持ちを
高揚させ
拡散させてしまう。
学校、職場でも
世間の話題となり、
真実味のない無意味な
感情論だけが
都合良く飛び交う。
声を上げなければ
信憑性だけが増し
いつの間にか
既成事実のように扱われ
記憶されていく。
いじめられた被害者が
正当に声を上げれば、「ファイティングポーズだ」と揶揄し、被害者の声、真実をブロックし、封じ込めようと画策する者も現れる。
いじめ、違法行為を
なぜか擁護する人々。
ターゲットを見つけ
次の餌食が登場するまで
「いじり」倒す
「良心・善意」
は不要との表れか。
これが
いじめの
ビジネスモデル。
★新学期の君へ★