john and benjamin and david
最近こんな人が僕にメッセージを送ってくる
こんなメッセージを
このとき僕はカリフォルニアにいた
そして、不思議と驚かなかった
起きるべくして起きたと思った
「道端でブッダを見たら、ブッダを殺せ!」
「地上に神がいたら、神を殺せ!」
眠り、生、結晶
ぼくが眠りを起こさないでくださいと言うとき
それは生をまっとうさせてくださいという意味
あまたに偏在する宇宙法則にも似た
この日常という瞬間
せめても
美しさが更に美しくなって
美の結晶が更に結晶化して
その中に永遠に閉じ込められてしまい
どうしても脱け出せない
終身刑の囚人となりますように!
そのときあなたは
ぼくを見舞いに来てくれますか?
ぼくの目は見えなくなって
ただ見えるものと言ったら
光だけ
一元化したものは存在しないも同然
それなのにただ美の対極にだけ、偏っている
神の愛に献身する修道僧のように
至福の目で宙空を見つめ
瞬きもしない
そこに見ているのは天上の光
盲いているも同然
だから
ぼくが眠りを起こさないでくださいと言うとき
それは生をまっとうさせてくださいという意味
境界
なにが正常でなにが異常なのか?
異常な人は、自分がおかしいことに気づかないって本当だった
それにしても、人間って不思議だ
幸せっていったい何だろう?
健康って何だろう?
精神の健康
喜び
神ってなんだろう?
宇宙飛行士ってとっても優秀のはず
精神分裂病の人はなれない
でもいったいなにが優秀なのだろうか?
頭脳だろうか?
どんな状況でも対処できる精神だろうか?
どんな状況でもパニックを起こさない精神
それって正常のリアリティー
でも宇宙で神を見た人もいる
それってやっぱり越えているんだと思う
一方で、精神病の人も、かなりそれに近いものがあるような気がする
なにか別のリアリティーを感じている
自分で五感をコントロールできないように
その別のリアリティーを感じてしまうことをコントロールできない
自分は正常だと思っている
なにか神秘家にとっても近くて、非なるものを感じる
その境界っていったいなんなのだろう?
ニーチェが往ってしまった境界
その境ってなんなのだろう?
それって
一日でも早く
こんばんわ。
僕の声が小さい理由がわかった。
しゃべるのに疲れているから。
誰も聞いてくれない。
だったらしゃべらない方がいい。
誰も聞いてくれないのに、しゃべらなければならないとしたら、
声帯を浪費しているだけ。
だから、はじめからしゃべりたくない。
はやく、旅に出たい。
お願い。
足蹴にされて、
いることもない。
いなくなったらどれほど困るか知っている。
知らないのは、私以外のすべての人。
自分のために自分の時間を使う。
それって、1時間もない。
それって、息ができない。
だから、旅に出たくなる。
トルストイは、死にそうになってはじめて、
独り旅に出た。
駅で独り死んでいるのを発見された。
死を予感した時、
独りで旅に出た。
僕も同じ心境。
死ぬなら独りで死にたい。
だれにも看取られずに死にたい。
トルストイの心境がよくわかる。
それって、ぜんぜんロマンティックじゃない。
でも、人生なんて、ロマンじゃない。
必要最低限のことができればいい。
喰って、着て、住んで、寝る。
それが規則正しくできればそれでいい。
それができなくなっているのは、
不要な情報、雑音が多すぎるから。
不要な商品、不要なインフォメーション、不要なエネルギーの浪費。
それらに振り回されて、基本的なことができなくなっているから。
お盆
お盆か。
当然のことながら、混んでるときに出かけたくはない。
クーラーの部屋に籠っている方がいい。
籠ってれば、みんなどこかへ行って
東京は少しばかり静かになる。
終戦記念日には、黙とうを捧げるとき、もっとも静かになる。
静かなことはいいことだ。
高速道路を無料化しても、遠出したいとは思わない。
だって、どこ行ってもだいたい同じ。
アスファルトで固められた狭い道路の上に
車が並んでいる。
排気ガスと騒音の隙間を
人間が歩いている。
それって、田舎に行っても同じ。
だから、どこにも行きたくなくなる。
”自然”なんてどこにもない。
コヨーテや狼に喰われてしまうような森。
地図にもグーグルマップにも乗ってない道。
そんな獣道を歩いて、森のざわめきだけを聞く。
いつもお昼に、100円マックシェークを買って行くマックの地下、
混んでてなかなか座れないのに
今日はガラガラに空いていた。
お盆のせいだろう。
いつも食べる汚いラーメン屋
おじいさんがやっている。
暑いのにクーラーもない。
客はいつもほとんどいない。
狭くて(カウンターしかない)、
汚い(壁が油で真っ黒になっている)、けど、
気に入っている。
おじいさんが一生懸命作っているのと、
安いのと、
けっこう美味いからだ。
そこで、つけそばと半マーボ丼を食べて
マックに行き、ストロベリーシェークを飲んだ。
いつもだいたい同じ。
少しは思い出した
ありがとう!
今日も終わる。
一日、忙しかった。
昼は太陽が照っていて暑い。
夜は太陽が沈んで暗い。
少しは思い出したかな。
まだ文章も書けなかった頃のことを。
言葉もうまくしゃべれなかったはずなのに
自分では不自由を感じたことはなかった。
いつも何を考えていたのだろう。
好きな子のこと。
片想いで、いつも想っていた。
幸せって、なかなか掴めないけど
あこがれていた。
楽しいこと
ぼくが若かった頃、
一人で狭いアパートで暮らしていて、
それでも、絵を描いたり、音楽を聞いているだけで、
楽しかった。
エネルギーが湧き上がってきて、
独りでも満ち足りていた。
ところが最近、
感動なんてなくなってしまったと思っていた。
やることなすこと全ては決まっていて、
その結果は予想できる。
義務で行動すべきことが決まっている。
エネルギーが湧き上がって来るような
楽しいこともなくなってしまった。
そう感じていた。
でも、あるメッセージを貰ってからは
ぼくはとっても嬉しくて
楽しくて
若返った気分だ。
明日も、難しい交渉がある。
人間を相手にしていると、本当に難しい。
闘いだ。
自分自身との戦い。
だから、もう寝よう。
8月8日
西風さん、ありがとう。
僕は神様に愛されています。
そうです。
神と対話しなくても、愛されているのです。
よくお分かりになりましたね。
プラハに行ってみたくなりました。
芸術の街という感じがします。
いいですね。
それからインド。
いつかまた行ってみたいと思います。
歳をとってから行くので、
だれか彼女と一緒に・・・というわけにはいきませんが
一人旅よりも、ソウル・メイトと一緒にインドを旅したい気分です。
今日は、高校のときの同級生と
都会の真ん中のビルの屋上でバーベキューしました。
飲みすぎて、今(2時)帰ってきました。
香ばしい煙を天に昇らせたせいか
天気予報でも言ってなかった雨が降ってきました。
僕が雨乞いをしているのだと、天が勘違いをしたのでしょう。
ぼくは昔、レイン・メーカーでした。
おかげで、帰りは傘をさして、自転車をこがなければなりませんでした。
天使の西風さん。
おやすみなさい。
今日から明日に
今日と昨日の間にある時空の捻じれについて
真剣に空想してみたが
朝までに結論が出なかった。
太陽がオレンジと紫色に変化して
その光線の捻じれに
昨日と今日の境界があることが分かったが
閉じ込められた魔法の呪文は
思い出せなかった。
夜明けの光は
ビルとビルの間から射してきて
解放してくれることを約束していた。
本当に?
自由ってあるのだろうか?
ぼくは約束を素直に信じられないから
まだここにいる。
置いてけぼりになっても
疑い深く
思案している。
どうやったら
今日から明日に行けるのだろうかと。
ナイーブ
もう一度、なんて
言わない
あなたは詩人じゃないから
その意味を知らない
ぼくは
あなたが
もう一度
あのときのように
ぼくを愛してくれることを
夢見ている
だってあのときは
なにも見えなかったじゃないか
恋以外なにも
それがだんだん慣れてきて
周りが見えるようになって
醒めてしまった
冷めてしまった
熱も下がって
恋もおしまい
それってリアルだから?
それとも何かを失くしてしまったから?
流れる川は変化し続ける
永続するものなど存在しない
だから
ぼくは
永続することを信じる
だからもう一度
どんなに年月が経ったとしても
変わらないものがあると信じている
ぼくは詩人だから
ナイーブだから