美術の起源について考える。
「美術の起源」について考えてみたいと思います。「美術の起源」を考える場合、結局、「人類の歴史」について考えることを避けては通れないと思います。何故なら、美術というものを生み出したのは人間であり、この世のあらゆる生き物の中で、唯一人間だけが美術に関わることができる生き物だからです。たとえ鳥たちが、清らかで透き通るような鳴き声でさえずり、たとえ野に咲く花々が、眩いほどの色彩を放つとしても、その美しさは、それら自身がつくり出したものではなく、創造主である神さまが生み出されたものです。鳥や花は、只々本能に任せて生きることに専念しているだけです。また、近未来において人工知能が発達し、ヒューマノイドと呼ばれる人間を模したロボットが登場し、それらが活躍する世の中になったとしても、「美術の本質」を知ることができるのは人間しかできないと思います。もし仮に、ヒューマノイドが美術的活動をするとしても、彼らヒューマノイドがやれる事は、表面的なパフォーマンスにしかすぎず、予めプログラミングされたことを坦々と実行するだけです。人間以外の生き物や、ヒューマノイドに共通して言えることは、人間のような「美」を感じ取り、「美」を味わうことのできる霊魂を持ち合わせていないことです。唯一、人間だけが、そのような霊魂を持っていると言えましょう。人間だからこそ、自らの意志で、「美」を感じ取り、「美」に心を寄せることができるのです。言い方を変えれば、「美を感じることができるのは、人間であることの証である」ということです。そこで、ここからは、人類の歴史について考えてみたいと思います。人類の起源は、数万年前にアフリカで誕生した「ホモ・サピエンス」だと世間一般では言われています。古代のサル(現在のサルとは別種)からホモ・サピエンスへと進化していったという説が、いわゆる「ダーウィンの進化論」です。しかし最近、その「ダーウィンの進化論」に異を唱える人たちが現れてきました。【RAPT理論より】人類の歴史も嘘だらけで、数万年前から人間は恐竜と共存し高度な科学文明を築いていた。【RAPT理論より】人類の歴史も嘘だらけで、数万年前から人間は恐竜と共存し高度な科学文明を築いていた。以下の記事をもとにお話しさせていただきました。 ケムトレイルも天皇家一族のボロ儲けの種。この世の陰謀論は、天皇家一族の悪事を隠すための情報撹乱である。 https://rapt-neo.com/?p=41770 世界の支配層たちが古代から高度な科学技術を密かに独占してきたという幾つもの証拠。 https://ra...https://www.youtube.com/watch?v=AHPZnwWeqAM「数万年前から人間は恐竜と共存し、高度な科学文明を築いていた」という衝撃的な内容ですが、もし、これが事実とすれば、現在遺っている、あらゆる古代遺跡に対する見方も変わってきます。例えば、ラスコー洞窟壁画(フランス)やアルタミラ洞窟壁画(スペイン)について考えてみましょう。いずれも旧石器時代に描かれたもので、数万年前のものと言われています。従来の考え方ですと、当時の人達は狩猟生活をしていたことが前提となり、赤土や木炭からつくられた顔料で、豊穣への祈りを込めてウマやウシ、シカなどを描いたとされています。しかし、これが全くの嘘で、数万年前から人間は恐竜と共存し、高度な科学文明を築いていたとなると、これら洞窟壁画の見方が変わってきます。もし仮に、狩猟生活をする程度の文明であれば、電気による照明技術は無かったということになります。特に、洞窟みたいな暗がりで絵を描くことは、相当な苦労があったと予想されます。ところが実際は、当時から電気が使えるような高度な文明があったとなれば、話は変わります。ひょっとしたら当時の人は、電気による照明を洞窟の中に持ち込み、カメラで撮った写真を見ながら描いたかもしれないのです!さらに想像するに、ひょっとしたら当時、現代のように芸術家と呼ばれるような人がおり、何らかの動機で、洞窟内の壁面に描くことが流行していたのかもしれません。いずれにせよ、どんな動機で、わざわざ洞窟の壁面を選んだのかは謎ですが、私は、次のような妄想を抱いております。◯まず、ラスコーやアルタミラのような洞窟は、何らかの宗教的な儀式が行われる場であったのではないか?◯何故、洞窟のような場所を選んだかと言えば、多くの人にあまり知られたくない、ある秘密の儀式が執り行われていたからではないか?◯そして、当時から「生け贄を神に捧げる」という風習があり、その生け贄となるものが、ウマやウシ、シカであったのではないか?◯それら、生きたウマやウシ、シカを生け贄にするだけでは充分でないと思った当時の人たちは、さらに、神に捧げるための絵を壁面に描いた。◯それによって、神と人間がより強固に疎通することができた。さらに、ここで漢字の由来と結びつけて考えてみたいと思います。例えば、犠牲の「犠」は、「牛」+「羊」+「手」+「戈」が合わさっています。ここから読み取れることは、「牛」や「羊」などの動物を生け贄にして神に捧げることが犠牲の「犠」の由来だということです。そして以前、このブログで取り上げた通り、美術の「美」も「神に大切な羊を捧げる」という意味が込められており、「全人類のために命を捧げたイエスさまの愛」と繋がってきます。したがって、「美」とは「神さまの愛」であり、「美術」は「神さまの愛と繋がる術」と言うことができます。このように、太古の昔から科学文明が発達していたとしても、何時の世も人間は、「神さまと繋がること」を求めていたということが想像できます。そして、「神さまの愛と繋がる道(手段)」として、「美術」が生み出されたのではないでしょうか?(2020.6.14)