ここで「お盆」という風習について、補足しておきましょう。
前回は、「先祖信仰」は、死者に祈ることに繋がり、神さまが忌み嫌われることなのだというお話でした。仏教の卑怯で巧みなところは、「先祖信仰」を取り込んでいる点です。この「先祖=仏」という思想を取り込むことによって、釈迦や阿弥陀如来等に特別信仰がない者でも、「先祖信仰」という形にすり替えることによって、仏が身近な存在として受け入れ易くしているのです。しかしこの「先祖信仰」も所詮、偶像崇拝です!「先祖=死者」を拝むということになります。つまり、神さまと疎通するのではなく、死者と疎通することになります。聖書では、神さまと疎通しないことは、霊的に死んでいる者としてみなされます。ましてや、死者と疎通することは、神さまの心情を逆撫し、神さまを冒涜していることに他なりません。以上の文章をアップした後、仏教と先祖信仰との関わりについて気になる点があったので、調べてみたところ、以下の記事を見つけました。ここで「お盆」という風習について、補足しておきましょう。(ここから転載)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しかし、一方で「葬儀は仏教でし、僧侶にお経を上げてもらい、戒名を授かり、死んだら墓に入るのが常識」という感覚が根強くある。だがこの常識、一体どこまでがホンモノなのだろうか。なぜ、こんなことを言うかというと、そもそも仏教に「墓をたてる」という思想がない。「死んで戒名をつける」という考え方も存在しない。仏陀自身は、「僧侶が葬式に関わるべきではない」とまで言っている。こんなことを言うと、みんなから「ウソーッ」という声が返ってきそうだが、多くの仏教国で常識となっていることが、なぜ日本では「ウソーッ」と叫ばれるような状況になってしまったのか。(中略)ここでは「葬式が必要だ」とか「必要でない」とか、「墓がいる」とか「いらない」とか、そんな話をするつもりは全くありません。私たちが仏教で当たり前だと思っているもの、世間で常識だと思っているものに焦点を当て、本当にそれが仏教での常識なのかを考えてみたいと思うのです。(中略)このように、日本人が仏教だと思っているモノの中には、原始キリスト教の影響が色濃く残っていることが浮かび上がってきました。それは単に思想的な面にとどまるのでなく、行事や風習の中にこそハッキリと刻み込まれています。次に、我々が今まで仏教的だと思ってきた様々な行事や風習について見ていきたいと思います。①お盆と先祖供養仏教にはもともとお盆という風習はありません。お盆は盂蘭盆(ウラボン)の略ですが、これは「死者の霊魂」を意味するペルシャ系のソグド語「ウルバン(URVAN)」からきたというのです(仏教学者・岩本裕博士の説)。ソグド人には家に祖霊を迎え、供え物を共に楽しむという風習がありました。中国のお盆はこれを取り入れたモノだというのです。また景教徒にも、「じつは先祖の霊魂の慰安を祈る風習」があったと言います。ユダヤ人は昔から、死者の慰安のために祈る風習を持っていました。ラビ・トケイヤーにお聞きしたところ、今日でもユダヤ教においては、ユダヤ暦七月一五日の「仮庵の祭」のときをはじめ、年に数回、先祖の霊のために祈る特別なときがあるそうです(イズコル)。じつは中国には、ソグド人や景教徒がやって来るまで、死者のために祈る盛大な行事としてのお盆の風習は、ありませんでした。意外に思われるかもしれませんが、インド仏教にも中国仏教にも当初、お盆や、死者のための供養の行事はなかったのです。しかし、中国は祖先というものを大切にする所です。その中国において、景教徒たちは勢心に、神の憐れみに満ちた取り扱いが先祖の霊魂にあるように祈りました。そうやって先祖を大切にする景教徒たちの態度は、中国社会でたいへん歓迎されたのです。そのために景教は、非常な勢いで人々の間に広まりつつありました。一方、仏教は「先祖や親を大切にしない教え」として、儒教徒などから攻撃を受けていました。仏教は出家王義ですし、もともと、親を捨てないと救われないとする教えです。また先祖に執着心を持っていては修行できないとする考えですから、先祖や親への孝行を説く儒教の人たちから、さんざんに非難を受けていたのです。それで、仏教でも先祖や親を大切にする態度を見せる必要がありました。中国の仏教僧たちは、景教徒たちに対抗し、「彼らに負けないだけの死者を弔う行事を仏教でも持とう」、と計画しました。そうやって、景教徒が中国へやって来た七世紀頃から、中国や、また日本でも、お盆の風習が始まるようになったのです。ソグド人とインド人の混血として生まれ、長安の都で景教教会のすぐ近くに住んでいた密教僧・不空金剛(アモガ・ヴァジラ)はまた、西暦七六六年に、仏教徒らを集めて盛大な「死者のための供養祭」を行ないました。七月一五日のことです。これは道教の「中元」の日でもあったからです。彼らはこうして、様々な宗教概念を仏教的な概念に編成し直し、景教徒への対抗意識から、歴代の中国皇帝の慰霊のために祈りました。このようにして、中国における「お盆」の風習が、仏教行事として定着したのです。この風習は、さらに唐の時代の中国にわたった空海や最澄らを通して、日本にも輸入されました。日本でもこうして、今日見られるような「お盆」の風習が定着したのです。(『日本・ユダヤ封印の古代史2-仏教・景教編』)②戒名と洗礼名次に戒名について見てみましょう。佐伯好郎教授によれば、この風習についても、もとは景教のモノだというのです。確かに仏教には、もともと死者に戒名を付けるなどという習慣も教えもありません。本来の意味から言えば、戒名とは、教えに帰依したときに付けられる名前です。キリスト教の洗礼名と非常に似通っています。現に空海は、中国で密教に帰依したとき、灌頂(かんじょう)の儀式を受けています。この灌頂の儀式というのは、梅の木でつくった棒で人の頭に水滴を三度注ぐ儀式です。そして、この儀式の後、「遍照金剛(へんじょうこんごう)」という灌頂名を授かっているのです。キリスト教の「洗礼式」と「洗礼名」、それに密教の「灌頂式」と「灌頂名」、非常によく似通っています。これに反し、これに少しでも似たような慣習は仏教にはありません。しかも、灌頂ということ自体、密教以前にはなかったといいます。水滴を三度注ぐというのも、特に理由はなく、父・子・精霊の三位一体の名によって三度水をかける、キリスト教の「滴礼式の洗礼」をまねたモノだろうと佐伯教授は言うのです。そして戒名を書いた位牌。これについても佐伯教授は、本来景教のモノであると言います。景教徒は、死者を弔う際に、亡くなった日付と洗礼名を書いた二つ折りの位牌を用いたのです。同様にお墓をつくるという慣習も仏教にはなかったモノです。アジアにある多くの仏教国にはお墓をつくるという習慣がありません。なぜなら人は死ねば、また次の人生を生きるために生まれてくるのです。悟るまでこれを繰り返し続けると言います。死後の世界、死後の生活があって、そこに止まるわけではないのですから、墓も供養も必要ないというわけです。故人の思い出のために墓をつくるというのは、実は非常にキリスト教的な発想であり習慣であると言えるでしょう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(抜粋ここまで)なんと仏教は、もともとお盆という風習がなく、お墓を立てたり、戒名を付けるという習慣も教えもなかったらしいのです!ところが、ソグド人や景教徒が中国にやって来てから、その風習を取り入れるようになったとのこと。よって、「先祖信仰」なるものは、仏教由来ではなく、むしろソグド人が信仰するゾロアスター教や、景教(キリスト教ネストリウス派)と中国古来の儒教の風習から来たものだということになります。ただ、ここで引っかかるのは、原始キリスト教である景教が「先祖信仰」の風習を受け入れている点です。先に申しましたように、新約聖書や旧約聖書において「先祖信仰」は、死者に祈ることに繋がり、神さまが忌み嫌われることと結びつきます。それにも関わらず、何故、神さまを冒涜するような「先祖信仰」を景教が取り入れてしまっているかが疑問として残ります。ネストリウス派である景教がキリスト教主流派から異端視されていることと、何か関係しているのかもしれません。その辺りの事情を今後もう少し調べていきたいと思っています。いずれにせよ、今の日本で広まっている仏教のほとんどは、本来の仏陀の教えから離れ、むしろ景教や儒教の影響を色濃くして、「先祖信仰」を受け入れていることに変わりはありません。私たち一般庶民の信仰が、神さまの方へ向かわないようにするために、意図的に「先祖信仰」という固定観念を幼い頃から植え付け、その呪縛から逃れることができないようにしているという意味で、これを広めた人間は、かなりの策士だと思います。この「固定観念」という罠にまんまと引っかかることのないように、これからも彼らの手口を紐解いて行くことにしましょう。今日は、ここまで。(2020.8.16)