祈りの手紙61
前回は、「祈りの手紙60」を記しました。私は引き続き、このブログを通して福音を述べ伝えていきたいと考えています。聖霊の時代を迎えた今、私たちはこれまで以上に聖霊を受けやすくなってきていると、RAPTさんの「御言葉」で知りました。そして、聖霊を豊かに受けるには「祈り」と「賛美」が不可欠だということを教わりました。「祈り」と「賛美」によって神様と一体となり、聖霊に喜ばれるような生き方を追求する必要があるのです。では具体的に、どのような形で「祈り」と「賛美」を捧げたら良いのか?まず、「賛美」についてはネット上の動画を視聴し、お気に入りの讃美歌を繰り返し口ずさむのが一番の方法でしょう。中でも、絶対に外せないのはRAPTさんが作詞作曲された音楽です。○RAPT『愛される人』MUSIC VIDEO○RAPT『神はすぐ傍にいる』MUSIC VIDEO○RAPT『蛹から蝶へ』MUSIC VIDEO○RAPT『いのりのちからで』Music Video初めてRAPTさんの音楽を視聴した時は、既成の讃美歌とはあまりにも違っていたので、驚きを隠せませんでした。と同時に、「これぞ聖霊の時代に相応しい、新しい讃美歌だ!」と思いました。音楽のことは詳しくない私でも、その歌声とリズムがいつまでも私の心に深く刻まれていくのを感じたのです。それらの音楽に共通するのは、RAPTさんの清々しさと温か味のある心音であり、神霊でありながらも親しみやすいものに仕立ててある点です。私自身まだまだ、しっかりと歌いこなすレベルには至っておりませんが、さまざまな場面で楽しみながら、心を込めて賛美して歌っていきたいと思います。一方、「祈り」については、できるだけ自分の言葉で、神様と会話するような気持ちで祈っておりますが、中々長時間祈るということができません。朝の1時から4時30分までの祈りの時間に合わせて祈ろうとしますが、同じ言葉を何回も繰り返すだけで、仕舞いには祈りのネタがつき、何を祈ったら良いのか思いつかなくなってしまい、挙げ句の果ては睡魔に襲われて眠りこけてしまうのです。やはりここは、「御言葉」の力を借りるしかありません。朝の祈り会で十二弟子の皆さんが祈っておられるように、私も「御言葉」を授かった直後に感謝の意を込めて祈るという取り組みを試みてみようと思いつきました。本来は言葉を発して祈るというのが一番良いとは思いますが、言葉をスムーズに発することが苦手な私は、言葉を文字に変換して祈るという方法を取りたいと思います。どの「御言葉」を受けての祈りなのかが分かるように、「御言葉」が発信された年月日と要約文を最初に掲げて、その後に祈りを捧げるという形で進めようと思います。題して「祈りの手紙」です。皆様も、どうぞ一緒にお祈りしてください。・・・・・・・・・・RAPT朝の祈り会(2026年9月3日)神様は私たち人間がどこまでも神霊になれるように霊界を清め、霊的な土台を作ってきてくださった。だから、私たち義人もより易しく信仰生活を守れるようになるし、この世の多くもより易しく御言葉を受け入れられるようになるだろう。祈りの手紙61聖なる神様、聖霊様、いつも豊かな「御言葉」を与えてくださっていることを心から感謝します。ありがとうございます。最近の「御言葉」の中で中心者は、「神霊な者に成りなさい」と宣布されています。神霊になって神様に似た者に成りなさいと仰います。では、どうすれば神霊に成れるのか?それは、「御言葉」に従うしかないでしょう。「御言葉」を学んで神様のお考えとご心情を悟り、常に神様を意識して生活しなければなりません。何をするにしても、まず神様を意識し、神様ならどうお考えになられるか、神様ならどのようなご心情になられるかということを常に意識することが第一歩です。神様は私たちのすぐそばにおられるという意識を常に自分の中に持って、御心に適う生き方を追求していかなければなりません。罪があるのであれば直ちに悔い改めて、霊魂を清めていかなければなりません。できるだけ神霊なものに近づき、逆に、俗なるものに対しては距離を置かなければなりません。世のものに執着してはいけません。世のものに執着して、サタンの餌食になってはいけません。執着するなら、神様に執着することが知恵なのです。神様に執着して、常に神霊な状態を保つのです。そうすることで自然と心が静寂に包まれ、喜びと希望が湧き上がってくるのです。人間の感情や欲望に振り回されることなく、冷静に物事を判断し、神様に守られているという安心感と感謝の気持ちに満たされて、平安で穏やかな生活を送るのです。今、世の中は様々な問題や災難に見舞われ、喧騒と混乱の中で、多くの人々は疲弊し切っています。不安・心配が絶えない日々を過ごしている人もいるでしょう。他人の意見や世の情報に振り回されて右往左往するばかりで、心の支えとなるものを見失ってしまっている人もいるでしょう。こういう時こそ、一本筋の通った軸となるものが必要です。いつまでも安定して回り続けるコマのように、私たちの中に真っ直ぐな軸を通す必要があるのです。コマは、軸が中心に通ってこそ自ずと安定感を保ち、静かな物腰で回り続けます。注意すべきことは、軸を中心から外れないように通すことです。軸が中心から外れると、それこそ、いつ倒れるかわからない安定感のないコマになってしまいます。私たち人間も、それと一緒です。私たちの中心に、真っ直ぐな軸を通すのです。その軸とは、言わずもがな神様に他なりません。神様に立ち返り、神様に祈り求めて中心となる軸を授かるのです。神様と一体となれるよう祈り求めて、神様の御力を獲得するのです。中心からブレることなく、真っ直ぐに「御言葉」の導きに従って生きるのです。そうすることで、変化の激しい世の荒波を乗り越えていくのです。「御言葉」の中で中心者は、自分の力だけを信じて生きるのではなく、神様に頼って生きる者になりなさいと仰います。人間の力だけでは限界がありますが、神様には限界がありません。神様に頼って生きる人は、限りなく神様から力と権能を授かることができるので、他の人にはできない業を次々と成し得るのです。RAPT有料記事1049(2026年9月5日)神に頼ることで、人は人間の次元を抜け出し、神の次元に到達することができる。そして、それはどんな人間でも可能だ。どうか神様、私たちに御力を与えてください。中心となる軸が与えられることが、私たちにとって最大の力となります。中心者が宣布してくださっている「御言葉」こそが、私たちにとって最大の恵みです。どうかこれからも、中心者を通して「御言葉」を授けてくださいますように。そして、多くの人々が「御言葉」を受け入れ、救われていきますように。私たちの上に神様の御力が強力に働き、神様の分身、中心者の分身となれますように。私たち兄弟姉妹が人間の次元から抜け出し、神様の次元に到達することができますように。自分の力を過信することなく、自分の弱さをすべて素直に認めて、その弱さをすべて克服し、人間の次元を抜け出して、神様の次元で生きる一人一人となれますように。神様から常に霊感・構想を受けて、この地で神様の働きを成す一人一人となれますように。どんなときも絶えず神様に頼り、祈り求めて生きる一人一人となれますように。「御言葉」で預言されている通り、悪人たちは裁かれて滅び去り、義人たちは霊肉の祝福が豊かに与えられ、多くの人々が救われていきますように。中心者RAPTさんの活動を妨害し、神様の御心を破壊しようとする悪人どもを、上から下まで徹底的に滅ぼし尽くしてくださいますように。世界中の人々が次々と神様から祝福されて万物を主管し、変化の激しい時代の波に乗って、喜びと希望の中で生きていく一人一人となれますことを心から祈ります。これら全てのことに感謝して、愛する主の御名によって祈ります。アーメン。(2026.9.9)