祈りの手紙53
前回は、「祈りの手紙52」を記しました。私は引き続き、このブログを通して福音を述べ伝えていきたいと考えています。聖霊の時代を迎えた今、私たちはこれまで以上に聖霊を受けやすくなってきていると、RAPTさんの「御言葉」で知りました。そして、聖霊を豊かに受けるには「祈り」と「賛美」が不可欠だということを教わりました。「祈り」と「賛美」によって神様と一体となり、聖霊に喜ばれるような生き方を追求する必要があるのです。では具体的に、どのような形で「祈り」と「賛美」を捧げたら良いのか?まず、「賛美」についてはネット上の動画を視聴し、お気に入りの讃美歌を繰り返し口ずさむのが一番の方法でしょう。中でも、絶対に外せないのはRAPTさんが作詞作曲された音楽です。○RAPT『愛される人』MUSIC VIDEO○RAPT『神はすぐ傍にいる』MUSIC VIDEO○RAPT『蛹から蝶へ』MUSIC VIDEO○RAPT『いのりのちからで』Music Video初めてRAPTさんの音楽を視聴した時は、既成の讃美歌とはあまりにも違っていたので、驚きを隠せませんでした。と同時に、「これぞ聖霊の時代に相応しい、新しい讃美歌だ!」と思いました。音楽のことは詳しくない私でも、その歌声とリズムがいつまでも私の心に深く刻まれていくのを感じたのです。それらの音楽に共通するのは、RAPTさんの清々しさと温か味のある心音であり、神霊でありながらも親しみやすいものに仕立ててある点です。私自身まだまだ、しっかりと歌いこなすレベルには至っておりませんが、さまざまな場面で楽しみながら、心を込めて賛美して歌っていきたいと思います。一方、「祈り」については、できるだけ自分の言葉で、神様と会話するような気持ちで祈っておりますが、中々長時間祈るということができません。朝の1時から4時30分までの祈りの時間に合わせて祈ろうとしますが、同じ言葉を何回も繰り返すだけで、仕舞いには祈りのネタがつき、何を祈ったら良いのか思いつかなくなってしまい、挙げ句の果ては睡魔に襲われて眠りこけてしまうのです。やはりここは、「御言葉」の力を借りるしかありません。朝の祈り会で十二弟子の皆さんが祈っておられるように、私も「御言葉」を授かった直後に感謝の意を込めて祈るという取り組みを試みてみようと思いつきました。本来は言葉を発して祈るというのが一番良いとは思いますが、言葉をスムーズに発することが苦手な私は、言葉を文字に変換して祈るという方法を取りたいと思います。どの「御言葉」を受けての祈りなのかが分かるように、「御言葉」が発信された年月日と要約文を最初に掲げて、その後に祈りを捧げるという形で進めようと思います。題して「祈りの手紙」です。皆様も、どうぞ一緒にお祈りしてください。・・・・・・・・・・RAPT朝の祈り会(2026年7月26日)サタンは神様の力をこの地に呼び寄せる者を見ると、自分の縄張りが侵されたと思って、直ちにその人を攻撃し、その人から信仰を剥奪しようとする。そんなときでも、私たちは絶えず強い信仰をもって祈り、サタンと戦って勝利し、サタンを滅ぼしていかなければならない。RAPT有料記事1038(2026年7月25日)罪を犯せば、バレてはいけないことが生じ、常に冷や冷やしながら生きなければならない。神様を愛して全ての罪をなくし、正々堂々と胸を張って生きられる生を生きなさい。祈りの手紙53聖なる神様、聖霊様、いつも豊かな「御言葉」を与えてくださっていることを心から感謝します。ありがとうございます。風邪をこじらせてから約4週間が経とうとしていますが、私の体調もようやく元の状態に戻りつつあります。サタンの攻撃に耐え忍び、神様を呼び求めて神様に立ち返ることによって、一つの山を越えることができたと感じています。神様・聖霊様の導きにより、サタンに勝利することができました。改めて強い信仰を持つことの大切さを身をもって感じることができました。しかし、ここで油断してはいけません。ここで気を緩めてしまうと、私の信仰を剥奪しようとまたサタンが入り込んで来る可能性がないとも限りません。いくらサタンが弱体化しているとは言え、私個人の力ではサタンの攻撃に打ち勝つことができません。常に神様を意識し、神様を呼び求めて、神様の御力を与えていただかなければ、サタンに勝利することはできないのです。神様は全てが可能だということを強く信じて神様に祈り求めれば、神様は必ず応えてくださいます。どうか神様、これからもサタンの攻撃に対抗できるように、神様の御力をお与えください。それによってサタンに勝利し、全ての悪がこの世から消え失せていくように働きかけてくださいますように。サタンとイルミナティの滅びは近いという力強い「御言葉」を中心者から授けていただきました。「御言葉」によって、希望と勇気が与えられました。私たち信仰者の祈りの力によって、サタンとイルミナティに最後の留めを刺さなければいけません。いよいよ、その時が来たのです。そして、私たち信仰者も覚悟してその時を迎え入れる必要があるのです。その時までに全ての罪を洗い流して、神様の基準にまで霊魂を成長させる必要があるのです。どうか神様、私たち一人一人が全ての罪を悔い改めて、実際に罪をなくしていく真の義人となれますように。神様を心から愛して生き、神様から祝福されるような真の義人となれますように。たとえ年老いた我が身であっても、ずっと純粋さを失わず、心の清さを保ちつづけられる真の義人となれますように。疚しい思いを一切する必要がなく、常に平安と喜びと希望に満ちて生きる真の義人となれますように。神様を愛して、罪から離れて生き、正々堂々と顔を上げて生きられる真の義人となれますように。イエス様のように、どんなに人々から侮辱されても、恥ずかしいとか惨めだとかいった思いが心に浮かぶことなく、最後まで正々堂々と生きる真の義人となれますように。常に神様から愛され、祝福に満たされ、常に正々堂々と胸を張って生きられる真の義人となれますように。どんな時も、「自分は神様に愛されている」と信じる強い信仰をもつ一人一人となれますように。自らの生き方を誇りに思い、人々にも自信をもって自分の人生を証することができる一人一人となれますように。天の基準に満ちるまで努力し、神様と同じ愛の心情で中心者のため、兄弟姉妹のため、人類のために祈ることができる一人一人となれますように。私たち一人一人がこれからも続けて全人類の祝福を心から祈り、豊かな恵みに満たされ、全ての闇に勝利し、祝福と栄光を掴む一年となりますことを心から祈ります。これら全てのことに感謝して、愛する主の御名によって祈ります。アーメン。(2026.7.28)