現代にも活きる日蓮大聖人の言葉と精神 -3ページ目

現代にも活きる日蓮大聖人の言葉と精神

現代社会は、科学の発達により利便性が向上しました。しかし、生活面の向上が精神面の向上に必ずしもつながっていないと思います。鎌倉時代の混乱期に、人々を絶対に幸福にしたいと願い行動した日蓮大聖人の言葉と精神を、平易な言葉で伝えていきます。

 

「後でね…」の行動が、後悔につながることもある…!

  自分が今ピンチに直面した場合に、ちょっと「手を貸して」とか「教えて」と言った時に、「いいよ」とか「OK」とかの返事をもらい、手助けやアドバイスをもらって、窮地を脱した時にはとても嬉しいものです。時と場合によっては、頼んだ相手の人が”神”に見えることさえあります。しかし、逆に「後でね」といわれた時には、「何でケチ」とか「人の気持ちも知らないで…」などと、相手には相手の事情があるとは分かりながらも、相手を恨めしく思えるようなこともあります。でもやはりドラえもんのポケットではないですけど、本当に困ったときに、咄嗟に必要なものや行為を受けられることは、有り難いですよね。2024年3月の「名字の言」にさだまさしさんのエピソードが載っていました。「今」の大切さがわかる記事だったので紹介いたします。……歌手のさだまさしさんがディナーショーを行た日のこと。会場のホテルにチェックインすると、声をかけられた。「頼みたいことがあるんだ。今、少し時間あるかい?」相手は漫画家の手塚治虫氏だった。 ▼さださんはリハーサルの直前 。「30分ほど後でよろしければ、時間はたくさんあります」と返したが、手塚氏との都合が合わない。やむなくその場で氏を見送った。ところが1カ月半後、さださんは後悔に襲われる。闘病中だった氏が世を去ったのだ  ▼「頼みたいこと」とは何だったのだろう。すぐに話を伺えばよかったーー。さださんは「この時以後、『後でね』を自分に禁じた」と、自戒の念をつづる(『さだの辞書』岩波文庫) ▼激しい法難の渦中にも、日蓮大聖人は門下との交流を最優先された。「病が治ったことを、きょう聞きました。これ以上うれしいことはありません」ー即座の対応に、日頃から門下の幸福を願う、深きご慈愛があふれている ▼私たちの周囲にも、今まさに苦境と戦う人がいる。その声に耳を傾け、共に一歩を踏み出すのは「今」をおいてほかにない。日々、縁する友の幸せを祈り、試練の時には真っ先に駆け付ける人でありたい(値)……以上です。手塚治虫さんは、自分の死期が近いことを知っていたのでしょうか。そして、自分の制作した映画に、さだまさしさんの曲を提供して欲しかったのでしょうか。今となっては、知る由もありません。30分ほど「後でね」の対応が、一生取り返しのつかない機会を逃してしまったのかもしれません。「今すぐOK」としていれば、手塚治虫とさだまさしさんとのコラボによる不朽の名作が、もしかすると完成されていたかもしれません。その30分のズレが、運命を変えてしまったのかもしれませんね。何事にも”時が大事”、そしてなかでも”今”が一番大事な瞬間ということですね。

 

過去も、現在も、未来も「今」の連続である…!


 過去・現在・未来へと続く時の流れは、悠久であり測り知れないほどの長さです。それこそ、算数や数学で習った一、十、百、千と進んでいくと兆(1012)、京(1016)という数字になります。更に進んでいくと、恒河沙(ごうがしゃ1052)、阿僧祇(あそぎ1056)、不可思議(ふかしぎ1060)、無量大数(むりょうたいすう1068)という、星の数か人間の細胞の数のような数えきれない途方もない数量になります。実は、これらは、仏教典に出てくる数字です。この無限大と思われるこの数字を、無量無辺といいます。そしてこれは、仏の智慧の表し、仏の寿命を表し、そしてなんと私たちの生命の長さをも表します。最近長寿社会になってきました。百歳を越える方は日本だけでも1万人は超えます。しかし高々現世は”百年”程度と思えるかもしれません。織田信長は「人生五十年…」という舞を、桶狭間の戦いの前に舞って出陣したというエピソードがあります。「人間五十年 化天(げてん)の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり」というものです。実は、この五十年は、当時の平均寿命と考えられることが多いです。しかし、実際には、ここで言う”五十年”はその意味とは違っているようです。化天(げてん)という世界は、一日が人間界の800年にあたり、8000年の寿命があると言われます。つまり化天の寿命は人間の世界でいうと約23億年ということになります。
「化天の長さに比べたら、吹けば飛ぶ夢幻のような儚いものである」と、信長はこの舞を舞いながら、人間の命の儚さ、人生の儚さをしみじみかみしめていたのではないでしょうか。「儚い人生、ぼやぼや生きている時間はない!」という思いが人並み外れた行動力を生み、天下統一に大きく前進し、驀進していったのだといえます。日本の平均寿命は八十数歳で世界でも有数の長寿国ですが、平均寿命がどれだけ延びたといってもせいぜい百年です。”三世の生命”を説く仏法から見れば、人生は”一瞬”です。でも、だからといって、その一瞬を”無駄に過ごす”ことはできないと教えています。なぜかならば、その生命は連続しているからです。

映画のひとコマと同じです。一コマ一コマは、写真のように一瞬を捉えた写真のようです。しかし、それを無数に繋げていくと、壮大なドラマが出来上がります。その一コマには、どれをとっても無駄はありません。しかも、人生は、映画のコマのように、人為的に編集はできないのです。できるとすれば、”自分だけ”です。自分のために、あの人のために、社会のために、将来のために等々、「今この瞬間を頑張ろう」「今やらねばいつやるの」「後悔先にたたず」「人の振り見て我が振り直せ」などの思いから、わが身を振り返り、奮い立たせることです。織田信長ではありませんが、「儚い人生、ぼやぼや生きている時間はない!」のです。確かに、自分に対して、自身を失い、腐ることもあるでしょう。しかし、「一瞬」を大事にすれば”転換”のチャンスは大いにあるのです。それを日蓮大聖人は、「受持即観心」といって、「南無妙法蓮華経を受けたもち唱える」ことによって、すべてが良い方向へ向かい、三世の生命を現世安穏・後生善処でわたることができる、つまり「宿命転換」できると教えられています。「後でね」とか「いつかやるよ」とか「必要になったらやるよ」という後ろ向きな行動には「奈落の落とし穴」が待っているのです。

 

結論:サッカーの記事を見ていたら、遠藤保仁さんの面白い言葉が出ていました。それは、「明日やろうは、馬鹿野郎」です。ワールドカップにも出場し、Jリーガーとしても偉大な結果と功績を残した遠藤選手。心技体を極めるために、普段の努力は大変なものだったと思います。一瞬でも気を抜けば、進歩が途絶え、後輩にも抜かれ、生き残ることはできなかったと思います。そのためには、「今」や「一瞬」の大事さを切に感じ取ったからこその、自分の気持ちが溢れ出て来た言葉だと思います。一方、仏法では、一瞬の生命に、永劫の過去と未来を内包した宇宙生命としての「妙法」が姿をあらわし、「瞬間」はそのまま「永遠」となるという考え方があります。つまり、「瞬間」のなかに「永遠」が立ちあらわれてくるということです。空間的にいえば、宇宙大に広がり、時間からすれば、未来永劫にわたるものであるといえます。仏法の言葉には、「一念三千」という言葉があります。人間の生命は、瞬間瞬間に状態が目まぐるしく変化します。その中で、私たちの生命は、善の方向にも悪の方向にも、また幸福にも不幸にも向かう、さまざまな可能性を持っています。苦悩の底に沈むこともあれば、欲望や本能に駆り立てられることもあります。人間らしく穏やかでいることもあれば、苦しんでいる他者に手を差し伸べることもあります。仏法は、さまざまな生命の可能性を探究し、そこに十界という十種の境涯が存在することを明らかにしました。これれを「十界の生命」といいます。この十界のうちで尊極の可能性を開いた最高の境涯を仏界といいます。日蓮大聖人は、生命と宇宙を貫く大法を「南無妙法蓮華経」の御本尊として顕し、題目を唱えることによって、あらゆる人々が事実として仏界を開いていく方途を確立しました。つまり、私たちの生き方は、過去に根ざしながらも、過去に生きるのではない。未来に想いを馳せるあまり、現在の瞬間をおろそかにするのでもない。未来に偉大な目標を定め、それに向かって決意し、未来を見つめながら、進んでいく方法を示してくれました。常に「今」「ここ」が大事な起点となり、誓願を起こすこと、それが未来の一切の勝利を開く因となることを教えてくれています。

     
     

 

 

「宗教は怖い」といいながら…⁉

  今年の4月12日の「名字の言」に、ある宗教社会学者の宗教感について書いてある記事を読みました。なるほどと思うところがありましたので、紹介いたします。……宗教社会学者の友人が「日本人は『宗教嫌いの迷信好き』の傾向が強いように思う」と語っていた。困ったときに願掛けをしたり、易や占いを信じたりする人は多いが、”生きる軸”として真剣に宗教を信奉する人は少ない、と ▼ 見回せば「科学的根拠のない怪しい商法や勧誘を信じてしまう人はたくさんいる」とも案じていた。確かに、「特殊な○○」とか「すぐに効果がでる△△」といった、うたい文句を鵜吞みにして、後悔する人が少なからずいる。 ▼1930年7月、インドの詩聖タゴールが、ドイツにある物理学者アインシュタインの私邸を訪れた。タゴールは対談した際、こんな趣旨の話をしている。”信仰で大切なのは現実世界から遊離・超越したそんざいなどではない”と(森本達夫訳『人間の宗教』第三文明社)▼真の宗教とは、現実を離れて、人間を離れた理論ではない。誰もが実践できる、生活に根差した”生きた哲学”であるーー 二人の対談を読み、その思いを強くした▼ 仏典に説かれる「仏」とは、「目覚めた人」の意味を持つ。迷信などに惑わされないことも一つの”目覚め”。そして、現実に幸福の価値を生み出す、仏法哲学と実践に目覚めた人々の連帯こそ、地域・社会の希望となる。(誠)……以上です。確かに、日本人は宗教アレルギーというものがあるかもしれませんね。一昔前には、オウム真理教なる宗教集団が、富士山山麓にあるサティアンという施設に、信者達が共同生活をし、修行と称して、ヨガや空中浮遊などをしている画像を見たことがあります。信者が大集団生活という段階で、現実社会から遊離していると想像されました。その上更に、自分たちの布教活動に合わない相手を”ポアする”として、暴力や薬物等で制裁を加えたり、拉致や殺害したりということもニュースで大きく取り上げられました。また、ある教団では、信者に多額の供養を要請したり、霊験があると称して物品を高額で販売したりというニュースも流れました。大なり小なり、こういうことが、マスコミに報道されると、「宗教は怖い」とか「宗教は嫌い」という声が出ることは当然だと思います。一方で、年末・年始には、自分の宗旨に全く関係なく、普段は行かない神社やお寺に初詣をしたりします。そして、そこでおみくじや絵馬を書いて祈願したりします。「宗教心がないといえばない、あるといえばある」、そんな中途半端な、また、あやふやでいい加減なとことが多々見受けられます。恐らく宗教心の深いキリスト教圏やイスラム教圏の人々から見れば、不思議な存在かもしれませんね。恐らくそこには、「宗教を観る正しい眼」「正邪を判断する客観的な基準」そして「宗教を現実の社会に役立てる手段」という、理論的な思考や実践がないからでしょう。そのために、行き当たりばったりに、占いを信じたり、易判断に頼ったりという短絡的ものに走るのだと思います。しかし、実はそこにこそ大きな「落とし穴」があるのです。


生活に根差した”生きた哲学”

  これらのことを踏まえて、”日蓮大聖人の仏法はどうであろうか…⁉”と顧みる必要があります。「人の振り見て我が振り直せ」ですね。批判することも、されることもよくあることです。そこで大事なことは、根拠・論拠を示して、相手を納得させるだけの力があるかです。日蓮大聖人は、「三三蔵祈雨事」という御書の中で、「日蓮、仏法をこころみるに 道理と証文とにはすぎず。また、道理・証文よりも現証にはすぎず」といわれています。この御文の、道理とは理証のことであり、証文とは文証のことです。このように常に「文証・理証・現証」と大事にしました。そしてなにより、この御文に明らかなように、大聖人が、一番重視されたのが現証です。それは、本来、現実の生活の中で苦悩する人間を救うために仏法があるからです。つまり、「真の宗教とは、現実を離れて、人間を離れた理論ではない。誰もが実践できる、生活に根差した”生きた哲学”である」ということを示しています。更に日蓮大聖人は、『唱法華題目抄』に、「但し法門をもて邪正をたゞすべし。利根と通力とにはよるべからず」と明確に言われています。通力とは神通力のことで、超人的な能力をいい、利根とは、勝れた五根(眼根、耳根、鼻根、舌根、身根)を持つことをいいます。占い、加持祈祷、霊媒、坐禅等々で、超人的な能力を得て、予知的なことを語ることです。しかし、超能力的な力を持っているから勝れた人であるとはいえません。ましてや仏法の正邪ということについては、人よりも秀た感覚や能力を持っているかどうかということで判断してはならないとということです。科学的な根拠に基づいて、いつでもどこでもだれでも正しい判断と理論の展開が出来なければ、普遍性があるとは言えません。日蓮仏が、八百年経った今も厳然として現代に活きているのは、この普遍性があるからです。また、「檀越某御返事」には、「御(おん)みやづかい(仕官)を法華経とをぼしめせ、『一切世間の治生産業(ちせいさんぎょう)は皆実相と相違背(あいいはい)せず』とは此れなり。」とあります。これを通解すると「主君に仕えることが法華経の修行であると思いなさい。『あらゆる一般世間の生活を支える営(いとな)み、なりわいは、すべて実相(妙法)と相反することはない』と、経文に説かれているのはこのことである。」ということです。つまり、仕事も、生活も全て仏法であり、現実世界と仏法とは切っても切り離せない存在であることを示しています。逆に言えば、「拝んでいれば何とかなる」という安易な姿勢は認めてはいません。「しっかりと題目を唱えていけば、仕事も生活の良い方に回転していく。でも、それだけではなく、仕事も人一倍しっかりやりなさい」というということをご教示されています。一方で、特権的な高僧に対しては経文を引いて、痛烈な批判をしています。難しいので訳して示します。――人里離れた閑静な場所にいて、粗末な衣をまとい、自分は真実の道を行じていると思って、他の人間を軽んじ賎しめるものがあるであろう。彼らは自己の利益や名利を貪り、執着し、そのために在家の人々に法を説く。(その本質を見破れない)世間の人から尊敬されることは、あたかも六種の自在の通力を持った聖者のようである。しかし(その内面は)悪心を抱き、常に世俗の欲望にとらわれている。そして、自分が人里離れた閑静な場所にいるということをタテにして、(現実社会の中で人々のため、正法を弘めている)私達の悪口を好んで並べたてるのである――と明快に喝破されています。見た目立派な高僧たちは、現実の人間社会から離れて、高邁な説法をしているけど、結局自分では何も生産的な活動もしないで、人から金や権力を求め、それでいて、他人を貶めていく、全く役に立たないどころか害になる存在であると言い切っているのです。実は、この経文は、釈尊の法華経の説法の中にあるものです。つまり、既に二,三千年前にはそのような高僧がいたことになります。そして、将来的にも、そのような見かけは高邁であるが、特に妙法の信心をする人に対して、人を見下し、危害を加えようとする輩が一杯出てくるから、気を付けなさいという、教訓であり予言の経文といえます。

 

結論:日蓮大聖人は、「どうして南無妙法蓮華経に辿り着いたのか」という原点に簡単に振り返ってみます。それは、「何故、災難・不幸は起こるのか。それ等を防いで幸福になる方法は何か。仏教典や宗派はたくさんある、しかし真実の釈迦の教えは一つのはず。では、それはいったい何なのか?」という疑問にたいしての解決の方法を求めて、諸寺院を尋ね、あらゆる経文を読破し、仏道修行に励みました。つまり、出発点そのものが、「人間の現実社会にある問題解決」にありました。だから、現世からそして民衆から離れた処でするような宗教とは一線を画しています。八万法蔵といわれる一切経を読破しました。その結果、経典には、高低浅深があること知りました。そして、それらの浅深高低を見極めるために、日蓮大聖人は、「経文に明らかならんを用いよ、文証無からんをば捨てよとなり」と、経文上に明確な根拠のある教義を用いるべきであり、いかなる高僧や論師の言葉であろうとも、経典によらない教えを用いてはならないと戒められています。十界論、五重相対、三証、教法流布の先後等の理論や原理から判断して、法華経が最強の教えであり、しかも末法においては、妙法を唱えることが最良の手段であるとの結論を得ましました。そして「現実を離れて、人間を離れた理論ではない、そして、老若男女、貴賤、人種、職種問わず、誰もが実践できる修行」として、御本尊に向かって南無妙法蓮華経の題目を唱える実践法を示しました。そこには、宗教の怪しさも、恐れも、まやかしもありません。非常に合理的で、科学的で、客観性の高いものです。たくさんの経典や論書を調査・分析し、高低浅深を定め、しかも民衆の理解度や受け入れ態勢(機根)なども解析して得た、民衆に合った、民衆の幸福形成のための妙法といえるのです。

 

 難事や危機に直面した時こそ「不動心」!

 今、将棋界の話題を席巻するのは、若手俊英の藤井聡太さんです。まだまだ若いのに、既に八冠達成です。つまり、日本プロ将棋界のすべてのタイトルを総なめし、将棋界の頂点に君臨しているということです。将棋界でかつて名人と言われた人は何人かいますが、その中の一人で、聖教新聞の「名字の言」という欄で、大山名人を話題にした記事が載っていました。なるほどなと思いましたので、紹介します。…将棋界の15世名人・大山康晴氏は「不動心」を重んじた。「『場合、場合に自分で考えるベストの一手を指すべし』が、私の不動心」と自著で述べている(『不動心論』KKロングセラーズ)▼物事が万事順調に進む以上に、難事や危機に直面した時こそ”ベストを尽くす”姿勢が求められる。そこにこそ不動心の真価も発揮されよう▼ある壮年部は大学生時代に病を患った。未来に希望を持てず、落胆していた時、学会員である友人に折伏され、入会を決意した。彼はその意思を両親にも話した。じっと話を聞いていた父が言った。「一生涯やり抜けるか」。「やります」と彼が答えると、両親は「分かった」と快諾した。▼その後、彼は病を克服したが、就職した会社が倒産、病気の再発と試練が続いた。それでも心乱されることなく、唱題根本に全てを勝ち越えた。後年、両親は「お前の姿に、この信仰の凄さを教わったよ」と入会した▼池田先生は語った。「どんなことがあっても決して動じない信念がある。信条がある。目的がある。これなくして人間としての真髄はありません」。”動じない”とは、苦境にあって”それでも自分を信じる”という心の強さだろう。信心は、その心を鍛え上げる確かな道である。…以上です。私は、将棋のことは詳しくありませんが、常に変化している局面に対して、冷静に対処し続け、勝機をつかんでいくものだと思います。先ほどの藤井聡太さんも、過去の対戦データが全て頭の中にあり、定石も奇策も全て頭に入っているというのを読んだことがあります。ただ、それだけでは、勝利をし続けることは難しいということでした。大山名人もそうだったに違いありません。きっと、新進気鋭の若い挑戦者に当たれば当たるほど、彼らは過去のデータにはとらわれない、新しい斬新な発想の打ち方で向かってきたと思います。その時は、きっと差し込まれ、窮地に陥ったことも何度もあったと思います。しかし、そういう時ほど、冷静に見極め、大胆な切り返しをし、難局をしのいでいったのではなないでしょうか。まさに『場合、場合に自分で考えるベストの一手を指すべし』の”不動心”だったのだと思います。自分がそれまでに経験し培ってきた中で、最善の結果を生み出す方法、そしてファイナルアンサーと言える決断こそ、”不動心”と言えるものです。すまり、それまでに究極の戦いをし続け、対応した経験の多さ、強さこそが、その人の”不動心”の深さ、大きさを形成していくのではないでしょうか。

 

 どんなことがあっても決して動じない、”それでも自分を信じる”信念こそが大事!

 昨年11月に逝去された、池田大作名誉会長が、三国志の蜀の軍師、「諸葛孔明」を通して、次のように語られたことがあります。…「ひとたび戦いを起こしたからには、断じて勝たねばならない。孔明は、戦いに臨む指導者の姿勢に厳しかった。すなわち自分に厳しかった。「一人でも犠牲者が出るならば、それは、すべて私(孔明)の責任である」(前掲『諸葛孔明語録』参照)とも言っている。絶対に、犠牲者を出さない! 落伍者を出さない! 断じて一人も不幸にしない!――孔明の指揮は、この覚悟と責任感に貫かれていた。また戦いにあたつて、指導者は、次の四つに心を砕くべきだと論じている。 (1)敵の意表を衝いて、勝ちを制する。 (2)計画は周到に、緻密に行う。 (3)静かに、落ち着いて事を運ぶ。 (4)全軍の心を一つに団結させる。何事にも、前兆がある。なかんずく敗北には、必ず前兆があり、原因があるものだ。孔明は、敗北する組織の前兆として、次の点を挙げている。 (1)指導者が弱くなる。これは決定的である。指導者に勝利への執念があるか。わが命を燃やしゆく覚悟で、同志を激励していけるか。幹部の戦う心に、勝敗の一切がかかっているといっても過言ではない。 (2)皆が「私心」をもって「徒党」を組むようになる。皆が私心で動くようになれば、組織は目的を見失ってしまう。 (3)「各々が利害によつて派閥を」つくる。戸田先生は、組織において、派閥をつくる者を絶対に許さなかった。厳しく叱り、その″傲慢な命″を切っていかれた。 (4)「心がねじけて人にへつらうような」人間が上の立場につく。つまり、人にへつらい、おべっかを使う人間が上の立場につき、それに対し、周囲が恐れて何も言えないような雰囲気ができる。このような傾向は敗北の前兆と言うのである。…ということです。これらは、いうなれば、百戦錬磨の諸葛孔明の信念であり、不動心とも言えます。戦いに勝つにも負けるにも、それぞれに条件があり、ただ、力や数、勢いに任せての戦いではなく、状況を見極めて、万事を遂行するということです。敵情視察をして分析し、地形や気象状況を考慮し、人心の機微を伺い、必要な道具や制度を整えて、食糧や兵站を供給しました。まさに、”備えあれば憂いなし”の状態で、戦に臨めば、必ず勝利するというのが、不動の信念だったと思います。それは、”絶対勝利”からの逆算からうまれた、”不動心”だったと思います。ですから、魏呉蜀の三国の中で、一番弱小だった蜀も、不動の諸葛孔明の采配があったからこそ、他国に伍して闘い続けられたのです。その証拠に諸葛孔明の死後、その”不動心”が揺らぎ、敗因となる4つが国内に充満し、国力は弱まり、結局あっという間に魏によって攻め滅ばされました。これをもって思うに、孔明の”不動心”とは何とすごいことでしょうか…!三国志に「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」という言葉があります。 中国の三国時代、蜀の将軍・馬謖が軍律に背いて街亭の一戦に敗れたとき、諸葛孔明は親友の子であり、将来を嘱望されていたにもかかわらず、軍法に従って馬謖を斬ったという故事によります。水源でもある街亭という重要な拠点を守るように命令されたが、「自分の考えの方が正しい」と思った馬謖が軍令に反して祁山に登って布陣したために、結果的に孤立して大敗し、蜀軍の劣勢につながっていきました。有能でかわいがっていた馬謖でした。しかし、軍令違反という罪を犯したことにより、私情には忍びがたいものがあるが、全体の規律を守るため、法秩序を厳正に行いました。いうなれば、孔明の”不動心”の表れと言えます。

 

結論:日蓮大聖人も”不動心”の人でした。何度も命を狙われ、流罪にも遭い、常に幕府から弾圧を受けました。それでも、「末法の民衆を救済するために」という”不動心”で、南無妙法蓮華経を弘めました。今、一番重大なことは、日本の国に、自分も含めて本当の意味で、信念の人がいないとうことです。懸命な思いで、日本の国を、社会を、人々を、隣人を心から守ろうという、また、絶対しあわせにさせてあげようという理念をもった人がいないということです。強い信念をもち、その信じきり、念じきる人が、信念の持ち主であるといわれます。しかし、よく信念、信念と口にするけれども、感情的で、観念的で、自己中心的で、偏頗で傲慢な思想を、信念をいう人がいますが、それは本当の信念の持ち主はいえません。政治家にあっても、教育者にあっても、経済家にあっても、世の指導者たちは、立派なことを言います。しかし、いざ自分が、困難にぶつかった時に、理論で相手を納得させ、実践で示し、そして民主を満足させるような決果を出せるような指導者はどれだけいるでしょうか。鎌倉時代もそうでした。「日蓮がなんだ、南無妙法蓮華経なんて」と批判し、さも自分自身が偉いように批判し、批判することで、自分をずっと上の方にみえる錯覚をするというのが、古来より日本民族の姿なのです。では、批判するならば、あなたは、どんな原理をもっているか、人々を救う理念をもっているか、信念があるかと聞けば、人をうなずかせるような考えはなんにも出てこないのです。日蓮仏法には信念があります。絶対正しい仏法であるという証拠には、五重の相対とか、三重秘伝とか、文証、理証、現証とかの、厳然たる価値判断の規準をもち、正義を唱え、信念をもって弘教をしてきました。ですから、開目抄で「智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし、我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず。」という不動心を抱いて、弘教にあたられました。どんなに迫害されようとも、どんなに謗られようとも、「あなたの考えは”ここが間違いだ”」と、誰か智者に、明確な証拠をもって証明されない限り、私は自信をもって進んでいく。弟子門下の人たちも迷うことなく信じ切っていきなさい」と教えられています。これこそが大聖人の信念であり”不動心”と言えます。
したがって、なんの原理をもたず、人々を救う理念をもたずして、小賢しくとやかくいう人は多くいますが、そういう人は、ひきょうな人と言えます。そういう類の人々が、今の日本中に大勢おります。しかし、今世界には、南無妙法蓮華経と唱えている人が幾百万と増えている現実を見ると、海外では、日蓮大聖人の”不動心”に賛同して受け入れているのは確かです。

そして、日蓮大聖人の不動心の”南無妙法蓮華経” の題目を唱えながら、自分や家族、身近の人の安穏、世界の平和、そして先祖の供養などの祈りを捧げていくことは十分にできます。