将来の自分へ 初心を忘れないために
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f夢と希望の詰まったサッカーボール

陸前高田市の高校2年生、村上岬くんのサッカーボールが、アラスカのミドルトン島で発見された。バクスターさんという方が3月中旬から保管していたものだ。

被災直後に被災地に行ったものは、荒れ狂う海に一体どれだけのものが吸い込まれたのだろうか、と恐怖を覚えた方も多いと思う。私も海辺の捜索活動をしていて、テトラポットの中を覗きながら、ふと波にのこ込まれてしまうのではないか、という錯覚を覚えた。

実際、先日大船渡に行った時にも、まだまだ海の中にはいろいろなものがある、という話も伺った。

そんな一つのサッカーボールが、沈むこともなく、何千キロも離れたアラスカまでわずかの日数でたどり着いていたというのは、驚きである。そうなると、引きずり込まれたものは想像をはるかに超えて、広範な太平洋に散ってしまったのかもしれない。

引きずり込まれたものは、単なる「物」だけではなく、思い出や、希望や、夢や、喜びもあった。しかし、今日のニュースを聞いて、そんな失った思い出を取り戻したような、温かさを感じた。このサッカーボールが少年の手に戻る日が今から楽しみである。

考えてみると、私たちは皆、年月の経過とともに、様々な思い出や、希望や、夢などを置き去りにしてきている。倉庫や押し入れの片づけなどをしていると、もうあったことも忘れていた思わぬ物を見つけ、それらにしまわれていた自分自身を取り戻すことがある。

何となく、このはるばる海を渡って戻ってくるボールが、私たちみんなの「忘れていたもの」を持ってきてくれるような気がするのである。

「夢を持とうぜ!希望を持とうぜ!日本!!」

安全保障のプロから見た日本政府の現状

最近、夜になるととろけるように眠くなってしまうことがあり、自分でも情けない、と思っています。一生懸命、ももや腕をつねりながら頑張っていますが、昨夜はブログの更新ができず、子供を寝かしつけているときに一緒に寝てしまいました。すみません。。。。

今日は、いろいろと活動をさせて頂いたが、午後からは秋葉原でビヨンドXプロジェクトに顔を出した後、島田晴雄千葉商科大学学長の勉強会に顔を出させて頂いた。凄い人脈だなあ、といつもいつも感心していて、大変勉強になる。

その中で元自衛隊幹部の方のお話は大変勉強になった。自衛隊時代には本音を話せなかったが、今は思う存分話ができる、と仰っていただけあって、現場を何十年もご経験されている立場からすごく実務的で、ためになった。

その中で、なるほど、と思ったことの一つに北朝鮮ミサイルへの政府対応があった。政府は毎年新宿御苑で行われている「総理と桜を見る会」を中止にした。その理由を「北朝鮮ミサイル予告期間に当たり、備えなくてはいけない」から、としたが、専門的立場から言えば、ありえないということだった。もっと、危機が切迫したらどうするのか、こういう時にこそ表面は平静を保ち、プロが整然と準備をすべきだ、ということだ。北朝鮮は、「桜の会」を中止に追い込んだことを高笑いしているかもしれない。

逆に、ホルムズ海峡の危機に対してはまともに考えているように思えない。これだけ火力発電に傾いているときに、日本の9割近い石油を通しているホルムズ海峡が封鎖されたら大変なことなのに、大飯原発のことにかまけて、とても日本の国益を考えていると思えないということだった。

その方は先輩からのアドバイスで必ず新聞の川柳を読まれているそう「だが、「鳩なのにイランは彼を鴨と見る」「おおいと呼べば安全とこだまする」など、この2年間は呆れることを実にうまくとらえているそうだ。江戸時代から日本人のセンスには感動するが、政治の体たらくはひどすぎるということか。

とにかく、日本のあるべき安全保障体制については、かなり参考になることが多かった。日本にとって、安全保障上、特に考えなければならない国は2つ。一つはミサイル騒ぎ中だが、もう一つははるかに強大で、日本にとっては深刻である。そういう状況で、ああいう防衛大臣を平気で任命するような体制ではいけない。改めて、日本の置かれている状況について知り、「国を守りたい」という気持ちに駆られた。

原発再稼働を巡るごたごたを斬る

今日、原発事故後に担当責任者の一人だった馬淵元国交大臣が「目の前に再稼働が迫り、2日間で泥縄式に作った。無責任極まりない行動で、国民に理解頂くのは困難ではないか」と批判した。

昨日のNHKのニュースウォッチ9でも、「この政府は信用できない」というような趣旨のことで批判がなされていた。

非常に不幸な事態である。そもそも、原発事故を悪化させた菅氏の次の責任者である枝野氏が、再稼働の責任者になっているということ自体に無理がある。そして、玄海原発再稼働の時には「ストレステストを経ないと再稼働できない」と発表した同じ口で、「ストレステストでは足りない。反対だ」と言い、その翌日には「新基準で」と言い、その2日後には「新基準で検討する」と言って、今週には大飯原発に再稼働を要請に行くそうだ。日本の政治史でも、これだけの稚拙などたばた劇を見たことがない。

今日、地元さいたまに福島から避難されている方々が花見に参加されていて、お話を伺ったのだが、「菅や枝野は一回でも福島に行ってみろ。自分たちがどれだけ出鱈目でいい加減なことを言って俺たちを苦しめてきたのか、現実を見てみろ。」と猛烈に怒っていた。個人的に、大変恥ずかしく、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいになった。さいたまにいるすべての方々にこうした福島の方の生の声を聞いて頂かないといけない。

もはや、全く信頼性のない政府や政治家が、何を言っても「じゃあ安全ですね。安心しました」ということには絶対にならない。 私が現地の人でも、「何が安全だかさっぱり分かっていない人たち」であることが明らかな政治家たちが、思いつきで決めた新基準で「安全です。保障します」と言われても全く信頼できない。かなり絶望的な状況であるのは間違いない。

この人たちの失政の連続で、原発なし、新エネルギーもなし、何らの戦略もなし、で夏を迎えるのは大変危険な状況である。製造業など電力を使う産業の皆様には、再度政権交代をし、きちんと日本を立て直すまで、最長でもあと1年ちょっとは、海外に脱出しないで我慢してください、と心からお願いしたい。そうしないと、一度逃げた産業、そして失った雇用は取り戻せない。大変な状況であり、本当にもどかしい。

何もかからなくなる首

今日の駅立ちで、ある知り合いの方が、一度「おはよう」と言って通り過ぎた後、戻ってこられて、
「俺、実は今日で定年退職なんだよ。42年だった」と寂しそうに仰った。

私は気の利いた言葉が見つからず、ただ「ありがとうございました」と深々と頭を下げた。

人生のほとんどをかけた仕事を退職するときの気持ちってどうなんだろうか。おそらく、入社以来の
ことが走馬灯のように頭をよぎっているに違いない。その長さと、その間にあったことを思うと、私と
してはただただ溢れる感謝の心を感じるとともに、私も何だか言いようのない寂しさを感じてしまった
のである。

その方は、「うん」とうなずき、首から下げていた社員証を私に見せてくれたあと、静かに駅に向かっていき、一瞬立ち止まると大きく深呼吸を一つして、階段を昇って行かれた。

明日からは、首には何も下がらない。きっとしばらくはすごく首も寂しいと思う。

でも、私は決して忘れない。そこにかかっていたものが、その方の人生を支え、ご家族を支え、そして
多くの方々を支えてきたことを。

そして、今日3月最後の平日に、同じような方がきっと全国にたくさんいらっしゃることを。そのお気持ちを、決して忘れない。

本当に長い間、お疲れ様でした。そして、万感の思いを込め、「ありがとうございました」

図書館での叫び AIJ

今日、AIJの浅川社長が財務金融委員会に出席したが、一言で言えばとんでもない人である。

損失が出て、それを隠しながら資金を集め、それでも年間7000万円の報酬を受け取っていたということだ。ナンバー2の取締役は3600万円だったそうだ。

おそらくこの人たちは「金融のプロ」として、すでに慎重に個人資産を海外やいろいろなところに隠してしまっているだろう。もし、そうだとしたら一生刑務所から出ることができないくらいの刑罰を科さないと、被害者の方々は納得しないだろう。

この事件については、海外の捜査当局とも協力しながら、浅川氏および高橋取締役のすべての資産を没収し、被害者にすべて弁済するようにしなければならないと思う。会社の経営というよりは、「詐欺」なので、不法行為に該当するだろう。とにかく一円でも多く、被害を挽回したい。

今日は、早川忠孝先生の復興支援活動ビヨンドXの会議に出席したのち、日本弁護士会館の図書館で調べ物をしたのだが、私は図書館というところが本当に大好きである。

図書館には、「あれも読みたい」「これも読みたい」という知識欲湧くものがいっぱいで、逆に言えば自分の力のなさを思い知らされるところである。

もっともっといろいろなことを知りたい!もっともっと学びたい!もっともっと役に立つ人になりたい!

図書館でそう叫びだしそうになった。

AIJと投資

明日、AIJの浅川和彦社長が衆院の財務金融委員会に参考人出席を決めたようだ。

実は、ブログでは触れなかったが、この事件には重大な関心を寄せている。というのは、この事件をどう扱うかで、日本の年金制度、および金融制度に大きな影響を及ぼすからだ。

先日、あるニュース番組で私が最も偏見に満ち満ちているダメなコメンテーターだと思っているT氏が、「そもそも投資というようなお金がお金を増やすという考え方自体が間違っているのだ」とこの事件について述べていた。ちなみにこの人は日本で最も鳩山由紀夫氏を応援されていた人ではないか。

日本は、どうしてもある事象や事件を、それが制度的な問題なのか、個別の問題なのか、という全体と個別の区分け、あるいは実務的にどうなのか、感情的にどうなのか、という実務と感情との区別がうまく行っていないという問題がある。結果として、副作用の方が大きい場合がある。

感情論からいえば、この浅川という人間はとんでもない人であり、社会的リンチを加えたい、という思いが満ちているのもよく分かる。少なくとも、なぜこういう事件を起こすに至ったのかという経緯や動機の検証、そしてなぜお金が消えたのかという追及は徹底的にしなくてはいけない。老後の資金が消えてしまった皆様にとっては大変なことであり、そうした皆様の思いにも応えなくてはいけない。

しかし、だから「投資は悪なのだ」というようなとんでもないコメンテーターをテレビのゴールデンタイムに出してはいけない。それが日本の経済や金融に及ぼす悪影響は計り知れないものがある。

投資がいけない、なんてことはあり得ない。この問題は、あくまで大切な預かり資金をギャンブルのように運営し、大損をしていたのに嘘を言ってさらに資金を集め、結局それを失ったというとんでもない法律違反をしたAIJという会社の問題である。他の真面目に経営をされている投資顧問会社や証券会社などには何の関係もない話であって、そうした区別をつけずに「投資は悪だ」というような風潮を作ってはいけない。

明日を注目したい。

国籍と国について

「国籍」と、「国」との関係をどう考えるか?

実はこのことはずっと考え続けている。

現職中、一回だけ執行部の結論に反旗を翻し、本会議を退席したことがあった。それが、国籍法の改正であり、婚姻の有無にかかわらず父親の認知だけで日本国籍の取得を可能とする改正であった。そもそも出産をする母親とは違い、父親の場合には「認知」といってもDNA鑑定などを要求して、きちんと親子のつながりを確認すべきだ、というのが私の考えであった。

「国籍」というのがそのくらい重いものだと思う。ただし、日本人である、ということと、国籍が日本である、というのとは微妙に違う、という感覚がある。今日、そうか、と思ったのが、猫ひろし氏のカンボジアのマラソン五輪代表決定のニュースであった。

正直、個人的にはこのニュースは「よくやった」と思った。オリンピックに出るために、芸能人でありながら努力を続けるのは「しずちゃん」もそうだが、大変なことだと思う。それが、マラソンなら高いレベルにある日本では難しく、外国の代表を目指す以外にその道が大変難しい、というのが現実だろう。

その時に、「ちょっと待てよ」、日本人が国籍を離脱して多国籍を取得する、というのはどうなのか?と考えてしまったわけである。

逆のパターン、すなわち外国籍の方が日本代表選手となるために帰化する場合、たとえばサッカーであれば、鹿島の選手だった三都主や今は名古屋の闘莉王とかの例がある。ロペスや李忠成なんかもそうだ。卓球の小山選手や女子ソフトの宇津木麗華選手なんかも有名であった。

基本的には、日本人として生きる覚悟があり、スポーツなどに関わらず日本にとってありがたい方々の帰化は大歓迎ではないか。震災後のドナルド・キーンさんなんかもそうだ。他方で、日本に来て文化的・社会的に問題となるような事態をヨーロッパのように起こしてはいけないし、「日本人」という国籍がそんなに軽々しいものであってはならないと思う。

他方、これからは日本人が特にスポーツでこうやって代表を目指すことも「あり」ではないか。そうやって代表に選ばれれば、「仲間」として頑張れ!と応援するのが、日本人らしいのではないか。そういう思いで、猫さんには、「おめでとう、頑張ってください」と言いたい。

精神の健康を守る体制

最近、心配なことの一つに「うつ病」の多さがある。統計的にも増えているのだが、いろいろなお話を伺う機会の中で、そのことに関連することが非常に増えている。

アメリカの法律事務所で働いたとき、心理カウンセラーの方が事務所に常駐していたのにびっくりしたことがある。大学にもいたので、「これが普通なのか?」と伺ったところ、アメリカではそれが普通だ、という答えを聞いた。

映画などを見ていても、日本の映画で心理カウンセラーにかかるというような場面はほとんど出てこないが、アメリカの映画ではしょっちゅう出てくる。これは、文化の違いも大きいのだが、アメリカでは「自己管理」の一環として、自己の精神の健全性を常に確認するし、風邪で早め早めに医者に診てもらうような感覚で、気軽にカウンセリングを受けているような感覚である。

以上は、あくまで私が受けた印象なので、誤解や他の実情があるかもしれないが、いずれにせよ、日本もこれだけ精神や心理的にプレッシャーを受け、それを跳ね返せずに苦しんでいる状況が悪化しているのだから、何らかの手を他国を一つの参考としつつ対応を本格的にしなければならないことは間違いない。

医療現場の状況を知りたくて、地元の医院を全部回ったことがあるのだが、精神科というのは数も多く、すごく混んで、みんな待っていたというのが印象的だった。お一人お一人の診察にも時間がかかるそうだ。

そういう状況が昼間は仕事を持っている方々が診察にかかりにくい壁になっている可能性もある。やはり、企業や学校などでも、決して偏見や遠慮なく、気軽に「カウンセリング」を受け、うつ病などに陥る前に精神の健全性を守る、そんな強固なサポートを国全体として推進する必要があると思う。

歴史的な選手宣誓

世の中には不思議としか言いようのないことがある。それは、時として奇跡的な感動を呼ぶ。

今日開幕をした春の甲子園大会で、特別推薦のいわゆる「21世紀枠」で石巻工が選出された。先日、私が石巻に訪問した際、まだとても寒い中、そして夜8時過ぎだったが、ナイターで懸命に練習をしている選手たちを見た。その姿だけでも感動的だった。

そして、32校の出場校の中で、どういうわけだか、石巻工の主将が選手宣誓を引き当てた。そして今日、病気で寝込んでいたと伝えられた阿部翔人主将によって行われた選手宣誓は、球史に残る感動的なものだった。あえて、私のコメントも要らないくらいのものなので、今日はこれを歴史に残るものとして残させていただく。

「東日本大震災から1年、日本は復興の真っ最中です。被災をされた方々の中には苦しくて心の整理が付かず、今も当時のことや亡くなられた方を忘れられず、悲しみに暮れている方がたくさんいます。人は誰でも答えのない悲しみを受け入れることは苦しくて、つらいことです。しかし、日本が一つになり、その苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。だからこそ、日本中に届けます。感動、勇気、そして、笑顔。見せましょう、日本の底力、絆を。われわれ高校球児ができること、それは全力で戦い抜き、最後まであきらめないことです。今野球ができることに感謝し、全身全霊で正々堂々プレーすることを誓います」

イクメン

今日、首相官邸に「イクメン」首長が訪問をしたそうだ。広島の湯崎知事らである。

親になってみると、男と女は違うなあ、と思うことが多い。そもそも、「子供ができた」という段階から、男は自分の体の中に赤ちゃんがいるわけではないので、脇から応援することしかできない。

出産も、仮に立ち会って手を握り、同じ思いで頑張ると言っても、それがどれほどの激痛で、大変なのかは決して分かりえない。乳も出ないし、泣き声も母親よりは「うるさい」と感じてしまうし、やっぱり母親には絶対にかなわないと思う。

だから、せめて仕事で頑張って、ミルク代を稼ぐのが自分の役割だ、こんな風に歴史を通じて「男たち」は思ってきたのだと思う。

しかし、男も育児にしっかりと関わるべきだ、という考え方が徐々に出てきて、その代表が「イクメン」パパなのだと思う。かくいう私も、今日いみじくも野田総理が言っていたように、仕事を理由にするような立場ではなくなっており、できるだけ「父親としても頑張る」ことを心がけている。

男にとって、仕事と家庭とのバランス、あるいは子供・家族と仕事との距離感は、永遠のテーマのような気がする。せめて、そのテーマを解くところまでいかぬとも、「あなたが父でよかった」と思ってもらえるよう、「イクメン」もきちんと務めたい。
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