働き方
先日、勉強会をやった若手の皆さんは全員転職経験者であった。果たして、日本の労働形態はいかにあるべきか、ということについて、労働法制とともにもう一度考える必要があると思う。
今期国会で、派遣法改正が衆院を通過し、派遣会社の手数料割合の透明化などが決まり、あるいは「従業員600人超の企業に勤める年収94万円以上」のパートタイム労働者への社会保険適用などを定めた法案を提出予定である。
いずれも大変な影響がある法案であり、雇用側の雇用意欲や、労働者側の勤務形態などが変わる可能性がある。
私は、日本の伝統的な年功序列、そして終身雇用型の雇用形態は平和かつ安定感があって良かったなあと思う。しかし、グローバル社会と、それにも影響を受けたデフレ社会、さらにはこれ以上大きな経済成長は見込みにくいという先進国共通の先詰まりの状況を考えると、そんなに単純な話ではない。
不況の時、真剣に「ワークシェアリング」が議論された。つまり、一人一人の勤務時間や賃金を下げても、全体としての雇用数を確保しようという話である。
私は、セーフティネット構築を現職中一生懸命取り組み、失業された方やそれを支援する現場にも多く足を運んだ。その結果として、何よりも「雇用がある」ということが大切だと思っている。その条件などはその次の話である。どんなに雇用ある人の条件が良くなったとしても、雇用がない、という人が増えたら、、大変なことである。
正直、上記改正は二つとも、雇用というのはあるのが当たり前で、その条件を良くしようという労働組合的発想である。むろん、派遣法は大幅修正されて、実際の改正法は何だかインパクトのないものに落ち着いたが、もっと根本的に「派遣」や「パート」などの今は「非正規」と呼ばれている労働形態の意義についてきちんと根本から議論しなおす必要があるのではないか。
私は「非正規」という言い方は間違っていると思っており、どんな形態だろうと、ありとあらゆる「労働」は非常に重いものであり、大切なものであると思う。
今期国会で、派遣法改正が衆院を通過し、派遣会社の手数料割合の透明化などが決まり、あるいは「従業員600人超の企業に勤める年収94万円以上」のパートタイム労働者への社会保険適用などを定めた法案を提出予定である。
いずれも大変な影響がある法案であり、雇用側の雇用意欲や、労働者側の勤務形態などが変わる可能性がある。
私は、日本の伝統的な年功序列、そして終身雇用型の雇用形態は平和かつ安定感があって良かったなあと思う。しかし、グローバル社会と、それにも影響を受けたデフレ社会、さらにはこれ以上大きな経済成長は見込みにくいという先進国共通の先詰まりの状況を考えると、そんなに単純な話ではない。
不況の時、真剣に「ワークシェアリング」が議論された。つまり、一人一人の勤務時間や賃金を下げても、全体としての雇用数を確保しようという話である。
私は、セーフティネット構築を現職中一生懸命取り組み、失業された方やそれを支援する現場にも多く足を運んだ。その結果として、何よりも「雇用がある」ということが大切だと思っている。その条件などはその次の話である。どんなに雇用ある人の条件が良くなったとしても、雇用がない、という人が増えたら、、大変なことである。
正直、上記改正は二つとも、雇用というのはあるのが当たり前で、その条件を良くしようという労働組合的発想である。むろん、派遣法は大幅修正されて、実際の改正法は何だかインパクトのないものに落ち着いたが、もっと根本的に「派遣」や「パート」などの今は「非正規」と呼ばれている労働形態の意義についてきちんと根本から議論しなおす必要があるのではないか。
私は「非正規」という言い方は間違っていると思っており、どんな形態だろうと、ありとあらゆる「労働」は非常に重いものであり、大切なものであると思う。
不透明感を増す東アジア情勢
東アジアの安保情勢は、世界的に見ても最も不安定なところである、と言っても過言ではない情勢にある。
今は、いつもながらではあるが、北朝鮮が国連安保理の決議違反が明白であるにもかかわらず、4月の人工衛星打ち上げを予告して、欧米は反発をしている。米国とは2月29日に核実験、長距離ミサイル試験発射およびウラン濃縮活動中止で合意したばかりであったのに、もうこれだ。
金正恩体制になっても、まだ28歳と言われている同氏が軍を掌握しているとはとても思えない。つまり、米国と交渉をしていた人たちと、衛星打ち上げにかこつけて弾道ミサイルをやろうとしている連中とが、必ずしもリンクしていない可能性があるということだ。そう考えるしか、さすがにここまですぐにせっかく得た食糧援助の権利を放棄するような馬鹿なことをするとは思えない。
そして、中国は東シナ海のガス田近辺で巡視船や、あるいは空軍も加わって軍事演習をした。これを自ら発表して実効支配をアピールしている。
国際司法裁判所に領土問題を持っていったときに、実効支配があるかどうか、は重要な判断基準である。日本が、尖閣の実効支配をしないまま軟弱な対応を繰り返し、中国の違法な行為を見逃し続けると、大変な問題になりかねない。
ここは腹に力を入れて、少し毅然とした対応が必要だ。レアアース禁輸措置へのWTO提訴も基本的には欧米について行っているだけで、本来なら日本がリードすべきである。
私たちを取り巻く情勢がどんどん不透明になっていることを決して見逃してはならない。様々なシミュレーションを行って、ありとあらゆる事態に備える必要がある。
今は、いつもながらではあるが、北朝鮮が国連安保理の決議違反が明白であるにもかかわらず、4月の人工衛星打ち上げを予告して、欧米は反発をしている。米国とは2月29日に核実験、長距離ミサイル試験発射およびウラン濃縮活動中止で合意したばかりであったのに、もうこれだ。
金正恩体制になっても、まだ28歳と言われている同氏が軍を掌握しているとはとても思えない。つまり、米国と交渉をしていた人たちと、衛星打ち上げにかこつけて弾道ミサイルをやろうとしている連中とが、必ずしもリンクしていない可能性があるということだ。そう考えるしか、さすがにここまですぐにせっかく得た食糧援助の権利を放棄するような馬鹿なことをするとは思えない。
そして、中国は東シナ海のガス田近辺で巡視船や、あるいは空軍も加わって軍事演習をした。これを自ら発表して実効支配をアピールしている。
国際司法裁判所に領土問題を持っていったときに、実効支配があるかどうか、は重要な判断基準である。日本が、尖閣の実効支配をしないまま軟弱な対応を繰り返し、中国の違法な行為を見逃し続けると、大変な問題になりかねない。
ここは腹に力を入れて、少し毅然とした対応が必要だ。レアアース禁輸措置へのWTO提訴も基本的には欧米について行っているだけで、本来なら日本がリードすべきである。
私たちを取り巻く情勢がどんどん不透明になっていることを決して見逃してはならない。様々なシミュレーションを行って、ありとあらゆる事態に備える必要がある。
すごい大きなこと
今日は、Facebookを通じて、「一度話を聞きたい」という後輩からの話で、若手勉強会をした。素晴らしいことで、今後ともそんな交流をどんどんしていければと思う。
私自身のことを考えても、選挙は地方選挙も含めて必ず行く、と決めてはいたものの、具体的に政治家の話を直接聞いたり、選挙を手伝ったり、なんていう機会はほとんどなかった。
でも、政治に興味や関心がなかったわけではなく、「こんな政治を続けていたら日本が終わってしまう」という危機感を抱き、「何とかしたい」「何とかしなきゃ」と思いつつも、「でもどうしたらいいんだろう?」と悩んでいた。DC時代には思いを共有する仲間たちといくつか勉強会を行い、自ら飛び込んで行って米国政府の方お話を伺ったり、ジュネーブの国際機関の皆様のお話を伺ったりしていたが、焦りはつのるばかりだった。
だから、まずは日本政府に入って、少なくとも自分の専門分野については、変えてやろう、と思った。給料は大幅に減って下手したら3分の1くらいになったけど、そんなことは全く関係なく、とにかく「軟弱な日本政府をたたき直し、外国に絶対に負けないように戦いに来た」と当時着任挨拶で言った通りの気持ちだった。
そして、政治に飛び込んだ時も同じ気持ちだったし、それは今でも変わらない。
おそらく、日本中で「政治を何とかしなきゃ」と思っている人は多いし、「でもどうしたらいいか分からない」とか、「どうせ自分が何かやっても変わらない」とあきらめ半分の方も多いと思う。
でも、今日思ったのは、とりあえずそう思ってもがいている自分が、なるべく多くの方とお話をし、政治の現状と課題を現場の視点から伝えていく、ということが必要ではないか、ということである。
1人1人はちっぽっけな存在にもなりうるし、限りなく大きな存在にもなりうる、アレキサンダー大王やチンギスハーンみたいな広大な領土を支配した歴史の人物も「1人の人間」である。その存在が、大きくなるのも小さくなるのも、結局は自分次第である。そして、その大きさは、何も学歴とか、職歴とか、収入とか、そんなものは関係ない。要は、何事も他人のせいや他人任せにしないで、自分自身をしっかり生きるかどうか、ということなのではないか。「政治がだめだ」と思えば、それを変えるために、自分でできることを、できる範囲でいいので、やること。それができたら、それは「すごい大きなこと」だと思う。
私自身のことを考えても、選挙は地方選挙も含めて必ず行く、と決めてはいたものの、具体的に政治家の話を直接聞いたり、選挙を手伝ったり、なんていう機会はほとんどなかった。
でも、政治に興味や関心がなかったわけではなく、「こんな政治を続けていたら日本が終わってしまう」という危機感を抱き、「何とかしたい」「何とかしなきゃ」と思いつつも、「でもどうしたらいいんだろう?」と悩んでいた。DC時代には思いを共有する仲間たちといくつか勉強会を行い、自ら飛び込んで行って米国政府の方お話を伺ったり、ジュネーブの国際機関の皆様のお話を伺ったりしていたが、焦りはつのるばかりだった。
だから、まずは日本政府に入って、少なくとも自分の専門分野については、変えてやろう、と思った。給料は大幅に減って下手したら3分の1くらいになったけど、そんなことは全く関係なく、とにかく「軟弱な日本政府をたたき直し、外国に絶対に負けないように戦いに来た」と当時着任挨拶で言った通りの気持ちだった。
そして、政治に飛び込んだ時も同じ気持ちだったし、それは今でも変わらない。
おそらく、日本中で「政治を何とかしなきゃ」と思っている人は多いし、「でもどうしたらいいか分からない」とか、「どうせ自分が何かやっても変わらない」とあきらめ半分の方も多いと思う。
でも、今日思ったのは、とりあえずそう思ってもがいている自分が、なるべく多くの方とお話をし、政治の現状と課題を現場の視点から伝えていく、ということが必要ではないか、ということである。
1人1人はちっぽっけな存在にもなりうるし、限りなく大きな存在にもなりうる、アレキサンダー大王やチンギスハーンみたいな広大な領土を支配した歴史の人物も「1人の人間」である。その存在が、大きくなるのも小さくなるのも、結局は自分次第である。そして、その大きさは、何も学歴とか、職歴とか、収入とか、そんなものは関係ない。要は、何事も他人のせいや他人任せにしないで、自分自身をしっかり生きるかどうか、ということなのではないか。「政治がだめだ」と思えば、それを変えるために、自分でできることを、できる範囲でいいので、やること。それができたら、それは「すごい大きなこと」だと思う。
幸せ、って何だろうか?
「幸せ」って何だろう?
昨年の大震災後、多くの被災者の皆様から、「普通」であることこそ、「幸せ」だという話を聞いた。
空気や水みたいだ。そこにあるときはありがたさに気付かないが、なくなってみるとどんなにそれがありがたいことか、分かる。
AIJの事件なんかを見ていても、どうしてこんなに人を騙して、「お金」のために罪を重ねてしまったのだろうと思う。お金=幸せ、だとは思えない。でも、人は時としてその魔力に取りつかれて、本質的なことを見失ってしまう。
「幸せ」は人に押し付けられ、定義づけされることでもない。人の心はそれぞれだ。一つとして同じ「心」はない。いや、同じ人間でも、一日として同じ「心」なことはないかもしれない。かつては一緒にいて幸せを感じた人と、いつの間にか「幸せ」でなくなってしまうことがある。どうしても欲しくてやっと手に入れて「幸せ」だった物も、いつしかどこに行ったか忘れ去られてしまうこともある。「トイストーリー」ではそんな悲哀が描かれている。
今日、2人の子供を餓死させた若い母親が懲役30年の判決を受けた。他方で、出席した幼稚園の卒園式では、わが子の晴れ姿を見つめるご家族の「幸せ」をいっぱい感じた。子どもや家族という一番の「幸せ」が、そうでなくなった時ほど辛く、苦しいことはないのかもしれない。「幸せ」と「辛さ」「苦しさ」は紙一重で、すごく近いのかもしれない。
人間の「心」は無限大だ。そして、変幻自在だ。だから「幸せ」の形も無限で、変幻自在だ。
でも、僕は思う。すべての人が「幸せ」であって欲しい、と。そして、もし「幸せ」でない、と感じる方がいれば、「幸せ」にしたい、と。だから、「幸せ」って何だろう、とずっと、いつも、考え続けている。人の一生は、絶え間ない「幸せ」への追求、かもしれない。
昨年の大震災後、多くの被災者の皆様から、「普通」であることこそ、「幸せ」だという話を聞いた。
空気や水みたいだ。そこにあるときはありがたさに気付かないが、なくなってみるとどんなにそれがありがたいことか、分かる。
AIJの事件なんかを見ていても、どうしてこんなに人を騙して、「お金」のために罪を重ねてしまったのだろうと思う。お金=幸せ、だとは思えない。でも、人は時としてその魔力に取りつかれて、本質的なことを見失ってしまう。
「幸せ」は人に押し付けられ、定義づけされることでもない。人の心はそれぞれだ。一つとして同じ「心」はない。いや、同じ人間でも、一日として同じ「心」なことはないかもしれない。かつては一緒にいて幸せを感じた人と、いつの間にか「幸せ」でなくなってしまうことがある。どうしても欲しくてやっと手に入れて「幸せ」だった物も、いつしかどこに行ったか忘れ去られてしまうこともある。「トイストーリー」ではそんな悲哀が描かれている。
今日、2人の子供を餓死させた若い母親が懲役30年の判決を受けた。他方で、出席した幼稚園の卒園式では、わが子の晴れ姿を見つめるご家族の「幸せ」をいっぱい感じた。子どもや家族という一番の「幸せ」が、そうでなくなった時ほど辛く、苦しいことはないのかもしれない。「幸せ」と「辛さ」「苦しさ」は紙一重で、すごく近いのかもしれない。
人間の「心」は無限大だ。そして、変幻自在だ。だから「幸せ」の形も無限で、変幻自在だ。
でも、僕は思う。すべての人が「幸せ」であって欲しい、と。そして、もし「幸せ」でない、と感じる方がいれば、「幸せ」にしたい、と。だから、「幸せ」って何だろう、とずっと、いつも、考え続けている。人の一生は、絶え間ない「幸せ」への追求、かもしれない。
権力争いと政治
今日は朝から永田町に行き、色々な方とお話し、谷垣総裁とも意見交換会の時間を持つことができた。
古代の昔から、歴史とは権力争いそのものだったと言っても過言ではない。中国の三国志や項羽と劉邦など、あるいは日本での太平記や戦国時代など、とにかく権力を求めて争う様が、歴史を形作ってきた。
我々が当選した最初の会合で、当時の小泉総理が「君たちが入ってきた世界は、昨日の友は今日の敵、昔なら兄弟なら当たり前、親子でも生きるか死ぬかの争いが起きていたところだ。決して甘ったれるな」という強烈なパンチをくれたことを覚えている。
確かに、戦後の政治ですら、そこには「殺し合い」の雰囲気を感じるものがある。田中角栄氏と福田赳夫氏の争いなどには、戦争と名前が付けられるようなものがあった。
私はそれがいいことなのかどうか分からない。おそらく、お金に絡む話など、決して後世から見て尊敬できないようなことも多かった。
今の政治にはそういう雰囲気は感じない。国会本会議場に行ってみればすぐわかる。誤解を恐れず言えば、「政治ごっこ」みたいな軽さが漂っている。今日の谷垣総裁のお話を伺っていても、真剣さは伝わる。しかし、何か「命がけ」のような緊迫感、緊張感が正直伝わってこない。それは、野田総理や菅、鳩山氏などにも共通するものであり、言葉が立派であればあるほど、中身が空っぽという印象を受ける。野田氏が、今日日本新党仲間に「ぼこぼこで大変だ」などと語った話を聞くと、やっぱり「政治ごっこ」のノリの延長だという印象を受ける(野田さんは人間として立派な方だと思うし、真剣だと思うが)。
おそらく、それは文字通り昔の権力争いと違って「命」がかかっていないからだろう。今中国で問題になっていた重慶市の薄熙来・共産党委員会書記解任を巡る争いなどを見ていると、あの国でトップまで上り詰めるには血みどろの権力争いを勝ち抜かないといけない世界がまだ広がっていることが分かる。ロシアもそうだ。
若干評論家的なコメントになってしまったが、自分も含めて、要するに「甘ちゃん」なんだと思う。日本にはどんなに言葉が躍っても、どこかに「何とかなるや」とか、「自分がやらなくてもいいや」とか、「たのしけりゃいいでしょ」とか、そういう雰囲気が漂っている。無論、それでもやっていけるのは幸せなことだが、政治の世界がそれではいけないと思う。「命を奪われる」くらいの緊張感と真剣さ、つまり「命を賭ける」という真剣な思いがないと、そういう権力争いを勝ち抜いてきた世界のリーダーとは対等に戦えない。尖閣事件はその典型例だ。そういう世界には法律や常識は通じない。
たとえば、尖閣列島、あるいは少なくとも石垣島にきちんと自衛隊を派遣し、実効支配をするべきだ。これだけ放置しているともはや国際司法裁判所に訴えても勝てなくなる可能性がある。そして、そこに政治のリーダーも行くべきだ。それはまさに命を賭けることになる。これは、例だが、そういう真剣さを国民に感じさせた政党が次の選挙では勝つのではないだろうか。
古代の昔から、歴史とは権力争いそのものだったと言っても過言ではない。中国の三国志や項羽と劉邦など、あるいは日本での太平記や戦国時代など、とにかく権力を求めて争う様が、歴史を形作ってきた。
我々が当選した最初の会合で、当時の小泉総理が「君たちが入ってきた世界は、昨日の友は今日の敵、昔なら兄弟なら当たり前、親子でも生きるか死ぬかの争いが起きていたところだ。決して甘ったれるな」という強烈なパンチをくれたことを覚えている。
確かに、戦後の政治ですら、そこには「殺し合い」の雰囲気を感じるものがある。田中角栄氏と福田赳夫氏の争いなどには、戦争と名前が付けられるようなものがあった。
私はそれがいいことなのかどうか分からない。おそらく、お金に絡む話など、決して後世から見て尊敬できないようなことも多かった。
今の政治にはそういう雰囲気は感じない。国会本会議場に行ってみればすぐわかる。誤解を恐れず言えば、「政治ごっこ」みたいな軽さが漂っている。今日の谷垣総裁のお話を伺っていても、真剣さは伝わる。しかし、何か「命がけ」のような緊迫感、緊張感が正直伝わってこない。それは、野田総理や菅、鳩山氏などにも共通するものであり、言葉が立派であればあるほど、中身が空っぽという印象を受ける。野田氏が、今日日本新党仲間に「ぼこぼこで大変だ」などと語った話を聞くと、やっぱり「政治ごっこ」のノリの延長だという印象を受ける(野田さんは人間として立派な方だと思うし、真剣だと思うが)。
おそらく、それは文字通り昔の権力争いと違って「命」がかかっていないからだろう。今中国で問題になっていた重慶市の薄熙来・共産党委員会書記解任を巡る争いなどを見ていると、あの国でトップまで上り詰めるには血みどろの権力争いを勝ち抜かないといけない世界がまだ広がっていることが分かる。ロシアもそうだ。
若干評論家的なコメントになってしまったが、自分も含めて、要するに「甘ちゃん」なんだと思う。日本にはどんなに言葉が躍っても、どこかに「何とかなるや」とか、「自分がやらなくてもいいや」とか、「たのしけりゃいいでしょ」とか、そういう雰囲気が漂っている。無論、それでもやっていけるのは幸せなことだが、政治の世界がそれではいけないと思う。「命を奪われる」くらいの緊張感と真剣さ、つまり「命を賭ける」という真剣な思いがないと、そういう権力争いを勝ち抜いてきた世界のリーダーとは対等に戦えない。尖閣事件はその典型例だ。そういう世界には法律や常識は通じない。
たとえば、尖閣列島、あるいは少なくとも石垣島にきちんと自衛隊を派遣し、実効支配をするべきだ。これだけ放置しているともはや国際司法裁判所に訴えても勝てなくなる可能性がある。そして、そこに政治のリーダーも行くべきだ。それはまさに命を賭けることになる。これは、例だが、そういう真剣さを国民に感じさせた政党が次の選挙では勝つのではないだろうか。
日本にいる外国人、来る外国人、出る日本人、住む日本人
今日は、地元の日本語学校の卒業式に出席をした。毎年のことではあるが、今年は特に原発事故があっても逃げずに日本にとどまって、あるいは帰国して卒業をされた皆様であったので、感謝の意を申し上げた。
ところで、日本にどのくらいの「外国人」の方がいらっしゃるか?
入国管理局のデータでは、2010年末において213万4151人の方が外国人登録をされている(いわゆる正規の在住者)。そのうち中国68万7156人、韓国・朝鮮56万5989人、ブラジル23万552人、フィリピン21万181人で、そのあとはどーんと飛んでペルーおよび米国の約5万人までいない。なお、同年に日本に「入国」された方は、944万3696人である。むろん、入国の場合には複数回入国をされた方も複数カウントになる。
在住者の方のうち、一般永住者が56万5089人、特別在住者が39万9106人であり、一般在住者は中国(台湾を含む)が30%、ブラジルが21%、フィリピンが16%となっている。特別在住者は言うまでもなく、ほとんど韓国・北朝鮮の方である。留学者は、20万1511人である。
他方、日本人の海外在留者は2010年10月1日付で、114万3357人(1位 アメリカ合衆国 (388,457人) 、2位 中華人民共和国 (131,534人)、3位 オーストリア (70,856人)、4位 英国 (62,126人)、5位 ブラジル(58,374人))である。
日本人の昨年の出国者数は、1699万4200人である。
これを見ると、日本が置かれている現状がわかる。つまり、日本人は海外に積極的に行くが、住む人は決して多くない。ただし、近年どんどん増加しており、海外に移り住むという傾向がある。住む場合には米国が多く、オーストラリアやイギリスなど英語圏が多い。
他方、日本に来る人や住む人も増加しているが、圧倒的に中国、韓国の方であり、ブラジルやペルーなども多いが、極端に偏っているということである。
個人的に言うと、世界の方が日本にあこがれ、日本に来たいとなることは非常にいいことだと思う。留学などはもっとも数が多くていいはずだ。しかし、同時にもっと国別には多様化してもいいのではないか。
こういう日本の世界の中での位置づけ、を常に考えて政治も動くべきだと思っている。
ところで、日本にどのくらいの「外国人」の方がいらっしゃるか?
入国管理局のデータでは、2010年末において213万4151人の方が外国人登録をされている(いわゆる正規の在住者)。そのうち中国68万7156人、韓国・朝鮮56万5989人、ブラジル23万552人、フィリピン21万181人で、そのあとはどーんと飛んでペルーおよび米国の約5万人までいない。なお、同年に日本に「入国」された方は、944万3696人である。むろん、入国の場合には複数回入国をされた方も複数カウントになる。
在住者の方のうち、一般永住者が56万5089人、特別在住者が39万9106人であり、一般在住者は中国(台湾を含む)が30%、ブラジルが21%、フィリピンが16%となっている。特別在住者は言うまでもなく、ほとんど韓国・北朝鮮の方である。留学者は、20万1511人である。
他方、日本人の海外在留者は2010年10月1日付で、114万3357人(1位 アメリカ合衆国 (388,457人) 、2位 中華人民共和国 (131,534人)、3位 オーストリア (70,856人)、4位 英国 (62,126人)、5位 ブラジル(58,374人))である。
日本人の昨年の出国者数は、1699万4200人である。
これを見ると、日本が置かれている現状がわかる。つまり、日本人は海外に積極的に行くが、住む人は決して多くない。ただし、近年どんどん増加しており、海外に移り住むという傾向がある。住む場合には米国が多く、オーストラリアやイギリスなど英語圏が多い。
他方、日本に来る人や住む人も増加しているが、圧倒的に中国、韓国の方であり、ブラジルやペルーなども多いが、極端に偏っているということである。
個人的に言うと、世界の方が日本にあこがれ、日本に来たいとなることは非常にいいことだと思う。留学などはもっとも数が多くていいはずだ。しかし、同時にもっと国別には多様化してもいいのではないか。
こういう日本の世界の中での位置づけ、を常に考えて政治も動くべきだと思っている。
アフガニスタンの大騒動
アフガニスタンでの米国兵による民家での無差別乱射事件が、かなり悪影響を及ぼし始めている。
その前にコーランを焼くという事件があったばかりであり、事態はかなり深刻になりつつある。
それにしても、16名のうち9名は子供で、しかも2歳など小さい子供が多かった。証言では、寝ている子供を引きずって打ち殺したり、口に銃口をあてがって、恐怖に怯えさせて上殺したりした、というかなり異常な犯行だったようだ。
アフガニスタンならずとも、仮に日本で、民家にアメリカ兵が乱入してきて、複数の子供を殺す事件が起きたら、列島中が怒りに震えるだろう。実際に、沖縄における少女暴行事件は命こそ失われなかったものの、日本中に怒りを湧き起こし、その後の地位協定改正などの動きにつながった。
それにしても、世界中でアフガニスタンほど戦禍に巻き込まれ続けた国は思い至らないくらいである。アレクサンダー(アレクサンドロス)大王以降、モンゴル、イスラム王朝、ムガル帝国、イギリス、ソ連、そしてアメリカなど次々にこの国に軍隊が入って、そのたびに多くの命が犠牲になった。
心から犠牲になった子供たちや女性の皆様をはじめ、すべての皆様にご冥福をお祈りするとともに、月並みだが、この国に平和が訪れることを願ってやまない。
中東では、シリアでも一日100人単位の方々が弾圧によって犠牲となっており、トータルでは1万人近くなっているとも言われている。アサド大統領は、これ以上罪を重ねるべきではない。独裁者の断末魔ほど見苦しいものはないが、それに伴う犠牲も大きい。
イラン情勢も含め、中東の情勢は刻一刻と不透明さを増しており、犠牲も増えている。こうしたことにも、きちんと目配りをしないと、単に「脱原発」と叫びながら火力発電への依存度を深めている日本に大打撃ともなりかねない。そんなことも日々気になっていて焦燥感を感じる。
その前にコーランを焼くという事件があったばかりであり、事態はかなり深刻になりつつある。
それにしても、16名のうち9名は子供で、しかも2歳など小さい子供が多かった。証言では、寝ている子供を引きずって打ち殺したり、口に銃口をあてがって、恐怖に怯えさせて上殺したりした、というかなり異常な犯行だったようだ。
アフガニスタンならずとも、仮に日本で、民家にアメリカ兵が乱入してきて、複数の子供を殺す事件が起きたら、列島中が怒りに震えるだろう。実際に、沖縄における少女暴行事件は命こそ失われなかったものの、日本中に怒りを湧き起こし、その後の地位協定改正などの動きにつながった。
それにしても、世界中でアフガニスタンほど戦禍に巻き込まれ続けた国は思い至らないくらいである。アレクサンダー(アレクサンドロス)大王以降、モンゴル、イスラム王朝、ムガル帝国、イギリス、ソ連、そしてアメリカなど次々にこの国に軍隊が入って、そのたびに多くの命が犠牲になった。
心から犠牲になった子供たちや女性の皆様をはじめ、すべての皆様にご冥福をお祈りするとともに、月並みだが、この国に平和が訪れることを願ってやまない。
中東では、シリアでも一日100人単位の方々が弾圧によって犠牲となっており、トータルでは1万人近くなっているとも言われている。アサド大統領は、これ以上罪を重ねるべきではない。独裁者の断末魔ほど見苦しいものはないが、それに伴う犠牲も大きい。
イラン情勢も含め、中東の情勢は刻一刻と不透明さを増しており、犠牲も増えている。こうしたことにも、きちんと目配りをしないと、単に「脱原発」と叫びながら火力発電への依存度を深めている日本に大打撃ともなりかねない。そんなことも日々気になっていて焦燥感を感じる。
野田総理喫煙(?)
今日、野田さんが国会で思わず「私は18歳からずっとタバコを吸っている」と答え、慌てて「20歳からでした」と言い直した場面があった。誰がどう見ても、真実は18歳だっただろう。
現職中に選挙権の年齢引き下げをさんざん議論したことがあり、その際、仮に「成人」の年齢を引き下げると影響の出る法律が204本くらいある。違和感があるのは、後見人や養親になれる年齢などだが、選挙権については私自身はちゃんと勉強することを前提に構わないし、むしろやってみたほうがいいのではないかと思っている。
ただ、たばことお酒は特に大議論が起きるだろう。アメリカなどはお酒は21歳からで、これは相当厳しくチェックされるし、欧州ではかなり早いうちからお酒を飲んでいる。文化や歴史、宗教などに大きく影響される。
ところで、日本は不思議だな、と思うのは法律と現実の乖離が広く受け入れられているところだ。
総理大臣自身がたばこの年齢についての法律違反を認めてしまうように、街中で高校生が征服を着てタバコを吸っていても、警察がいきなり逮捕したりしない。お酒も大学1,2年の20歳以下でも飲んでいることは見かけることである。賭博はだめだ、といいながらぱちこんはほぼ公然と認められているし、特別法があるといっても競馬や競輪などがある。
個人的には、だめなものはだめ、いいものはいい、ときちんとすべきではないか、と昔から思っている。その上で、いいとしたならきちんと税金も取り、法律も遵守させればいい。そうしないと、こういう国のトップの「本音」が出て、世の子供たちの順法精神を大きく損なうことになる。
皆様はどう思いますか?
現職中に選挙権の年齢引き下げをさんざん議論したことがあり、その際、仮に「成人」の年齢を引き下げると影響の出る法律が204本くらいある。違和感があるのは、後見人や養親になれる年齢などだが、選挙権については私自身はちゃんと勉強することを前提に構わないし、むしろやってみたほうがいいのではないかと思っている。
ただ、たばことお酒は特に大議論が起きるだろう。アメリカなどはお酒は21歳からで、これは相当厳しくチェックされるし、欧州ではかなり早いうちからお酒を飲んでいる。文化や歴史、宗教などに大きく影響される。
ところで、日本は不思議だな、と思うのは法律と現実の乖離が広く受け入れられているところだ。
総理大臣自身がたばこの年齢についての法律違反を認めてしまうように、街中で高校生が征服を着てタバコを吸っていても、警察がいきなり逮捕したりしない。お酒も大学1,2年の20歳以下でも飲んでいることは見かけることである。賭博はだめだ、といいながらぱちこんはほぼ公然と認められているし、特別法があるといっても競馬や競輪などがある。
個人的には、だめなものはだめ、いいものはいい、ときちんとすべきではないか、と昔から思っている。その上で、いいとしたならきちんと税金も取り、法律も遵守させればいい。そうしないと、こういう国のトップの「本音」が出て、世の子供たちの順法精神を大きく損なうことになる。
皆様はどう思いますか?
25名の震災被害を受けた若者たちの「希望」
今日はビヨンドトゥモローによって今年から大学や留学をサポートする25名のみんなを応援するフォーラムを開催した。といっても、3泊4日のプログラムに毎日参加させて頂いた。初日は、橋本大二郎氏と、二日目は発起人たちと、そして今日は米国のルース大使や竹中元大臣など多くの皆様と一緒に応援をした。
25人には25通りの辛い経験がある。中には、両親、祖父母、そして姉を失ったという方もおり、自分だったら耐えられるだろうか、と考えると、目の前で未来への希望を語っているみんなの勇気に驚いてしまう。
人生には、「やってよかったなあ」と思うことはあるようでそんなに多くない。私にとって、あの震災直後、一日おきくらいに、夜9時30分、恵比寿のWilseed事務所に通って、ヤンググローバルリーダーの仲間たちと何か力になれないか、という思いだけでいろいろ考え、正直自分自身、落選中で全く楽ではないが、それでも力になりたいという一途なる思いで財団設立に尽力し、こうやって多くのみんなの力となれたこと、そして何よりも出会えたこと、これは一生の宝である。
「牧原さん、大好きです」なんて、言われて、実は涙が落ちそうになった。むしろ、こっちがどれだけの勇気と励ましをもらったことか。必ずみんながこの国や地域の未来を担うリーダーになることを信じている。
そして、このプロジェクトが成功したのは、バーレーンから戻って一手に取り仕切ってくれた坪内さんと、ロート製薬から常勤で働いてくれている坂本さん、さらには奨学金の支援をはじめ、いろんなサポートをしてくれてすべての皆様のおかげである。
日曜日には一年を迎える。日本は、震災が起きる前より確実に良い国になった、そしてこれからもっと良い国になれるし、しなければならない、と私は思う。
25人には25通りの辛い経験がある。中には、両親、祖父母、そして姉を失ったという方もおり、自分だったら耐えられるだろうか、と考えると、目の前で未来への希望を語っているみんなの勇気に驚いてしまう。
人生には、「やってよかったなあ」と思うことはあるようでそんなに多くない。私にとって、あの震災直後、一日おきくらいに、夜9時30分、恵比寿のWilseed事務所に通って、ヤンググローバルリーダーの仲間たちと何か力になれないか、という思いだけでいろいろ考え、正直自分自身、落選中で全く楽ではないが、それでも力になりたいという一途なる思いで財団設立に尽力し、こうやって多くのみんなの力となれたこと、そして何よりも出会えたこと、これは一生の宝である。
「牧原さん、大好きです」なんて、言われて、実は涙が落ちそうになった。むしろ、こっちがどれだけの勇気と励ましをもらったことか。必ずみんながこの国や地域の未来を担うリーダーになることを信じている。
そして、このプロジェクトが成功したのは、バーレーンから戻って一手に取り仕切ってくれた坪内さんと、ロート製薬から常勤で働いてくれている坂本さん、さらには奨学金の支援をはじめ、いろんなサポートをしてくれてすべての皆様のおかげである。
日曜日には一年を迎える。日本は、震災が起きる前より確実に良い国になった、そしてこれからもっと良い国になれるし、しなければならない、と私は思う。
スーパーチュースデー
スーパーチュースデーと言われる大統領選へ向けて、野党共和党の指名争いの山場を、ロムニー氏が6州、サントラム氏が3州、ギングリッジ氏が1州の勝利となり、ロムニー氏としては前進した。
しかし、今回の共和党の指名選挙は稀に見る中傷合戦になっており、日本人的には受け入れられない感じになりつつある。全国ネットのTVコマーシャルを使って相手候補を貶めようとするなどということは、日本では考えられないことである。米国の大統領選挙にはいい点もたくさんあるが、こういう点だけは絶対に見習ってはいけないところだと思う。
また、米国の二大政党制もいいものではない。そもそも、主張を聞いていると、自ら保守派の代表を標榜するサントラム氏と、中道派と言われるロムニー氏とが同じ政党であること自体無理がある気がする。だから、同じ政党内とは思えないほどの誹謗中傷合戦が繰り広げられるのではないか。
フランスや、韓国や、それぞれの国々の選挙を見て、良い点、悪い点、そして日本に合う点、合わない点をよくよく見定めて、新しい政治制度を確立していく必要がある。
米国大統領選はまだ全くの道半ば。これからも引き続き日本の制度設計と絡めながら注目したい。
しかし、今回の共和党の指名選挙は稀に見る中傷合戦になっており、日本人的には受け入れられない感じになりつつある。全国ネットのTVコマーシャルを使って相手候補を貶めようとするなどということは、日本では考えられないことである。米国の大統領選挙にはいい点もたくさんあるが、こういう点だけは絶対に見習ってはいけないところだと思う。
また、米国の二大政党制もいいものではない。そもそも、主張を聞いていると、自ら保守派の代表を標榜するサントラム氏と、中道派と言われるロムニー氏とが同じ政党であること自体無理がある気がする。だから、同じ政党内とは思えないほどの誹謗中傷合戦が繰り広げられるのではないか。
フランスや、韓国や、それぞれの国々の選挙を見て、良い点、悪い点、そして日本に合う点、合わない点をよくよく見定めて、新しい政治制度を確立していく必要がある。
米国大統領選はまだ全くの道半ば。これからも引き続き日本の制度設計と絡めながら注目したい。