真面目な政治に変えたい
今日は橋本大二郎元高知県知事とご一緒して、半分の12名の学生たちを相手に研修会をしたのだが、さすがに橋本元総理とご兄弟であって、細かい数値まで全部頭に入って話をされていた。今の政権の方々が一生懸命官僚メモを読みながら国会答弁をされているのとは全く違うなあ、と感銘を受けた。
野田さんのように「不退転だ」と美辞麗句を並べるのも政治家としては時として必要なことではある。しかし、マニフェストが破たんをしたのは、きちんと数値や現実を「勉強」しないまま、思いつきで言いたい放題言っていた結果である。残念ながら、民主党にはこの人勉強しているなあ、と感心する国会議員は、ほとんどいない(選挙運動をしているとか、地元を回っているという方はたくさんいるが)。今まで与党ではなかったから、という面は確かにあるが、やはりもう少し関連する数字や事実は抑えた上で真面目に勉強し、その直接・間接的な効果やプラス・マイナスをきちんと分析しなければならない。
たとえば、今日公務員の採用抑制を岡田氏が発表していたが、これなんかも一見かっこいいが、現実的にはただでさえ就職状況が厳しい若者の未来の可能性を奪い、しわ寄せをこれからの世代のみに寄せるものである。絞るなら橋下氏ではないが、ヤミ専従など大した働きもしないのにさんざん税金を貪ってきた人たちにまずは責任を取らせるべきであって、これからやる気にあふれている若者を本当に締め出していいのか、ということを考えなければならない。これも、単なる「思いつき」の目先の人気取り政策の典型例である。国民の「やれやれ」という一時的なうっぷん晴らしにはいいが、国家の長期的な利益や公務員の果たすべき役割などの視点は全く議論したりした形跡はない。
こういう政治から脱却させたい。「鬱憤晴らし」や「魔女狩り」ばかりの政治から、真面目に勉強し、政策効果も数値を踏まえながら実行する「実務型」政治に転換させたい。
プーチン大統領再誕生
無論、6年後に再選できない可能性があるものの、基本的に日本はプーチン大統領とどう付き合っていくのかを戦略的に考えなければならない。彼は北方領土については、他の政治のリーダーたちよりは柔軟な2島返還を認めるような立場を取っていた。日本としては、4島返還がベストなのは言うまでもないが、2島返還を優先させるのか、それともあくまで4島返還を要求し続けるのか、決断を迫られる時も必ずやってくる。
次はフランスの大統領選挙が4月22日、おそらく上位二人の決選投票になるのでそれは5月6日になる。そして、アメリカや韓国の大統領選挙になっていく。
そういう者たちの任期は少なくとも4年以上である。当然、互いに顔見知りとして親しくなっていく可能性もある。そんな時、日本の代表はどうなるだろうか?また、毎年、「今年は誰だ?」ということになってしまうだろうか?
やはり、日本も国民が直接リーダーを選び、そのリーダーが一定期間他の外国のリーダーたちと腰を据えて信頼関係を築き、外交を行っていかないと、日本は取り残される虞がある。12年は長すぎるが、4年や5年は安定するような仕組みを作っていかなければいけない、と思う。
夢のような日々
公認が決まった。そして、その前には役所を辞任した。そして、今自分は必死に少しでも自分を理解して頂こうと必死に努力する毎日が続いている。
こういう立場になって人の支えのありがたさを痛感した。痛感したという言葉では足りない。すべてのことに涙の出る思いだ。僕は、自分を支えてくれた人のためになりたい。いや絶対なる。
とにかく、ひとつひとつ、こなして自分への理解を高めたい。
いざ出陣!
今日、公認が決まった。埼玉5区、埼玉県の中心、大宮・与野である。ここには、私とともに戦う、昔から兄弟のように育った友人が住んでいる。何度も遊びに来たゆかりの地である。その地域への愛情も深い。是非、地元のみなさんの 喜び、悲しみ、思い、希望すべてを共有して、そして一緒に日本を変えていくことにしたい。
それにしても、激動の一日であった。武部幹事長、安部党改革本部長、とも話をさせていただき、数々のありがたい言葉を賜った。地元の県連の幹事長の深井先生からのお言葉は私を最後の決意に至らすことになった。党本部および県連の職員の方は本当に夜遅くまで一生懸命働いていらっしゃっており、その姿に心から感動した。マスコミの方に囲まれたのは、元気が出るテレビに出て以来約15年ぶりであったが、バラエティー番組とは根本的に異なる真摯な姿勢にやはり心打たれた。
一度決めた以上は何らの言い訳も許されない。僕が人生を貫いてきたように徹底的に努力し、少しでも私について理解を頂き、当選することを目指したい。私の当選が新しい時代をもたらすきっかけになることを訴えたい。地元の方との心の通い合いを実現したい。改革断行、実力勝負である。
最後に、両親、弟、妻、友人、恩人、そして今後私を支えていただける皆様に、今の私の存在のすべてが皆様方のおかげであることについて、心から感謝の意を捧げたい。ありがとう。
投票のありがたさ
一票の重みは私の人生より重い。
今日、選挙区となるかもしれない地域をくまなく車で走った。僕は今の時点では「候補者の候補者」にすぎず、2世議員や地方議員、政経塾出身者などの「プロ」の政治家とは圧倒的に違う。駅を行き来する人、街角で友人と語り合う人、コンビニで立ち読みをしている人、のんびりと犬の散歩をしている人、家族団らんを思いながら夕飯の買い物をしている人、そういう方々一人一人と同じである。そういう方々から投票という行為を通じて選ばれるということは本当にありがたいことであり、そして重いことである。
昔は勉強という行為は辛かったが、弁護士をした後、米国留学に行ってみて、勉強は何と楽なことか、と思った。むろん、英語には苦労し、国際経済法の専門家ばかりの中でのあまりのレベルの高さについていくのは必死だったが、何よりも違ったのは自己責任であるという点である。つまり、勉強はできなかったとしてもそれはしょせん自分に跳ね返るだけである。しかし、弁護士という職業は人の人生を預かるものである。私のミスは、依頼者の人生に影響する。依頼者の運命は私の手に委ねられている。それは自分のせい、ではとどまらない「重さ」があるのである。それは、数千億の国際取引の案件であっても、弁護士会における15分の法律相談であっても、変わらない。つぶれそうな中小企業の案件では、社長が社員および社員の家族の人生を思って必死なように、僕もそういう方々の人生を背負って債権者と対峙した。債権者には債権者の人生があって、その重みも受け止めなくてはならない。時として、夢でうなされることもあったが、責任感と使命感、そしてプライド、家族や友人の存在が自分を支えた。
一票の重みはそういう一人一人の方の人生の重みである。しかも、その人生には投票権を持っていないその方の子供やペットや、あるいはその方の先祖やあるいは子孫に対する責任なども含まれているから、私一人の人生より重い。当選するということは、何万票もそういう方々の重みを受け止める上、選挙区の歴史・文化・未来を受け止め、さらには国の歴史・文化・未来を受け止め、世界の歴史・未来を受け止めることにもなるかもしれない。その重みを忘れて自己利益に走る「蛮勇」は僕にはない。
道路わきの雑草にすらその悪い環境の中で必死に育つ姿に自分も答えなければと涙の出るような思いで感じた。私の政治に対する思いである。
世代交代
毎日毎日総選挙のことが報道されている。テレビのコメンテーターだった飯島愛氏が今回初めて興味を持ったという人が多い、といっていたが、もしそうだとするとすごくいいことである。今回の選挙で一つすごく注目しなければならないのは、投票率である。投票率が50%をきるというのは本来異常である。先人が命を賭してまで勝ち得た投票権を国民の半分以上が放棄しているのである。今回、刺客とかかなり過激な話も出ており、それ自体がいいかどうかは別としても、結果的に投票率が上がり、国民が国のあり方を考えるきっかけとなれば歴史的にはその方が意味のある事になるかもしれない。
もう一つ私がひそかに注目しているのは世代交代である。高校の先輩である橋本龍太郎氏をはじめとして今回をきっかけとして引退をしている政治家が多い。また、負けて引退に追い込まれる政治家も多いだろう。今日、山崎拓を告発した元愛人の本を読んだが、人間何十年にもわたってちやほやされるとろくなことにならない。特に、金にまみれた田中、竹下政治を「満喫」した人たちはそうである。
もう、新しい時代に向かって僕らは走り出さなくてはならない。そのこ とができる人たちを選ぶこと、そういう観点にも注目したい。
積極的通商政策
今日、米国のジョージワシントン大学において日本を20年研究し続けているという学者と議論をした。これでこの1週間で2回目のアメリカ人との議論だ。
彼女とは主として日本の通商政策について議論をした。つまり、日本がここ立て続けに積極的な姿勢を示し、ついには対米の報復措置発動に至ったということについて、20年間日本の通商政策を見続けている彼女にとっては極めて驚いているということなのだ。
僕は政府に入る前からなぜ日本政府がこれほどまでに通商政策において弱気なのか不思議であり、これを変える、ということを一つの目標に置いていた。そして、実際、政府がへこたれそうになるになる時には、自分が身を張って物事を動かしてきたつもりだ。しかも、えてして時間がゆっくり流れかちなところは、自分が無理をしてでもできるだけ迅速に進めてきた。むろん、それは僕だけの成果ではなく、優秀な上司や同僚や部下、優秀かつ同じように通商に熱い思いを抱いている外務省の同僚、そしてその他の優秀な他省庁や外部の専門家などが揃っていたという運の良さがすべてあったと言っても良い。逆にいうと、ここに問題点がある。
まず、政府の政策は極めて人次第になっている。つまり、2年ごとにぐるぐる回る人事システムの中で、関係者(上から下、関係部署、関係省庁)がうまく揃うというのは極めて偶然に委ねられる。つまり、そのような幸運な偶然がなければ物事がきちんと進まない可能性がある。
そして、2年という時間は何かを成し遂げるにはあまりに短い。特に、担当者が優秀で日本が中心となっていた交渉の場合、その担当者の交代はそういう全体の流れをかえって止めてしまう。外国からすると、そういう経験を重ねてきた結果、日本に交渉チームの中心を委ねることは嫌になってしまう。
さらに、専門性の欠如が挙げられる。日本の政府関係者は驚くほど優秀で、その2年は外国人一般の5年くらいに相当するのではないかと思うことが多い。しかしそれでも5年だ。専門性が欠如すると、どうしても見通しや経験に裏づけされた判断が弱くなるため、失敗は腹を切らされる官僚システムの中では思い切ったことができにくくなる。
さらに、関係者が多すぎる。もちろん、日本政府の方針を決定するには関係者の意見を聞かなければならないのは理解するが、すべての人が拒否権を発動できる状況は良くない。また、関係者が多いために秘密保持が甘くなる。実際、ある案件ではある省庁の課長が、「おれはお前の省庁には協力したくない」というかなり個人的理由で案件をつぶした。いったん関係者の輪の中にこのようなレベルの低い人が入ると、もうその人がどくのを待つしかなくなるのだ。
最後に、その特定の仕事に人生を賭けた熱い思いを抱いている人がいないという状況が多すぎる。結局人事は人が決めるため、必ずしも自分のやりたいことを担当するとは限らない。しかし、「これを通じて日本のためになるんだ!」という強烈な思い入れがなければ、面倒くさい、難しい、大変なことをやろうというエネルギーは湧いてこない。
政策に興味がある人は官庁の中にも外にもたくさんいる。私は、自らが実体験してみて、政府の素晴らしさも人の素晴らしさも十分理解したつもりだ。民主党のようなむやみな官僚批判には組しない。ただ、日本という視点にたって直すべき点は直すべきである。そうやって、みんなで日本を良くしようじゃないか。
公認の可能性
郵政解散がなされてから反対派議員への「刺客」が送られるなど今までにはありえなかった政治状況が展開されている。ある意味、毎日毎日反対派37人に送り込まれる刺客が誰なのかという「楽しみ」もある。小泉首相以外でなければ、「自民党をぶっつぶす」という言葉を本当に実行することはできなかっただろう。亀井静香などは明らかに日本をだめにしてきた政治家である。これだけの財政赤字をかかえ、社会保障は破綻寸前、少子化・高齢化、近隣アジアとの激しい競争等々、課題は重い。今回公認を外された政治家は、道路公団、石油公団等々、あまりに改革が明白に必要な場合ですら反対してきた人々である。既得権の保護がときとして必要なことは否定しない。人々の生活をむやみに壊せば良いというものではない。しかし、税金には限りがある以上、「使っちゃえ」という発想のみではいずれ立ち行かなくなるのは目に見えている。本当に必要なのは、単に橋やダムの建設を地元に持ってくることではなかった。そういうものがなくても、やっていくという道筋をつけることなのだ。もうこれ以上無駄な税金を垂れ流すだけの力は日本にはない。将来の子供達へのつけを残してはいけない。だから、橋を持ってくること以上に発想の湧かない人たちには退場してもらうしかないのだ。改革というのはそういうことである。
日本は、今の日本だけで成り立っているのではない。過去の先祖たちやいろいろな人の頑張りがあり、そして将来の子孫もこの国を土台として生きていく。そういう時の流れの軸の考慮が必要である。次に、日本は東京だけではない。地方だけでもない。小さい国なのに実にバラエティーに富んでいる美しい国である。そういうバランスをきちんと考えていかなければならない。地理の軸である。そして、最後に日本は国際的にみればユーラシア大陸のはじにある小さな島国である。世界的な認知度も自分達が思っているほど高くないし、存在感も大したことがない。その中で経済的にリードする立場にあったが激しい追い上げを受けている。こういう国際的な中でどう生きていくかという国際的な広い視野が必要である。国際軸である。そういうものをすべて考えていける実力のある、しかも清廉潔白な、しかも従来の典型的な政治家(2世、地方議員、政治家秘書)などではない出身の政治家が増えるべきである。
そう考えて、すべてを失い、周りに迷惑をかける可能性も考えつつ、自分も参戦することを決意した。すべては天命と、主権を有する我ら日本人の意志に委ねたい。
長崎
今日は右翼が霞ヶ関に大集結し、北方領土の返還を叫んでいた。たまたま、外国の友人と話をする機会があり、その間最初はあれにすごく驚いたと言っていた。日本に徴兵制度があったら、あの方々はやっぱり「自衛軍」に入って国を守ろうとするのだろうか。もし、愛国心を掲げながら同じ日本人を脅したり、迷惑をかけたり、はては金儲けの手段にしているのであるとすれば、それは筋違いであるし、そういうことに「愛国心」という言葉が使われるとしたら、それには怒りを感じる。愛国心は僕も人一倍強いと自負している。北方領土に対する怒りは僕にもある。ソ連の対日参戦は明らかに汚いやり方であり、そのあとのシベリアにおける日本人への地獄の扱い、北方領土の占領などは、永遠に消えないソ連への不信感につながっている。
毎年この季節になると、広島への原爆投下、対日参戦、長崎への原爆投下、そして終戦と続いた一連の日のことを思う。我々戦争を知らない世代にとって、戦争を起こしたということが信じられないが、一部の暴走した指導者が多くの純粋な愛国心を持った若者や一般人を死に追いやった事実、外国で悲惨な虐殺を行った事実を忘れてはならない。しかし、仮に我々に反省すべき点があったとしても、60年前の8月6日、そして今日と2回に分けて投下された原爆は許せない。
米国人一般には、原爆に対する反省どころか、認識も極めて少ない。米国という国はそもそも外国人の人権などというものには一般的にはあまり興味を持っていない(もちろんすごく意識の高い人がどこの国よりも多いのも事実である)。同時多発テロで殺された3000人の命と自分達が一瞬で殺した計30万人の日本人の命を比較して、後者のほうが重いと答える者はおそらく皆無であろう。しかし、どんなに戦争が激しくとも、罪もない人間に軽い気持ちで(実験の意味があったことは米国も否定していない)原爆を落として30万人も殺し、多くの人を後遺症で苦しめた犯罪は、世界最悪の犯罪である。その後、米国が日本に施してくれた恩は計り知れない。しかし、人類最悪の犯罪が米国によって、わが国に対して行われたのも事実なのである。
日本は平和国家を志向すべきである。わが国が世界の中で訴えて説得的なのはまさにこのような悲惨な経験を実際にしているという点である。常任理事国になるために自衛を超えた軍隊が必要であったり、核兵器を保有したりする必要があるのであれば、そんなものにはならなくても良い。むしろ、どこの国よりも実体験に基づいた平和国家の象徴となることが日本の国際社会の一リーダーとして生きる道だと信ずる。
我々の先祖のご冥福を祈りたいと思う。
郵政民営化法案否決
郵政民営化法案が否決された。まさか、と思っていたが、実際には108対125という大差で否決された。そもそも参議院に対して存在意義が問われている中、特定の利益団体に支えられたこの議院がいかに「改革」というものを妨げる存在かを示すことになった。むろん、大部分の与党議員は賛成したわけだから、問題は一部の議員にすぎない。そして、この議員たちは小泉政権退陣後に選挙を迎えるために「公認しない」ということが怖くなかったのだろう。それにしても、これだけ日本の将来を考えない人たちがたくさんいることに正直失望した。
とはいえ、今まで改革派の応援したいと思う議員と、亀井や綿貫といった日本の未来にとって癌になる存在とが混在していた分かりにくい状況が解消され、まさに少なくとも郵政民営化という試金石を成し遂げようという人のみになるのだから分かりやすい。このこと一つについてすら何らの対案も示せなかった民主党が「漁夫の利」を得ようとしているが、おそらく国民はそれほど甘くない。今まで自民党の暗部を嫌っていた特に都市部において、民主党を消極的支持をしていた層が新生自民党に向かう結果、都市部では民主党の思わぬ敗退という事態になるに違いない。
郵政民営化は、それ自体の重要性もさることながら、まさに日本が将来にわたって国としてきちんと存在しうるかどうかの試金石である。特定郵便局長という利益団体はまさに異常であり、その異常さが分かっているからこそ本人達は死に物狂いで民営化を反対するのである。民営化によって一般の郵便局員の生活はむしろ良くなるはずである。ストックオプションを与えて株式公開や経営効率化に対するインセンティブを与えるのもいいと思う。JRだって、NTTだって、JTだって、民営化がマイナスだったためしはない。これだけの団体が税金を払っていないのも民間会社と比べて異常な差別である。とにかく、ここで民営化をしなければ日本の進歩・改革が10年は遅れる。僕らの子孫が安心して暮らせる日本創りに参加しなければならない。