「 人生の探求 変るものと変らないもの 」
会田雄次 (あいだ ゆうじ 大正5年~平成9年 )
株式会社 大和出版 2000年2月発行・より
約300年前、メイフラワー号に乗ったピューリタンたちがニューイングランドに上陸した。
ここからアメリカの歴史は始まる、とされている。
そこで強調されるのは、アメリカ建国の最初を担った指導層のピューリタニズムである。
自由、平等、権利の理想に燃え、勤勉に働いた彼らの在り方がアメリカの土台になっている、というのである。
本当だろうか。
コロンブス以後、ヨーロッパからやってきてアメリカ大陸に上陸したのは、メイフラワー号のピューリタンたちだけではない。
中南米にはそれより先にスペイン人やポルトガル人が上陸していた。
しかし、彼らはメイフラワー号のピューリタンたちとはまったく異なる振る舞いをした。
勤勉に働いて開拓するのではなく、そこにある金銀財宝を略奪しにかかったのである。
この対比からも、周知のごとく、アメリカ人によってピューリタンの理想主義と勤勉性を強調されることになる。
だが、ニューイングランドに上陸したピューリタンたちも、スペインやポルトガルから渡ってきて中南米に上陸した勢力も、確かに一方は勤勉な農民、生産労働者であり、一方は投機的体質を持つ商人、軍人、渡世人といった人間という差はあったが、基本的本質は同じだったのではないか、。
その基本とは、奪うことである。
上陸後、両者がまったく対照的な振る舞いをしたのは、上陸した地点の条件が異なっていたという要素が大きかったのではないか。
スペインやポルトガルの勢力が上陸した中南米には、インカやマヤの成熟した文明があった。
それは金銀財宝に彩られた文明だった。
そうなると、豊かになるためにはコツコツと開拓に励むより、略奪したほうが手っ取り早い方法を彼らは選んだのである。
金銀財宝を略奪して、スペインやポルトガルの勢力は百年近くも豊かさを享受することができた。
しかし、略奪からは勤勉性は育たない。
そして、略奪の対象である金銀財宝もやがて尽きる。
そのあとには貧しさしかない。
勤勉さを欠いた貧しさ。これがその後の中南米の基本になった。
一方、はるばる大西洋をメイフラワー号で渡ってきたピューリタンたちが上陸したニューイングランドは、寒さ以外はなにもない未開の荒野であった。
細々と狩猟をやっているアメリカ・インディアンがパラパラと散在するだけ。
奪うものはなにもない。
働かなければ食っていけなかったのである。
それが彼らを勤勉にした。
略奪と勤勉と、移民が生きて行くための選択肢はこの二つしかなかったわけだが、彼らは勤勉以外に選びようがなかったということである。
しかし、奪う者という彼らの本質がなくなってしまったわけではない。
アメリカ・インディアンという言葉は差別語だということで、最近はネイティブ・アメリカンといわれているが、そのネイティブ・アメリカンが暮らす土地は肥沃広大な平原であり、また地下には金銀から石炭、石油など無限の資源が眠っている土地でもあった。
そういう土地ではヨーロッパから渡ってきた白人たちはまず容赦なく先住民を殺し、その土地を奪い、次いでその土地の一切を収奪、浪費、荒廃させている。
ヨーロッパからアメリカ大陸に渡ってきた白人たちは、ピューリタンもスペインやポルトガルの勢力も変らない。
奪う者という点では同じだったのである。
2017年9月12日に 「アメリカ白人の先祖は・・・」 と題して日下公人と高山正之の対談を紹介しました。コチラです。↓
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