五島勉氏の「別のもの」 その8 | シフル・ド・ノストラダムス

シフル・ド・ノストラダムス

ノストラダムスの暗号解読

「だが、そうなれば面白いし、ありがたい、とは思いながらも、私はこの「再臨」に大きな疑問を感じる。「再臨」とノストラダムスの予言詩をむりやり結びつけようとするクロケット解釈、その背後でひそかに動いているらしい秘密機関の意志にも。
 だいたい、いまから1960年前、十字架にはりつけになって死んだイエスが、三日後に蘇って天に昇った、という聖書の記述。敬虔な方々には申しわけないけれども、これが私には信じられない。
 だから当然、このイエスが、それから長いあいだ天で暮らし、雲に乗って降りてきて山を裂く、ということも信じられない。
 しかし、そこまで言うと宗教論争になってしまうので、踏み込みたくない。また、これを信じている人の信仰そのものは尊重したい。ただ、これといままでのノストラダムスの予知体系とのあいだには大きな矛盾があり、そこが研究者として見すごせないのだ。
 ノストラダムスはこれまで、イエス・キリストが再臨して人類を救う、とは、少なくとも予言詩の中ではひとことも言っていないからである。
 彼が予知したのは、あくまでも、2000年までに“別のもの”が現われれば破滅は避けられる、という、「別のもの(前記・別の生き方・別の文明・別の哲学・・・・)による救い」だ。
 プラス「日の国のメシーの法」だ。「太陽のメシーの法」と訳してもかまわない。これが“別のもの”と協力し、またはこれ自体が“別のもの”になって人類を救う。用語としても、ここだけにノストラダムスは最大のカギ言葉「救世主(メシー)」を使い、しかし、それがイエスの再臨だとは書いていない。
 と思って見直すと、先のふたつの詩にも、再臨と結びつく要素は何もないことがわかる。そこには「天空から降りてくる新しい指導者」、「雷鳴とどろく中から現われる王の息子」が出てくるだけである。
 この「王の息子」とか「王子」とかいう表現は、ノストラダムスのほかの詩にもたくさん使われている。高い身分や大きな力を持った人を表わすが、人類を救うただひとりのメシア、というほどの強い意味はない。
「天空から来る新しい指導者」も同じ。希望を感じさせる言葉かもしれないが、ただひとりの「救世主」よりは一段低いし、弱い。現に成田空港にだって、週に何人も、世界中の新しいリーダーは降りてくる。
 それを、あえてイエスの「再臨」だと解釈するのは、オーバーだし短絡だ。「天空からの指導者」、「王の息子」程度の言葉を、むりやりイエスをさすものと決めてしまうほうが、むしろ失礼ではないのか。
 それより、新しい世界政府のリーダーとでも考えるほうが、まだわかりやすい。あるいは人間ではなく、衛星を使って人々(の心)をひとつにする情報システムとか、もっと善意に解釈すれば、戦争や汚染を解放する新技術をもって降りてくる宇宙パイロットたちだとか、さらに言えば、待ってましたのE・Tや地球外エイリアンだとか・・・・。
 この結論はクロケット氏入手の詩の中にはない。だから私も、1999~2000年、「恐怖の大王」が降るか降りそうなとき、それを阻止する救いの技術かシステムか人物も空から来る、(これで救われる望みが出てきた)としか言えない。」
「ノストラダムスの大予言・中東編」五島勉著(1990年)より

感想
>だいたい、いまから1960年前、十字架にはりつけになって死んだイエスが、三日後に蘇って天に昇った、という聖書の記述。敬虔な方々には申しわけないけれども、これが私には信じられない。

個人的には、全ては「神の計画」でUFOに乗っている存在に蘇生させられたのではないだろうかと考えている。

>だから当然、このイエスが、それから長いあいだ天で暮らし、雲に乗って降りてきて山を裂く、ということも信じられない。

天でなんか暮らさない。そのままタイムワープさせられて「終わりの時」にいきなり現われると(個人的には)考えている。

>ノストラダムスはこれまで、イエス・キリストが再臨して人類を救う、とは、少なくとも予言詩の中ではひとことも言っていないからである。

10巻75番の詩の、
Tant attendu ne reviendra jamais
Dedans l'Europe, en Asie apparoistra
Un de la ligue yssu du grand Hermes,
Et sur tous roys des orientz croistra.  (ラメジャラー本の原文)

とても期待(予期)されるものは決して戻って来ないだろう
ヨーロッパの中には。アジアの中に現れるだろう
偉大なヘルメスから生まれた同盟の一つ(同盟からの一人)
そして東洋の全ての王たちを越えて成長するだろう

このとても待望されているものはイエス・キリストではないだろうか。4行目の全ての王を越えるという事は「King of Kings」だからである。成長という言葉が疑問だが、キリストもまだ33歳なので終わりの時に現われてから成長するのだろう。
http://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-10559004196.html

それより「別のもの」が救うとは一言も言っていないようである。(1巻48番の詩の「autre」はまず「outre」の誤植だろう。)
http://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-11935205567.html
http://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-11929208042.html

>プラス「日の国のメシーの法」だ。「太陽のメシーの法」と訳してもかまわない。これが“別のもの”と協力し、またはこれ自体が“別のもの”になって人類を救う。

今さら「別のもの」が現われたってイスラム教が衰退するとはとても思えないね。(そういう詩がある。)やはり、イエス・キリストが再臨ぐらいしなければイスラム国に志願するような奴らを二極分化には出来ないだろう。そもそも「終わりの時」にイエスの復活をあざ笑う奴らが出てくると聖書には書いてあるが、そんな状況には今の延長ではなるとは思えないね。http://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-11620565256.html

おまけ