『凍える島』読了。
最近はできるだけいろんな作家の本を読むことにしてる。ついこの前、読んだ本の作中に読書は人間の知性や感性を深めたり広げたりするだけのものだと信じていたが、最近はふと疑いが湧くことがないでもない。時として、読書は人を頑なにする。自分の信念や快楽原則に沿ったものだけを選べば、心が狭まることもある。という文があり、まあこれがぐさっと刺さりました。ただでさえミステリというジャンルしか読まないくせに、その中でも作家を選り好みして、有栖川有栖、綾辻行人、島田荘司、思い出したように他の作家、あとは海外ミステリの話題作…ここをひたすらぐるぐるしている自覚はあったので、やっぱりよろしくないなと思いました。とはいえ、読書は大切な趣味で息抜きなので、読みたくもない本を読むつもりはない。私はミステリに取り憑かれてるからそれしか読めないのは仕方ないとして、もっと幅広く読んだことのない作家を読んでいこうと決意した2025年です。さて、『凍える島』。近藤史恵さんの作品は読むのが初めてです。文庫本のあらすじを読んだら、大好物のクローズド・サークルものだから思わず表紙を開いてしまった。以下ネタバレありの感想書きますね。図書館で読んだから今は本が手元になくて、ちょっと心許ないが頑張って書くぞ。タイトルだけはなんとなく聞いたことがあって、『凍える島』の字面から察するに硬派なミステリ小説を勝手に想像してました。…全然違う。なんだろう、これは。今まで読んだクローズド・サークルものとは全然違う。今まで読んだミステリとも違う。個人的には美しいロジックで謎を解いていくのが一番好みなんだけど、これはそんなんじゃない。好みからは大きく外れてるはずなのに、不思議と嫌いじゃない。序盤、8人の若者たちが孤島へ小旅行に出かける。うーん!陽キャの集まり!私には無理!あやめ目線で語られる文体はとても柔らかく、若者たちのみずみずしさが眩しい。本当にこれからミステリな展開になるのがちょっと信じられないぐらい。そのきらきらした眩しさの裏側で、それぞれ鬱屈した感情を募らせていたんだね。あやめの後ろ暗い部分もそう、鳥呼の殺意、それから守田氏が必死に隠していた感情。今思うと奈奈子さんも何を隠していたんだろう。やくざと云々の過去があったにしろ、この旅の中で自分に何かがあると予感してた節がある。奈奈子さんが殺されて、隠していたいろいろが少しずつ外に漏れ始める。守田氏の探偵ぶり!実に嫌味でいやなやつだった。私はこの作品で一番彼が好きなんだけど。あんまりいやなやつぶりを発揮するから殺されるんじゃないかと思ったよ。また一人また一人と殺されていく展開自体は実に王道のクローズド・サークル。密室トリック、凶器の日本刀をいつどうやって犯人は入手したのか、この辺もとっても本格ミステリ。なのに、登場人物の行動は私の知ってるクローズド・サークルものじゃない。島から脱出するモーターボートの鍵を海に放ったのは犯人ではない椋くん。犯人の手、もしくは天候不良などの自然現象以外で完成する閉ざされた空間って初めて出会ったかも。有栖川有栖の『女王国の城』もまあ…って感じだけど、あれは完全に閉じてないし犯人の目論見もあったし。あとありがちな朝になったら殺されてるパターン、これが最初の奈奈子さんだけだった。登場人物たちは夜はみんなで固まって寝るんだもん。部屋に閉じ籠るって人は椋くんぐらいだった。彼も殺されたのは昼間だし。誰も怪しいと思えなくてなー。妻や恋人を失った鳥呼、なつこさんや静香さんの慟哭は本物にしか思えなかったし、うさぎくんの遺体を背負って歩く守田氏は悲しかった。探偵ぶっていたのは守田氏だけど、全然探偵になりきれてなかったね。真犯人にいいように乗せられて、なつこさんと静香さんと一緒になってあやめを犯人だと指摘する。このパターンも初めて見た。実際のところは案外こんなものかもしれない。天才的な探偵なんていないのさ。みんなで酒を浴びるほど飲んで一緒に寝てしまったり、間違った推理を展開して犯人を見つけた気になったりするものかもしれない。結局、あやめは逮捕される。いやいや、そんなアクロイドみたいな結末なわけないしと思ってたら、やっと守田氏が探偵になってくれた。私は誰が犯人なのか、いつもすごくすごく考えながら読むタイプ。最近読んだ『日本扇の謎』も考えて考えて、謎解き部分は考え抜いてから読むんだけど、この作品はそもそも考える気がしなかった。論理的に考えたら鳥呼以外に犯行は無理だってわかったかも。でもそこまで細かくアリバイ検証してたわけじゃないしなー。どちらかといえば、フーダニットよりホワイダニットを考える話だったのかもと思う。守田氏の謎解きのメインもそちらだったように思う。あやめが言ってたように、みんな素敵な人だった。殺されなきゃいけないような人は誰もいなかった。それなのに殺されてしまったのはどうしてか。守田氏は一生懸命考えたんだろうな、いや、考えざるを得なかったのか。彼は頭がいいから犯人が鳥呼だってことはすぐにわかったんじゃないかな。真相は鳥呼の心中。鳥呼の愛がなせる業。三人も殺すぐらいなら他にどうにでもなった気がする…けど…そう論理的にいかないのが人の心理というもので。ましてや愛情なんてものはどうにでも発展してしまう。そこまで愛されていたあやめ。気づかなかったあやめ。あの時、一緒に海へ泳ぎ出していれば間違いなくあやめは鳥呼と死んでいたけど、それは二人にとってハッピーエンドだったんだろう。どうして肝心なことだけ言葉にできなかったんだろうね。心中劇に巻き込まれた椋くんとうさぎくんは本当に気の毒。椋くんはまあ鍵を投げ捨てたって落ち度があったかもしれないけど、うさぎくんはなんにも悪くないから。守田氏、いや守田くんのやりきれなさったらないよ。この物語で一番救われないのは守田くんでしょう。あやめはこのまま病院にいて、殺人犯のレッテルを貼られたままかもしれないけど、鳥呼の愛に殉じたともいえるわけです。愛した人にこれほどまでに愛されて、あやめは幸せだと思う。守田くんは最初からうまくやることだけを考えていて、ちゃんとうまくやってきた。うさぎくんに恋人ができたって、友達として一番近くでうさぎくんを見守ってた。一番そのままの形の愛なのかなとも思ったり。ゲイではなくて、別にうさぎくんを抱きたいと思うわけじゃなく、うさぎくんという人をただまっすぐ好きになった。自分のものになってほしいなんて思っちゃいない。それなのに彼の迎えた結末が一番悲惨。うさぎくんに気持ちを打ち明けて、拒絶され、仲直りはできないままうさぎくんを奪われる。辛すぎる。かと言って、うさぎくんが生きてても今まで通りにはいかなかったろうし…プロローグは三人の目線で書かれていて、最初はあやめ、最後がなつこさんだよね。二番目のは鳥呼?って思ってたけど、あれは守田くんだね。ただよくわからんのは〈奴〉が誰なのかってこと。〈あいつ〉はうさぎくんだろうけど…これはどうでもいいけど、守田くんは身長190㎝オーバーのイケメンの薬学部の大学院生ってスペックもたまらなかった。うさぎくんと彼のやりとり、もう一回読み直したい…なんかミステリというよりラブストーリーとして読んでしまったな。それぞれの愛のお話。ただジャンルとしては間違いなくミステリなので、ミステリをこんなふうに書くこともできるんだと新しい発見をしました。