●46万の壁

 

 

 


このお話は、昨日のブログ(●今まで書けなかった記事)の続きです。

 

 

 

従って、昨日のブログ(https://ameblo.jp/hirosu/entry-12331893526.html

 


を先にお読みください。


そしてから下をお読み下さい。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[前回までのあらすじ

 

 

占いの仕事をしていると、相談に来られるお客は、

 

前向きで、明るく明日を夢見る楽しい方ばかりとは限らない。

 

中には、死が目前となり夜中に散々泣いたあげく、

 

ただ話を聞いて欲しいと、電話相談してくる人もいるのだ。

 

それが、ケイコさんだった。ケイコさんは、普通のOLさんで、35歳独身だった。

 

実家は山梨県で農家を営んでいるという。ただ高校生の時から都会に憧れていて、

 

大学を卒業すると、親と喧嘩同然で迷わず東京に出て来て就職したという。

 

上京当時は、右も左も分からず大変だったというが、

 

1年も経つと、仕事にも慣れ、東京の生活にもようやく馴染んできたという。

 

33歳の時、仕事帰りに立ち寄ったバーで知り合った男性と恋人同士にもなった。

 

ところが、そんな彼女の体にも異変が起きる。それは彼氏の一言だったという。

 

「胸の中に、小さい石ころがあるみたい」確かに小さなシコリが分かる。

 

そこで心配した彼女は、仕事を早引きして、近くの病院で検査したという。

 

検査結果が出るまでは、仕事も思う様に手につかなかった。

 

幸いにも、結果は「良性」!だった。ホット胸をなでおろし普段の生活に戻った。

 

しかし、それから半年後の事だったという。夜中に、胸が痛くなって、起きた。

 

胸を見て見ると、右胸のシコリがあった場所が、

 

少し窪んでエクボみたいになっていたという。さすがに、今度は痛みが伴っていたし、

 

本で調べるとエクボの様になっていたら要注意と書かれていたので不安になり、

 

大きな病院で検査してもらう事にした。すると、医者から告げられたのは、

 

乳がんだった。それもリンパ節への転移があり、ステージは2Bと告知される。

 

転移があると聞いて、彼女は倒れそうだったという。彼氏の家で一日中泣いた。

 

右乳房のシコリとその付近も取り脇の下のリンパも切除して手術は一応成功した。

 

しかし、それで終わりでは無かった。彼女いわく、そこからが一番辛かったという。

 

手術の後、退院してからは毎日リハビリして、右腕が上がる様に訓練したという。

 

次に、術後1ヶ月経った頃から、放射線治療を始めたと言う。

 

そして、それが終わったら、抗がん剤治療が始まった。

 

髪の毛が抜け始め、ちょっとした臭いでも吐き気をもうようしたという。

 

また、彼女はガン保険に入っていなかったので、

 

この頃は病院代や治療費が結構かかり、その度に彼氏と喧嘩になる事も多くなり、

 

やがて、彼氏に若い彼女さんが出て来て、別れたという。

 

抗がん剤治療で、一番苦しい時に、彼女はプライベートでも最悪な状態となったのだ。

 

何度も抗がん剤治療を止めようと思ったが、その都度、看護婦さんに励まされた。

 

そして3ヶ月以上にのぼる苦しい抗がん剤治療を乗り切ったのでした。

 

幸い彼女の職場は理解のある所で、再び元居た職場で働き始める事が出来たという。

 

この時点で完治していれば、ハッピーエンドで終わり、私との出会いも無かったはずなのだが・・・

 

無情にも、退院から1年と2ヵ月が過ぎた定期健診で、医者から、

 

精密検査をしてみましょうと言われたのである。

 

その結果、肝臓と骨盤(骨)にガンの転移が確認されたという。

 

ステージⅣの末期ガンだった。余命半年。

 

そう医者に告げられた3日後の夜。彼女は私に電話してきたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今まで、頑張ってきましたが、 


 もう私、      ダメです。」

 

 

 


「もうダメ。」と言ってくる相手に、

 

 

「まだ大丈夫。」とか、「頑張って!」と、

 

 

 つい、励ましたくなるが、逆にそれが相談者の負担になる事がある。

 

 

「もうダメ。」という言葉が、甘えから出た言葉なら、励ましは有効だが、

 

 


本当に「もうダメ。」で、もう一歩さえも前に進めない場合、

 

 

「まだ大丈夫。」とか、「頑張って!」は、とどめを刺す事もあるからだ。

 

 


しかし、いきなりの電話相談だと、

 

 

相手の状況が切羽詰ったものか、どうか分からない。

 

 

 


そこで、私はいつも、

 

 

「どうしましか?」と優しく聞く事にしている。

 

 

 

すると、彼女は自分がガンになった経緯を話してくれたのだ。

 

 

彼女は親と離れ、ガンになって、一番辛い時に彼氏にフラれ、

 

 

今まで、たった一人でガンに立ち向かい頑張って来たのである。

 

 

そんな時での余命宣告である。

 

 

明らかに彼女は、もう一歩も歩けない後者の「もうダメ。」の方だった。

 

 

 

 


また、彼女の話を聞いていても、友人が登場しない。

 

 

それに、彼女の電話の向こうにも他の人の気配も無い。

 

 

彼女は一人ぼっちだった。

 

 

私と話している内は、まだいいが、いずれ電話は切れる。

 

 

そうなると、彼女はまた一人ぼっちの暗闇の中だ。

 

 

 


これから病を乗り越える為にも、彼女の支えになる人が必要だと感じた。

 

 

また、彼女の手持ちの資金も底をついていた感じだった。

 

 

話の途中で、延長料金の事を聞いてくる人は、大抵余りお金の余裕が無い。

 

 

彼女の「もうダメ。」には「お金も、もう無いの。」が含まれている感じがした。

 

 

 


そこで彼女にこう聞いてみた。

 

 

「山梨の実家には、帰れないの?」

 

 


すると彼女は、即座に「絶対帰れません。」と答えた。

 

 

上京した時に、両親と喧嘩別れして出て来た事は聞いたのだが、

 

 

人生の危機という時に、なぜ絶対帰れないのだろう。

 

 

 


普通の相談なら、即座に「絶対帰れません。」と答えられると、

 

 

もうそこには突っ込まないのが、私の流儀だが、

 

 

今の彼女には、彼氏の居ないし、見舞いに来てくれる友人も、家族も居ない。

 

 

支えてくれるとしたら、実家の親しか居ないのである。

 


そこで、いつもと違って、すこし粘って聞いてみた。

 

 

「なんで、絶対帰れないのかな?」

 

 

 


すると、彼女は「絶対帰れません。」と繰り返した。

 

 

 

彼女いわく、

 

 

上京してから、12年間、一度も実家には帰っていないという。

 

 

それだけでは無く、電話一本、手紙一通さえも出していないので、

 

 

実家の親は、現在の住所は勿論、電話番号さえも知らないのだと言う。

 

 

 

つまり、家出同然だ。

 

 

 

 

 

ただ、何となくだが、本当は彼女、

 

 

実家に帰りたいんじゃないのかな。という感じがした。

 

 

これは占い師の勘というモノだろうか。

 

 

何となく、彼女のニュアンスが、本当は帰りたいと感じさせるのである。

 

 

勘だから、ハッキリと説明は出来ないのだが、

 

 

彼女は「絶対帰れません。」を繰り返した。

 

 

そして、その理由を説明してくれた。

 

 

 

 


しかし、本当に絶対に実家に帰りたくないのであれば、

 

 

そんな細々と理由を、私に説明しない感じがしたし、

 

 

本当に実家に帰りたくないのであれば、

 

 

絶対帰りたくありません。」ではないだろうか。

 

 

だから、彼女の「絶対帰れません。」には、

 

 

出来れば、帰りたい。」が微かに感じられたのである。

 

 

 


そこで、とりあえず相づちをしてから、

 

 

「そう。

 

 でも、親って、どんなに酷い別れ方をしても、

 

 最後は許してくれると思うよ。」と言うと、

 

 


彼女は、「私の場合は、絶対許してもらえないと思う。」と言った。

 

 

 


彼女の「許してもらえない」という言葉が、

 

 

何か別の事情がある含みを感じた。

 

 

 


占いというのは、匿名で出来る手軽な相談相手である。

 

 

匿名だから、何でも相談出来るのである。

 

 

しかし、相談者は何でもかんでも、打ち明けてくれる訳では無い。

 

 

例えば、車を盗んでも、そんな事を言えば、

 

 

例え赤の他人で、お金を払っている占い師といえども人間だ。

 

 

そんな相談者には、冷たい返答が帰ってくるかもしれないから、

 

 

車を盗んだなど、正直に言ってはこないのだ。

 

 

 

 

 

そこで、私は彼女に、

 

 

「家を出て来る時、なんかお父さんを怒らせる様な事、しちゃったのかな?」

 

と優しく聞いてみた。

 

 

すると彼女は、ようやく重い口を開いてくれた。

 

 

彼女は、家を出て来る時、

 

 

父親の売上金から46万円を黙って持って来てしまったと言う。

 

 

 


つまり、彼女が実家に帰れない大きな理由に、

 

 

46万円を黙って持って来てしまったという事があったのだ。

 

 

 

そこには、実家には気軽に帰れない、

 

 

46万円という大きな壁が、彼女に立ちふさがっていたのである。

 

 


しかし、彼女には実家に帰る必要があると感じた。

 

 

こうなると、46万円の壁を乗り越えるしかない。

 

 

 


さて、そうなると、46万円がどんな壁なのか知る必要がある。

 

 

お金の壁というのは、不思議な物で、人によって感じ方が違う。

 

 

例え1万円でも、絶対許せないという人もいれば、

 

 

46万円の損失を、すんなり許してくれる人もいる。

 

 

 

 


果たして、彼女の両親はどちらなのだろうか?

 

 

 


彼女にご両親の顔写真を見せてもらう事にした。

 

 

1枚しかないという事で、確率は半分になるが、

 

 

その代わり、ご両親の口癖や普段の会話の内容などを聞いてみた。

 

 

私の判断は、彼女のお母さんは、とても優しい人。

 

 

お父さんは、普通。という感じを受けた。

 

 

 

 

 

何とかいけると思った。

 

 

 


ここからは、実家への里帰り大作戦の開始である。

 

 

まず、直ぐにでも母親に電話して、実家へ帰れるか打診したい所だが、

 

 

今は夜中だ。

 

 

こんな時電話したのでは、喧嘩の再発になりかねない。

 

 

 

 


そこで、明日の朝、お母さんが1人家に居そうな時間帯を狙って電話する様に言った。

 

 

セリフも私が考えた。

 

 

まず、電話して、お母さんが出たら、10秒黙って何も言わない事。

 

 

 

そこで、またお母さんの声がしたら、

 

 

「母さん、ゴメンなさい」と一言だけ言う。

 

 

次に何かお母さんが言ったら、

 

 

「母さん、ゴメンね。

 

 私、バチが当たっちゃったのかな。

 

 乳がんの末期だって。

 

 余命半年って、言われちゃった。

 

 ゴメンね。お母さん。」

 

 


そんな感じに言ってから、聞かれた今までの事を包み隠さず言う様に勧めた。

 

 

13年の空白と46万円の壁よりも、母親の愛を信じたのである。

 

 

 

 


結果を教えてくれる様に言って、私達は電話を切った。

 

 

 

翌日、彼女から電話来た。

 

 

少し明るい感じだった。

 

 

お母さんからは、色々言われた様だったが、

 

 

最後には、「帰って来なさい。」と言われたという。

 

 

 


「良かったじゃない。」と、私もこちら側で小さくガッツポーズ。

 

 


残るは父親の壁である。

 

 

 

 

母親と父親は違う。

 

 

母親の場合、電話でも愛さえ感じる事が出来れば許してくれる事がある。

 

 

しかし、男親は電話口では許しても、本心は許していない時がよくある。

 

 

男親は、電話口ではなく、直接会って目の前で謝る必要があると感じた。

 

 

 


そこで、実家に帰ったら、まず父親に謝って、

 

 

その時に、今あるケイコさん全財産を差し出して、

 

 

残りは必ず働いて返しますとお父さんに誓って、許しを乞う事を勧めた。

 

 

 


そして、もしそれが上手く行ったら、また実家から電話下さいとケイコさんに言った。

 

 


それからのケイコさんの行動は早かったという。

 

 

直ぐにリサイクル業者を呼んで、テレビや冷蔵庫などの家具を全て買い取ってもらい、

 

 

賃貸アパートを解約して、洋服などの荷物を段ボール箱に詰めると、

 

 

ヤマト運輸に頼んで実家に送ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、彼女が実家から電話してきた。

 

 

 

 

お父さんには、全財産と言っても15万円しか返せなかったというが、

 

 

実は金額は余り関係が無い。

 

 

男親には、今の全財産で償ってくれたという形だけが欲しいだけなのだ。

 

 

男親なんて、ウソでもいいから、残りは働いて返す。というその一言が欲しいだけなのだ。

 

 

そのお金だって、きっとケイコさんの治療に使うはずだ。

 

 

それが男親というものだ。

 

 

 

 

 

 

よし、46万円の壁は乗り越えた。

 

 


ここからが、本番だ!


最終話は、明日のブログに続く。

 

●今まで書けなかった記事

 

 

 

占いの仕事をしていると、

 

 

相談に来られるお客は、

 

 

前向きで、明るく明日を夢見る楽しい方ばかりとは限らない。

 

 

 

 

中には、死が目前となり夜中に散々泣いたあげく、

 

 

ただ話を聞いて欲しいと、電話相談してくる人もいるのだ。

 

 

 

 


それが、ケイコさんだった。

 

 

彼女は3日前に、医者から余命半年と告げられたと言う。

 

 

それからずっと、家に閉じこもり泣いていたという。

 

 

 

 


こんな時、私の様な占い師は無力だ。

 

 

たかが電話相談で、彼女の癌を取り除く事もできなければ、

 

 

有効なガン治療薬を処方してあげる事も出来ない。

 

 

しかし、こんな私でも話を聞いて欲しいという彼女の聞き役にはなれる。

 

 

 

 

 

この記事が、今まで書けなかったのには理由がある。

 

 

結果が悲しいものだからだ。

 

 

どんなに途中経過が、参考になろうとも、結果が悲しいものならば、

 

 

読んで頂いた読者の方にも、嫌な思いをさせるだけだろう。

 

 

しかし、書こうと思った理由も、最後に述べたい。

 

 

だから、悲しい結果なら読みたく無いと思う方は、

 

 

ここで読むのを止めて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ケイコさんは、普通のOLさんで、35歳独身だった。

 

 

実家は山梨県で農家を営んでいるという。

 

 

ただ高校生の時から、都会に憧れていて、

 

 

大学を卒業すると、親と喧嘩同然で迷わず東京に出て来て就職したという。

 

 

 

 


上京当時は、右も左も分からず大変だったというが、

 

 

1年も経つと、仕事にも慣れ、東京の生活にもようやく馴染んできたという。

 

 

33歳の時、

 

 

仕事帰りに、立ち寄ったバーで知り合った男性と恋人同士にもなった。

 

 

 

 

 

ところが、そんな彼女の体にも異変が起きる。

 

 

最初の異変は、彼氏の一言だったという。

 

 

「胸の中に、小さい石ころがあるみたい」

 

 


自分で触ってみると、確かに小さなシコリが分かる。

 

 

そこで心配した彼女は、仕事を早引きして、近くの病院で検査したという。

 

 

検査結果が出るまでは、仕事も思う様に手につかなかった。

 

 

 

 


幸いにも、結果は「良性」!だった。

 

 

彼女も彼氏も、ホット胸をなでおろし、彼女は普段の生活に戻った。

 

 

 


しかし、それから半年後の事だったという。

 

 

夜中に、胸が痛くなって、起きた。

 

 

胸を見て見ると、右胸のシコリがあった場所が、

 

 

少し窪んでエクボみたいになっていたという。

 

 

 


さすがに、今度は痛みが伴っていたし、

 

 

本で調べるとエクボの様になっていたら要注意と書かれていたので不安になり、

 

 

大きな病院で検査してもらう事にした。

 

 

 

 


すると、医者から告げられたのは、

 

 

乳がんだったという。

 

 

それもリンパ節への転移があり、ステージは2Bと告知される。

 

 

転移があると聞いて、彼女は倒れそうだったという。

 

 

その日は、彼氏の家で一日中泣いたという。

 

 

 

 


手術で乳がんを取り除く事になったのだが、

 

 

彼女が意外と思ったのは、翌日にもすぐ手術だと思ったら、

 

 

手術は3週間後だという。

 

 

さすがに、言わなかったが、

 

 

そんなに待って、他に転移したらどうするんだと言いたかったという。

 

 

その後、右乳房のシコリと、その付近も取り、

 

 

脇の下のリンパも切除して、手術は一応成功したという。

 

 

 

 


しかし、それで終わりでは無かった。

 

 

 

 

 

彼女いわく、そこからが一番辛かったという。

 

 

手術の後、退院してからは毎日リハビリして、右腕が上がる様に訓練したという。

 

 

次に、術後1ヶ月経った頃から、放射線治療を始めたと言う。

 

 

そして、それが終わったら、抗がん剤治療が始まった。

 

 

髪の毛が抜け始め、ちょっとした臭いでも吐き気をもうようしたという。

 

 

また、彼女はガン保険に入っていなかったので、

 

 

この頃は病院代や治療費が結構かかり、その度に彼氏と喧嘩になる事も多くなり、

 

 

やがて、彼氏に若い彼女さんが出て来て、別れたという。

 

 

抗がん剤治療で、一番苦しい時に、彼女はプライベートでも最悪な状態となったのだ。

 

 

何度も抗がん剤治療を止めようと思ったらしいのだが、

 

 

その都度、看護婦さんに励まされて、続けたという。

 


彼女はそんな良い看護婦さんに見守られて、頑張った。

 

 

そして3ヶ月以上にのぼる苦しい抗がん剤治療を乗り切ったのでした。

 

 

 

 


幸い彼女の職場は理解のある所で、

 

 

退院した3日後には、再び元居た職場で働き始める事が出来たという。

 

 

 


この時点で完治していれば、ハッピーエンドで終わり、

 

 

私との出会いも無かったはずなのだが・・・

 

 

 

 

 

 

無情にも、退院から1年と2ヵ月が過ぎた定期健診で、医者から、

 

 

精密検査をしてみましょうと言われたのである。

 

 

 

その結果、

 

 

 

 

 

肝臓骨盤(骨)にガンの転移が確認されたという。

 

 

ステージⅣの末期ガンだった。

 

 

余命半年。

 

 

 

 

 

 

 


そう医者に告げられた3日後の夜。

 

 


彼女は私に電話してきたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「今まで、頑張ってきましたが、

 
 もう私、      ダメです。」

 

 

 

後半は、明日のブログに続く。

 

●天使の奇跡

 

 

 

 

 

 


皆さんは、天使の存在を信じていますか?

 

 

 

 

 

こんな質問をすると、

 

 

きっと、逆に、こう質問されそうですよね。

 

 

 

 

 


「そう言う、かやさんは、

 

 天使の存在を信じていますか?」って。

 

 

 

 

「信じてますよ。」

 

 


って、断言したい所なんですが、

 

 

実は、個人的に天使さん、見た事無いんですよね。

 

 

すごく見たいと思ってはいるんですけど、残念ながら今の所・・・

 

 

 

 

 

 


でも、否定はしないですよ。

 

 

天使さん、居るんだろうなぁ。とは思っています。

 

 

 

 


と言うのは、

 

 

 

私がアメリカに居る時に、霊能者の方から、

 

 

「ポール、天使っているのよ。」って言われたんですよね。

 

 

彼女は何度か、天使の存在を目の当たりにしたそうなんです。

 

 

 

 


でも、霊と違って、天使が現れたって証明出来ないですよね。

 

 

霊が現れたのなら、その家族しか知らない事実を、

 

 

霊が伝える事によって、ああ、亡くなったお父さんが本当に居るんだ。って、

 

 

証明出来ますけど、天使となると、それが出来ない。

 

 

 

 


だから、私、霊能者の方に言ったんです。

 

 

 

「何か、私にでも分かる、

 

 天使が現れた時の兆候ってありますか?」って、

 

 


そうしたら、霊能者の方が、少し考えてから、こう言ったんですよ。

 

 

 

 

 

 

普通、人が亡くなると、

 

 

その人の亡き両親や親族、友人達が、天国への迎えに来るそうなんですが、

 

 

 


希に、単独もしくは一緒に、天使が天国への迎えに来てくれる事があるんだそうです。

 

 

すると、天使が来た証拠に、

 

 

その部屋で2つの内どちらかの奇跡が起きるんだそうです。

 

 

1■電気を点けた訳でも無いのに、急にその部屋が明るくなる。

 

2■亡くなりかけていた人なのに、急に元気になる。

 

 


1■の場合、その部屋だけが、眩い光に包まれる感じになったり、

 

その部屋に居る人は、部屋が少し明るくなった位にしか感じなかったのだけど、

 

その部屋に寝ていた亡くなりかけていた人が、「天使が迎えに来てくれた。」

 

と言ったりするそうです。

 

 

2■の場合、医者の話や医学的見解からみて、絶対歩けないはずで、

 

寝たきりだった患者さんが、その日だけベッドから立ち上がって見送ってくれた。とか、

 

肺がやられていて、一言も話せないはずの人が、見舞いに行くと、

 

すらすら喋って、雑談などして、お見舞いに行った家族も、

 

奇跡的に良くなったと安心して帰宅すると、翌朝急死したとか。

 

医学的に絶対不可能なのに、一時だけ急に元気になるそうです。

 

 


この2つの奇跡は、その亡くなる人が、それまでにとても良い行いをして、

 

他人を助けたとか、他の霊の絶ってのお願いがあったり、神様の使いだったりするそうです。

 

天使もかなり気まぐれで、良い行いをしたから必ず来るという訳でもないらしいのです。

 

ただ、医学的に言って不可能な事が、目に見える形で実現する現象だそうです。

 

 


もし、貴方の親族が亡くなる時に、

 

そんな現象が起きたなら、

 

きっと、貴方の知らない所で、故人は何かとても良い行いをしていたんだと思って下さい。

 

それは、天使からの細やかなお礼の出迎えの奇跡。だそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


最後に、こんな実話を紹介して今日は終わりにいたしましょう。

 

 

 

 

 

 

イギリス南西部のデヴォン州に、

 

 

1つの小さな動物園がありました。

 

 

 

220頭もの動物がいましたが、なんせ田舎です。

 

 

かなり借金経営だった様で、新しい施設とか修繕は行き届きません。

 

 

動物園開業以来33年、無事故でしたが、

 

 

この施設じゃ、いつ動物が町に逃げ出すか分からないと動物保護協会からクレームが来ます。

 

 

やがて、動物園の閉鎖が決定されてしまいます。

 

 

 

 

 


言い出しっぺの動物保護協会でしたが、

 

 

実際、全部の動物の面倒を見る事は出来ないといいます。

 

 

 


つまり、残念ながら、220頭の内、約150頭は殺処分するというのです。

 

 

 


周りの動物園も、人気の動物なら引き取るけど、

 

 

お客に人気の無い動物は、どうでもいい、とのことでした。

 

 


つまり、怪我をしてみすぼらしい動物や、びっこの動物などのクズ動物には、

 

 

 

誰も、見向きもしなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時、ある夫婦が大きな家を探していました。

 

 

この夫婦には、1つ大きな問題がありました。

 

 

 


奥さんが脳腫瘍で、そんなに先が長く無かったのです。

 

 

始め、その話を聞いた時は、

 

 

とても私達には無理ね、経験も無いし、かなり借金もある様だし。

 

 

と誰が買うのかしら。と笑ったといいます。

 

 

 


しかし、150頭近くの動物達が殺処分されるという話を聞いて、

 

 

2人の心が動きます。

 

 

 

「貴方、

 

 動物たちを、助けてあげましょう。」

 

 


妻の最後のお願いでした。

 

 

 


計算すると、全財産をつぎ込んでも買えません。

 

 

そこで、ロンドンにあった亡き父親の家を売り、

 

 

その廃業した動物園付の家を買ったのでした。

 

 

 

施設の改善費用は、借金となりした。

 

 

 

それでも、妻は、文句1つ言わず、「動物達を助けてあげましょう。」

 

 

と賛同してくれたのでした。

 

 

 

 

しかし、妻の脳腫瘍は容赦なく普段の生活を奪っていき、

 

 

やがて、ベッドからまったく動けない食べれないという状態に。

 

 

もう脳が侵されて、満足に話す事も出来なくなりました。

 

 

そして、動物園を新しくオープンさせるという、まさにその直前の、

 

 

3ヶ月前に亡くなったのでした。

 

 

 

 


しかし、夫ベンジャミン・ミーさんは、言います。

 

 

妻は脳腫瘍の末期で、ベッドから動けない食べれない、話せない状態だったのに、

 

 

 

ある日、突然元気になり、何かぶりに家族と食事出来る様になったと言うのです。

 

 

それはホンの束の間だったそうですが、奇跡だった。

 

 

まるで、助けた動物達が、奇跡を起こしてくれたみたいだったといいます。

 

 

 

 

私はその話を伝え聞いて、「あっ、天使が来たんだ。」と思いました。

 

 

 


天使が来たんなら、なぜ動物園のオープンまで生きさせてあげなかったんだ!

 

 

と言う人もいるでしょうが、

 

その疑問については、下記のブログで説明しているので興味のある方はどうぞ。

(●もう少し、生きていてくれたら・・
 https://ameblo.jp/hirosu/entry-12290310161.html

 

 

 


その後、夫婦が全財産をつぎ込んで、助けた動物園ですが、

 

 

特に珍しい動物がいる訳でもありません。

 

 

話題の動物が居る訳でもありませんでした。

 

 

ただ、動物達の命を救ってあげようと思っただけだったので、

 

 

そこまで考えていなかったのです。

 

 

大体、田舎に来るお客など、そんなにいるはずはありません。

 

 

 

 

倒産するのは、時間の問題でした。

 

 

 

 


だから、他の動物園や不動産屋も手を出さなかったのです。

 

 

投資家たちは、「バカ夫婦!」とバカにして陰口を言ったそうです。

 

 

 

 


ところが、奇跡が起きます。

 

 


動物園を開いた経緯に、面白みを感じたハリウッドの映画会社が、

 

 

貴方の今までの経緯を映画にしたいと、申し出たのです。

 

 


まるで、神様の言葉の様でした。

 

 

 

 

 

やがて、アメリカで「We Bought a Zoo」として映画化。

 

 

マット・デイモン主演なので、ファンの方は見たと思いますが、

 

 

日本でも、「幸せへのキセキ」と題名を変えて上演されました。

 

すると、どんな動物園なのだろうと、お客が殺到し、

 

 

22万人の人が訪れる動物園となったのでした。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=7xQpnSaZw6U


END

参考:NewsWalker 2012/06/01