『英雄たちの夢』

アドルフォ・ビオイ・カサーレス『英雄たちの夢』(大西亮訳、水声社)を読みました。
1927年のカーニバルの夜、人生の頂点と言うべき瞬間をかいま見る主人公エミリオ・ガウナが、三年後のカーニバルの夜にかつてのカーニバルの記憶を取り戻そうと行動する内容は勿論、驚きの展開もあり読んでいて面白かったです。
また、1927年のカーニバルと1930年のカーニバルが、主人公の意識の中で合わせ鏡の様に向かい合っている構造やブエノスアイレスの街の様子の描写等も興味深かったものの、一気に読まなかったせいだと思いますが、読み終えた後に(自分自身で)面白さの質を下げる読書をしてしまったかもしれないと感じました。
仮に、も読む速度をあげていたら、(比較的あっさりしていて、個人的にはガッカリした最後の場面も含めて)面白さが増し、印象がだいぶ変わった様に思われてなりません。
あと、個性的な登場人物は何人も出てきましたが、〈魔術師〉タボアダの娘であり、小説の途中で主人公エミリオ・ガウナの妻となるクララがとても可愛らしく書かれていて、読んでいる間何度となく主人公エミリオ・ガウナが羨ましくなりました。
それから、主人公エミリオ・ガウナとかつて同居していたラルセンも印象的な描写が多く、地味な人物ながら良いなと思いました。
「良夫婦」
今村夏子「良夫婦」(『群像』2021年7月号所収)を読みました。
ヘルパーだった時に担当していた人に(自分の行動が原因で)怪我を負わせた経験から
「最低人間」(33頁)と思い知ったにもかかわらず、偶然出会った小学生タムに対して虐待を受けていないかを疑った上、自分の思考や行動が原因で彼の右肘等を骨折させてしまい、更にはパート先のある人にも同様な視線を向ける主人公友加里の姿は考えさせられる事が多かったです。
もっとも、僕が上記の様に思ったのは読み始めた当初「変わっているなあ」としか思えなかったタイトルのせいかもしれません。内容からするとなかなか厳し目のタイトルだなと思いますし…。
そして、主人公が予測不能の事態に陥った際うまく対応する夫幹也は大変だろう、気はなかなか休まらないだろうと思うとともに、36歳でサービス付き高齢者向け住宅の所長になる(昇進のスピードが早いのかどうかははっきり分かりませんが)のはその気働きが原因かもしれないと思いました。
「虎に噛まれて」ほか

ルシア・ベルリン/岸本佐知子訳「虎に噛まれて」「カルメン」「B・Fとわたし」(『群像』2021年6月号所収)を読みました。本当は読む順番が違うと思うのですが、誘惑に負けて(?)つい読んでしまいました…。
「訳者解説」によると、『A Manual for Cleaning Woman』に収められているものの、先に刊行された『掃除婦のための手引書』(講談社)て訳せなかった19篇の小説の中から、訳者が3篇の小説を選んで訳したとの事ですが、どの小説も内容の割に長さが短く、僕自身としては展開に慣れる前に読み終えてしまった気がしてなりません。
以下に感想らしきものを書いておきます。
・「虎に噛まれて」:まず、主人公の年齢が若いのに驚きました。次に(従姉の行動がきっかけで主人公が一度は受ける覚悟を決めたものの、最後は翻意した)堕胎手術を行う病院での衝撃的な場面の描写と、その他の場面における明るい描写(主人公の親戚の男達の何という明るさ!)のコントラストがとても印象的でした。だから、余計に印象に残るのだとは思いますが…。ちなみに、タイトルは「虎に噛まれて」となっていますが、小説の中では虎は出てきません。
・「カルメン」:主人公が臨月が近いにも関わらず、ヘロイン中毒の夫のために国境を越えて運び屋をやると言う緊迫感ある展開に引き込まれ、最後の主人公の台詞に思わず溜息が出てしまいました。ああ、余りにも主人公が寂しすぎる…。
・「B・Fとわたし」:主人公がトイレの床のタイル貼りを頼んだらやってきた男の描写が何だか可笑しくて、読み終えて穏やかな気持ちになりました。文章や行間から滲み出ているゆるく、温かな感じがこの様な気持ちにさせるのでしょうか。


