F9の雑記帳 -80ページ目

「穀雨のころ」ほか




 第126回文學界新人賞の受賞作の2作品を読みました。

・青野暦「穀雨のころ」:登場人物四人の高校生活の一端を描いていて、全体に詩的な雰囲気が漂っているのですが、それを味わうだけで読み終えてしまったな、(登場人物の一人であるハツが絵を書く場面等)印象的な場面も多いのに生かしきれていないなと感じました。
 ただ、登場人物を減らしたり、(高校生だから仕方ないのかもしれないが)サッカーや音楽、美術や詩等色々出てくるのを省き一つか二つに絞ったら感想は変わると思いますが…。

・九段理江「悪い音楽」:読んでいる間はそれ程感じませんでしたが、読み終えて少しだけ心が満たされました。
 しかし、音楽準備室で瞑想していたり、表情筋のトレーニングをしたり、中学校の合唱祭でラップをやったりするとは、「著名な音楽家の娘」(149頁)である事はさておき、主人公は凄いなと思いましたが、「自分の声をちゃんと聞いたことがなかった」(176頁)と言う主人公の独白は重い内容の割には前向きだなと感じました。

『断絶』




 リン・マー『断絶』(藤井光訳、白水社)を読みました。
 (白水社の)「エクス・リブレス」のシリーズの本なので詰まらなくはないに違いないと思い読んだのですが、主人公のキャンディス・チェンの現在の状況と過去が同時並行的に書かれているので、読み始めた頃は戸惑ったものの、読み終えて期待通りに面白くて安心しました。近所の図書館で借りてきて良かったです。
 ただ、小説の面白さとは別に、個人的には「記憶の病であり、熱病感染者は自分の思い出のなかに果てしなく囚われてしまう」(188頁)“シェン熱”には感染したくない(夕食を繰り返し摂る、本を繰り返し読みジュースを繰り返し飲む、鏡の前で繰り返し服を選ぶ等の行為を繰り返しながら死んでいくなんて…。)し、主人公が目の当たりにしたり経験する(家に押し入り物品を略奪する)“ぶらつき”はしたくないなと思いました。

『複眼人』



 呉明益『複眼人』(小栗山智訳、KADOKAWA)を読みました。
 以前、著者の作品の『歩道橋の魔術師』(白水社)を読んで面白かった記憶があり、先日桑名市立図書館で借りたのですが、読んでいてそれ程興奮しませんでしたし、大きく心を動かされませんでした。
 台湾を舞台にして、風習によりワヨワヨ島(と言う異郷)から流れ着いた男性(二男)と主人公の台湾人の女性の交流を中心として小説は進むのですが、幻想的で寓話的風味があり、小説のあちこちに(人間の死は勿論)マッコウクジラの群れの集団死等の死の描写、あるいは漂着したゴミの島等色々興味深い内容を頭の中で整理しないまま読み進めてしまったので、先に書いた様に感じたのかもしれません。
 ただ、(タイトルにもなっている)複眼の男の扱いがやや軽いなと感じました。
 更に、終盤に出てくる曲が、ボブ・ディラン「激しい雨が降る(A Hard Rain's a-Gonna fall)」だと知っていたら、小説の面白さが変わったのかなと思いました。