『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』

『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』(橋本勝雄編・訳、光文社古典新訳文庫)を読みました。
題名に惹かれて、桑名市立図書館で先週借りてきて読んだのですが、収められている収められた9篇の小説を読み終えて、僕の思っている“幻想小説”とは違っていて、若干肩透かしを食らった感じがしました。
そして、個人的には木苺を食べたせいで女性の魂が青年男爵に乗り移る設定で、個人的には幻想の雰囲気が強いと感じられた「木苺のなかの魂」(イジーノ・ウーゴ・タルケッティ作)、警察署長が夢遊病の状態で未来に起きるある事件の結末を紙に書いてしまう「夢遊病の一症例」(ルイージ・カプアーナ作)が印象に残りましたが、「もう少し“飛び道具”的な要素があっても良かったのに…。」と思いました。
「水たまりで息をする」

高瀬隼子「水たまりで息をする」(『すばる』2021年3月号所収)を読みました。
主人公の衣津美(いつみ)の夫研志(けんし)が風呂に入らなくなって起こる様々な出来事が描かれているのですが、途中腰が若干引け気味になる箇所があったものの、読み終えて落ち着いた気持ちになりました。
そして、(水道水は“くさい”し“痛い”と言う理由で)雨が降る中傘を持たずに外に出たり、マンションのベランダに雨水を溜める装置を作ると言った時間の経過とともに変化する夫の描写、時間が経つにつれて夫に厳しくなる主人公の義母、あるいは彼女から聞かされる臭いによるハラスメントがあったと言う夫の職場等の周囲の人々の反応…、その様な場面や状況の描写がとても細かくて驚きましたが、小説のためとは言え、身体の臭さについて良く細かく描けるなと思いました。
更に、過去の思い出と小説の展開に無理がなく、主人公が小学生の頃の河川敷での思い出、飼っていた“台風ちゃん”という名前の魚、そして夫の退職と妻の実家近くの家への転居、主人公の退職と夫に続いての転居等これらが交わるべき所で交わっていて、効果を高める方向に向かっている事に感心してしまいました。ああ、凄いなあ…。

