F9の雑記帳 -84ページ目

「誰にも奪われたくない」




 児玉雨子「誰にも奪われたくない」(『文藝』2021年春号所収)を読みました。
 主人公の本業が銀行員で作曲家の立野玲香、(小説の途中までは)アイドルグループの一員で整形していたらしい(そして、ある事件がきっかけでアイドルグループを脱退し、ついには事務所を解雇されてしまう)佐久村真子、本業の同僚の林(男性)や上司の三浦(女性)等の主な登場人物の個性が分かりやすく、タイトルも内容にマッチしていたからでしょうか、一気読みに近い状態で読み終えてしまいました。
 そして、主人公の「どうしてたったひとりでいられないの?」(46頁)の台詞、個人的に胸に響きました。
 もっとも、林の主人公に対してやや上位に立った感じで話す態度の描写や、ライブハウス支援配  信ライブに関する人物の行動や心理の描写に少々苛立っていたから、余計にそう感じたのかもしれませんが…。

『恥さらし』




 パウリーナ・フローレス『恥さらし』(松本健二訳、白水社)を読みました。
 桑名市立中央図書館の新着資料の棚にあり、かつ〈エクス・リブリス〉のシリーズだったので借りてきて、尾鷲市のアパートの部屋で(一週間ぐらいかけて)読み終えました。
 この本に収められている9篇の小説の感想めいた物を以下に書いておきます。
・「恥さらし」:失業中の男が二人の娘を連れて「一大オーディション」(13頁)に向かう男の姿がしっかり見えて、悲しい気分になりました。しかし、(オーディションを受けたらと勧めた)上の娘を軽蔑してしまうのも分かる気がします。これだけ違っていては…。
・「テレサ」:主人公の女性が図書館の近くで子連れの男とで知り合い、肉体関係を持つに至る展開なのですが、謎が謎のまま残されていて、読み終えた後にある種の童話かなと思いました。
・「タルカワーノ」:海軍を除隊させられた主人公の父親が自殺を図るという展開は意外でしたが、人間の成長の速さを感じました。終盤の主人公の辿った道程が淡々と描かれているのも、そう感じた原因かもしれませんが。
・「フレディを忘れる」:日記からの引用や過去の出来事も絡めてあり面白かったですが、同棲相手と別れ母親のマンションに戻った主人公の女性が分かった様に思いました。しかし、幼い頃主人公がテレビに出た切っ掛けが強姦魔に襲われた事だとは。
・「ナナおばさん」:主人公の父親が失業した後家にやってきたナナおばさんの様の生き方(「自分以外のあらゆる人の人生を気にかける生き方」(123頁))は、僕にはできないなと思うとともに、若いからこその主人公の気の強さの描写に惹かれました。
・「アメリカン・スピリッツ」:若い頃の主人公の友人を見る姿勢が良く分かるなと思いましたし、ある事件(内部告発はなかなかできるものじゃないですよね…。)の犯人が分かる場面には個人的には意表を突かれましたが、最後の主人公の気付きに胸が詰まりました。
・「ライカ」:冒頭は幻想的なのに、(浜辺でUFOを見ようと主人公のホセファを誘った)フェデの大胆さと、予想と違う展開が待っていて興奮しました。そして、ライカと言うタイトルの意味が最初よく分かりませんでしたが、(途中で)スプートニク二号に乗って宇宙に行き死んだ犬の名前だと知り、良いタイトルだなと思いました。
・「最後の休暇」:主人公が子供の頃伯母一家と過ごした夏についての物語でしたが、伯母一家との生活と母親と兄との同居の生活の対比が身に沁みました。そして、最後の部分も効いていました。
・「よかったね、わたし」:「セーラームーン」等のアニメの名前が登場する二人の少女に関するエピソード、現代の孤独な女性に関するエピソードが交互に描かれているのですが、個人的には現代の孤独な女性に関するエピソードの方が寂しく、(そのせいかどうかはさておき)しっくりきました。また、二人の少女に関するエピソードは(『ゾディアック騎士団』がアニメ『聖闘士星矢』のスペイン語タイトルであるのを知ったのを含めて)読んでいて面白かったですが、それ以上には感じませんでした。

 ー最初に読んだ「恥さらし」が衝撃的だった(2014年にロベルト・ボラーニョ短篇小説賞を受賞したと言うのも納得できる内容でした!)せいか、他の小説は面白かったですし想像させる内容だったのは確かですが、他の8篇の小説の印象を薄めている気がしました。

「スーパーラヴドゥーイット」



 鴻池留衣「スーパーラヴドゥーイット」(『すばる』2020年2月号所収)を読みました。
 ファミリーレストランのような店で働く入江大吾郎の描写で始まり、個室で人が殺されたりする場面もあるのでやや戸惑いつつ読み進めましたが、途中で夢だと分かりやや安心しました。
 そして、更に読み進めて入江大吾郎の言動のキツさ(まあ、夢の中だから仕方ないのでしょうが…。)に吃驚したり、ある理由で入江大吾郎の実家に向かう事になる等の意外な展開が多くて面白かったですが、最後の最後で(可愛いが少し憎たらしい)川口番子が最終的に「この世界の主役」(110頁)になる切っ掛けを掴むとは思わなかったので読んだ時吃驚しました。
 まあ、SF的で読んでいて楽しかったので、余計にそう感じたのかもしれませんが。
 しかし、この作家が以前小説に登場させた「ダンチュラ・デオ」の名前が出てくるとは思いませんでした。もしかすると、一番印象に残ったかもしれません…。