『五月の雪』

クセニヤ・メルニク『五月の雪』(小川高義訳、新潮社)を読みました。
この本に収められている9篇の小説は年代順に並んでおらず(一番時代を遡るのは「イチゴ色の口紅」の1958年、現在に一番近いのは「皮下の骨折」の2012年)、(15歳で米国アラスカ州に移住した著者の出生地である)ロシア北東部の町マガダンが関係している上に、小説に登場する人物が重複していて、緩やかな連作短篇になっているのが読んでいて興味深く面白かったです。
そして、ソビエト連邦時代の首都と地方都市の生活水準の差の描写が強烈な「イタリアの恋愛、バナナの行列」、(この小説の主人公である)トーリクの人生について書かれている「皮下の骨折」、政治体制が違っても結婚生活は大変さだと分からせてくれる「イチゴ色の口紅」(この小説の主人公であるオーリャの姉ゾーヤの格言が強烈!)、読んでいて(この小説の主人公である)ディマに同情してばかりだった「絶対つかまらない復讐団」、才能ある人間を見つけた人間が最後の最後で本能に飲み込まれる「ルンバ」、(この小説の主人公である)ソーニャの現実と幻覚の境目が分からなくなりそうになる「夏の医学」、マガダンと言う都市の文化的一面を描いた「上階の住人」が個人的には印象に残りました。
しかし、ダラダラ書いてみて気付いたのですが、あまり長くない小説は僕の印象には余り残らなかったような気がします(あ、違ったかな)…。
『ナターシャ』

デイヴィッド・ベズモーズギス『ナターシャ』(小竹由美子訳、新潮社)を読みました。
以前桑名市立中央図書館で見かけて気になっていたので先日借りてきて読んだのですが、この本に収められた7篇の連作小説は語り口はやや静かながら、所々で熱い感情が溢れていてハッとさせられました。
今回、7篇の小説の主人公や両親等が(ラトヴィアからの)移民と言う事をあまり意識せずに(全部を)読み終えましたが、それを強く意識して読んだら、また感じ方等が変わったかもしれません。
個人的には、かつてのチャンピオンの姿が寂しいがゆえに鮮やかに描かれている「世界で二番目に強い男」、主人公の大叔父とモスクワからやってきた従妹の描写に驚いた「ナターシャ」、ある対象に対する思いの熱さと祖母の死に向かう描写との落差が納得の「コインスキー」が印象に残りました。
『人間のしがらみ』

サマセット・モーム『人間のしがらみ(上)(下)』(河合祥一郎訳、光文社古典新訳文庫)を読みました。
作者のサマセット・モーム自身が序文に書いている「自伝的小説」(上巻11頁)だからでしょうか、登場人物が沢山出てきましたが、(医学校に入学したり生地商の店舗の売場係になったりと)紆余曲折を経て主人公フィリップが幸せを感じる最後に何だか嬉しくなると同時に、(主人公フィリップの友人だったクロンショーのペルシャ絨毯の模様のメタファーの様に)勉強になる部分も多かったです。
とは言え、幼い頃に母を亡くした後叔父の家に預けられ、足が悪い事もあってか学生時代から楽しみより苦しみの方が多い展開は(主人公フィリップの気持ちの変化も含めて)理解できたがゆえに辛かったです。
加えて、この小説に多く登場するミルドレッドが主人公フィリップに取る非道い態度に対して(印象には残ったものの)心の中で「最悪!」と叫んでいました。
そして、(この小説の内容には関係ないですが)この小説は以前から『人間の絆』の題名で訳されてきた小説の新訳ですが、下巻の(“絆”と言う単語にはしがらみや束縛の意味もあったのに、次第に単語の持つ意味合いが変わってきたと言う流れにより題名を変えたと言う)「訳者あとがき」を読んで題名の変更の理由に納得すると同時に、日本語の難しさを感じました…。
