F9の雑記帳 -63ページ目

「ジャクソンひとり」



 安堂ホセ「ジャクソンひとり」(『文藝』2022年冬号所収)を読みました。
 第59回文藝賞受賞作です。
 正直な所、日本人と黒人の混血である日本人のジャクソンと外見が彼に似ている3人(ジェリン、イブキ、エックス)の出会いの場面辺りを読んでいて本当に訳が分からなくなってしまい狼狽えたにも関わらず、自身の状態を無視して読書を続けてしまったため、一度ちょっと読むのを止めようかなと思いました。
 しかし、少し休んでから気を取り直して読み進めていくうちに、(四人が似ていると言う事を活かして復讐していく展開も含めて)段々面白くなってきて、最後の最後には(驚くべき事に)読み終えるのが少し惜しいなと思うぐらいになってしまっていました。
 だからと言う訳ではないのですが、個人的にはこの小説は不思議な魅力を持っているなと思います。
 もっとも、具体的にそれは何かと訊かれると困ってしまいますが(サスペンス風味や黒幕の人物の登場…。)。
 そして、これは本当に個人的な事ではあるのですが、この小説の中の描写を読んでいて「非『純ジャパ』」(12頁)の人々に対する視線や態度に(個人的に)気をつけないといけないなと思いました。

「がらんどう」



 大谷朝子「がらんどう」(『すばる』2022年11月号所収)を読みました。
 第46回すばる文学賞受賞作です。
 まず、主人公の平井と菅沼(ともに女性)のそれぞれの日常が、マンションの部屋をルームシェアしていることやその状態に至る経過も含めてやそれぞれの日常等が詳細に描かれていて読んでいて興味深かったです。
 そして、これまで男性とはうまく付き合えてこなかったのに以前から卵子凍結を更新していたり、婚活アプリで知り合った男性と食事をしてマルチ商法の勧誘だと断定したのに時間が経つと彼に会いたいと考えてしまったりする主人公の平井に対して、(若干理解できない部分はあるのはさておくとしてものの)読んでいるうちに自分の中に滲み出てくる寂しく虚しい気分をどうにか出来ないだろうかと何度か考えてしまいました。
 ただ、そんな風に感じたのは、旅先で出会った単身赴任中の男性と不倫関係になってしまう(そのことを知った平井から子どもができたらどうするのか平井に問われて「できないよ」と答える)菅沼に関する描写が主人公の平井と対象的だったからかもしれませんが。
 しかし、最後に書いてしまいますが、最初から最後まで全体のテンションが低いままの小説というのは個人的にあまり読んだことがないような気がしました。

『島崎藤村短篇集』

 


 島崎藤村『島崎藤村短篇集』(大木志門編、岩波文庫)を(少し前になりますが)読みました。
 僕は島崎藤村の詩も小説も殆ど読んだ事がなかったので、先日某書店でこの本を見つけた時はすぐに買うつもりだったのですが、購入するまで何日か逡巡してしまいました。
 今回、購入から更に数ヶ月放置した後に読みだしたのですが、そのせいなのでしょうか、どの小説も満腹感を通り越して軽く腹痛を起こしかねない読後感でした。
 その理由は僕には良く分かりませんが、その理由は小説の長さを問わず人間について内容が盛り沢山だったからかもしれません。
 ただ、この本に収められた11篇の小説は勿論、島崎藤村の書いた短篇小説はどれも「珠玉の輝きを放っている」(394頁)のは間違いないと感じました。
 もっとも、島崎藤村の小説についてはこの本に収められている11篇の短篇小説しか読んでいないので、偉そうな事は書けないのですが…。
 と言う訳で(?)、この本に収められた11 篇の短篇小説はどれも僕に強烈な印象を叩き込んでいきましたので優劣をつけられませんが、中年の人達の寂しさを感じるモデル小説の「並木」、日露戦争後における戦争後遺症のPTSDを描いた「平和の日」、狂気に侵された女性の晩年を描いた「ある女の生涯」、関東大震災後の状況について描いた「子に送る手紙」、作家のある時期の生活を克明に描き切なさと寂しさが胸にせまってきて「嵐」が特に印象に残りました。