『アホウドリの迷信』

『アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』(岸本佐知子、柴田元幸編訳、スイッチ・パブリッシング)を読みました。
この本には翻訳家の岸本佐知子、柴田元幸の二人がそれぞれ四人の作家の作品を訳した計八篇の短篇小説が収められています。
以下に個人的に強く印象に残った作品の感想(めいたもの)を書いておきます。
【柴田元幸訳】
◎レイチェル・クシュナー「大きな赤いスーツケースを持った女の子」
終盤まで女性にフラレた男性の話かと思って読んでいたら最後の最後で裏切られて嬉しくなりました。
◎ローラ・ヴァン・デン・バーグ「最後の夜」
「私が列車に轢かれて死んだ夜の話をしたい。」(179頁)という冒頭に驚きつつも(実際には語り手は死んでいません。)、語り手にとって重要なある一日について現在の仕事と絡めて語られるその語り口と内容に惹かれました。
【岸本佐知子訳】
◎デイジー・ジョンソン「アホウドリの迷信」
十代の女性が妊娠して、彼氏の男性が出ていって戻ってこないからなのでしょうか、変な思いに取り憑かれていく様の描写は色々考えさせられましたが、終盤のある家の食卓の上にアホウドリがいるという情景の出現は唐突で驚きました。
◎リディア・ユクナヴィッチ「引力」
この小説の中での水や泳ぐ事の意味の重さとイメージが鮮やかかつ強烈で、やや設定や内容が重かったのですが、面白かったです。
そして、岸本佐知子訳のサブリナ・オラ・マーク「野良のミルク」「名簿」「あなたが私の母親ですか?」が読んでいてどれも散文詩という感じがして、個人的に妙に引っかかりました。ちょっと(というかかなり)奇妙でした…。
あと、作家紹介も含めての対談の「競訳余話」も、翻訳家二人の翻訳についてあれこれ知れて面白かったです。
『家の本』

この本は全78章で構成されており、(主人公と言っていいでしょう)「私」の人生において関わりを持ったそれぞれの家について、時系列にこだわらずに書かれているのですが、ある章を読み終えてすぐに次の章を読み出すと余韻が消えてしまってガックリする事が多々あり、やや残念に思いました。
恐らく、このような事は作者の想定外に違いないでしょうが、若干散文詩めいている上に会話が余りないのが効果を発揮しているのでしょうか、「私」や父母、祖母そして妻や亀と言った人々や動物の姿がとても印象的に書かれているのに若干勿体ない気がしました。
しかし、僕はこの作家について不勉強でまるで知りませんでしたが、読み終えてこの本がイタリアを代表する2つの文学賞(ストレーガ賞とカンピエッロ賞)のファイナリストに選出されたのも納得できました。
読み方を少し変えるだけで、印象や感想(めいたもの)は相当変わるだろうなと思いました…。
「開墾地」

グレゴリー・ケズナジャット「開墾地」(『群像』2022年11月号所収)を読みました。
サウスカロライナ州の自宅に戻った主人公ラスールがイラン人の父親と過ごす日々及び過去の出来事や思い出を絡めて書かれているのですが、日本での自室の状況を脳裡で日本語で表現できるものに変えようと考えたり、他人と会話する際の父親に対して違和感を抱いたり、日本を離れる時からの心配の種である博士論文の事が気になる主人公の姿が疲れているようで、少し同情してしまいました。
まあ、父親が(父親自身の故郷と繋がろうとして)ペルシャ語で歌われる音楽を聴く事が多かったり、父親の従兄弟が持ってきた白黒のビデオを見たりする等して、日常的にペルシャ語と英語が日常的に聞こえてくるのであれば、自分は何者なのか考えることが多いに違いないから、僕としては疲れてしまうに違いないと思うのですが。
そして、個人的にはこの小説に葛が登場するのが面白かったです。燃やして少し後退したとしても、「繁殖し、今年よりも前に進んでいくだろう」(174頁)とは…。主人公にとっては日本の象徴なのでしょうか。

