「うるさいこの音の全部」

高瀬準子「うるさいこの音の全部」(『文學界』2023年2月号所収)を読みました。
まず、表紙や目次にあるように確かにサスペンスフルな内容ですが、作家とその人自身の関係について小説を書くと言う事に驚きました。
しかし、文学賞を受賞すると、早見夕日として居住している市の市長から電報が来たり、勤務先の社内報へのコラムの執筆依頼が来たりするんだ、大変だな…。
次に、この小説の中には、幾つかの箇所に主人公の長井朝陽が書いた(近い将来、作家早見夕日の小説として発表するだろう)小説の一部分が置かれているのですが、個人的には長井朝陽自身に「大学生の女の子が、中華料理屋の息子をおだてておごらせたり、付き合ってすぐ分かれて、話をしに来た中国人のその元カレを、警察を呼んで追い払ったりする、話」(45頁)と説明される小説が、以前読んだ高瀬準子の何篇かの小説とは違い、読んでいて興奮しました。
もっとも、これらから受ける印象や長井朝陽の勤務先のヨシオカさんや書店員の帆奈美、やや地味な長井朝陽の母と言った登場人物達がが余り派手でないからこそ、「この小説は凄い」と読書中感じていたのかもしれませんが…。
「荒地の家族」

この小説には、主人公で植木屋の(坂井)祐治が、中古車販売をしている幼馴染の(篠原)明夫と再会し、時々会いはするものの深い関係は持たずにいたところ、ある事件をきっかけにして彼が自死を選ぶまでの日々が描かれていますが、読み終えてとても良い小説を読んだなと思いました。
そして、ひとり親方としての仕事や友人の河原木達也から持ち込まれた仕事をこなしたりと
奮闘しているのに、最初の妻の晴恵は病気で亡くなり、二番目の妻の知加子とは流産した後に離婚し、その後は会う事も拒否されてしまったり、息子の啓太の行動や態度に心配したり動揺したりする祐治に対して個人的に悲しさと虚しさを同時に覚えましたが、大学生の時晴恵に恋心を抱きながら言い出せず祐治に取られてしまい、職を転々とした挙げ句病気になり、現在の中古車販売の仕事もクビになりそうだと祐治に対して言い放ち、最後には事件を起こしてしまう明夫に対しても、読み進めるうちに生きるのに必死なんだなと同情心が芽生えてしまいました。
しかし、祐治に対する明夫の台詞、「報いだよ」(33頁)の言葉は重いなと感じました。
ただ、だからといって、自死を選ぶのは間違っているとは思いますが…。
あと、最後の祐治に起きる出来事には衝撃を受けました。
「この世の喜びよ」

井戸川射子「この世の喜びよ」(『群像』2022年7月号所収)を読みました。
目次にもある通り、ショッピングセンターの喪服売り場に勤務する“あなた”(=穂賀)と(当初はフードコートにずっと座っていた)少女とのやり取りを中心に、あなたの娘についての回想も随所に登場しつつ物語は進むのですが、読点が多い文章で書かれている上、あなたの発した言葉が鉤括弧でくくられていないからでしょうか、あなたの発した言葉を読む時に何だか波に乗って揺られている(追加するとやや前のめりになる)感じがしました。
もしかすると、あなたの発した言葉を読む際、頭の中で声を出して読んでいたからかもしれませんが。
ただ、少女が両親等に対してやや嫌味な言い方をするばめんがあったり、ショッピングセンター内のゲームセンターでメダルゲームをする男性やゲームセンターの従業員多田が登場したり、娘二人についての回想が時として内容的に激しかったりと遭遇したなら相当騒々しいはずなのに、読んでいて少しもそのように感じず静かな、もっと突っ込んで書くと、あなた以外の登場人物の声が聞こえてこない感じがして、個人的には少し残念に思いました。
でも、そうでなければ、最後の「あなたに何かを伝えられる喜びよ、あなたの胸を体いっぱいの水が圧する」(44頁)という部分が生まれてこなかったかもしれないので、多分に痛し痒しと言うところかもしれませんが。
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ああ、『群像』2022年7月号は発売してそれほど時間が経つ前に買っていたのに…。
もう少し早くこの小説を読んでおけば良かったです。


