F9の雑記帳 -17ページ目

「どうせ焼肉――九州男尊女卑考」



 古川真人「どうせ焼肉――九州男尊女卑考」(『文學界』2025年3月号所収)を読みました。
 この小説には、古川作品ではお馴染み(だと思いますが…。)の(大村)浩と稔の兄弟の母、美穂の誕生日を焼肉屋で親戚を含めて総勢十一人でお祝いしている様子の描写と、作者による男尊女卑に関する考察が書かれているのですが、作者がインターネットの記事等も踏まえて男尊女卑について考察し、結論が出るかと思われたところで焼肉屋での(大村)美穂の誕生日のお祝いの様子の描写に戻ったり、またその逆の場合もあったりと、読んでいて本当に退屈しませんでした。
 まあ、全体的に和気あいあいとした雰囲気に溢れている上、お祝いの席にいないはずの死者がいたり、途中で焼かれているホルモンが男性優位な内容の話をしはじめたりする場面がある時点で詰まらないはずはないなと思いましたが。
 あと、僕自身は今までこんな形式(?)の小説を読んだ記憶がなかったので、(終盤は若干普通の小説だなと感じたとは言え)新しい形の小説を読んだなと思いました。
 しかし、(大村)浩と稔の兄弟の物語はまだまだ続くのでしょうね…。

『皇后考』





 原武史『皇后考』(講談社学術文庫)を読みました。
 正直なところ、何をどう書いていいのかすら良く分からないのですが、まず、「外的な偶発性により皇后に選ばれ」(650頁)、皇后そのものや皇后の役割等について考えながら明治・大正・昭和の時代を生きた一人の女性としての(死去後に貞明皇后と追号される)九条節子の姿を「能うかぎりの史資料」(634)を使って描き出したその内容に幾度となく圧倒されてしまいました。
 それだけが理由ではありませんが、読み終えるまでに読書をしない日を何日間も作ってしまったため、巻末の解説の中での「想像力溢れる物語として、描ききった作品」(650頁)とする安藤礼二の評価に胸を張って同意できるかどうか、個人的には微妙なところがあります。
 夫となった女性に関する噂があった大正天皇、明治天皇や昭憲皇太后、昭和天皇等の皇室での人間関係、様々な制度改正、(筧克彦の)“神ながらの道”等々、とても興味深いキーワードと内容が盛り沢山なのは間違いないのですが…。
 そして、単行本が出た当時は買わなかったのに、文庫本が発売された途端買ったものの、本の分厚さとカバーから想像される内容に怖気づいて7年以上程積ん読状態にしたにも関わらず、反省することもないまま読み始めた自分を恥ずかしく思う気持ちが読み進めるにつれて強くなりました。
 ああ、本当に本は買ったらすぐに読まないといけないですね…。

「ゲーテはすべてを言った」




 鈴木結生「ゲーテはすべてを言った」(『小説トリッパー』2024年秋季号所収)を読みました。

 「今や日本におけるゲーテ研究の第一人者とされる」(105頁)博把(ヒロバ)統一が、訪れた先のイタリア料理店のティーバッグにゲーテの言葉として書かれていた“love does not confuse everything,but mixes.”(主人公の和訳では「愛はすべてを混淆せず、渾然となす」(115頁))と言う文句の真実を探ろうと奮闘するこの小説は、当初こそ文章が生硬で難解なのかなと警戒して読んでいましたが、主人公のドイツ遊学の際に知り合い「ゲーテ曰く」の言い回しを教えてくれたヨハンや主人公の娘で卒業論文を精力的に進めている博把徳歌(ノリカ)、主人公の後輩で大学教授(で、終盤には事件を起こしてしまう)の然(シカリ)紀典や主人公の義理の父親で師である芸亭學等(←勿論、もっと多くの人物が登場します!)と言った登場人物達が一癖ありながらも湿っぽくない人物設定だったからでしょうか、先に書いた心配は殆どなくなり不思議に感じましたが安心して読み進める事ができ、とても嬉しかったです。

 また、主人公がゲーテ研究に携わるがゆえに見てしまったであろう変わった夢、あるいは小説上の過去と現在が(後半にかけて特に)繋がっていく様の描写が絶妙で読んでいてかなり興奮しました。

 あと、個人的な事柄で恐縮なのですが、芥川龍之介賞の受賞作発表前までには読んでおけばよかったと本当に強く思いました…。