F9の雑記帳 -16ページ目

「軒下の祈り」


 大濱普美子「軒下の祈り」(『文學界』2025年4月号所収)を読みました。
 “チェーン展開のリラクゼーション・サロンで整体師として働いている主人公の千春は、ある日勤務先で呼び込みをしていた際に真向かいのドラッグストアの店員の千夏と知り合う。
 女子会やカラオケ等を通じて二人の距離が近くなりだした頃、とある飲み会の終了後に千春の住んでいるアパートの部屋に千夏が泊まる事に。
 それがきっかけで同居を始めた二人の行き着く先は果たして…。”
 この小説は上記のような展開を見せるのですが、読んでいる途中で引っかかったり立ち止まったりする部分が(僕の中では)ほとんどなくスイスイ読めて安心した一方、「これで大丈夫なのか?」と若干の不安も覚えました。
 もっとも、この感想(めいたもの)は僕の精神状態次第で変わるものでしょうが…。
 ただ、終盤のダンスのレッスンやボイストレーニングの予定で一杯にしている割にオーディションでパッとせず、ドラッグストアを辞めた後アルバイトが定まらない千夏が千春にある事を告白した後の千春の感情の変化の描写は読んでいて(千夏や千春とは性別は違いますが)身につまされる思いがしました。

『愛についてのデッサン 野呂邦暢作品集』



 野呂邦暢『愛についてのデッサン 野呂邦暢作品集』(岡崎武志編、ちくま文庫)を読みました。

 「燃える薔薇」「愛についてのデッサン」「若い沙漠」「ある風土記」「本盗人」「鶴」と言う6篇の短篇小説の連作の形を取っている「愛についてのデッサン」と「世界の終り」「ロバート」「恋人」「隣人」「鳩の首」の5篇の短編小説が収められているこの本は、発売されてすぐの頃に書店で見かけ購入していたものの、積ん読状態のままつい放置してしまっていたのを3週間前ぐらいから意を決して読み始めたのですが、どの小説も野呂邦暢が書いた小説だけあって興味深く面白かったです。

 また、「愛についてのデッサン」は「佐古書店」の主人である佐古啓介が古本をめぐり様々な場所を旅する展開がある一方、本に挟まっていたお札の話や前の持ち主による切り取り、万引きの話等古本屋にまつわるあれこれも多く書かれていて、連作の中では「本盗人」が内容的に一番面白いなと感じましたが、 (短篇連作のタイトルになっている)丸山豊『愛についてのデッサン』や安西均『葉の桜』、吉岡実『僧侶』と言った詩集がさりげなく登場するのが個人的には何だか嬉しかったです。

 そして、「世界の終り」「ロバート」「恋人」「隣人」「鳩の首」の5篇の短編小説の中では、(以前読んだ「恋人」と「隣人」も含めて)核爆弾の爆発により船が沈没し、無人島に漂着しサバイバル生活を送らざるを得なくなった主人公がある男とどうにかして人間関係を構築しようとする「世界の終り」、家庭教師のアルバイトで生活する主人公と、アルバイト先で出会った動物にしか興味がないように見える小学生のサトルとの関係の描写が読み進めるうちに怖くなってくる「鳩の首」が印象に残りました。

「橘の家」






 中西智佐乃「橘の家」(『新潮』2025年3月号所収)を読みました。
 この小説には、ある言い伝えを持つ橘の木のある土地に住み、妊娠を願う女性のお腹に手を当て“小さきもの”を感じ取れる能力を持った主人公の守口恵実と母の秋江、父の伸一と兄の豊と言う四人家族の約50年間にわたる物語が書かれているのですが、主人公である守口恵実の(ある意味特殊な)能力と何らかの方法でその能力を知った女性達との出会いや交流、主人公の恵実にその能力があるが故に母や兄の(そして父の)人間関係が時間の経過とともに微妙に崩れていく様が細かく描写されているからでしょうか、読み始めた当初は若干腰が引け気味だったものの読み進めるにつれて面白さが段々増し、中盤以降はほぼ一気読みに近い状態で読み終えてしまいました。
 そして、この小説に書かれている女性の出産に対する熱心さと男性の無責任さについては余り考えたことはなかった、この小説はきちんと向き合って考えないといけない問題が多く含まれている小説だったと読み終えて強く感じました。
 あと、橘について話をする拝み屋の石山、恵実の能力を発揮してもらう際の窓口に勝手になり、過大な御礼の金額を提示して長期間儲けていた(であろう)宮根、豊と肉体関係を持つも別れを選んだ田中、恵実の稼ぎで食べさせていたものの最後は別れを選ぶ塚地等主人公の家族以外の登場人物達もかなり興味深く魅力的で、読んでいる間幾度となく度肝を抜かれたり腹が立ったりしましたが、最初は恵実の能力に驚いたものの利用価値があると分かると自分自身の欲望を満たそうとする宮根が個人的には印象に残りました。
 しかし、橘の木の衰えとともに恵実の能力も落ちていくとは、読んでいる間(僕は)考えもしなかったです。ああ…。