F9の雑記帳 -1346ページ目

懲りない男

 先のブログの続きではないが、僕は何から逃げようとしているのだろう。いくら逃げても、事実は変わらないというのに。
 先に読んだ詩集は面白かったが、実生活には何の役に立つというのか。精神的にはある程度癒しなのかもしれないが、自分の創作能力があがるわけでもないし、苦手なことが克服できるわけでもない。そんなつまらないことに気をとられるぐらいならもっと努力しろと言われるのが精々だろうが、自分ではそれがうまくできない。
 と言うか、本人はやっているつもりだ。だが、人とはあまり会話ができないまま月日が経ってしまっている状況だ。これはもうどうしようもないのか。
 そんなことはないだろうが、毎日同じことばかり考たり書いている。さらに、挨拶する間もなく、2月17日も足早に過ぎてしまった。本当はこんなことを考えている時間はないはずなのに、またやってしまった…。本当に懲りない男だ。また目覚めたら朝が来る。それを信じて早く眠ることにしよう。

入口

 今日はなぜか逃避ばかりしていた。理由はわからないが、そうとしか表現のしようのない一日だった。
 その只中、詩集(小柳玲子『夜の小さな標』(2007年、花神社)を読んだらすっとそれぞれの詩の作り出す世界に入っていけた。背後から迫るものがあると、どこかへ行きたくなるのだろうか。
 詩集に収められている詩は画家についての印象などか書かれているのだが、それが日常から少しずれた世界への入口につながっているように感じた。ここ最近本を読んでもちっとも入り込めなかった僕が詩集に入り込めたのは、自分の書きたいものとある程度合致しているからかもしれない。
 終業後、何のあてもなく行った御茶ノ水の三省堂書店で先の詩集を買い、阿佐ケ谷の宿への移動中の電車の中で読み、宿に着いてからも読んでいたが、とても面白かった。
 しかし、つくづく残念なのは、ずいぶん前に買おうとして止めた詩集を読んで、(以前は全くだったのに)反応している自分がいることだ。もっと早く気づかねばならなかった。なんとも情けない限りだ。もっと頑張って自分を見つけたいと思う。

その後

 宿に着いて一息ついた。
 風呂に入ったらすぐに眠ればいいのに、なかなか眠れない、いや眠ろうとしない。まったく困ったものだ。
 さて、時の過ぎるのは早いもので、2月17日も一時間が過ぎようとしている。それらが積もり積もる形で2009年2月の早くも半分が終わってしまった。もう一度時が巻き戻ればいいのに…、とまでは思わない(いや、そう思わないとやっていられない)が、ぼやぼやしていると死の瞬間はすぐにやってくるのだなあ、と感じる。こんなことばかり考えているからお前は駄目なんだと思うか、人は人だろうと思うか、それとも別の意見かは主に主観の違いだろうが、どちらにしても死の瞬間はやってきて、僕はこの世界から跡形もなく消えてなくなる。それが早いのか遅いのかはどうでもいい。その後の僕がどうなるのか、非常に興味があるのだが、わかりはしない。それだからこそ人生は楽しいのかもしれないが…。