父のゲンコツ【私の内観#12】
こんにちは、斎藤宏幸です。
【私の内観】と題して過去の振り返りを配信していきます。
前回、そろばん教室【私の内観#31】からの続き
中学生になると声変わりをしたり親ともあまり話さなくなります。これは自然な成長過程の変化であり、特に親に反発しているとか反抗していると言う訳ではありません。
自分は中学のある時期に、父親から毎日のように殴られていたことがあります。
それもゲンコツの時もあり、武器(ビール瓶の巨大の栓抜き)を使ったり。
自分にとって、身に覚えのないことで殴られていたので、なぜ殴られるのかわかりませんでした。
父親は、「お前の返事の仕方が生意気だ」、とか、「お前の態度が生意気だ」、と言って殴りました。
小学生の時期は、パパ、パパと言って色々なお話を親ともしましたが、中学になるとほとんど話もしなくなりました。
何か質問されても、「知らない」、とか「そうなの」、と言った感じです。
父親にとっても、小学生の時の息子のイメージから、全く違う態度を取るようになったので、その変化が理解できなかったのでしょう。
自分が何を言っても「生意気だ」と言ってゲンコツが飛んできました。
ある時、父親に質問したことがあります。
「なんで、そんなに自分を殴るの?」と。
すると父は答えました。
「親というのは、子供を殴りたい時に殴っていいんだ」と。
まるでサンドバックです。
父親も子供時代に、その親(自分にとって祖父)からしょっちゅう殴られていたと聞きました。
海軍を経験してきた祖父は、お風呂を沸かす薪を持って、息子を追いかけ回したそうです。
その経験があったので、長男である自分にには厳しくしようとしたのかもしれません。
でも、ある時から、ピタっと殴られることがなくなりました。
後から聞くと、武器として使っていた大きなビール瓶の栓抜きを、金槌で粉々に砕いていたそうです。
「こんなものがあるからいけないんだ」、と叫びながら。
その時から、全く嘘のように殴られることがなくなりました。
もともと、子供のことを第一優先に考える子煩悩な父でしたので、暴力を使うことがなくなり優しい父になりました。
表面上は。
しかし、自分の心の深い意識では、この時の経験がグツグツといつまでも残りました。
社会人になって、親に感謝しなくちゃダメだよ、と、お道徳を言われて、確かにそうだよな、と理解しました。
表面上は。
しかし、自分の心の深い意識では、中学時代のあの時の経験がグツグツと残り続けました。
いくら意識を強くして、「親に感謝」「親に感謝」と思っても、敵う相手ではありません。
相手は、心の奥底を支配する潜在意識。
表面上の顕在意識がいくら頑張っても無駄な抵抗でした。
ある時、「内観」というものを知りました。
これは一週間泊まり込み、朝から夜まで狭い空間の中で、ひたすら自分の過去と向き合うというものです。
試しにこの「内観」というものを受けてみたら、ガラガラっと心の奥底を支配していた潜在意識が崩れ落ちました。
360度、観の転換が起きたのです。
360度では元の場所に戻ったの?
違います。
360度と言っても、らせん状に意識のレベルが上がったので、元の場所ではありません。
理屈はどうであれ、それまでいくら頑張っても「親に感謝」できなかった自分が心の奥から「感謝」できるように変わってしまったのです。
それも、たった一週間で。
驚きでした。
それ以降、父親のゲンコツに対する自分の認識が変わりました。
あれは、”父の愛だったのではないか?”、と。
それまでは恨みの対象でしか父のゲンコツ。
それが、実は、父の愛だったのだ、と思えるようになったのです。
何を綺麗事言ってるの?
と、思われるかもしれません。
自分もそれまで色々な心の問題を扱っている本を読んだり、自己啓発系の本を好んで読んでいましたが、似たようなことを書いている本あります。
でも、それを読んでも、ピンときませんでした。
しかし、「内観」を経験してしまった後では、全く認識が変わってしまったのです。
本で読んだことが、心のそこから実感できるようになったのです。
また、父親になって初めて、親の気持ちがわかるようになる、とよく言います。
確かにその影響もあるでしょう。
初めて「内観」を経験したのは、2010年。この時、すでに2歳と6歳の2人娘の父親でしたので、父親の気持ちもわかるようになっていました。
それ以降、なんども「内観」を経験して、自分の内面を掘り下げることに集中するようになりました。
次回、傘を届けにきてくれた父【私の内観#34】に続く
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