ソウルの路地裏のぞいてみれば -70ページ目

ポジャンマチャで、ボラれるの巻(上)

(これは、僕がまだ若かりし頃、20代前半の物語である・・・・)



1992年秋。僕は後輩を連れて、2回目のソウル旅行に赴いた。


覚えたての韓国街歩き。先輩面をして、「韓国は何でも任せろ」ってな具合に、後輩を案内した。


この後輩、今では立派に大成しているが、当時は北大の4年生。


名前が似ているので、ここでは「ガクト」と呼んでおく。


(注:似ているのは名前だけ。顔は全然似ていないあせる・・・あしからず)




当時、千歳空港からソウルへは、大韓航空のボーイング727が飛んでいた。


(僕の記念すべき第1回目のブログをご参照ください↓)

http://ameblo.jp/hirofkz/day-20090215.html




まだ金もない貧乏な若者だった僕とガクト。


安いツアーで二人部屋。 機内の免税品にも目もくれず、ただただソウルの街の刺激を受けるために、ケチケチ旅行に出発したのだった。



ホテルは市庁裏の「ニュー国際」


このホテルの窓のない部屋に二人同室。三泊四日でツアー代金は6万円くらいだったと記憶している。



注:窓がない部屋・・・最初は窓がなくても平気さ、なんて思っていたが、これは結構過ごしづらかった。

読者のみなさんも、せめて窓のある部屋に泊まってくださいね。


(つづく)



中国・東北工程の衝撃(下)

東北工程とは、中国東北部の歴史研究を目的とする中国の国家プロジェクトである。


1997年から開始され、2000年以後に研究成果が中国国外のメディアにも公表されるようになった。


その中で高句麗と渤海を中国史の地方政権とした扱いに対して、韓国国内で激しい抗議が発生し、中韓間の外交問題に発展した。

(Wikipediaより)



この問題、ちょうど2002年ごろ韓国の新聞各紙で大々的に報じられ、中国の「歴史歪曲」として大問題になった。


言うまでもなく、高句麗は朝鮮民族の国家であり、朝鮮史(韓国史)に位置づけられるべきものである。


中国がなぜ今になって、このような歴史歪曲をするようになったのかについては、さまざまな説(または憶測)がある。



①民族主義を抑え込むため


冷戦が集結し、世界各地で民族独立運動が起こった。多民族を抱える中国としては、何よりも民族主義の台頭を抑えなければならない。高句麗を「中国の国家」として規定することにより、東北部・中朝国境地帯の民族主義台頭を防ごうとしている、という説。


②延辺の防衛


将来、南北朝鮮が統一された暁に、統一後の韓国が中国東北部を領有することの正当性をあらかじめ排除する目的、という説。東北部には多くの朝鮮族が住んでおり、高句麗の領土は東北部にも及んでいたため、朝鮮族による民族独立運動が起きた場合、統一後の韓国と同調して独立運動が展開されることは容易に想像される。


③北朝鮮支配を正当化するため


中国はゆくゆくは北朝鮮の領有をねらっており、その布石を打っている、という説。

高句麗はもともと中国の国家だったのだから、その国家の領土だった朝鮮半島北部を中国が支配するのは正当性がある、と言いたいため。

北朝鮮の指導部にとっても、韓国と統一されて体制崩壊を招くよりも、中国に併合されて、その自治州になった方が、体制を温存できて有利だ。あながち、ないとは言い切れない。



この問題、両国間で政治問題にはしないでおこうという合意がとりあえずできているが、どうなっていくのか。


「太王四神記」を見て、韓流だ、ヨン様だと、浮かれているだけでは済まない問題なのである。


(完)

中国・東北工程の衝撃(上)

ヨン様主演で、日本のおばさま方のハートをがっちりつかんだ韓国ドラマ「太王四神記」


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主人公は高句麗の王「広開土王」だ。


高句麗は紀元前37年ごろから668年まで続いた国家で、最盛期は中国東北部から朝鮮半島の大部分を領土とした。


広開土王は4世紀から5世紀にかけて高句麗を治めた王で、在位中、高句麗の領土を大きく拡大したことから「広開土王」の名がついた。


歴史の教科書で習った「広開土王碑文」の広開土王である。


広開土王碑文の発見によって、当時の「倭」と朝鮮半島との交流についての研究が大きく進んだ。


古代日朝関係史を知る上での貴重な資料となっている。



ところで、高句麗は「朝鮮」の古代国家とされている。


歴史の教科書では、「高句麗、新羅、百済が朝鮮の三国時代を形成し、やがて新羅が百済、高句麗を滅ぼし、朝鮮半島を統一した」と記述されている。僕たちも学生のころ、そう習った。



ところが近年になって、中国が突然「高句麗は中国の国家だった」と言い出した。


韓国は当然これに反発。両国の歴史学界を巻き込んで批判合戦に発展した。


これがいわゆる「東北工程」問題である。


(つづく)

韓国の地方税

今、こんな本を読んでいる。今日はその書籍を紹介したい。


韓国の地方税―日本との比較の視点/鞠 重鎬
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僕は北海道という、日本の「地方」に住んでいる。


日本も韓国も、地方経済の疲弊が著しい。地方経済をどうするか、地方の経済発展にいかに貢献できるか。


それを考えるのは、僕のひとつのテーマになっている。




今も昔も、そして韓国も日本も、地方財政の大部分は国からの補助金や交付金に依存している。


国から地方へ税収を移転することを「財源移転」と呼ぶが、その構成内容は日本と韓国ではだいぶちがう。


本書は比較租税法学の視点から、日韓の地方税の構造、財源移転の問題点などを論じた学術書である。


もともと日本と韓国は、同じ租税思想のもとに地方税体系が組み立てられていた。

しかし1949年のシャウプ勧告を境に、日本では大幅な税制転換が図られた。一方、朝鮮戦争のため税制体系に何ら変更を加えられなかった韓国では、その後独自の税制改革が行われ、現在では両国の租税体系はだいぶちがった形になっている。


本書は、韓国の地方税について、日韓両国の比較の視点から、その相違点と類似点を浮き彫りにすることを目的としている。


当初、独立税と附加税の形式を取っていた韓国の地方税は、その後90年代に日本と同様、普通税と目的税による構成となった。


著者は、税制の歴史を概観した上で、税制と地方財源との関連も分析し、あるべき地方税務と行政のあり方を提言していく。


租税法学の専門用語がかなり出てきて難解な部分もあるが、「地方」を考える上で、貴重な資料を提供してくれる本である。



僕はこうして「なっち」と出会った(4)

それ以来、僕は東京へ行くと、上野のなっちを訪ねるようになった。


なっちの勤める店へ行き、それから「アフター」でピアノバーへ行き、それから朝まで過ごすというパターンが繰り返された。


ただ、僕が韓国クラブへ行くと、店の女どもが僕をぐるっと取り囲み、ボトルを空けにかかる。


クラブの女はとにかく酒が強い。1回行ったら、絶対に1本は空けられてしまう。


結局、毎回銀座のクラブと同じ値段になってしまうのだった。


こんな「お下品」な接客をするのも、また上野らしかった。そして場末の韓国クラブらしかった。


(銀座ではこのようなことはまずない。銀座のお姉さまたちは空気を読み、客に気を配っているので、無理やりボトルを空けてしまうということは絶対しない)


僕は閉口しつつ、まあしょうがないか・・・とお勘定をする。


なっちと一晩を共にするチップ代わりだと割り切っていた。




僕がなっちに出会ったのは2月だが、それから僕たちは3回会った。


なっちの学生ビザが4月で切れるため、なっちは一旦、韓国へ帰らなければならなかったのだ。



僕はなっちから「おこづかい」をせびられたことは一回もないが、最後に会った時、「i Pod」がほしいというので、それだけは買ってあげた。



なっちが韓国へ帰った後も、メールで連絡を取ったり、僕がソウルへ行った時に会ったりして、付き合いは今に至る。



あの時、なぜなっちが僕にメールをくれたか、そしてアフターへ誘ってきたのか、真意はよく分からない。


女ごごろは、深遠なものなのだ。


僕はただ、流れに逆らわず、なっちの気持のままに動いていた。




それから1年――



なっちは再び上野に帰ってきた。


今度はワーホリで。



そして、6月7日のブログへと、物語は戻るのである~~~


http://ameblo.jp/hirofkz/entry-10274706641.html

(完)