気になったので・・・ウインクについて
というわけで・・・どうしても気になったので・・・・
「ウインク」について調べてみた。
カン・ジュヒ、カン・スンヒの双子デュオ。現在26歳。
もともとは「お笑い」だったが、2008年に演歌歌手に転向。
演歌界の新星として期待されている。
韓国のインターネットで「ウインク」と検索すると、いくつか動画がヒットします。
興味のある方はどうぞ↓
http://tvpot.daum.net/clip/ClipView.do?clipid=16697908
http://qtv.freechal.com/Viewer/QTVOutViewer.asp?docid=400689&srchcp=Y&playtimePos=&q
ちなみに、韓国語で「演歌」のことは「トゥロットゥ」と言います。
アバイ村の名物料理~束草の旅(5)
アバイ村は、現在は観光客相手に料理を出す食堂が並んでいる。
そんなアバイ村の(ということはつまり失郷民たちが代々伝えてきた)名物料理が、「アバイスンデ」と「オジンオスンデ」である。
奥のイカリングみたいのが「オジンオスンデ」
アバイスンデは、ブタの腸にモチ米、ブタの血、ひき肉、豆、玉ねぎなどの具を入れて作る、いわば韓国式「ソーセージ」だ。
韓国にはスンデが各地にあるが、正直僕はあまり好きではなかった。
ところが、このアバイスンデはうまいのである。具だくさんのせいだろうか、風味が豊かで栄養も満点だ。
北では、寒い冬を乗り切るためにこういう料理が必要だったのだろう。
オジンオスンデは、イカにひき肉や野菜、モチ米を詰めてフライパンで軽く炒めたものだ。
こちらも香ばしくて美味しかった。
この一皿で2,000ウォン(150円)。
食堂のおばちゃんは、僕が日本人だということが分かると、妙に親切にしてくれた。
数年前にNHKのクルーが撮影に来たと言っていた。
日がな一日、おばちゃんは一皿1,000ウォンのスンデを売り、生活しているのである。
何とものどかな風景であった。
アバイ村へ~束草の旅(4)
ケッペを降りアバイ村へと向かった。
お~、ここでも「秋の童話」の看板が!
かつての失郷民たちの生活がしのばれる、小さな家々が並んでいる。
今は観光客用の食堂として、ひなびた、いい感じの風景になっている。
10年近くも前のドラマの撮影地であることを、未だに前面に押し出しているのはどうかとも思うが、何もない田舎では、こうするしかないのだろうか。
しかしここは、ドラマの撮影地という以外にも、韓国では有名なところだ。
それはやはり失郷民が住み着いた場所、ということと、そしてどこか郷愁を誘う雰囲気のせいだろう。
実際、ここは韓国のテレビの旅番組で、しばしば取り上げられるところなのだ。
実は僕もかれこれ20年前、NHKがレポートしている番組を見たことがある。
三宅アナウンサー(だったかな?)が、束草を旅して、ケッペに乗り、アバイ村へ来て、地元の取れたての魚を食べる、といった内容だった。
タイトルは、記憶が正しければ「アジア人情紀行」。
そのときから、いつか束草へ行ってケッペに乗ってみたい、と思うようになっていた。
20年越しに、その念願が叶ったのである。
ケッペを降りると、そこは韓流だった~束草の旅(3)
ケッペを降りると、いきなりこんな看板が↓
そう。ここ束草はまた、ドラマ「秋の童話」のロケ地としても有名なのだ。
僕は「秋の童話」は第一話(ムングニョンが出てる回)しか見ていないのでよく分からないのだが、ドラマファンにとって、ここは聖地らしい。
主人公の女性、ウンソは裕福で幸せな家庭に育ち、何不自由なく暮らしていたが、実は出生時に別の家庭の赤ちゃんと取り違えられたことが判明。いきなり貧しい家庭に引き取られることになる。
その貧しい家のある場所が、このケッペで渡った対岸なのである。
ここは北朝鮮からの避難民が仮の宿として住み着いた、いわば「難民村」
当時は分断がこんなに長く続くとは思っていなかったから、彼らは粗末なバラックで暮らしながら、故郷に帰る日を夢見ていた。
しかし分断は半世紀にも及び、彼らが故郷へ帰るアテはなくなってしまった。
彼らのことを、故郷を失った人、という意味で「失郷民(シリャンミン)」と呼ぶ。
そして失郷民が住み着いたこの地は、いつしか咸鏡道方言で「お父さん」を意味する「アバイ」村と呼ばれるようになった。
これは僕の想像なのだが、失郷民のほとんどが、北朝鮮の咸鏡道出身者で、家々で子供たちが「お父さん、お父さん(アバーイ、アバーイ)」と呼ぶ声が聞こえたから、「アバイ村」と呼ばれるようになったのではないだろうか。






