映像・音源で振り返る グループサウンズ フォ-ク  歌謡曲だよ人生は! -6ページ目

   1970  僕たちの青春

 

         (1991年6月21日放送)

  

 

<映像 永遠の別れ>

 

今から30年近く前に 僕たちの青春と言う2時間ドラマがフジテレビ系で放送されました。

1970年(昭和45年)を舞台にしたテレビドラマです。

自分は、その時代に青春を送ったわけではないのですが、何度も繰り返しドラマを観てきました。

 

ドラマ内では、「エメラルドの伝説」 「サウンド・オブ・サイレンス」など懐かしい曲がいっぱい流れます。

 

スカパ-等では再放送されましたが、DVD化は今もされていません。

唯一、1990年代にVHSビデオが発売されました。

 

DVD化されないのは、ひょっとして主役の川越美和さんの死が影響しているかも知れません。

彼女の死は、ワイドショ-で何度も取り上げられました。

生きていたら、どんな女優になっていたのでしょうか。

「時間ですよ」 の劇中歌を歌ったり、期待していたので残念です。

 

  

 

 

当時、自分はテレビ放送を録画しVHSビデオも入手しました。

ただ何らかの事情で、テレビとVHSビデオでは使われている曲が少し違います。

 

        710

 

出演者

吉岡秀隆、萩原聖人、筒井道隆、石田ひかり、風間杜夫、川越美和、児島美ゆき、段田安則、萬田久子、陣内孝則 他

 

このドラマの舞台は、愛知県豊橋市。

1969年12月31日から始まります。

この記事を書いているのが、2019年12月31日。

ドラマとは言え、50年前の今日です。

 

 

内容は、青春ど真ん中の4人の高校生が恋に政治に駆け回る青春ドラマ。

ノンポリ(20年後=風間杜夫)が、20年前を回想しながら展開されていきます。

 

 ノンポリ(吉岡秀隆)                  番長(筒井道隆)

     

 

 リクソウ(萩原聖人)                    ニシキ(永堀剛)

     

 

 ブンガク(川越美和)                  ミドリ(石田ひかり)

     

 

高校卒業から20年後。

同窓会に出席する為に、東京から愛知県へ向かうノンポリ(20年後=風間杜夫)。

同時に、離婚を実家に報告する為の帰省でもあった。

 

ドラマは、渋滞する高速道路のパ-キングで、青春時代を回顧するシ-ンから始まる。

ここで流れる音楽は~

 「あなた/小坂明子」

 

   

 

 

早く童貞を捨てたいノンポリ(吉岡秀隆)。

除夜の鐘~初詣出を口実に、深夜にミドリ(石田ひかり)を誘い境内の裏へ。

しかし、そんなに世の中甘くなく、突然の乱闘事件に巻き込まれ失敗。

 

 

 

この時代は安保。

ノンポリ(吉岡秀隆)の学校も、70年安保の風が吹いていた。

 

  

 

  

 

ノンポリは母親に連れられて教会へ定期的に通っていた。

教会には、同級生のブンガク(川越美和)も通っており、ノンポリ(吉岡秀隆)は憧れを抱いていた。

しかし、教会に興味のないノンポリ(吉岡秀隆)は、いつもHな事を考えていた。

この日は、目の前に座っているブンガク(川越美和)が、裸に見えるのを想像していた。

 

 

 

 

 

帰り際にブンガク(川越美和)に

 

私をじっと見て変な事考えてたでしょ?

 

と、見抜かれ焦ってしまい焦るノンポリ。

 

ブンガクも、ニヤニヤ笑いながら話しかけていたのだった。 

 

 

 

 

 

ブンガク(川越美和)に片思いをしている番長(筒井道隆)。

番長は、彼女にラブレタ-を出す決心をした。

文章を書くのが苦手な番長は、ノンポリに代筆を依頼。

ノンポリは。文章を書くのが番長より上手いのだ。

 

当然だが、ラブレタ-の代筆を嫌がるノンポリ。

 

自分も、ブンガクに憧れていたから。

 

しかし頭を下げられ、断れずラブレタ-の代筆をする事に。

 

   

 

完成したラブレタ-に祈りを込めてポストに投函する番長。

しかし手紙を書いたのはノンポリである。

 

 

      

 

ラブレターの代筆をしたノンポリ(吉岡秀隆)は、

 

> どうせ返事は来ないさ

 

と気楽に引き受けたが、返事が来てしまった。

 

浮かれる番長(筒井道隆)は、ノンポリに大至急返事を書くように依頼。

ノンポリは断ったが、番長の 「脅迫と熱意」 に、嫌々返事を書くのを承諾。

 

しかし、ブンガクからまた返事が来てしまった。

番長は、学校で得意満面に浮かれていた。

 

 

ブンガク(川越美和)は、名前の通り文学が好きで手紙に難しい言葉を並べてくる。

 

ノンポリは返信を書くために、図書館に通い難しい本を読み漁る。

手紙を書くうちに、ノンポリのブンガクへの気持ちが憧れから本気に変わってしまった。

いわゆる本気でブンガク(川越美和)を好きになってしまったのだ。

 

      

 

      

 

<ノンポリ> 恥の多い生涯を送ってきました。自分には愛と言うものが見当つかないのです。

 

<ブンガク> 恥の多い生涯なんて思ったらダメ。そんな事を言ったら私だって~

 

 

ある日の教会の帰り道。

手紙の感想を聞きたくて、ブンガクの後をつけて声をかけた。

本当は、自分が書いてる!と言いたくて仕方ないノンポリ。

ノンポリも、ブンガクが好きなのだ。

 

 

 

 

<ノンポリ> 番長と文通してるらしいけど、どうなの?

 

<ブンガク> 最近凄く良くなってきてる。

 

そんな時、ノンポリが足をすべらせ転倒。

驚いたブンガクだが、優しく手を差し伸べてくれた。

別れた後に、ブンガクに触れた自分の手の匂いをかぐのであった。

 

 

     

 

     

 

   

ある夜、リクソウ(萩原聖人)が、マムシ(陣内孝則)とブンガク(川越美和)を見かけた。

マムシ(陣内孝則)が、教え子のブンガク(川越美和)と車でスキ-へ行くところだった。

 

 

 

それを聞いたノンポリ(吉岡秀隆)と番長(筒井道隆)は、ショックを受けてしまう。

何かの間違いだと。

 

 

その頃、ニシキ(永堀剛敏)は、番長(筒井道隆)の妹のさとみに恋をしていた。

仲良くなる口実として 「レッドツェッペリン 」のLPレコ-ドを貸してあげたのだった。

 

しかし、喫茶店に呼び出され

 

  

 

<さとみ> ボクシング部の佐々木くん(さとみの彼氏)に返してこい!と言われたの。

 

と言って立ち去った。

一人残されたニシキ。

バックで流れる「フランシ-ヌの場合」 が店内に虚しく流れる。

 

   

 

暫くして校内の掲示板に、マムシとブンガクの事が貼り出された。

教師と生徒が泊まりでスキ-に行ったと。

 

 

 

クラスでブンガクは孤立してまった。

 

 

 

 


   

 

        

ノンポリも番長たちも、孤立したブンガクを見ているだけだった。

 

そんなある日、番長は考えた。

このままではブンガクが可哀そうだと、ノンポリと彼女の自宅へ向う。

偶然にもブンガクが出てきて、自転車に乗って目の前を去っていった。

それを必死に追いかける番長とノンポリ。

着いた場所がマムシ(陣内孝則)のアパ-トだった。

驚きとショックの番長とノンポリ。

暫くすると泣きながら部屋からブンガクが出てきた。

それを追いかけるマムシ(陣内孝則)の姿があった。

 

<ブンガク> 謝ってなんか欲しくなかった

 

   

 

   マムシの言葉を振り切って自転車で立ち去るブンガク。

ショックを受けた番長とノンポリは、無言で帰路につくのであった。

 

 

<映像 初恋>

 

ある日、公衆電話ボックスの中でミドリ(石田ひかり)が泣いていた。

 

 

 

 

 

スキ-へ行く途中、偶然通りかかったノンポリとリクソウ、ニシキ。

電話ボックスで泣いているミドリを励まそうと、高校生なのに居酒屋へ。

楽しそうなリクソウとミドリを横目に退屈そうなノンポリとニシキ。

ミドリは酔い潰れてしまった。

 

  

 

 

リクソウは、以前より定食屋の年上女性(児島みゆき)と、遊びで付き合っていた。

 

二人でスキ-行くには 「世間の目」 もあるので、ノンポリとニシキを誘ったのだ。

ミドリを放っておけないノンポリ達3人は、スキ-へ行くのをやめた。

 

何も知らず、駅でひたすらリクソウを待つ女性(児島みゆき)。

女性は家族がいるので不倫だ。

しかし、リクソウは来なかった。

30代の女性が、高校生に恋をした悲しき結末だった。

 

 

    

 

ノンポリとリクソウは、介抱しながら学校の体育倉庫へ酔ったミドリを連れ込んだ。

よからぬ考えがあったようだ。

 

 

 

二人はジャンケンをして、ノンポリ(吉岡秀隆)が先にミドリの元へ。

無理やりのつもりだったが、ミドリは目を覚ましてしまう。

 

 

 

 

ミドリはノンポリに

 

>今日はアレなので今度にして。

>約束するから。

 

諦めて素直に倉庫を出たノンポリ。

しかし、今日は無理だと言うノンポリの言葉を無視して、リクソウは倉庫の中へ。

リクソウは、なかなか出て来なかった。

ノンポリが倉庫の扉の隙間から中を覗くと、ミドリとリクソウが愛し合っていた。

 

 

 

 

なぜ自分は拒否されたのに・・・・

ノンポリは、裏切られた悔しさとミドリの行動にうちひしがれた。

叫びながら校庭を走りまわるノンポリ。

 

それが人生で絶望した最初の時だった・・・とつぶやく。

 

     

 

バックで流れる「明日に架ける橋/サイモンとガ-ファンクル」の曲が、現実の虚しさをさそう。

それからミドリ(石田ひかり)とリクソウ(萩原聖人)は付き合う事になり恋人同士になった。

 

ある日、ミドリの元カレである不良グル-プのリ-ダ-・勝又が喧嘩を吹っかけてきた。

ミドリと恋仲になった、リクソウへの逆恨みだ。

手始めに、ニシキが殴る蹴るの暴行を受けた。

 

 

困ったリクソウは番長に助けを求た。

 

 

男気ある番長は、不良グル-プの勝俣と話をつけた。

リクソウとミドリの恋を、邪魔をしないで欲しいと。

勝俣は、リクソウとミドリに手出しをしない約束をしたが、交換条件を出した。

 

勝俣が出した条件は、

 

番長と勝俣が 「1対1」 で戦い、勝負を決める事。

そこに、リクソウとミドリが立ち会うのが条件だった。

 

リクソウとミドリは悩んだ。

行くか行かないか・・・・・行ったら殴られる・・・・

 

決闘の日、リクソウは姿を現さなかった。

 

リクソウとミドリが来なかった事に対し、番長は土下座をして謝罪。

勝俣は怒り、一方的に番長を殴った。

 

 

そして、卑怯にも来なかったリクソウの家へ。

リクソウを殴る番長。

立ち会う約束を破ったリクソウを殴る番長。

止めに入り、泣き叫ぶミドリ。

 

>私が行かないで!と頼んだの、

 

大切な友達だから、番長は殴ったのだろう。

この場面で流れる 「ミスタ-ロンリ-」 は最高だ。

 

<映像 裏切りと青春>

 

暫くして、リクソウは亡くなった。

新車を遠方へ届けるアルバイトの途中、寝不足でトラックに突っ込んでしまったのだ。

たまたま事故現場の近くにいた父親(杉浦直樹)が、事故の一報を聞いてかけつけた。

一緒に救急車に乗り、袋に入ったリクソウの片足を抱きしめた。

 

3日間、死をさ迷ったリクソウ。

リクソウを3日間、寝ずに見守った恋人のミドリ。 

 

     

 

しかし、祈りも虚しく18歳の生涯を終えたのだった。

 

     

 

火葬場近くで、「エメラルドの伝説」を吹くニシキのハ-モニカの音色が物悲しさを誘う。

 

そこで番長が、国家建設の為、北朝鮮へ行く決意を突然告げる。

北朝鮮は番長の故郷なのだ。

 

    

 

行くな!泣きながら止めるノンポリ。

しかし、番長は卒業式を待たずに北朝鮮へ行ってしまった。

 

そして迎えた卒業式。

「仰げば尊し」 が流れる中、ノンポリはブンガクの背中を見つめていた。

教室に戻ると、空席の机がふたつ。

番長とリクソウの机だ。

 

     

 

     

 

<映像 卒業式>

 

式が終わり教室へ。

 

担任のマムシ(陣内孝則)は、柴田翔の「されど我らの日々」の本を広げた。

そして、文章を読みだした。

女性が、主人公の青年と別れて遠方へ行く時に青年に宛てた手紙だ。

ブンガク(川越美和)はわかっていた。

自分への最後のメッセ-ジだと。

 

      

 

    

 

      

 

 

涙ぐむブンガク(川越美和)

 

そしてマムシ(陣内孝則)がクラス全員に送った最後の言葉。

 

コレと馴れ合うか、まともにぶつかるか。

馴れ合うのはたやすい。ぶつかれば多分、傷つくよな

 

傷つけば血が出る。

 

痛いよな

 

でも、その痛みを勇気って言うんじゃないのか。

 

俺はそういう勇気が好きだ。

 

但し、死ぬなよ。生きてろ。 

 

とにかく、生きてろ。じゃあな

 

と教室を出ていった。

 

<映像 最後の授業>

 

 

死ぬなよ。

まるで、ブンガク役の女優:川越美和の将来に向けて言ったような言葉である。

 

 

学校を出て帰る時、ブンガク(川越美和)がノンポリ(吉岡秀隆)を待っていた。

 

      

 

<ブンガク>  私・・・・結婚するの。

 

<ノンポリ>   知っとる。

 

<ブンガク>  そう。ねぇ、ちょっと早すぎると思わん?

 

<ノンポリ>    どうかな

 

<ブンガク>   私・・バ-ジン・・・・

 

<ブンガク>   手紙、なかなかよかったわ。

 

<ブンガク> 知っとったわ・・・最初から。面白いから乗ってあげたの。

 

<ノンポリ>   そう

 

<ブンガク>  本気で書いたの?

 

<ノンポリ>   あぁ

 

<ブンガク>  私も、あなた宛に本気で書いた。

 

<ブンガク>  俺が書いとるんだと言ってくれるの待ってた。

 

<ブンガク>  かたいし張ってたのよね。

 

<ブンガク>  自分がね、何かわかっちゃった。

 

<ブンガク>  素直になる事がどれだけ大切かと言う事。

 

<ブンガク>  あなたから教わっちゃった、馬鹿みたい。

 

<ブンガク>  ありがとう・・・・さよなら

 

<映像 告白と後悔>

 

ブンガクは文通を通して、ノンポリに魅かれていたのだ。

そしてノンポリの告白を待ってた。

その頃ブンガクは、精神的に追い込まれていた。

だから、誰かに頼りたくて18歳で結婚と言う選択をした。

もし、ノンポリがブンガクに 「好きだ」 と告白していたら運命は変わっていたかも。

もし・・・・あの時・・・誰にでもある後悔かも知れない。

そんな、青春の別れ道を考えさせられるドラマです。

 

そしてエンディングは、20年後の同窓会。

そこには、ブンガクも番長もミドリもニシキもいなかった。

 

       

 

番長は、北朝鮮に渡ったが帰国の許可が出なかった。

また、ミドリの所在は誰も知らず。

ブンガクは、結婚してから所在不明。

 

しかし帰る時、同窓会へ向かうニシキと再会。

 

       

 

20年前、4人で手を重ね火をつけたタバコ。

 

 

今は二人になってしまった。

バックで流れる音楽 「ミスターロンリ-」 は、素晴らしい曲で感動しました。 

 

 

 

高校生のニシキの20年後を、段田安則が演じている。

 

ノンポリ(吉岡秀隆)の20年後を、風間杜夫が演じたのはどうなんだろう。

 

ブンガク、番長、ミドリ、マムシの20年後も登場させて欲しかった。

ただ、ドラマ的には出てこなかったのもよかったのかも知れない。

 

エンディングで、20年後のノンポリが言った言葉

 

>君に会いたい、君たちに会いたい

 

ズシリと心に響いた。

 

 

②へ続く → 1970  僕たちの青春 ② 

 

静岡駿府会館・コンサ-トより

「夜明けのヒッチハイク/ザ・タイガ-ス」

 

 

ついにヤフ-ブログが完全に終わってしまった。

記事も書きやすかったし、記事を読んでくれる人も多くて書き込みのコメントをキッカケに、色々な方との出会いもありました。

これからは、Amebaブログで同じような趣味の人達と交流出来たらと思います。

 

 

「タイガ-スがあなたの街へ」

沢田研二、加橋かつみ、瞳みのるの記事に続いて、今回は森本太郎の浜松編。

浜松は、今年3月まで毎月行く機会があったので馴染み深い街。

 

 

<当時の記事より~>

日本楽器(現ヤマハ)の本社で、工員の姿に変装した森本太郎は、13時45分に日本楽器を出発。

浜松市内の特約店に楽器を届けると言う設定で、ライトバンに乗り込んで浜松駅前に向かった。

しかし、到着した特約店前(鍛冶屋町)には、すでにファンがいっぱい。

特約店前では、とても降りれないと判断し、路地裏に車をまわして車を降りて一人商店街へ。

手には大きなギタ-ケ-ス。

 

途中、太郎に道を聞きにきた女性に身振り手振りで道案内。

 

 

そして商店街を歩いていて、数分で4人組のファンに見つかってしまった。

 

タロ-じゃない?タロ-よ!タロ-!タロ-!タイガ-スのタロ-よ

 

4人は、大きな声で叫びながら後をついてくる

 

 

4人のファンと一緒に、多くのファンが待機している浜松駅前の特約店へ到着。

 

 

約50人に膨れ上がったファンが待つ店の前では、予想通りの大騒ぎとなった。

 

今度は、特約店からの脱出が一苦労。

うまく脱出する方法がないまま、思案にくれていると、偶然に店の前をデモ行進が通りかかるではないか!

警官による交通安全のデモンストレ-ションだ。

森本太郎は、すかさずこの中に紛れ込むのに成功。

 

 

プラカ-ドを持ち、まんまとファンの目を盗んでデモ行進をしていった。

 

最初に声をかけてきた5人の女性(伴野さん、鷲滝さん、加藤さん、土屋さん)とのデ-トは舘山寺。

浜名湖にボ-トを浮かべ、約30分彼女達と船上デ-トを楽しんだ。

 

 

その後、18時5分の新幹線で東京に戻るため浜松駅に向かったが、改札からホ-ムまで200人近いファンが殺到。

 

危険な状態の為、鉄道公安官に頼んで「特別の事故でもない限り使用しない」と言う非常口を開けてもらい、線路伝いにホ-ムへあがり、ようやく新幹線に乗り込む事が出来た。

 

当時の日本楽器(現ヤマハ)の販売店近くの商店街、どの辺りだろうと調べたら、おそらくこの辺りと思われる風景を発見。

50年前の写真に写っているビルなどを参考にしました。

夜に歩いた事のある通りだ。

ただ、月日の流れもあり当時とは風景も変わってしまっているだろう。

 

 

気になるのは、声をかけた4人の女性、森本太郎に道を聞いた子供を背負った女性は今、どうしているのだろう。

あの時の話を聞いてみたいものです。

 

森本太郎のザ・タイガ-ス時代のソロレパ-トリ-は、解散コンサ-トで歌った 「イエロ-リバ-」 だが、この 「夜明けのヒッチハイク」 もなかなかいいですよ。

 

 

静岡駿府会館・コンサ-トより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時々、フォ-・リ-ブスの記事を書いていますが、今なお熱いファンが多いと感じます。

ユ-チュ-ブに動画とかアップしたら、色々な方がコメントを入れてくれて凄くありがたい。

 

コメントは、青春そのものでした~田舎から出てきてフォ-・リ-ブスの歌声に励まされました~大好きでいつも友人と語り合って過ごしたけど、今はその友人もこの世にはいません~私の初恋でした・・・・・

 

みなさん青春を今なお大切にしているんだなと感じています。

もちろん、すべてのコメントに返信していたのですが、それも楽しみでした。

 

 

 

 

 

最近、ユ-チュ-ブの規約が厳しくなってきており、一部の動画で指摘を受けたので、一般公開を休止中です。

関係者が、著作権や事件防止の為に、こまめにチェックしたり色々あるのでしょうね。

 

リヒテルさんからも「僕の女学生」の要望も頂いておりますので、ほとぼりが冷めたらアップします。

 

フォ-・リ-ブスのメンバ-も二人になりますが、コンサ-ト等で飛び回っているようです。

最近、新聞で夢グル―プ新春コンサ-トの記事を見つけました。

出演者:江木俊夫、おりも政夫、加橋かつみ、尾藤イサオ、三原綱木、黒沢年雄、チェリッシュなど馴染みのある歌手ばかり。

とても楽しそうなコンサ-トです。

 

 

解散してから暫くの間、大人の事情でほとんどメディアで取り上げられなかったフォ-リ-ブス。

1978年の解散以降、フォ-・リ-ブスの再結成を楽しみにしていたのですが、話題すら出る事もなく心配でした。

 

1981年の「最期の日劇ウエスタンカ-二バル」で、再結成の話が出たが事務所がOKを出さなかったと聞きました。

タイガ-スやスパイダ-スは再結成したのですが。そんな背景があったから、無理かな?と思っていたので2002年に、再結成の二ュ-スが流れた時は意外でした。

 

あの頃は、コンサ-トに行く予定もないのに、何となく嬉しくて芸能二ュ-スをマメに録画していました。

 

また、「徹子の部屋」や「思い出のメロディ」 「歌謡曲コンサ-ト」など新聞テレビ番組欄で、フォーリーブスの名前があるものはマメに録画。

 

再結成では、いくつかのDVDやCDが発売されました。

自分としては、CD-BOX 『フォーリーブス 1968-1978』 もいいのですが、過去の映画やテレビドラマなどのDVD-BOXを発売して欲しかったです。

 

青山孝史さんが亡くなられて10年、北公次さんが亡くなられて7年。

年齢的に少し若すぎましたね。

 

それにしてもフォ-・リ-ブスがデビュ-したのが1968年。

50年以上経ちました。

 

 

 

 

 

 

デビュ-曲 「オリビアの調べ」は、グル-プサウンズ・ブ-ムの頃に発売された影響か、サウンドがGSそのもの。

 

同じ時期の楽曲として、「シ-シ-シ-/ザ・タイガ-ス」「おかあさん/テンプタ-ズ」が発売されています。

 

 

 

 

 

デビュ-は1968年ですが、北公次や江木俊夫はすでにテレビや映画で芸能界で活躍していました。

北公次は、ジャニ-ズの付き人として 「青春大統領」、江木俊夫は「マグマ大使」に出演。

 

 

 

デビュ-後から長く人気グル-プとして歌や映画、舞台で活躍。

4人とも歌が非常に上手いと思います。

 

当時の雑誌には多くの記事が掲載されていました。

 

 

 

 

アイドルの運動会、よくテレビでやっていました。

今はあるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再結成し、多くのファンに夢を与えたフォ-リ-ブス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1960年代、GS~ロックバンドそのものは出演しないが、主題歌や挿入歌を吹き込むケ-スもあったりしました。

特に尾崎紀世彦が在籍していた ザ・ワンダ-ス は、アニメや時代劇、特撮物など幅広く活躍していました。

ただ、観た事がないドラマが大半なので、情報が自分にはあまりないのが残念です。

 

 

☆ファイトだ!ピュ-太    フォア・ジェッツ   

  (1968年4月~9月放送)

 

何種類かレコ-ドが存在するが、主題歌を歌うのはフォア・ジェッツだったり、フォ-バ-ブルス表記もあり謎のバンド。

曲は、迫力あるドラムから始まり、ファズの効いたギター音。アニメだからと思わず、GSファンにはGS楽曲として聴いてもらいたい。

シャ-プホ-クスの変名だと言う話があり、じっくり聴いてみたら安岡力也の声などシャ-プホ-クスに聴こえる。

 

 

 

 

 

☆ばくはつ五郎    ザ・ワンダ-ス   

  (1970年2月~4月放送)

 

「ばくはつ大将」が原作だが、テレビ放送では 「ばくはつ五郎」 として放送された学園青春ドラマ。

尾崎紀代彦が在籍した、ザ・ワンダ-スが主題歌・挿入歌を歌うが、GSとして聴いても違和感がないかも知れない。

エンディングで流れる 「涙は友達」 は、夕陽が浮かんでくる物悲しい曲。

このアニメのレコ-ドも多数存在するが、ソノシ-トも発売されており何種類あるか不明。

 

 

 

☆花と果実  ヴィレッジシンガ-ス

  (1968年5月~10月放送)

 

テレビ探偵団で関口宏がゲスト時にワンシ-ンだけ映像が流れた和泉雅子・関口宏主演のドラマ。

ヴィレッジシンガ-スが主題歌 「花と果実」 を歌ったが、これもレコ-ド発売されなかった。

第15話(雨ふる夜の歌)では、ヴィレッジシンガ-スが出演し 「星が降るまで」 を歌うらしいが詳細不明。

 

 

 

 

☆妖術武芸帳  ザ・ワンダ-ス 

  (1969年3月~6月放送)

 

ザ・ワンダ-スが主題歌を歌う時代劇。

この曲は、いくつかのバ-ジョンが存在し、レコ-ドも多数発売されている。

もちろん、時代劇なのでザ・ワンダ-スの出演はなし。

尾崎紀世彦なら、時代劇が似合いそうなものだが。

 

 

 

☆嫁ゆかば  ジ・アイドルズ

 (1969年1月~7月放送)

 

団玲子主演のホ-ムドラマ。主題歌は立花京子とアイドルズ。

若大将シリ-ズや無責任シリ-ズでお馴染みの団玲子。

女優を引退し、京都の病院へ嫁いだが68歳の若さで亡くなられた。

ドラマには、アイドルズの出演しているらしいが詳細不明。

 

 

 

☆キャプテンスカ-レット   ザ・ワンダ-ス

  (1968年1月~8月放送)

 

イギリスの有名な特撮人形劇で、日本版も作成され放送。

どう言うわけか、イメ-ジソング 「キャプテンスカ-レット/とべよエンゼル」 を,ザ・ワンダ-スが歌いレコ-ド化。

 

 

 

☆青い太陽 ザ・ク-ガ-ス  

   (1968年4月~9月放送)

 

小林幸子が出演した、水泳部を取り巻く青春ドラマ。

主題歌を歌う、ザ・ク-ガ-スが出演したかどうかは情報なし。

2枚のレコ-ドは両方とも、主題歌となっているが、実際ドラマではどちらが採用されたのだろうか。

 

 

 

☆太陽野郎   寺内タケシとバニ-ズ

  (1967年11月~1968年4月放送)

 

牧場の牧場主が牧場再建へ向けて奮闘する夏木陽介主演のドラマ。

主題歌「太陽野郎」を寺内タケシとバニ-ズが担当。

挿入歌として 「ワ-ルドボ-イ/バニ-ズ」 が使われた。

このレコ-ド、かなり売れたようです。

最終話 「北帰行」 で、バニ-ズの井上正が出演しているようだが観た事ないので、詳細不明。

1991年 「テレビ探偵団」 で、ドラマの一部が紹介され、その映像がユーチュ-ブでもアップされていたが、現在は削除されている。

と言うことは、映像はテレビ局に現存している可能性があるので再放送を期待したい。

 

 

 

 

☆ワイオミングの兄弟   シャ-プホ-クス

  (1966年9月~1967年3月放送)

 

孤児となった兄弟たちが土地を開拓していく西部劇。

内容的に面白そうなので観て見たい。

主題歌をシャ-プホ-クスが歌うが、GS嫌いのNHKが主題歌にGSを採用したのが不思議である。

 

 

 

 

☆巨人の星    ザ・ワンダ-ス

   (1968年3月~1971年9月放送)

 

あまりにも有名なスポ根アニメ。

ジ・エコーズが 「友情の虹」 を歌っているが、ジ・エコーズはザ・ワンダ-スの変名。

それにしてもザ・ワンダ-スは色々なところで重宝されたグル-プである。

巨人の星のレコ-ドは種類が多く、把握出来ないがソノシ-トも含め相当な種類が出ている様子。

「友情の虹」は、アニメソングとして聴かなくても、なかなか良い歌だと思う。

 

 

劇中で 「オーロラ3人娘」 が登場するが、ゴ-ルデンカップスの「ク-ルな恋」を歌っている。

この 「オーロラ3人娘」 は本編では、人気アイドルグル-プとして登場。

ボ-カルの橘ルミは、主人公・星飛雄馬の彼女と言う設定です。

劇中でのゴ-ゴ-クラブのシ-ンでは、星飛雄馬の踊りを見て、橘ルミは大爆笑!

確かに面白い。

星飛雄馬は、野球一筋のイメ-ジが強いが、4年間の放送で何度も恋をしたり、普通の若者の部分も描かれている。

 

 

当時、レコ-ド化はされなかったが、巨人の星・サントラCDでは 「ク-ルな恋/オーロラ3人娘」 がフルコ-ラスで収録されています。

私、2枚組CDを買いました。

興味ある方は連絡ください。

 

 

他に、ヴァンドックス、サンダ-バ-ズなどが出演しているドラマもあります。

きっと、ワンシ-ン程度とかでGSが出演しているドラマは他にもあると思うが、情報がないのが残念です。

また、ウォッカコリンズが出演しているケ-スもあり、岸部シロ-、堺正章、かまやつひろしが同時に出演したり、元GSメンバ-が出演するシ-ンもあります。

 

また、下記のように謎のバンドが出てくるケ-スもあり1960年代~1970年代のドラマは面白い。

映画と違い、ドラマは情報が少なくて、この程度しか紹介出来ませんでしたが、情報等ありましたら、宜しくお願い致します。

新たな情報が入りましたら、追記していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ライブ音源~>

 

寺内タケシ=エレキ と言うのが代名詞であります。

 

歌がないエレキ・インストと言うイメ-ジだが、バンドにボ-カルを入れて精力的に活動していた時期もありました。

エレキファンにとっては、この時期のブル-ジ-ンズに違和感を感じる人も多いだろう。

 

自分は、GS好きの延長と言う意味で、この頃の寺内タケシとブルージーンズも好きで聴いたりしています。

 

日本ポピュラ-研究史(黒沢進 著書)において、「太陽に叫ぼう」~「明日へ行く汽車」 は、GSとして紹介されています。

ただ、「太陽は燃えている」 以降~は、1972年発売になる為、GSとは言えないだろう。

 

1960年代の後半、寺内タケシは、ブル-ジ-ンズを辞めてザ・バニ-ズを結成したのだが、この辺りから話がややこしくなる。

 

寺内タケシがいなくなったブル-ジ-ンズは、解散したわけではなく、田川譲二を中心にグル-プサウンズとして活躍し、シングルレコ-ドを2枚発売。3枚目のシングルを発売 (演歌系) したらしいが、全く情報がないので詳細不明だが、1970年頃まで田川譲二のブル-ジ-ンズは活動したらしい。

 

 

1969年に、バニ-ズと別れた寺内タケシは、またまたブル-ジ-ンズを結成。

同時期に、田川譲二のブル-ジ-ンズと寺内タケシのブル-ジ-ンズと言う、二つのブル-ジ-ンズが存在したのであった。

 

寺内タケシのブル-ジ-ンズは、元フォ-ナインエ-ス~ザ・スト-ンズのルイ高橋をボ-カルに、3枚のシングルと2枚のLPを発売。

ヒットにはならなかったが、本格的なR&Bとしては高評価を得たようだ。

GSとして聴くには違和感があるが、なかなかの出来ばえである。

 

世間の評価は別として、2枚目のシングル 「真っ赤な危険」 のB面 「お前の心はガラスのかけら」 は、曲はバラ-ドだが寺内タケシのギタ-ソロが冴えわたり、素晴らしい出来ばえである。

 

 

寺内タケシを最近、テレビで見かけなくなり気になっていましたが、2019年も元気にコンサ-トをやっていると知り安心しました。

80歳との事ですが、まだまだ日本中の万年エレキ青年達を熱くしてもらいたいです。

 

私が初めて寺内タケシを観たのが、テレビの深夜番組で 「エレキの若大将」 を観た時だ。

オープ二ングのギタ-のカッコ良さに魅了された。

 

ただ、この映画で今も思い出すのが、加山雄三が 「君といつまでも」 を歌うシーン。

 

”澄子さんの事を考えながら作った曲があるんだけど聴いてくれる?”

 

と、ギタ-を弾きながら歌う加山雄三。

 

しかし途中から二人でハモっている。

いつ覚えたんだ?と疑問に思ってはいけないのが、1960年代の映画なのだ。

 

  

 

 ちなみに寺内タケシは、「寺内タケシとブルージーンズ」 を結成する前は、クレージー・ウエスト~マウンテン・プレイボーイズでギターを弾いていました。


この分野は知識があまりないのでネットで調べたら、クレージー・ウエストにはザ・ドリフターズ加入前の 「加藤茶と仲本工事」 が参加していた。
さらにマウンテン・プレイボーイズには 「いかりや長介」 がいたので、寺内タケシとザ・ドリフターズは少なからずとも関係したようだ。

 

1966年寺内タケシは、エレキバンド 「ブルージーンズ」 を脱退し、GSバンド 「寺内タケシとバニーズ」を結成。

多くの曲を世に送り出し、「運命」 は日本レコ-ド大賞編曲賞を受賞する代表曲となった。 

 

   

 

   

 

  

 

人気絶頂時のライブ音源より 「悪魔のベビ-」 をアップします。

このレコ-ド、中古レコ-ド店では意外と高値がついたりしています。
(池袋ドラム・7周年記念/非売品レコードより)

 

バニ-ズ・ショ-

 

 

しかし何があったか知らないが、バニーズのメンバーは寺内タケシの元を去ってしまった。

その頃の詳しい話を 『The Mighty Mouse』 の Cocky-Cookieさん にチラっと教えてもらった事があります。
Cocky-Cookieさんは、中学時代から寺内タケシの事務所に出入りしていて、バニーズのメンバーにとても可愛がってもらっていたとの事です。

『The Mighty Mouse』 は、今も大阪で活躍していますので、ぜひ聴きに行ってください。

 

ザ・バニーズが寺内タケシの元を去る直前の1969年のコンサート音源が残されています。

GSブ-ムの頃の90分に及ぶ音源、ぜひCD化して欲しい。

 

1969年リサイタル

 

寺内タケシと離れた 「ザ・バニーズ」 は、GSからコ-ラスグル-プ へ転身。

1970年代に入ってもレコ-ドやカセットを発売し、精力的に活動しました。

 

    

 

  

 

シングル、LPだけでなくカセットとしてもアルバムを発表。

「ロック・スタンダード」 では朝日の当たる家など15曲を収録。

すべて自分達の演奏のアルバムである。

 

「ロック・スタンダード」より~

 

また、同じ時期だと思うが、「これがヘアーだ」 と言うタイトルで12曲収録のアルバムを発表。

マニア間では、幻のアルバムとして評価は高い。
 

「これがヘアーだ」 より~

 

GS時代も終わり、コ-ラスバンドとしての生き残りをかけたバンドでしたが、ヒットに恵まれず1971年に解散。

 

また、1978年にバニ-ズのメンバ-が集結し LP 「バニーズ復活」(演奏・ブルージーンズ) を発売。

その中の 『ランブリン・サ-ファ-ガ-ル』 はシングルレコ-ドとして発売されました。

思わず私はシングルとLPを中古レコ-ド店で購入。

 

今思えば、シングルはアルバムに収録されている曲なので買う必要はなかった気がする。

往年のバニ-ズ・サウンドを期待したが、GSとして聴くには難しいかも知れない。

ただ、寺内タケシとブル-ジ-ンズが全曲演奏しており、ファンとしては嬉しいレコ-ドである。

 

  

 

 

「バニーズ復活」より~

 

1999年1月、寺内タケシ・ギタ-生活30年の記念イベントにザ・バニ-ズのメンバ-が集結。

「寺内タケシとバニ-ズ」 として、往年のヒット曲を数曲披露している。

おそらく、このメンバ-が揃って集結したのは、これが最後ではないか。

「太陽野郎」 における曲の間奏での井上正の掛け声は、当時のままだ。

 

この時のビデオが残されているが、映像を観る限りはファンではなく関係者を集めて開催されたような気がします。

 

  

 

フルメンバーでの再結成を願っていたのですが、メンバーの井上正 (2010年9月没) 、 鈴木義之 ((2012年5月没) 、荻野達也(2013年4月没)が、亡くなられている。

 

井上正が 「最期の日劇ウエスタンカーニバル・1981」 で 「ブルージーンズ」 のステージで笑顔いっぱいにドラムを叩いている姿、「GSフェスティバル2008」 でバニーズの鈴木義之氏と黒沢博 (ヒロシ&キーボー) が泣きながらステージをつとめた感動の場面が忘れられない。

 

バニーズの映像は、『夜明けの二人』 と言う映画で 「レッツゴーブガルー」 を歌っているのが確認できます。

 

  

 

バニ-ズの話はここまでにして、ブル-ジ-ンズのボーカルである 「ルイ高橋」 が1970年に脱退。

 

2代目ボーカルとして 「宮ユキオとニュージャガーズ」 のボーカルであった深沢ジョ-を迎え再出発。

 

ボーカルバンドの 「寺内タケシとブルージーンズ」 はヒット曲こそないが、GSの流れを汲むバンドでなかなかいい。

 

深沢ジョー時代の 「寺内タケシとブルージーンズ」 は、岡崎友紀主演のテレビドラマ 「なんたって18歳」 に2回出演。とっても下手な演技で楽しませてくれる。


演奏部分はカッコいいが、寺内タケシのセリフは、絶対に役者になれないなぁ~と言う素晴らしい演技であった。

その時代のメンバーは

 

深沢ジョー(ニュー・ジャガーズ)、
山本進一(シルビー・フォックス)
新庄ハジメ(スピリッツ~ハイソサエティー)
石井イワオ(フォー・ナイン・エース)
石井薫(ブラックバス)
桐生和史(尾藤イサオとバロン)

 

なんたって18歳より~

 

1971年から歌入りレコ-ドを精力的に発売。LPも出しています。

 

   

 

  

 

     

 

  

 

 

深沢ジョ-脱退後、西脇協(元グリ-メン)を迎え、歌入りシングルを数枚発売。

 

   

 

その後も多くのレコ-ドを発売、今なお、現役で活躍するス-パ-バンドです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<若い川の流れ>  1968年10月~1969年2月

 

 

 

主題歌 「若い川の流れ」 をパ-プルシャドウズが歌う、松原千恵子主演の大人の恋愛ドラマ。

 なかなかのパ-プルサウンドでお気に入りの歌だが、レコ-ド未発売なのは惜しい。

 パ-プルシャドウズ本人達は、8話と11話で音楽喫茶のシ-ンで登場。

 

 

 

      

 

☆ホワイトキックス    

デートの季節 (第2話)

 

ジャズ・ピアニストの三保敬太郎を中心に、サベ-ジを脱退した寺尾聰や林廉吉らが参加 し結成。ボ-カルはTanTanこと森野多恵子。

ドラマの中では、音楽喫茶のシ-ンで登場。

 

    

 

 

 

 

 

☆パ-プルシャドウズ      

青春のパンチ (第8話)

 

音楽喫茶で「小さなスナック」を熱唱。

 

  

  

 

 

 

☆パ-プルシャドウズ     

リー・クリスマス (第11話)

 

「ジングルベル」~を客席と熱唱、ダンスパ-ティ-のシ-ンでは得意の インストナンバ-を披露。

 

  

   

    
 

「青空に飛び出せ」  1969年3月~9月

 

ピンキ-とキラ-ズは、GSではないと言う意見が多い。歌謡曲グル-プなのは間違いないが曲の中にはビ-トの効いた楽曲も多く、この時代の音楽シ-ンには欠かせないバンドである。

ドラマでは、前年解散したフォ-ククルセダ-スの 「加藤和彦」 がレギュラ-出演し、ギタ-1本で 「悲しくてやりきれない」 を歌ったり、サマ-ランドでは、謎のバンドが登場。毎回、ピンキ-とキラ-ズの演奏シ-ンが登場するのは嬉しい。

 

  

 

 

 

ハプニング・ホリデー (第8話)

 

GSではないが、前年解散したばかりのフォ-ククルセダ-ス/加藤和彦が。ギタ-1本で 「悲しくてやりきれない」 を歌うシ-ンがある。

また、新宿ACB会館5階にあったダンスホ-ル 「GoGoアシベ」 のシ-ンでは、謎のバンドが登場。

沢村和子とピ-タ-パンにも見えない事もないが、詳細不明。

 

  

 

 

 

 

こそこそバンバン (第15話)

 

サマ-ランドで謎のバンドが登場。見た目はハワイアンのバンドだが、GSと言える日本語のオリジナルであろう楽曲を披露。

ただ聴いた事がない曲なので、バンド名他詳細不明。

 

  

  

 

 

 

また、ぬいぐるみを着た連中が、素晴らしい演奏を聴かせてくれる。

 

 

 

 

 

 

<なんたって18歳> 1971年10月~1972年9月

岡崎友紀主演のバスガイドさんの物語。岡崎友紀のリアクションが非常に面白い。また,35話と36話ではブル-ジ-ンズがゲストで登場。

 

☆寺内タケシとブル-ジ-ンズ   

フェリーに乗って北国へ(第35話)

 

ブル-ジ-ンズは準主役扱いで、演技に演奏に忙しい。  

 

 

 

 

 

  

  

 

 

 

☆寺内タケシとブル-ジ-ンズ  

ピリカメノコは恋の花(第36話)

  

2週連続の出演だが、前回と違いプ-ルサイドでの演奏シ-ンのみの出演。

女性たちを見て、途中で演奏を中止しプ-ルへ飛び込むだけ。

 

  

 

 

 

<探偵 明智小五郎> 1970年4月~9月

 

☆喜多村次郎とザ・ライフ   

殺し招待状  蜘蛛男より (第1話)

 

元カ-ナビ-ツの喜多村次郎が結成したロックバンド。

ゴ-ゴ-ホ-ルで演奏しているが、近くで殺人が起こっても構わず演奏。

 

 

      

    

  

 

 

<ケーキ屋ケンちゃん> 1972年3月~1973年3月

 

☆ハイ・ソサエティ     

ひみつのプレゼント(第4話) 

 

「戦争を知らない子供たち」をロック風にアレンジして演奏。

 

 

 

 

 

 

 

<おもちゃ屋ケンちゃん>     1973年3月~1974年2月

 

☆ハイ・ソサエティ               

落ちてたオルゴール(第10話)

 

デビュ-シングル 「不思議な恋の物語 」「君を奪いたい」 そして 「鈴懸の径」 などを歌う。

メンバ-の演技もなかなかいい。

 

  

 

 

  

 

 

 

 

<おれは男だ!>     1971年 2月~1972年2月

 

☆ピンキ-チックス

お命頂戴ウーマン・リブ!(第42話)

 

ヨッパラッた姉ちゃんGSのピンキ-チックスが、ウ-マンリブの集会で 「機嫌を直してもう一度」 を演奏。

 

  

    

 

 

 

☆ジュ-クボックス

ナツコ・オン・ステージ!(第23話)

  

GSではないが、フォ-リ-ブスの仲間であるジュ-クボックスが準主役で出演。

 

 

   

  

 

 

<番外>

バンドとしての出演はなくても、ドラマの主題歌や挿入歌を歌うケ-スもありました。

また、ワンシ-ン出演したらしいと言う あいまい な情報があったり、1960年代~70年代のドラマは面白い。

 

☆ある日わたしは   1967年10月~1968年2月

主題歌 「ある日わたしは/ジャッキ-吉川とブル-コメッツ」 は、レコ-ド未発売だが、曲はなかなかいいのでCD化して欲しい。

松原千恵子、ジュディ・オングが主演でオ-プ二ングの海辺のシ-ンが強烈である。

ドラマ内でのブルコメの出演はなし。

 

  

  

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GSブ-ムに沸いた、昭和40年代前半~ザ・タイガ-スやザ・テンプタ-ズ、スパイダ-スなどが出演する映画が多く作られたと同時に、テレビ・ドラマでもGSなどが出演したドラマもありました。

その殆んどが、出演者としてクレジットされる事も少なく、数秒程度動くGSが観られる程度でした。

また、「太陽野郎/バニ-ズ」 や 「嫁ゆかば/アイドルズ」 など主題歌を歌ったりするケースもありました。

さらにアニメや時代劇でも、 「ばくはつ五郎」 や 「キャプテンスカ-レット」、「誠之介武芸帳」 などは、ザ・ワンダ-スが歌いました。

しかし、映画と違い当時の雑誌等をチェックしても実態がつかめない。

50年も前のドラマの再放送も期待出来ないし、入手も厳しいのが現実です。

取りあえず、わかる範囲程度になりますが3回に分けて掲載しますので、情報などありましたら連絡ください。

 

「何処へ」 

1966年11月~1967年2月

 

☆ブル-コメッツ

 

1964年に高橋英樹、1966年に加山雄三主演で映画化されたテレビ・ドラマ版。

テレビドラマも、1960年、1964年、1966年と3度もリメクされており、1966年版では主題歌もブル-コメッツが歌っている。

前半のコンサ-トで歌う 「センチメンタルシティ」 は、最高にカッコイイ。

ドラマ用に会場では、「Blue Stars Show」 となっているが、後半では 「ブル-スタ-ズ」 となっている。

しかし同じ場所で撮影したと思われる。

ちなみに 「舞いこんだ十九才」 と言うテレビドラマでもブル-コメッツは「青い瞳」を披露している。

 

 

 

 

 

 

 

「ザ・ガ-ドマン」 

1965年4月~1971年12月 

全350話と言う今では信じられない長寿番組。

刑事のように、犯人捜査をして凶悪犯を捕まえるスト-リ-だが、銃撃戦があったりして面白い。

ザ・ガードマンが大好きな知人がDVD・BOXを貸してくれたのだが、あまりにも枚数が多く観るのも大変でした。

 

☆アウトキャスト   美しいスパイ達 (第94話)

 

仮想パ-ティ-で 「気ままなシェリ-」 を単独演奏。

また、木の実ナナや藤巻潤のバック演奏で  「星に祈りを」 など数曲を披露。

名前が 「アウトキャッツ」 になっているのは意味があるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

☆ダウンビ-ツ   消えた現金に手を出すな (第212話)

 

犯人達が逃げ込んだ遊園地では、ダウンビ-ツが3枚目のシングルレコ-ドとして発売した 「白銀のシュプ-ル」 を熱唱。

 

 

 

 

☆ザ・モップス  

 

煙突の上で無理心中したヌ-ドの美女 (第344話)

 

当時、流行したヒッピ-の集会で自由気ままに演奏するモップス。

「森の石松」 ではなく、ヒッピ-の集会だからサイケな歌の方がよかった気がする。

 

 

 

 

 

 

☆ザ・ダイナマイツ 

ロック化したダイナマイツ。迫力ある演奏を披露している。

 

 

 

 

長寿番組であったためジェリ-藤尾、内田裕也他多くの歌手や俳優がゲストとして出演していました。

 

  

 

  

 

 

 

「これが青春だ!」 

1966年11月~1967年10月

 

☆フォ-ナイン・エ-ス   一発触発 (第37話)

 

フォ-ナイン・エ-スのメンバ-が大学生役で出演。ハイキングに来た女子高校生をナンパしたら、一緒に来ていた男子高校生達と大乱闘。

ギタ-抱えて 「二人の泉」 を歌うシ-ンでは、素晴らしいハ-モニ-を披露してくれる。

 

 

 

 

 

 

「太陽のあいつ」  

1967年4月~7月

 

☆ザ・スパイダ-ス  若い突風!(第12話)

 

準主役扱いで出演。

「なんとなくなんとなく」「フリフリ」 など数曲を披露。銀座ACBでのシ-ンは感動的。

この「太陽のあいつ」は、3話分のみDVD化されているが、13話全話を視聴したら怪獣など多くのゲストが出てきて面白い。

ゴジラ、ケロヨン、サンダ対ガイラなど・・・・

 

 

 

  

 

ピンキ-とキラ-ズの今陽子も、このドラマでデビュ-している。

また、加山雄三は若大将として出演。主題歌を歌っているジャニ-ズも出演している。

 

 

 

 

「平四郎危機一髪」 

1967年10月~1968年3月

 

☆アイドルズ アフロディィ-テを消せ!(第5話)

 

新宿ACBを舞台に、ジャイアンツから改名したばかりのアイドルズが出演。

ジャイアンツ時代の 「あと5分待ってみよう」 を披露。

ちなみにドラマの主題歌 「平四郎危機一髪」 をアイドルズが歌っているがレコ-ド未発売。

 

  

    

 

 

☆デ・ス-ナ-ズ

後期のメンバ-でデビュ-曲 「プリ-ズ・プリ-ズ・トリ-ナ」 をゴ-ゴ-クラブで熱唱。

ス-ナ-ズは、何度もメンバ-を変更しながら1980年代まで活動。

このドラマのメンバ-は第三期メンバー。

 

 

   

 

 

「新・平四郎危機一髪」 

1969年10月~1970年3月

 

ザ・ティ-ンズ+アイドルズ  「皆殺しのバラード」(第12話)

 

 

 

「ウルトラセブン」  

1967年10月~1968年9月

 

セブン、セブン、セブン~で有名な主題歌 「ウルトラセブンの歌」 は、尾崎紀世彦在籍のザ・ワンダ-スが歌ったのだが、テイチクレコードとの契約上 「ザ・ワンダース」 という名称を使用できなかった為 「ジ・エコーズ」 と言う名前で発売。

 

☆ザ・ワンダ-ス     盗まれたウルトラアイ(第37話)

主題歌を歌うザ・ワンダ-スも出演。

 

    

       

 

 

「マイティ・ジャック」

1968年4月6日~6月29日

 

第13話 怪飛行船作戦 で ヴァンドックスが「熱い砂」を演奏。

 

 

 

 

「キイハンタ-」 

1968年4月~1973年4月

 

視聴率30%を超えた時もある千葉真一主演のアクションドラマ。

主題歌 「非常のライセンス/野際陽子」 が大ヒット! LPの中では、千葉真一も歌っている。

千葉真一は、バックバンド 「ザ・サタ-ンズ」 を結成しライブ活動も精力的に行っていた時期もあった。

ドラマの中では、ザ・サタ-ンズが単独で千葉真一のシングル曲 「女の片えくぼ」を熱唱。

 

ザ・サタ-ンズ  消された顔の逃亡者(第39話)

         

 

 

ザ・リネンズ   太陽に帰った殺し屋(第28話)

 

ボ-カルの叫び声が、GS!を感じさせるのとサイケな演奏がカッコイイ。

このバンド、全く謎である。

 

 

 

 

「絶対多数」 

1967年10月~11月

たった2ヶ月しか放送されなかった、歌声喫茶を舞台にした栗原小巻主演のドラマ。

主題歌 「夕陽よお前も仲間になれ」 をザ・シェリ-ズが歌うがレコ-ド未発売。

ドラマの中では、「思い出のシェリ-」を熱唱。

レコ-ドとは別テイクで、フル演奏。

 

ザ・シェリ-ズ  第4話

 

 

 

 

 

「特別機動捜査隊」 

1961年10月~1977年3月

今では考えられない、15年も続いた番組。

リアルで悲しくなる内容が多い。

 

バーナビ-ツ  上流階級第(422話)

 

タイトルの通り、お金持ちのパ-ティ-で、アイドルズのラストシングル「さよならは朝が来るまで」を歌う、、どう見ても ジ・アイドルズである。

 

   

  

 

 

ザ・ジャイアンツ      武蔵野心中(第368話)

 

ジャズ喫茶のシ-ンで 「涙のエンゼル」 を演奏。ケメコの唄のイメ-ジは全くない。

 

   

    

 

 

☆フォ-セインツ     蜜蜂色の少女(398話)

 

「小さな日記」のヒットで、フォ-クのイメ-ジが強いがGSと対バンしながらジャズ喫茶にも出ていたグル-プ。

ドラマ内では、準主役的な役割で出演シ-ンも多い。

 

 

  

 

ザ・ライオンズ  東京は怖い(第361話)

 

冒頭から、ザ・ライオンズが登場。「すてきなエルザ」  「信じておくれ」 の2曲をライブハウスで歌う。ドラマの内容は、ライオンズの追っ掛けファンの女の子達に 俺たちライオンズのメンバ-と友達なんだ と声をかけ、後でメンバ-を呼ぶからと別荘へ連れ込み・・・・今なら放送出来ないような内容だが、映像がリアル過ぎて怖い。

 

  

   

 

 

 

「OH!それ見よ」   

1969年10月 ~12月

オーモーレツ!のCMで一世を風靡した小川ローザが、女優に転身して主演した、最初にして唯一の連続テレビドラマ。

 

☆ファンキ-プリンス

 

3枚目のシングル「涙のイヤリング」を熱唱。レコ-ドでは悲しいバラ-ドだが、ドラマではロックにアレンジされ激しい演奏となっている。

 

  

  

   

 

 

「オレとシャム猫」 

1969年2月~9月

石坂浩二主演のドラマ。

小山ルミがグレ-プジュ-ズをバックに「キ-プ・ミ-・ハンギング・オン」 を熱唱。

カラ-化が進んだ1969年であったが、白黒放送であった。

 

★グレ-プジュ-ス      お願い!愛して(第24話)

 

 

 

 

 

 

 

②へ続く・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジュリ-こと沢田研二の 「あなたの街でデ-ト」

 

あっ!ジュリ-がいたわヨ!

   

 

1968年5月。ジュリ-が現れたのが、福岡県にある大濠公園。

名前だけでは地元市民でないとピン!とこないかも知れないが、私は2回程行った事がある。
福岡と言えば、プロ野球・ソフトバンクホ-クス。
この企画が行われた1968年は、西鉄ライオンズが福岡を本拠地としていた。
私は、数年前には雁ノ巣球場で、ソフトバンクホ-クスの2軍の試合を観戦しました。
いつか、ヤフオクド-ムで1軍の野球の試合も観てみたい。

 

1968年 「あなたの街でデ-ト」 の企画で、沢田研二は大濠公園に行きました。

 

以下は、当時の記事から~

 

板付空港で最後にタラップを降りると、その場で空港の車で税関へ。

そこで私服ボディ-ガ-ドがつきそって他の車へ移り、一気に脱出を試みたが、これを一人の少女が見つけた。

 

「ジュリ-だわ!」

 

この声は空港のファンだけでなく、恐るべき速さで福岡中のファンに伝わった。

それまで、心のどこかで

 

「はたしてジュリ-は本当に来るのかしら?」

 

と疑っていたファン達の気持ちが吹き飛んだ。

 

そして同じ頃、福岡市内で奇妙な出来事が二つ発生したのだった。

 

ひとつは、ある靴みがきの青年の受難。

たまたまジュリーに似ていた彼は、靴みがきに変装したジュリ-と間違えられ、もみくしゃにされて

 

「俺は違う、ジュリ-じゃないんだよ!」

 

と悲鳴をあげた。

 

もう一つは、大眺閣で学生服、角帽に変えたジュリ-が大濠公園へ向かおうとしていたところ、公園内でデマが飛んだ。

 

「ジュリ-が来た!」

 

その声に、ファンは公園の外に殺到した。

が。そこにジュリ-の姿はなかった。

 

ジュリ-が車を降り、本を読みながら公園内を歩き出した時、ちょうどジュリ-が来たと言うデマで動いたファンが、再び公園に戻りかけた時だった。

 

午後1時40分・・・初めに見つけたのは、黄色いワンピ-スの女性だった。

 

 

 

 

  沢田さんじゃないですか?

 

女性に声をかけられたが、沢田研二は黙って歩いた。

すると沢田研二の後ろにファンが一人増え、二人増えついて歩いた。

 

そこへデマで動いて公園内に戻って来たファン達。

さぁ大変、一瞬にして狂乱の場と化した。

 

キャ~、ワァ~、赤いセ-タ-の女の子がいきなりジュリ-の首にしがみついたかと思うと、

声を出して泣き出した。

ジュリ-の姿は見えない。

彼を囲むファンの黒山が左に右の大きく揺れ続けた。

最初にジュリ-を見つけた発見者は、福岡市のMさん(23歳)。

しかも彼女が発見者となったのは、偶然の積み重なりからだった。

 

今日、美容院で週刊誌を見て、初めてこの企画を知ったんです。

この公園に来たのも、それが目的ではなく、そこの福岡国立病院に入院中の母の友達を見舞った帰り、バラやスミレの花を見に寄ったんです。

デマでみんなが駆けて行った時も、走って行く程の気もなかったので・・・・・でも、それが良かったんですね。

 

彼女とジュリ-のデ-トは、福岡市内中州にあるゴ-ジャスな会員制レストラン 「アラジン」 で行われた。

ジュリ-はコ-ヒ-、野菜サラダにス-プを注文し彼女はレモンスカッシュ、ス-プにスパゲティを取った。

彼女とジュリ-は音楽の話に花を咲かせた。

二人が別れたのは夕方6時。

ジュリ-から彼女に贈られたプレゼントは、ジュリ-が去年の秋から大切に左手小指にはめていた J の文字入り指輪だった。

 

ジュリ-の感想。

今度の企画は、多少の混乱はあったけど、大変成功でしたね。

ファンとスタ-が直接、接触出来る接点になった事は、これから大きな意味を持つでしょうね。

今後も違った企画でファンとの接触を企画していきますよ。

そのうち、またどこかでお目にかかれるでしょう。

 

当時の雑誌は、芸能人の住所はもちろん、ジュリ-とデ-トをした福岡市のMさんの住所まで載っている。

映画で、ザ・タイガ-スと共演した久美かおりさんも熱狂したファンに悩まされたくらいだから、ここに出てきた福岡市のMさんも、色々悩みがあった事でしょう。50年経った今、お元気なら当時の話を聞いてみたいものです。

ちなみに、知人が何年か前に昔、お世話になった方の自宅を訪問した時、お茶を出してくれたのが久美かおりさんだったそうです。

たまたま、その家に来ていたらしいのですが、紹介されて挨拶をしたようです。

50年・・・・・50年と言うのは凄い年月です。

このブログを何かの間違いで訪問した人が、記事を読んだら

 

今頃、こんな昔の事を真剣に書いている人間がいるんだな、

 

と笑われる気がします。

 

『風は知らない』 は、フォ-ク調の曲で、それまでのザ・タイガ-スとは違った雰囲気の曲ですが、個人的には好きな曲です。

特に、このスロ-なバ-ジョンがお気に入り。

お聴き下さい。

 

 

    

 

   

 

  

 

   

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

ゴ-ゴ-ACBの映像

 

ジャズ喫茶と言うと 「ジャズを聴く店」 のイメ-ジが浮かびます。

 

1960年代後半~はグル-プサウンズ主流のライブハウスであった。

 

グル-プサウンズ・ブ-ムの頃は、チケットも入手しずらかったとの事だが、3年後には客も入らず閉店する店が多かったようだ。

 

聞いたところ、そこそこ知名度のあったGSのステ-ジで、閉店間際には観客が5人と言う現象も起きたと言う。

 

たった3年で大半の店が閉店なんて、時間の流れが早すぎる時代でした。

 

ジャズ喫茶の閉店が相次いだ頃、新宿二ュ-ACBを拠点に活躍していたGS/アルファ-ド。

 

そのアルファ-ドのボ-カル・丸山義春氏 (通称・アニキ) が、ミクシィの中で日記を定期的に書いています。

 

音楽の話、お笑いの話など・・・なかなか面白く書かれている。

丸山氏と接して感じた事は、あぁ~こう言う人に自然と人は集まってくるんだなぁ。

 

丸山義春氏こと、アニキが一番好きなのは 「オナラ」である。

 

噂では、オナラの匂いで白いごはんを食べているとの事。

焼肉の匂いで白いごはんを食べる人は聞いた事あるが、オナラの匂いでごはんを食べる人がなかなかいない。

真実なら、とても経済的だ。

 

とにかく丸山義春氏の日記には、頻繁にオナラの話が出てくる。

 

オナラと言えば10年ほど前だろうか、エレベ-ターに乗って10階から下に降りる時に先に乗ってた男性が、堂々と音を立ててしました。

その男性、臭い匂いだけ残して6階で降りた。

自分は、臭い匂いの充満したエレベ-ターに一人残され、1階まで我慢する事になったのだが運悪く3階で止まり数名の男女が乗ってきた。

 

あの時の彼らの目は忘れられない。

 

小心者の自分は心の中で叫んだ 

 

 ”俺じゃねぇ~~~”   と。

 

自分は無言の重圧に負けて、暫くはエレベ-ターに乗れず辛いが階段を利用する事になった。

 

話は戻るが、丸山義春氏は時々とても興味深い音楽に関連した日記を書いている。

多くのGSとの交流、またステ-ジでの対バンなどの話など、とても興味深い話が書かれています。

 

先日、丸山義春氏に

 

アニキの日記、ミクシィだけではもったいないので、ブログで紹介したいけどいいですか?

 

と聞いたら、快い返事が頂けた。

 

今後は、時々紹介していけたらと思っています。

 

1972年のアルファ-ドの映像です。

 

 

今回は、アルファ-ドがザ・タイガ-スのステ-ジで歌った事の日記と、約50年ぶりに 「ジャズ喫茶 新宿二ュ-ACB」 を訪問した日記を転用させてもらいます。

 

てっきり、新宿二ュ-ACBは取り壊されているもんだと思っていましたが、実は残されていました。

ただ客席やステ-ジは取り壊されており、面影はありません。

知らない人がみたら、単なる空虚の空間です。

 

それと、一般公開はされていないので普通には中には入れないようです。

丸山氏が交渉に交渉を重ね、中に今回は入れたそうです。


丸山義春氏の一番の思い出は、ザ・タイガ-スのステ-ジで1曲だけ演奏させてもらえた事。

満員のお客で緊張したことでしょう。

 

1970年12月20日の寒い冬の出来事でした。

 

その時の音源を紹介します。

 

途中のざわつきは、タイガ-スの森本タロ-とアルファ-ドのタロ-が並んだ時のファンの驚きの声です。

ハッキリ言って、ソックリと言うより同じ顔だったようです。

 

 

 

 

<丸山アニキの日記~1970年12月20日の奇跡より>

 

  

 

「GO・GO・ACB」 に出演する回数もどんどん増えて行き、その年の暮れも押し詰まった1970年12月20日の事です。

 

アシベ会館の3階の 「GO・GO・ACB」 にはアルファ-ド、5階の「二ュ-ACB」では、ザ・タイガ-スと言う、絶好のスケジュ-ルのこの日に奇跡が起きたのです。

来年早々に解散が決まっていたザ・タイガ-スは、この日が最後の 「二ュ-ACB」 でした。

 

「新宿二ュ-アシベ」 では、超満員の女の子の中でザ・タイガ-スのステ-ジが行われていた。

 

アニキ> 

あぁ、いま上ではザ・タイガ-スがやっているんだなぁ。ちょっとだけでも見に行きたいなぁ。

 

なんて思いながら、休憩していた 「GO・GO・ACB」 の楽屋に、ドラムのヨシノリが息を切らして走り込んできました。

 

ヨシノリ> 

おい!今から二ュ-ACBに上がって、ザ・タイガ-スのステ-ジに出るぞ!すぐ上へ行くよ、急いで!

 

これも、ザ・タイガ-スの元ボ-ヤの特権を使って、僕らのバンドのドラムのヨシノリが色々と動いてくれたおかげで実現したものだ。

もしかしたら、そんなチャンスがあるかも知れないとは聞いていましたが、まさか今日だなんて。

 

急いで5階に上がり、二ュ-ACBの楽屋から狭い階段を降りて、まばゆいばかりの輝くステ-ジへ。

そこには別世界があったのです。

 

サリ-がニヤニヤして立っている。ジュリ-がいる。ピ-もいる・・・

そして場内は超満員の観客で埋まっている。

こんな場所にいる自分達が信じられない思いでした。

 

ジュリ-> 

今、下のゴ-ゴ-ホ-ルで若い連中がやっていまして、前にうちでボ-ヤだったヨシノリがバンドを作ってやってます。

 

ジュリ-> 

ヨシノリ来てる?

 

細い階段を降りて、アルファ-ドのメンバ-全員がステ-ジに出たのだが、完全にあがりまくっていた。

 

ヨシノリ登場。

 

ファン達> 

懐かしぃ~

 

ファンの声が聞こえる。

 

ジュリ-> 

サリ-と太郎が曲をプレゼントしてやっているわけで、それは出来るわけ?

 

ジュリ-> 

まぁ、関係ないと言えば関係ないんですけど、一曲聞いてあげてほしいと思います。

 

ここでアルファ-ド全員登場。

 

うちのタロ-とタイガ-スのタロ-さんが並んで立った時は、会場から歓声とため息がもれていた。

 

ジュリ-> 

これがホントに他人の空似ですね。

 

ジュリ-> 

いろいろと、この下のゴ-ゴ-ホ-ル中心に活躍しているので、もし良かったら、ぜひ応援してあげてください。

 

ジュリ-> 

それでは、サリ-が詞を書きまして、タロ-が作曲した 『涙の思い出』  聞いてください。

 

他のメンバ-がセッティングする間、僕はジュリ-としゃべっていたのだが、何を話したかまるで覚えていない。

 

ザ・タイガ-スの楽器をそのまま使わせてもらったのは嬉しいが、やはり使い慣れていなくて勝手がわからず、演奏した 「涙の思い出」 の出来もよくなかったと思う。

後ろでザ・タイガ-スのメンバ-が、ニヤニヤして見ている中での演奏だった。

 

彼らの楽器やマイクを、そのまま借りて歌った 「涙の思い出 」は、ザ・タイガ-ス・ファンの皆さんの心には、どう映ったのでしょう?

 

この時のステ-ジを見た人に聞いてみたいものです。

この日、一番あがっていたは、たぶんヨシノリでしょう。

 

イントロが始まり、コ-ラスも終わって、さぁ歌へ・・・と言うところで、ドラムがしなくてもいいリットをしています。

 

この瞬間は

 

アニキ>  

あぁ、どうしよう?リズムがバラける!

 

と思ったのですが、ヨシノリと目を合わせながら何とか乗り切れたのです。

 

    

 

この時のテ-プも現存しているのだが、こんなに多くの観客の中での演奏も初めての経験で、アルファ-ドの歴史に残る思い出深き一日だった。

それと、ザ・タイガ-スのステ-ジに立ったのは後のも先にも僕らだけだったと思います。

 

彼らは自分達のステ-ジをとても大切にするグル-プでした。

特にジュリ-は、その傾向が強かったと思います。

 

そんな彼らが、僕たちをステ-ジに出してくれたのは、ヨシノリがザ・タイガ-スのボ-ヤをやっていた事や、岸部修三・作詞、森本太郎・作曲のオリジナルだった事も原因のひとつだとは思いますが、やはり解散間際だった事も大きかったんだろうなと感じるのです。

 

残念な事は、この日のステ-ジを写した写真がない事です。

何でも残っている僕らですから、そのうち貴重な写真を持っている誰かさんとめぐり逢えるかも知れませんね。

 

   

 

    

 

    

 

この日以降は 「二ュ-ACB」 にも出演出来るようになり、好きだったハプニングス・フォ-、ゴ-ルデンカップス、休憩時間に花札ばかりやってたザ・モップス、それにザ・ジャガ-ズ等の共演、楽しかった反面、恥ずかしかった。

僕らはまだまだ下手だったから・・・・

 

デビュ-の頃、一緒に練習していたロック・パイロットもすでに、かなりの人気者になっていた。

 

 

 

<丸山アニキの日記~50年ぶりの二ュ-ACB>

 

      

 

GSゆかりの地を巡り、当時に思いをはせるといった趣旨の本をつくりたいとのことで、少しだけお手伝いすることになった。


「ラ・セーヌ」 「サンダーバード」 のあったと思われるところを歩いてみるのだが、正直いってよくわからない。

お店はもちろんのこと、ビルもどんどん新しくなっているので、判断がむずかしい。
また、証言者の記憶もムムム・・・なのだ。


ザ・ガリバーズの北久保さんの記憶している 「ラ・セーヌ」 「サンダーバード」 の場所と、ボクの記憶とは、まるで違っていた。
いったい、どちらが正しいのか、自分でもよくわからない。

 

新宿ムゲンのあったビルは、そのままだったので、すぐにわかった。
サリーの店 「モナミ」 「のっぽ」 も、すでに存在しないため、ここにあったという確認だけだがいってみた。

アシベ会館のビルは、ありがたいことに、まだ存在していて助かった。
5階のニューACBのあったところは、今は何もなくなっているとのこと。


なんとか見れないものかと粘った結果、親切な方がいて、見せてもらうことになった。

エレベーターで5階にあがり、入り口のカギをあけてもらう。
中は薄暗かったが、確かにあのニューACBのフロアだ。

背の高いステージは無くなっていたが、2階席のつくりはそのままで面影が残っていた。

そして、なんと、1970年12月20日に、タイガースのいるステージに降りて行った、楽屋からの階段が、まだそのままあったのだ。
   
ボクは思わずその階段を途中まで昇ってみた。
そして振り返ると、あの日の客席が一瞬見えたような気がした。

それは、とても不思議な、過去と現在がクロスオーバーしたような空間に見えた。
外から入ってくる光がとてもまぶしい。

あれから約50年・・・まさか、再びこのニューACBのあったフロアに立てるとは思わなかった。

こんなうれしい瞬間を作ってくれた皆さんに、深く感謝したい思いです。

きょう貼った画像は、薄暗いつまらない写真に見えるでしょうけど、その昔、ジャズ喫茶として、多くの女の子たちがタイガースなどのグループサウンズを見て、青春を過ごしたそれは素敵な空間だったんです。

 

 

アニキの後日の感想

 

まさかね、50年たって、その場所に立てるとは思いもしませんでした。
なんとも気分が高揚した瞬間でした。


あぁ・・・これでは言い表わせないなあ。


もっともっと、すごい瞬間を味わいましたよ。

客席を振り返ったときは、何かみんなの歓声が聞こえたような気がしました。
そんな思いがよみがえる不思議な空間でした。

 

建物にも生命があるとすれば、ボクが再び来ることを待っていてくれたのかも知れませんね。
もうステージも無くなってしまったニューACBですが、最後の力をふりしぼって、みなさんをお迎えしてくれることでしょう。

ニューACBのほうは、トイレの位置もそのままだった。


あの楽屋から降りる階段を見つけた時は、宝物を見つけたような気分だったね。
よくぞ残っていてくれたっていう感じ。

思わず、その階段をのぼっちゃったよ。

薄暗い中に、外からの光がもれる光景がとてもステキだった・・・。

 

階段の手すりに触れた時は、まさか再び触れるとは思いもしなかったので、感動の思いでしたね。
それが現実にあるわけですから、クラクラしますね。
もうなんていうか、遺跡を発掘した気分でした。

 

ゴーアシのあった3階は、まったく別のお店になっていたので、見てはいませんが、面影は残っていないでしょう。

 

 

 

アルファ-ドの動く貴重な映像をどうぞ

 

 

 

 

ちなみに愛知県にあったジャズ喫茶の跡地はと言うと、

 

<グランドパレス>

・建物は現存し、当時のホ-ルも残されているが侵入禁止。

 

 

 

 

 

<温泉パレス>

・1階は若手バンドが演奏するゴ-ゴ-ホ-ル、2階が一流歌手が出演するホ-ル。

 

 

 

 

<オスカー>

・写真の、どのビルかわからないので、ホ-ルが現存するかどうか不明。

 

 

 

 

 

 

ピ-こと瞳みのるの 「あなたの街でデ-ト」

 

 

8月23日(土)に大阪で「さよなら明月荘コンサ-ト」が開催されました。

宇野山和夫(リンダ&リンダ-ス)と瞳みのる(ザ・タイガ-ス)のジョイントライブ。

私は行きませんでしたが、行かれた方の話しによると観客の大半が女性で大盛り上がりだったようです。

個人的には、グル-プサウンズ関連のイベントが少なくなった時代、こう言うイベントがあったと聞くと安心します。

中部地区でも開催して欲しい。

 

  

 

かなり前の話しですが、芸能界に戻ってきた頃に瞳みのるさんにサインを頂きました。

少し言葉を交わさせて頂きましたが、優しい口調でそばにいると暖かさを感じる印象の方です。

 

 

  

  

 

話しはそれてしまいましたが、1968年5月に戻ります。

もう、51年も経ったんですね。

当時の事を覚えている人がいたら、話を聞きたいものです。

この企画、男性が最初にメンバ-を見つけたらどうなってたのでしょう。

やはり関係者から注意されて、なかった事にされてしまうのかも。

 

ピ-こと瞳みのるは、金沢にサンドイッチマンとして現れました。

 

 

これは誰も気づかないかも・・・・と言いたいが、何となくピ-だとわかってしまう雰囲気でした。

この時代、ザ・タイガ-スのプラカ-ドを持っているだけで注目されるのに、持ってる人をよく見たら・・・・・

それにしてもオシャレですね。

 

 

 

当時の記事より~

 

ピーが金沢市内の香林坊へ現れたのは、午後2時30分だった。

ドアボ-イが着るような制服にワクだけのメガネをかけて 「明治チョコレ-ト」 の看板を手に、サンドイッチマンになって歩き始めた。

その瞬間、一人の女の子が

 

あなたピ-じゃない?

 

声をかける。

これが第一発見者のKさん(18才)だった。

そのままの扮装でデパ-トの屋上で記念の写真を撮影すると兼六公園へデ-トにでかけた。

二人の乗った車の後を、次々と見つけたファンが車で追跡する。

まるで白昼のオ-トレ-スだ。

とうとう交通整理をしていた警察官に

 

これ以上は危険だ!

 

と注意され車に飛び乗った。

 

と言う事で、この写真は香林坊商店街のどの辺りだろうと気になり調査しました。

51年前と今。比較するのも面白い・・・・と思ったのは世界で私だけだろうか。

 

おそらく、このバス停の向こう側辺りをプラカ-ドを持ったピ-が歩いていたと推測されますが、時代を感じてしまいます。

 

 

警察まで出動したピ-

そんな見出しで雑誌の記事は書かれています。