映像・音源で振り返る グループサウンズ フォ-ク  歌謡曲だよ人生は! -2ページ目

若い人から見たら「昔の音楽」を、プログやユーチューブにアップしたり、自慢げに 「これ持ってますよ」 みたいなリストを作成したりしてると


こいつアホちゃうか!  

 

と思うかも知れない。
自分もリアルGS世代ではないですが、中学の頃に偶然に街中で耳にした 「覚えやすいメロディに純粋な歌詞」 の古い音楽に魅了されました。


今と違いネット時代でもなかったので、趣味の音楽の会話する相手もおらず、ひたすら夕陽を追いかけながら孤独に音楽を聴いてました。

 

今の時代にも、同じような人はきっと何人かはいるでしょう。
昔の音楽の話を気楽に話せる人が周りにいない人、年齢に関係なくアメブロには「メ-ル機能がついています」ので、気楽にメ―ルください。

私もそうやって、仲間がたくさん出来ました。
一緒に、「古い音楽」を楽しみましょう。

ちなみに私は、歌謡曲や演歌も好きです。

時々、ム-ド歌謡なんかも聞いています。


と言うわけで、最近は孤独に集めた「音源や映像のリスト」をせっせと作っています。

もちろん貰い物ばかりですが、お金は絡んでいません。

(お金がからむと縁が切れやすい)
 

当時、レコード発売されたがCD化されていない物、客席からこっそり会場で録音されたライブ音源、またテレビやラジオからの音源。

 

また、当時は高価で貴重な「レコーダーやビデオ、8ミリ」で録画された映像もあります。


時間を見つけて、今後も追記しながら載せていきます。

特にマイナー的なGS関連は、全く掲載しなかったので追記します。

アダムス、ボルテイジ、レオビ-ツ、ラブ、タックスマン・・・・

 

タイガ-スだけは関東在住の親戚が大好きだったので、必死に会場で録音した物を貰いました。

まだ、あるから・・・・と言ってくれるのですが、関東でも北関東なので簡単には・・デジタル化してパソコンで・・無理と笑
 

コレクションは、以前ほどではありませんが、多くの仲間たちのおかげで、今年に入っても入手し続けています。ありがたや・・・・

※説明

・レコード   CD未発売音源
・音源     テレビやライブ会場の音源

・カセット         CD未発売音源

 

・映像関連は、次回載せます。

 

         

   

 

 

☆ヴィレッジ・シンガ-ス

 【レコード】

・海と空と愛と

・青い果実
・恋と女とむせび泣き

・ゾウのお父さんになったおじさん
・ゴールデン・フォーク
・シャウト!

【音源】

・GS合戦(杉並公会堂 1968/4/10)  

・リサイタル1969(日時・場所不明 )   

 

 

☆オックス

【音源】

・ジャズ喫茶(銀座ACB 1969)     

・ジャズ喫茶(銀座ACB 1970)   

  

 

 

 ☆カ-ナビ-ツ

【音源】

・ジャズ喫茶(新宿ACB 1968/8/25)
・GS合戦(杉並公会堂 1968/4/10)
・ジャズ喫茶(新宿ニューACB 1969)
・帰ってきたカレッジポップス(1976)

・ウエスタン・カー二バル(1968~1969)

 

 

 

☆ゴ-ルデン・カップス 

【音源】

・ジャズ喫茶 (池袋ドラム  1968/4/24) 

・ジャズ喫茶 (銀座ACB 1968/12/23) 

・ジャズ喫茶 (新宿ACB 1970/7/2) 

・R&B天国(1968/12/18) 
・東芝ヒット記念パ-ティ-(1969/1/23) 

・リサイタル1969(日時・場所不明 )
・ハロ-パーティ-(1970/3/2)

・ハロ-パーティ-・3時間完全版(1970) 

・ビ-トポップス(1970/1/10) 

・今週のベストワン(1976/7/16)
・ヤング・インパルス(1976/8/1)

 



☆スウィング・ウエスト

【音源】

・リサイタル・神田共立講堂(1968/4/27) 

・コンサ-ト・行川アイランド(1970/10)
・ラジオ番組・ゲスト(1968/7)

 

 

 

☆ザ・スパイダ-ス 

 

【音源】

・若さで歌おうヤァヤァヤング(TV  1968/1/3)

・ジャズ喫茶 (銀座ACB 1968/8/4)

・ジャズ喫茶 (銀座ACB 1970/3/15) 

・大阪万博ホール(1970/8/13) 

・解散ライブ(銀座ACB  1回目 1970/12/31) 

・解散ライブ(銀座ACB  最終回 1970/12/31) 
・お笑い・オン・ステ-ジ(TV 1968/2/23) 

・再結成ライブ(ラジオ番組 1976/12/26) 

・流行歌この10年(1977/3/22)

・最後のWカ-ニバル(客席録音 1981/1/24)

・朝の涙(未発表曲 歌:井上順)

・黒い翼(未発表曲 歌:井上孝之)

・ウエスタン・カー二バル(1968~1970)

 

 

 

 

☆ザ・サベ-ジ 

【レコード】

・恋愛特急
・ロンググッバイ

・若い我らの八福会(自主制作)

 

【音源】

・再結成ライブ(サ-ティ-エイト 1988) 

 



井上宗孝とシャープ5

 

【音源】
・ジャズ喫茶(池袋ドラム 1968/4/26)

・ウエスタン・カー二バル(1968)

 



ジャガース


【音源】

・GS合戦(杉並公会堂 1968/4/10)
・ジャズ喫茶(横浜プリンス 1968/9/22)

・帰ってきたカレッジポップス(1976)

・青春の肖像(未発表曲 歌:岡本信)
  

 

 ☆ニュ-・ジャガース

【音源】

・ブル-シャトウ、他(TVライブ 1968)

 

 

☆パ-プル・シャドウズ 

【レコード】

・ めぐり愛(レコード)

・恋しくて愛

 

【音源】

・若さで歌おうヤァヤァヤング(TV  1968/4/3)
・リサイタル1969(日時・場所不明 客席録音)
・若い川の流れ(TV主題歌)
 ・帰ってきたカレッジポップス(1976)

 

 

 

☆ザ・バ二-ズ 

【レコード】

・池袋ドラム7周年
・バ二-ズ復活

 

【カセット】

・運命(全曲別テイク)

・エレキ部落の大統領

・ロックスタンダード

 ・ミュ-ジカル・ヒット(これがヘア-だ!)

 

【音源】

・ジャズ喫茶 (池袋ドラム 1969/4/14)
・ジャズ喫茶  (横浜プリンス 1971/4/26) 
・コンサ-ト  (青森市民会館  1969)

・ウエスタン・カー二バル(1968)

 

 

 

☆ザ・テンプタ-ズ

【音源】

・若さで歌おうヤァヤァヤング(TV  1968/4/3)

・歌のグランプリ(TV   1968/7/23)

・虹のお祭り広場(TV  1970/6/25)
・あなたとジュリー(TV   1970/8/13)

・ジャズ喫茶(池袋ドラム 1968/4/18)
・ジャズ喫茶(銀座ACB 1968/8/9)

・ジャズ喫茶(銀座ACB 1969/12/23)
・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1970/12/20)
 ・GS合戦(杉並公会堂 1968/4/10)
 ・コ ンサ-ト(高知県民会館 1968/7/25) 
 ・コンサ-ト(日時・場所不明 客席録音 1969/3)
 ・コンサ-ト(客席録音・別音源1 1970/12)
・ コンサ-ト(客席録音 別音源2 1970/12)

・Sウエスト・リサイタル(神田共立講堂1968/4/27) 

・ウエスタン・カー二バル(1968~1969)

 

 

 

 

☆ザ・タイガ-ス

【音源】

・木島則夫ハプニングショ-        (TV      1968/6/22)

・若さで歌おうヤァヤァヤング (TV  1968/4/3)

・若さで歌おうヤァヤァヤング (TV  1968/7/10)

・若さで歌おうヤァヤァヤング (TV  1968/7/24)

・歌のグランプリ     (TV  1968/7/23)

・虹のお祭り広場     (TV 1970/4/23)

・虹のお祭り広場     (TV 1970/6/25)

・題名のない音楽会 (TV 1970/6/12) 

・あなたとジュリー (TV 1970/7/9) 

・あなたとジュリー (TV 1970/7/23) 

・あなたとジュリー (TV 1970/8/13)  

・あなたとジュリー (TV 1970/9/17)

・象印・スタ―ものまね大合戦(TV 1967/12)

・ヤング歌謡フェスティバル     (TV 1970/3/21)

・コンサ-ト(梅田コマ劇場        1968/3)

・コンサ-ト(軽井沢                  1968/8/3)

・コンサ-ト(後楽園球場            1968/8/12)

・コンサ-ト(新潟県民会館    1968/8/18)

・コンサ-ト(浅草国際劇場    1969/11/12)

・コンサ-ト(浅草国際劇場    1970/6/13)
・コンサ-ト(鹿児島                 1970/3/29)
・コンサ-ト(田園コロシアム   1970/8/22)
・コンサ-ト(静岡駿府会館   1971/1/7)
・コンサ-ト(日本武道館      1971/1/24 別音源1)
・コンサ-ト(日本武道館   1971/1/24 別音源2)
・コンサ-ト(日本武道館   1971/1/24 別音源3)
・明治チョコレ-ト合戦(1989/6)
・最後のWカ-二バル     (1981/1/25)

・ジャズ喫茶(新宿ACB        1968/11/29)

・ジャズ喫茶(新宿ACB        1969/10/1)

・ジャズ喫茶(二ューACB    1969/1/26 ①)

・ジャズ喫茶(二ューACB    1969/1/26 ②)     
・ジャズ喫茶(二ューACB    1969/2/9) 

・ジャズ喫茶(二ューACB    1970/5/30)
・ジャズ喫茶(二ューACB    1970/6/20)
・ジャズ喫茶(二ューACB    1970/6/28)
・ジャズ喫茶(二ューACB    1970/7/12)

・ジャズ喫茶(二ューACB    1970/12/20)

・ジャズ喫茶(池袋ドラム      1968/7/29)

・ジャズ喫茶(池袋ドラム      1969/8/16)

・ジャズ喫茶(池袋ドラム      1970/11 ①)   

・ジャズ喫茶(池袋ドラム      1970/11 ②) 

・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1969/9/15)
・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1970/2/26)
・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1970/3/20)
・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1970/4/12)

・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1970/9/6)

・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1970/9/16)
・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1970/9/23)
・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1970/10/10 ①)      
・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1970/10/10 ②)  
・ファ-スト・アルバム(1967 未発売) 

・ウエスタン・カー二バル(1968~1971)

 


 
☆ブル-・コメッツ

【音源】

・若さで歌おうヤァヤァヤング(TV 1968/1/3)

・象印・スタ―ものまね大合戦(TV 1970/10/25)

・コンサ-ト(柏崎市民会館 1970/11)
・愛の真実(映画主題歌)
・ある日私は(TV主題歌)

・D-51(NHKみんなの歌)

・豚が逃げた(NHKみんなの歌)

・朝陽の前に(ヤマハ音楽祭・参加曲)

・DWウォッシュバ-ン

・ウエスタン・カー二バル(1968~1969)

 

 

 

☆ワイルド・ワンズ

【レコード】

・海と空の祭典
・解散ライブ(自主制作)

・ゆかりとともに(自主制作)

 

【音源】
・若さで歌おうヤァヤァヤング(TV 1968/1/3)

・象印・スタ―ものまね大合戦(TV 1969/1)

・今週のベストワン(TV 1976/7/16)
・ヤング・インパルス(TV 1976/8/1)

・GS合戦(杉並公会堂 1968/4/10)
・コンサ-ト(軽井沢 1968/8/3)
・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1969/9/23)
・ジャズ喫茶(ヤングメイツ 1969/12/2)

・ウエスタン・カー二バル(1968~1969)

 

 

②に続きます

 

 

 

 

見た目は強そうに見られるのだが、只今残念ながら入院中。

 

そんなわけで病院にパソコンを持ち込み、普段は時間がなくて聴けない「GS関連の少し長めのライブ音源」などを聴いたりして過ごしています。

 

その中で紹介したいのが「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」の1970年11月に開催された新潟でのコンサート(85分)

 

 

 

 

この時期は、大半のグループが解散しており、ロックバンドになった「モップス」や「ゴ-ルデンカップス」などが活動していました。

 

純粋にGSとし活動していた「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」ですが、どちらかと言うとム-ドコ-ラスの世界」に入り込んでいた気もします。

 

コンサートの感想

GSブームの頃の様に「キャーキャーと言う歓声」もなく、ヒット曲を中心に進められていきました。

 

オープニングから「ブルー・シャトー」〜「青い瞳」などのヒット曲を演奏。

 

GSブームから数年しか経っていないのに、1969年1月から「ブルコメの目指す方向性」は変わってしまった。

 

 

「さよならの後で」からGSから歌謡曲バンドに転身。

さらに「むらさき日記」からはム―ド歌謡にも挑戦。

演奏が上手いので何でも出来てしまう。

 

このコンサ-ト直前には 「象印スタ-ものまね歌合戦」で優勝。

司会は、玉置宏でした。

 

 

その時の音源が残されています (1970年10月25日)

 

「もう恋なのか/にしきのあきら」をブルー・コメッツが見事に歌い上げています。

 

 

話は戻り~

コンサ-トでは「ソロ・コーナ-」があり、ギタ-の三原綱木が「禁じられた遊び」など数曲を演奏。

 

そして「ジャッキー吉川のドラム演奏」が、10分近く延々と続きました。

 

 

そして「ホワッド・アイ・セイ」では観客を巻き込んでの大熱唱!

と言いたいのですが、客席のノリが非常に悪く「大爆笑」になりました。

この音源の「後半」が面白いのでお勧めです。

 

 

そして最後は、ブルコメのテーマ曲「空の彼方」で締めくくられました。

 

 

1972年7月23日 「ロッテ歌のアルバム」に出演。

これが「GS時代のメンバー」としてのブルー・コメッツの最後のテレビ出演となりました。

 

1972年10月

ついにGSブ-ムを引っ張ったメンバ-での「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」は解散。

 

 

GS時代のメンバ-での活動は終わりましたが

「ジャッキー吉川と小田 啓義」がバンドに残りました。

 

「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」は、新しいメンバ-で1990年代半ばまで活動。

その間「メンバ-チェンジ」はありましたが、一度も解散しませんでした。

 

 

1973年の「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」は、女性2人が参加して「哀しい少女」でデビュー。

 

1980年代に入り、若手の男性たちと「ミッドナイト・スペシャル」を発売。

このメンバ-で近所の夏の盆踊り大会にゲストで来たので見に行きました。

 

新メンバ-での活動をメインとしながらも、「GS時代のメンバ-」で何度か再結成。

 

私の知るかぎりでは~

 

・1975年3月2日 「スター家族対抗歌合戦」

・1977年3月8日 「オ-ルスタ-歌う懐メロ大特集」

・1977年8月3日 「歌のグランドショ-」

 

に出演しています。

 

井上忠夫が死去した後、2000年代に入り「GS時代のメンバ-」で再結成。

しかし、メンバ-のジャッキ-吉川が2020年に亡くなり、高橋健二が2021年に亡くなったために活動を休止しました。

 

 

 

 

「やったぜベイビ-」

1969年を舞台に 高校生の青春 を描いたコメディドラマ

 

 

予告CMを見た時、いきなり「シーサイド・バウンド!」

 

☆これは絶対に観たい~~~!

 

と思いました。

 

1986年9月30日(土曜日)21時~

から毎週放送されました。

 

 

ドラマが制作された「1980年代」は、ちょうど色々なバンドが再結成されました。

テレビでも「懐かしの~」みたいな番組が、毎週のように放送された時期でもあります。

 

そのタイミングで制作されただけあり、多くのグループサウンズの曲やフォ-クソング、歌謡曲が番組内でたくさん流れました。

特にフォ-クソングの「風」が印象的でした。

 

ドラマのオ-プニングは

「シ-サイド・バウンド/ザ・タイガ-ス」

 

 

 

番組内では「ザ・タイガ-ス・後楽園球場コンサート」の映像も使われました。

 

ザ・タイガ-ス「DVD」が発売される20年以上前です。

 

 

ストーリーは

「どうすれば女にモテるか」

 

その事を朝から晩まで考えている 「4人の高校生」 の物語。

ドラマのストーリーそのものが面白い。

 

しかし、スト-リ-に沿って面白く書くのは難しい。

そこまで、文章力が自分にはないからだ。

とりあえず、印象に残った場面だけを紹介します。

 

 

<主な登場人物>

 

竹村アキラ(男闘呼組・高橋和也)

・靖子(宮崎ますみ)に恋をしてる

 しかし、直接告白する勇気がない

 

・靖子が

 「自分に気があるのではないか」

  と思い込んでいる

 

 

小野田 シゲル(永瀬正敏)

・靖子に恋する、アキラのライバル

・4人の中で「一番自分がモテる」

 と心の中で思い込んでいる

 

 

 

川上カズオ(内村光良)

・冷静なフリをして「もっともらし

 い意見」を言う

・友達たちを「間違った方向へ」い

 つも導いてしまう

・何に対しても消極的

・物事に対して、諦めが非常に早い

 

 

千葉ジロウ(南原清隆)

・強い相手には弱いが、弱い者いじ

 めは得意で口が達者

・言う事と行動が「全く」かみあっ

 ていない優柔不断な男

 

 

小泉靖子(宮崎ますみ)

・通称「マドンナ」

・女子高に通うお嬢様

・アキラの中学時代の同級生

 

 

古川 春子(二階堂千寿)

・アキラに恋をしている

・「両想い」だと勘違いしている

・登場時に「ケメコの歌/ダーツ」

 が流れる

 

 

森山麗子(萬田 久子)

・アキラが大人の魅力を感じている

・アキラの家の隣に住む未亡人

・アキラの相談相手でもある

 

 

アキラの父(荒井注)

アキラの母(朝丘雪路)

質屋の主人(ハナ肇)

 

 

アキラの担任教師(小松政夫)

芸能事務所の社長(車だんきち)

さすらいの浮浪者(鈴木ヒロミツ)

 

 

 

アキラは「中学の同級生」だった小泉靖子に恋をしている。

しかし、面識もなければ話した事すらない。

 

自信過剰なアキラは  

 

>靖子が、自分に恋をしているんでは

 ないか

 

と勝手に思い込んでいる。

 

 

「どうすれば女にモテるか」

 

世の中「グル-プサウンズ・ブーム」と言う事で4人が出した答えが

 

☆女の子にモテるには

 グル-プサウンズだ!

 

 

 

>どうせモテるなら、早い

 方がいい!

 

いきなり「2日後」に学校内でコンサ-トを開く事になった。

もちろん、練習ナシのぶっつけ本番だ。

しかし、シゲル(永瀬正敏)以外は楽器が弾けない。

シゲルも持っているだけで、実はギタ-をほとんど弾けないのだ。

 

4人とも心の中で思っていた。

 

>自分は楽器を弾けないが、他の3人

 は弾けるだろう~

 

 

4人はコンサート当日の事を勝手に「空想」して喜んでいる。

空想の中で「モナリザの微笑」を歌うアキラたち。

アキラたちにキャ-キャ-と熱い声援を送る女の子たち。

あの小泉靖子(宮崎ますみ)までアキラに熱いまなざし。

 

 

>どうしたら女の子をたく

 さん集められるか

 

手分けして、女の子の家の「ポスト」にチラシを入れる事にした。

 

自信過剰なアキラ。

靖子がコンサートで「魅力的な自分」を見て告白してくる・・・

と勝手に思い込んで、またまた妄想にふけっていた。

 

そんな妄想から目が覚めたアキラ。

両想いだと「勘違いしている」春子が、目の前に立っていた。

春子は「アキラが自分の後を付けてきた」と思い込んでいる。

 

>私の後をこっそりつけてくるなん

 て、可愛いとこあるのね

 

否定するアキラだが「春子は舞い上がって」聞く耳をもたない。

 

 

コンサート当日、会場には女の子達が誰も来ない。

カズオ(ウッチァンナンチャン 内村光良)は

 

>女の子達は時間を「間違えてる」

 だけだよ~!

 

その言葉に、「納得」して安心してしまう4人。

取りあえず「練習」して準備する事になった。

4人がまともに「楽器も用意出来なくて」怒り出すシゲル。

 

さらに

 

>ジロウはトッポで、カズオはタ

 ロ-、俺はジュリ-でいいや!

 

と言うアキラの言葉に「怒り爆発」のシゲル!

殴り合いの大喧嘩になる。

 

 

その時、応援団(大川興業)が教室に入ってきて

 

>お前たちのグループサウンズを、聞

 いてやろうじゃないか!

 

また先生も「アキラたちの演奏」を聞きに教室に現れた。

 

 

仕方なく「モナリザの微笑」を演奏するアキラたち4人。

普通の感覚の人なら「下手過ぎて」聞ける演奏ではない。

 

>なかなかいいじゃないか・・!

 

なぜか「素晴らしい演奏」に感動する先生や応援団。

 

 

 

アキラは考えた。

モてない3人と一緒に行動してもだめだ。

自分まで一緒にモてなくなる。

 

どうしたら「女にモてるか」考えた結果

 

>ボブ・ディランのようになろう

 

>ハ-モニカ1本で地方へ行き、本当

 の音楽を人々に伝えよう

 

それが女にモてる近道だ!

 

そしてアキラは「旅」に出ることにした。

 

まずは腹ごしらえをしてから旅へ・・・・

 

中華料理店に入ると「春子」がケメコの歌をバックに登場。

春子は「アキラが実は自分に会いにきた」と勘違い。

この店は「春子」の働いている店だったのだ。

アキラは「記念すべき放浪の旅」の出鼻をくじかれるのであった。

 

 

アキラは「ボブ・ディラン」のようにヒッチハイクを試みた。

しかし、全く相手にされない。

 

 

仕方なく「電車で静岡の熱海方面」へ向かった。

途中、乗り合わせた女子高生の一人と目が合う。

アキラは心の中で

 

>俺が日本のボブ・ディランだとまだ

 彼女は気づいていない

 

>彼女がそれを「知ったら」彼女は

 俺に恋をしてしまう

 

>結婚して欲しいと言われたらどうし

 ようか

 

と真剣に悩むアキラ。

 

 

駅のベンチで一人の男性(鈴木ヒロミツ)を見かけるアキラ。

 

>この人が日本のボブ・ディランだ

 

>真の音楽を伝えるために、放浪

 旅をしているんだ!

 

勘違いしてしまうアキラ。

 

必死に「憧れのボブ・ディラン風」の男性に話しかけるアキラ。

流れる曲は「たどり着いたらいつも雨ふり/モップス」

 

ボブ・ディランは「旅先で真の音楽」を伝えてきたのだ。

 

駅の「ベンチ」で男性と一緒に寝たアキラ。

憧れの「日本のボブ・ディラン」と過ごす夢のような時間だ。

 

しかし!

朝起きたら「ベンチで寝ていた男性」がいない。

 

>さすがに日本のボブ、もう次の街

 へ旅立ったんだ!

 

>自分もノンビリしている場合じゃ

 ない!

 

 

と、急いで駅から走り出すアキラ。

しかし、男性は次の街へではなく・・・・・・

 

 

結局、「不審者扱いの家出少年」として警察に保護されたアキラ。

日本のボブ・ディランになって、女の子達にモてるのは諦めた。

 

しかし、放浪の旅をした自覚から自信満々だ。

 

そんな中、アキラは偶然「歩道橋」で靖子とすれ違うのだった。

 

 

放浪の旅で「男としての自信」を深めたアキラ。 

靖子に声をかけたのだが「告白出来ず」に逃げだしてしまった。

 

考えた末、アキラは一人で行動するのを諦めた。

 

 

今度は芸能界の仕事をする為「怪しげ」な芸能プロダクションへ。

 

今度こそ

 

>女の子達にキャ~キャ~言われる

 だろう 

 

>何たって芸能人になるんだから!

 

さっそく芸能事務所の社長(車だんきち)から

 

>テレビ局の良いバイトがある!

 

気分良く「4人は社長が運転するス

ポーツカー」でテレビ局へ!

 

俺たちもついに芸能人だ!

 

 

ついに念願のテレビ局に到着。

GSメンバーが女の子達に「キャ~キャ~」言われているのに遭遇。

 

1週間後の「自分たち」を想像した4人。

 

>女の子にキャ~キャ〜言われる「存在」に俺たちはなっている!

 

 

そしてスタジオに入ると、人気GSのオックスが演奏中。

 

>俺たちも来週には「あそこで演奏」

 してるんだ!

 

と、またまた妄想する4人。

 

 

 

しかし現実は甘くない。

奥の部屋に連れて行かれた「4人の前には怪獣の着ぐるみ」

 

4人にとっては「予想外」の仕事である。

 

カズオが叫ぶ!

 

>初めてのバイトだし「まずはスタ

 ーになれるか」試されてるんだよ

 

みんな納得し、怪獣に入ることになった。

 

 

当日、あまりの暑さでストレス爆発の4人。

怪獣姿のまま喧嘩する4人。

しかし喧嘩をする「元気も」ほとんんど残されていなかった。

倒れ込んで水を飲む4人。

 

もう限界だと辞めよう!

 

そんなタイミングで、小泉靖子が甥っ子を連れて現れた。

 

 

アキラは怪獣に入っている姿を

 

靖子には、この姿を見られたくない 

 

「逃げるアキラ」

 

しかし追いかけてきた子供たちは、「目の前の怪獣」に大喜び。

パンチやキックを「容赦なく浴びせ」大はしゃぎ。

しかし暑さの「我慢の限界」でついにアキラはダウン。

完全に気を失ってしまった。

 

 

 

数日後、靖子が自宅療養中の「アキラの見舞い」にやってきた。

 

>先日は、甥っ子のヒデオの為にあ

 りがとう。

 

>暑い中、怪獣ごっこをしてくれて

 嬉しかったです。

 

>仕事熱心な方は素敵だと思います

 

アキラは「本調子でない」のと「下痢」がひどい。

しかし靖子と「向かい合って座る奇跡」に喜び爆発のアキラ。

しかし腹痛の我慢の限界がきた。

急いでトイレへ。

 

 

トイレで涙を浮かべるアキラ

 

>人生で一番大切な時なのによ~!

 

>俺は何をやってるんだ!

 バカヤロー〜

 

 

 

 

しかしアキラが「トイレに入っている間」に靖子は帰ってしまった。

 

>何で引き留めなかったんだよ!

 

と母を責めるアキラ。

泣きながら靖子が座っていた「座布団」を抱きしめるアキラ。

 

 

そんな悪いタイミングで、春子がお見舞いに来た。

 

>お前、何しにきたんだバカヤロ~

 

と涙を浮かべるアキラ。

さらに感情的になったアキラ。

手にしていた「靖子が座っていた座布団」を投げつける。

しかし春子は「自分に座布団を出してくれた」と勘違い。

 

>座布団を私の為に用意してくれた

 のね、ありがとう

 

その座布団に、遠慮なく座ってしまった春子。

アキラにとっては、「憧れの靖子が座っていた」大切な座布団だ。

 

 

アキラ達は「芸能事務所」にバイト代をもらいに行くことにした。

時間の途中で「バイトは辞めた」が半分は貰えるはず。

そこで怪しげな社長から

 

>君たちは運がいい!

 いいバイトがあるんだ!

 

次のバイトの誘いがあった。

しかし、シゲルが「前回のバイト」で

 

「酷い目に遭った経験」 から強く断る事にした。

 

 

怪しげな芸能事務所の社長が

 

>今度のバイトはね

 

>水着を着た女の子達が、ステージ

 で踊ってるよ

 

>さらに、素敵な音楽が流れる中で

 飲み物も飲み放題

 

心動かされるアキラたち。

しかし、シゲルが強く断る。

 

>君たち、やらないと後悔するよ

 

そこへ、そのバイトに参加するヨ-コが現れた。

 

その「ドキドキさせる姿」を見た瞬間

 

>バイトやります!

 

と即答する単純なアキラ達4人。

 

 

 

 

ビアガ-デンのバイトだった。

確かに「水着を着た女の子達」がステージで踊っている。

さらに心地良い「バンド演奏」の音楽が流れている。

 

>飲み放題は、客が残した

 飲み物を飲んでいいよ

 

と言う意味だった。

 

さらに休むものなく「忙し過ぎる」し怒鳴られるし。

そんな中、小泉靖子が男性と二人で現れた。

相手が誰かわからないまま「モヤモヤ」しているアキラ。

 

>一緒にいる男は誰だよ!

 

>きっとお兄さんだよ・・・・

 カズオが言う

 

>靖子には兄弟はいないぞ!・・・

 怒るアキラ

 

>幼馴染で単なる友達だと思う・・

 ジロウが言う

 

「単なる友達」だと「都合いい結論」を出したアキラたち。

 

 

3日間の契約したバイトが終わった夜、バイト仲間のヨ-コが

 

>私の家に来ない?

 

誘いをかけてきて「舞い上がる」アキラ。

他の三人と帰る約束を「うまく断った」アキラ。

 

>ついに俺にもチャンスがきたぞ!

 

 

ヨ-コと「腕を組んで」帰る事になったアキラ。

数メートル歩いたところで「目の前に車」が停まった。 

 

何とヨーコの彼氏だ!

 

どうも二人は「喧嘩していた」ようだが仲直り。

アキラの目の前で「仲直りして抱き合う」ヨ-コと彼氏。

完全にアキラはピエロになった。

 

>何なんだよ!バカヤロー

 

失意の中、寂しく一人で帰るアキラ

 

 

アキラは麗子に「辛い想い」を聞いてもらう為に家に向かった。

偶然、麗子が帰ってきた。

居酒屋で仲良くなった「先生とイチャイチャ」しながら。

 

 

すべてが「悪い方向へすすむ」アキラ。

 

>小泉靖子が一緒にいた男

 性は誰なのか

 

モヤモヤした日々のアキラ。

 

そんな昼下がり・・・・

目の前を「男性と二人で車に乗った靖子」が通りかかった。

必死に走って追いかけるアキラ。

二人は車を停めて楽器店へ。

こっそり店に入り、物陰から見つめるアキラ。

怪しいスト-カ-の雰囲気だ。

 

 

陰から行動を見ていると「バイオリン」を見に来たようだ。

さらに店員と「壁に貼ってあるポスター」を見ながら話す二人。

 

靖子たち二人は帰って行った。

靖子が触ったバイオリンの「匂い」をかいで、頬づりするアキラ。

かなり危ない世界かも知れない。 

 

 

店主にアキラは

 

>さっきの二人と何を話し

 たか!教えろ!

 

店主の胸ぐらをつかみ「けんか腰」で問いつめるアキラ。

そして2人が「サマ-ミュージックスク-ル」に参加するのを知る。

 

 

アキラは仲間たちと「八ヶ岳」へ行く事にした。

もちろん、女の子達にモテるためのキャンプだ。

 

 

 

アキラは「靖子が宿泊しているホテル」近くの木陰に忍びこむ。

窓から顔を出した「靖子」を見つめるアキラ。

今の時代なら完全な「スト-カ-」だし覗き魔だ。

 

その時、他の女の子達の「悲鳴が!」

 

>痴漢がいる!誰か部屋を

 覗いている!

 

 

アキラが女の子たちが「指を差した方向」を見るとシゲルが。

 

木に登り「女の子達の部屋」を覗いていたシゲル。

 

「悲鳴に驚き、慌てたシゲル」

ついに木から落ちてしまった。

慌てて駆け寄るアキラ。

 

 

シゲルは入院する事になった。

木に登った理由も言わない。

仲間が見舞いに来たのに「布団」をかぶったままだ。

カッコ悪くて恥ずかしいのだろう。

アキラはわかっていた。

本当は自分と同じで「靖子の姿」を見たかっただけなんだと。

 

このままだとシゲルは、「単なる覗き魔」で終わってしまう。

シゲルのために「アキラは靖子に会いに行く」覚悟を決めた。

きちんと説明して「シゲルの誤解」を解くためだ。

しかし「アキラにとって」は辛い現実だ。

シゲルの気持ちを伝えて「恋人同士」になってしまったら。

アキラの「恋」が完全に終わるのだ。

しかし「友達の方が大事」だと思ったアキラ。

覚悟を決めて「靖子の家」に行き、誤解を解くことにした。

 

靖子が出てきたが「アキラを見つけても」無視だ。

 

 

アキラは「勇気を出して」靖子に声をかけた。

 

>シゲルは「部屋を覗くため」に

 あそこにいたのではない

 

>御願いだから、その気持ちをわ

 かって欲しい  

 

靖子は少し考え込んで

 

>病院どこですか?

 

家に戻ったアキラは後悔した。

何てことをしてしまったんだ。

 

>俺のバカヤロー!  

 

「居てもたってもいられなくなったアキラ」は、靖子の家に向かう。

 

 

 

泣きながら

 

>靖子、俺はお前が好きだ〜!

 

>靖子聞いてるのか!出てこい靖子

 

叫び続けるアキラ!

 

しかし「靖子」は出てこなかった。

 

ついに「恋を諦める覚悟」を決めたアキラ。

 

失意の中「歩いていると向こうから靖子が」歩いてきた。

 

うつむくアキラ。

 

 

すれ違いざま「靖子」がアキラに声をかけた。

 

>最初は夢かなと思いました。

 

>あんな凄い夢、私は見たことな

 かったから。

 

>ありがとう。

 

アキラが叫ぶ!

 

やった!靖子が俺に!

 

 

やったぜベイビー~~~!

やったぜベイビー~~~!

 

 

 

 

2024年も多くの芸能人が亡くなった。

個人的には、俳優の西田敏行さんが亡くなったのは残念だ。

西田敏行さんの、福島弁の優しさがにじみ出ている声が好きだった。

東北弁って、なにか優しさを感じる時がある。

 

 

西田敏行さんを初めてテレビで見かけたのが、高杉刑事を演じた「特捜最前線」。

「特捜最前線」は、なぜかいつも悲しいエンディングが多い

 

エンディングの「二人だけの十字架」が流れると、ドラマを最後まで見終わった脱力感を感じる。

 

 

そして伝説のドラマ「西遊記」。

スパイダースの堺正章、タイガ-スの岸部四郎が出るので見たが、内容が面白く毎週楽しみでした。

 

 

あと、「サンキュウ先生」と「池中玄太80キロ」が混合していて、西田敏行が体操服を着て運動場を走っているイメ-ジがあり、てっきり80キロの体重を減らす減量ドラマだと数年前まで思っていました。

 

 

 

一番キオクに残っているのが 「おんな太閤記」 

佐久間良子演じる ねね が主役だが、豊臣秀吉を演じる西田敏行の存在感は凄かった。

奥さんのねねに対する おかか~ の声が印象的でした。

 

 

そう言えば、豊臣秀吉が織田信長と出会った場所に行った事がある。

いわゆる有名な 信長の草履 をふところで温めて気に入られた場所です。

今も当時の屋敷門が残されており、この門をくぐると出世すると地元では

「出世門」と言われているらしいが、今は門をくぐると病院が待っている。

門の向こうは病院があるのだ。

 

 

 

「ドクターX」もよく観ました。悪役になりきれない優しい悪役の院長。

岸部一徳との掛け合いも面白い。

 

これ、メロンです。毎回メロンを持参するのも面白い。

 

番組内の名セリフ、「私、失敗しないので」のマネで

私、成功しないので・・・・

病院で使われたら嫌なものです。

 

 

歌手としても「もしもピアノが弾けたなら」を歌いました。

この曲は、西田敏行さんの声だからこそ、温かみのある曲なのかも知れない。

また、当時は色々なバラエティ番組にも出ていました。

沢田研二と同じ年齢なので、雰囲気はよかった。

 

 

 

先月、あるグループサウンズのメンバーが亡くなられた。

あまり知られていないバンドでしたが、その人は誰でも知っている有名なGSのバンドボーイをやっていました。

その有名バンドのボーカルの人の部屋に一緒に住んでいて、世話をしていた時期もあったようです。

 

バンドボーイを辞めて自分のバンドを結成、レコードも出しましたがあまり売れませんでした。

辞めたあとに地方へ帰り、飲食業界に進み成功を収めました。

 

ハンドボーイをしていた有名バンドのボーカルが、その地方で公演があるときは、よく顔を出していたようです。

 

再結成で全国まわった時は、バスでメンバ-全員で店に来たとか・・・

 

最後に見かけたのが有名バンドの再結成で、あるメンバ-の車いすを押してメンバ-を舞台に連れてきました。

わざわざ地方から来たのは、きっとメンバーが彼に御願いしたのでしょう。

とても人格者だったようです。

 

一度だけ私は怒られました。ブログでお店の事を書いたら

 

味で勝負しているので、○○の力は頼っていないと・・・・ご冥福をお祈りします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1982年に閉鎖した「浅草国際劇場」

ザ・タイガ-スが1968年~1970年まで3年間に渡り「タイガ-ス・フェア」を開催しました。

また、オックスは1969年3月に「オックス・ショ-」で大成功を収めました。

しかし5月にオルガンの赤松愛が脱退し、1回のみの開催となったのは残念です。

 

 

 

 

ザ・タイガ-スは下記3回開催

・1968年11月1日~5日

・1969年11月1日~7日

・1970年6月13日~17日

 

今、手元に1969年と1970年の音源があります。

GSブームが去りつつあると言うのに、凄まじいファンの歓声です。

残念ながら、1968年のトッポ在籍時の音源は私は持っていません。

ただ、タイガ-スDVD-BOXで少しだけ映像を観ることが出来ます。

 

洋楽中心の1969年公演より、オリジナル曲を多く歌い「帰ってきたヨッパライ」のようなコミック・ソング歌った1970年公演の方が好きなので、少し記事を書いてみようと思います。

 

開催日時は1970年6月14日(2日め)

 

<ゲスト>

・ワイルドワンズ

・ロック・パイロット

 

 

【第一部】

ザ・タイガ-ス

・君だけに愛を

・花の首飾り

・僕のマリ-

・雨のレクイエム

・銀河のロマンス

・忘れかけた子守唄

・モナリザの微笑

・シーサイド・バウンド

 

 

オ-プニングから大ヒット曲連発

 

 

 

 

【第二部】

ザ・タイガ-ス&ワイルドワンズ

 

 

・サウンド・オブ・サイレンス

(岸部四郎・鳥塚繁樹)

 

・虹に消えた恋

(岸部四郎・鳥塚繁樹・渡辺茂樹))

 

・ヘルプ!

(瞳みのる・岸部四郎・島英二)

 

・モンキ-ズのテ-マ

(沢田研二・岸部修三・植田芳暁)

 

・サティス・ファクション

(沢田研二・瞳みのる・加瀬邦彦)

 

・ブル-・スエ-ド・シュ-ズ

(瞳みのる・島英二・渡辺茂樹)

 

・ウォ-ク・ドント・ラン

(瞳みのる・森本太郎・渡辺茂樹)

 

・白い色は恋人の色

(岸部四郎・鳥塚繁樹)

 

・帰ってきたヨッパライ

(岸部修三・岸部四郎・瞳みのる)

 

・恋のチャンス

(ザ・タイガ-ス&ワイルドワンズ)

 

・ちっちゃな恋人

(ザ・タイガ-ス&ワイルドワンズ)

 

 

 

 

【第三部】

ロック・パイロット

 

 

・ワイルドで行こう

・ビーナス

・ジョニー・ビー・グッド

 

ロック・パイロットの音源はないので、別のコンサ-ト映像をアップします。

 

 

 

 

【第四部】

ザ・タイガ-ス

 

・ファンへのプレゼントコーナー

 

この日は、森本太郎からのプレゼントの日。

「B-6」の女性が【ザ・タイガ-ス・ティ-カップ】をゲット。

舞台に上がり森本太郎と握手して、客席も羨ましさからか大歓声。

 

 

 

【第五部】

加瀬邦彦とワイルドワンズ

 

・漕げよマイケル

・ラ・バンバ

・いいのかな

・つのる想い 他

 

 

ワイルドワンズは客席も巻き込んで大熱唱。

特に客席との掛け合いは、楽しく盛り上がっていました。

 

 

 

 

【第六部】

ザ・タイガ-ス

 

・二ュ-バディ・アンサ-

・ノータイム

・ロック・アラウンド・クロック

・想いい出を胸に

・ハ-トブレイカー

・散りゆく青春

・素晴らしい旅行

・都会

・ラブ・ラブ・ラブ

 

 

 

岸部四郎と鳥塚繁樹の二人の司会で、コンサートそのものは大盛り上がりでした。

1970年はグル-プサウンズ・ブームも去り大半のバンドが解散。

しかし、このコンサ-トは大盛況でした。

 

 

 

ザ・タイガ-スの浅草国際劇場ライブから1年。

メンバ-だった沢田研二と岸辺修三は、PYGのメンバ-として浅草国際劇場のステ-ジに立ちました。

ただ、沢田研二のソロ・コ-ナ-を設けたり、どちらかと言うと沢田研二のソロ活動を意識した雰囲気のステ-ジでした。

ちょうど、萩原健一(ショ-ケン)の誕生日も期間中にあり、ステ-ジ上でお祝いもありました。

 

 

 

 

1971年7月25日の最終日のステ-ジ音源

 

 

 

今回、ロック・パイロットとともにゲスト出演したのが

ハイ・スパンキ-。

スク-ルメイツのメンバ-から選ばれた4人組のグル-プで、シングルを2枚発売しましたが、ヒットには至らなかった。

 

スク-ルメイツと言えば、キャンディ-ズの3人もデビュ-前に、「スク-ルメイツ」としてレコ-ドを発売しています。

 

 

ランちゃん、ミキちゃん、ス―ちゃんの3人がジャケットに写っています。

 

ハイ・スパンキ-のメンバ-である、チャオこと遠藤いさお氏は、解散後に野村義男が在籍していた THE GOOD-BYE のマネ-ジャ-をやっていました。

 

 

 

 

 

ザ・タイガ-ス・浅草公園がPYGの話になり、最後はハイスパンキ-になってしまい申し訳ございません。

 

当時、これらのライブに行かれたファンがいましたら、思い出話を聞かせてください。

アメブロで直接メールでも全然構いませんせんよ。

 

今年も元グループサウンズ・メンバーの訃報が伝わってくる。

7月に「小さなスナック」で有名な パ-プル・シャドウズのメンバーだった「綿引則史さん」の訃報があったと思ったら、9月には寺内タケシとバニ-ズの「黒沢博さん」の訃報。

バニ-ズと言うより、「三年目の浮気」のヒロシ&キ-ボ-の ヒロシ の方が知られているかも知れない。

まだ若いから残念です。

 

年々、GSブ-ムの頃のバンドでフルメンバーが揃うグループサウンズも少なくなってきました。

 

 

ザ・タイガ-スは岸辺シロ-さんが亡くなられているが、全盛時のメンバ-5人は健在で各方面で活躍している。

 

あと浮かんでくるのが、ヴィレッジシンガース。

「亜麻色の髪の少女」や「バラ色の雲」のヒット曲が知られているが、1966年~1971年の5年間で16枚のシングルレコードと4枚のLPを発売。

 

デビューから「暗い砂浜」~「君を求めて」の2作はフォ-クソング。

 

 

3作目の「バラ色の雲」からメンバーが代わり、GSスタイルとなったが、「星が降るまで」から歌謡曲化。

さらに13枚目の「悲しい星空」からム-ド歌謡グループとなった。

 

初期からのファンは、フォ-クや歌謡曲さらにはム-ド歌謡まで楽しめたようだ。

 

発売されたLPレコード

 

・「GSの貴公子」 1968年3月発売

・「海と空と愛」 1969年2月発売

・「青い果実」 1969年11月発売

・「恋と女とむせび泣き」 1970年7月

 

 

単独ではないが、原田実とワゴン・エースと合同で、LPレコード「ゴ-ルデン・フォ-ク」を発売。

14曲中9曲に参加(全曲インスト)

 

 

 

 

 

 

また、ロビー和田とニューフォークスのLP 「シャウトシャウト!武道館ライブ」 ではエレキバンドとし素晴らしい演奏を聞かせてくれる。

フォ-クバンドとして聞くには、もったいない。

 

 

 

 

 

ヴィレッジシンガース解散後、ボーカルの清水道夫さんはソロ歌手として活動。

シングル数枚とLPレコードを発売。

 

 

 

 

 

ヴィレッジシンガースには、もう1枚参加したアルバムが存在します。

GS末期に発売され子供向けのレコードなので、雑誌などでは紹介される事もないが、全曲ヴィレッジシンガースが演奏しており、12曲中8曲をヴィレッジシンガースが歌っているので、個人的にはヴィレッジシンガースの5枚目のアルバムとして紹介してもいいのではと考えています。

演奏もGS期の音を彷彿させ、清水道夫さんのボ-カルにメンバーのコ-ラスがからみあい、GS期のヴィレッジ・サウンドを引き立てている。

と言っても、あくまでも子供向け企画アルバムで、GSファンでも興味ないかも知れない。

 

 

ゾウのお父さんになったおじさん(1970年5月5日発売)

 

 

 

 

1981年。

最後のウエスタンカ-二バルが開催されました。

購入したばかりのビデオデッキの録画スイッチを、何分も前から手に握りドキドキしていたのが昨日のように思い出されます。

放送数日前の新聞記事で、日劇で開催される事やテレビ放送があるのを知りました。

 

出演者は、ザ・スパイダスやブル-コメッツの名前と写真が載っていました。

タイガ-スが出演したのを知ったのは、テレビ放送でした。

 

「僕のマリ-」での岸辺一徳のベ-スの音が流れた瞬間の感動は今も忘れません。

 

 

 

主な出演者

ジャッキ-吉川とブル-コメッツ

ザ・スパイダース

ザ・タイガ-ス

ザ・ジャガース

カ-ナビ-ツ

シャ-プホ-クス

ワイルドワンズ

萩原健一(ザ・テンプタ-ズ)

デイブ平尾(ゴ-ルデンカップス)

 

私はグループサウンズ・ブ-ムのピ-クは、1968年1月~3月だと思っています。

 

1968年1月のウエスタンカ-二バルは、テンプタ-ズが初出演しワイルドワンズに渡辺茂樹(チャッピー)が新メンバーとして参加しました。

 

少し、そのあたりの音源も交えて紹介します。

 

 

加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ

 

1981年1月25日

 

1968年1月15日

 

 

ジャッキ-吉川とブル-コメッツ

 

1981年1月25日

 

 

1968年1月15日

 

 

ザ・スパイダース

1981年1月25日

 

 

1968年1月15日

 

 

ザ・タイガ-ス

1981年1月25日

 

 

1981年1月25日  客席からの録音

 

 

1968年1月15日

 

1969年1月14日   

 

 

1969年1月は、テンプタ-ズやカ-ナビ-ツなども初出場。

記念すべきウエスタンカ-二バルとなりました。

 

 

 

沢田研二のコンサート・チケットの入手が困難と聞きました。

デビューからのファン、最近ファンになった人も含めて、色々な意味でワクワクさせてくれる。

 

 

1979年5月号の「月刊明星」に沢田研二本人のコメントつきの全44枚のシングルを紹介する記事がありました。

ジュリ-のコメントと言っても、一言だけですが音源も含めて紹介します。  

 

※今回、なるべくCDやレコードになっていない音源を使いましたのでお聞きください。

 

 

①僕のマリ-/こっちを向いて

 

昭和41年11月9日(水曜日)、新幹線で僕ら5人は上京した。

髪の長い女の子がひとり、東京駅で出迎えてくれたな。

翌年2月5日(日曜日)デビュ-。

 

 

 

 

 

②シ-サイドバウンド/星のプリンス

 

段々ベットに5人の男。

近所の商店街に、ジャガイモなんかも買いに行ったよ。

烏山の合宿生活・・・・・・

夏に向かって、この曲大ヒットや。

 

 

 

 

 

③モナリザの微笑/真赤なジャケット

 

この頃の僕らの髪型ね、これでもかなり革命的なロング・ヘヤだったんだ。

男が美容院へ行くこと自体がヘンタイ視されてね。

 

 

 

 

 

④君だけに愛を/落葉の物語

 

♪君だけに~♪ってところで、人差し指で指さすフリがあるんや。

これ、昔オヤジに連れてってもらった歌舞伎の ”大見え” のアレンジや。

 

 

 

 

 

 

⑤銀河のロマンス/花の首飾り

 

昭和43年3月25日発売。デビュ-して1年ちょっと。

映画「世界は僕らを待っている」にも出演。

この歌は「明星」募集歌だったね。

 

 

 

 

 

 

⑥シ-シ-シ-/白夜の騎士

 

今じぁ、みんなやってるけど、この夏の8月13日に後楽園球場でタイガ-ス・ショ-。

1万3000人のファン!やったぁと実感ヒシヒシ。

 

 

 

 

 

⑦廃墟の鳩/光ある世界

 

ちょっと反戦っぽい歌だ。

トッポがソロで歌ったんや。

この秋に、合宿生活から離れて麻布で2DKひとり暮らし。

家賃6万円、ゼイタク。

 

 

 

 

 

⑧青い鳥/ジンジン・バンバン

 

地方へ行っても楽しくなかったな。

外出を見合わせるように警察から指示されていた。

この曲はメンバーのタロ-の作詞作曲だ。

 

 

 

 

 

⑨美しき愛の掟/風は知らない

 

デビューのとき、48キロだったんやけど3kgも太ってしまった。

昭和44年3月、加橋かつみが脱退して岸辺シロ-が新しく加入した。

 

 

 

 

 

 

⑩嘆き/はだしで

 

風呂は2日にいちど。

下着や靴下は自分でセンタク。

家財道具はゼンブあり。

ないのはテレビだけ。

3ヶ月の自宅訪問者14名-生活白書。

 

 

 

 

 

⑪スマイル・フォ-・ミ-/淋しい雨

 

昭和44年8月、映画「ハ-イ!ロンドン」の挿入歌。

この曲は、なんとビ-ジ-ズの3兄弟の作詞作曲なんだね。

彼らもシブトイ!

 

 

 

 

 

⑫ラブ・ラブ・ラブ/君を許す

 

シングルはこの頃400円。

僕らがデビューの頃は370円やった。

デビュー曲は、ちゃんとお金を出してレコード店で買ったんだ。

 

 

 

 

 

⑬都会/怒りの鐘をならせ

 

本格的に、他人の曲も作ってみた。

ザ・ピ-ナッツの「東京の女」、奥村チヨの「いたずら」などね。

このジャケットしぶいでしょ?

 

 

 

 

 

⑭素晴らしい旅行/散りゆく青春

 

昭和45年7月1日発売。

デビュー4年目に入って余裕が出来たんやろうか。

この歌の作曲は僕がやったんです。

ヒットにいまひとつ!

 

 

 

 

 

⑮誓いの明日/出発の他に何がある

 

昭和45年11月20日発売。

GSブ-ムももう下火。

この年の12月8日に解散を発表。

そう言えば、このジャケット寂しそうやなぁ。

 

 

 

 

 

⑯花・太陽・雨/やすらぎを求めて

 

昭和46年4月10日発売。

明けて昭和46年1月24日、タイガ-スとして解散コンサ-ト。

2月に、井上さんや大野さん、ショ-ケンらとPYGを結成した。

 

 

 

 

 

⑰自由に歩いて愛して/淋しさをわかりかけた時

 

昭和46年7月21日発売。

PYGの第一作は、予想ほど伸びなかった。

少しむずかし過ぎたんやないやろか。

このジャケットの真ん中の井上さん、かわゆいでんな。

 

 

 

 

 

⑱もどらない日々/何もない部屋

 

昭和46年11月1日発売。

ショ-ケンのソロ。

 

 

 

 

 

⑲君をのせて/恋から愛へ

 

昭和46年11月1日発売。

初めてのソロシングルや。

この曲は今でもショ-で歌ってるんだ。

知ってる人がいて拍手が来ると嬉しいね。

 

 

 

 

 

⑳遠いふるさとへ/おもいでの恋

 

昭和47年8月21日発売。

僕がソロ活動を始めてからも、PYGの一員として参加していたんだ。

昭和47年8月発売だ。

この10月に日生劇場で初リサイタル。

 

 

 

 

 

㉑初めての涙/お前と俺

 

昭和47年12月21日発売。

PYGは楽しいグル-やった。

井上さんとはよく飲んだし・・・・・

成功はしなかったけど、あの時の僕らには必要だったんだ!

 


 

 

 

 

 

 

【追伸】

4月に友人が事故に遭い、3か月経った今も意識がありません。

友人はジュリ-やタイガ-スが大好きで、一緒にみんなでコンサ-トへ何度か行きました。

昨年11月にも、みんなで久しぶりにカラオケへ行ったばかり。

今、願うのはジュリ-が長く現役でコンサ-トをやってくれること。

友人が目覚めるまで、頑張ってライブ活動をして欲しい。

かと言ってご家族に相当負担がかかっていると思います。

でも、友人として復活して欲しい。

すみません、余談でした。

 

 

     

 

 

カセットテープ ・カ-トリッジ (販売品) を最近見かけなくなりました。

昔は、レコード化されず、テ-プやカ-トリッジだけの商品もあったようです。

 

例えば、1981年の「さよなら日劇」も、カセットテープのみ発売。

3本セットで値段も高く、購入するかどうか半年くらい悩みました。

しかし、いつの間にか店頭から消えてしまい、買いそびれて後悔。

 

  

 

色々と調べていくと、カセットテープやカ-トリッジは謎が多い。

特にレコードとは違う「貴重な別テイク音源」や「ライブ音源」が存在します。

 

自分が驚いたのが1969年発売の「ブル-コメッツ・ベスト」で全曲新録音。

「青い彗星」「愛の終わりに」「甘いお話」「すみれ色の涙」などシングルB面まで再録音されている。

 

また「パ-プルシャドウズ・ベスト」は単なるベスト盤だと思ったら、当時のコンサート・ライブ音源だった。

 

ザ・テリーズには、寺内タケシが参加したカセットテープもある。

荻野達也とバニ-ズは「ロックスタンダード」や「ヘア-」、ホワイトキックスは「魅惑のスキャット」、ザ・サンダ-バ-ズ「GO!GO!GTSOUND」、フィフィ・ザ・フリ-「R&Bベスト」などよくわからないカセットまで発売されている。

 

ホワイトキックスの「魅惑のスキャット」は、GSを期待するとガッカリしてしまうが、このバンドは何と「寺尾聰」がベースを弾いていたのだ。

 

また、完全な別バ-ジョンの「おやじのロック/フィフィ・ザ・フリ-」や「そよ風のバラ-ド/スイングウエスト」、「ラブ・ミ-/ザ・フィンガース」なども存在し、カセットテープの世界はよくわからない。

が、期待して購入して期待外れに終わるのが大半です。

 

カセットではないが、同じようにGSを期待してはいけない楽曲として、ミッキーカ-チスとザ・サムイイズの「愛のテナ-サックス1967」と言うレコードが存在します。しかし心静かに聞けばなかなかいい演奏だ。

 

 

 

さらにGSを意識して聴いたらダメなのが、ザ・ワンダース「軍歌を歌う」。

何と12曲入りである。

 

 

 

また、町田義人在籍のズ-二-ブ-も「歌謡曲を歌う」と言うカセットを発売し、全曲メンバーによる演奏で、「空よ」や「長崎は今日も雨だった」などを歌っています。

町田義人は、歌謡曲を歌わせても素晴らしい。

 

 

 

一般的に知られているのが「ザ・タイガ-ス・チャリティ-ショ-1967」。

2000年代に入りCD化されたが、当時の物とはMCや曲が少し違う。

 

  

 

 

GS関連で「レコード化されていない曲を歌ったテ-プ」も、いくつか当時は発売されていました。

ブル-コメッツ、スイングウエスト、シャ-プ5、ハプニングス・フォ-、フィフィ・ザ・フリー、ズ-二-ブ-、ファイターズ、キッパーズ、フィンガース、ワンダース、ワイルドワンズなどが主だったグループです。

 

ブル-コメッツは数年前に6本がCD化。

歌謡曲中心ながら、聞きやすい曲が多い印象でした。

 

 

 

また、ライブ音源のカセットテープでは「合歓の木ポピュラーフェスティバルより」が発売されました。

 

雨/モップス  青春/ハプ二ングス4  朝陽に祈る/ブル-コメッツ などのライブが聞けます。

 

アポロン音楽工業、ポニー、日本マ-キュリ-辺りから発売されたカセットテープや8トラは注意が必要だ。

 

 

どうでも良い話をしてしまったが、沢田研二もタイガ-ス時代の1970年に「ロックカクテル」を発売。

このカセットテープを持っている人は知っているが、私はいまだに現物を手にしたことがない。

某レコード店では買取り価格が20万円。

私なら喜んで売ってしまうのだが・・・・

 

<曲目>

・ブルージンと皮ジャンパー

・ラブ・ミ-テンダ-

・ミスタ-ム-ンライト

・ア・ハ-ドデイズ・ナイト

・イエスタディ

・アンチェインドメロディ

・最後の恋

・ヴィ-ナス

・雨に濡れても

・涙の口づけ

・好きにならずにいられない

・恋はフェニックス

・グッド・モ-ニング・サンシャイン

 

 

また、同じくタイガ-ス時代の1970年に「ジュリ-の魅力」と言うカセットテープも発売。

これも全曲ソロの録音でジャケット違いの2本を発売(曲は同じ)

 

 

 

ソロデビュー曲「君をのせて」のB面「恋から愛へ」や「ホワイトル-ム」のライブ音源もカセット・オンリーで発売されました。

 

 

 

<追伸>

40年くらい前、「Forever Magazin」と言う雑誌で知り合ったGSマニアの方がいました。

一般読者の投稿ぺ-ジ「GSレコ―ド探しています」で見かけ、載っていた住所に手紙を出して図々しく

 

>色々なGSを録音してもらえませんか

 

すぐ返信が来て快く対応して頂きました。

 

>GSを知らない世代の人が、GSに興味があるのは嬉しいです。

>自分が持っているものなら、何でも録音しますので遠慮なくリストを送ってください

 

その人とは、そこから交流が始まりました。

その方は、GS研究科である黒澤進さんから先生と呼ばれ、珍しい物を提供していたようで黒澤進さんの出版物の巻末で時々名前を見かけました。

 

特に自主制作や誰も知らないようなカセットテープ、8トラ収集を一生懸命やっていました。

 

ここ数年は、Tuyoshi-N・・・ の名前で連日、大量の写真をFacebookにアップして、元GSメンバーやGSマニアの方たちと交流していたようですが、連日アップしていたGS関連の写真を1月中旬を最後にアップをやめてしまい、皆さん心配していたようです。

 

私はここ数年は連絡を取ってませんでしたが、数年前に電話で話した時は

 

>朝起きたらグループサウンズの事を考えてしまい、1日考え続けてしまう。でも、それが楽しくてね・・・・

 

>タイガ-スの珍しい全盛期のビデオが入ってね、テレビ関係者からの入手だから、たぶん誰も持ってないと思う。今度送るから。。。。。

 

結局、見ることができませんでした。

 

50年以上GS熱が燃えてた方です。

 

先日、突然亡くなったと聞きました。

九州の山口さんとTuyoshi-N・・・さんは私の師匠でした。

 

驚きと悲しみが入り混じりながら、色々な思い出が甦ります。

あんなにGSが好きで好きでたまらなかった人だし、まだ60代でした。

せめて一言、自分のブログに書いて追悼したいと思いました。

 

数年前にTuyoshi-Nhi・・・・さんから頂いた当時の貴重なオックスのコンサート映像、加山雄三コンサート映像、1975年~1976年頃の各GS復活コンサート、それから私が1970年代前半の、歌を歌っていた頃のブル-ジ―ンズが好きだと言ったのを覚えててくれて送ってくれたライブ音源。

映像は無理として、音源だけでもアップして聞いてもらいたいと思いました。

よかったら聞いてください。

 

 

今年も終わりが近づいてきました。

毎年恒例の紅白歌挑戦。

取りあえず毎年録画はしているが、ここ数年観ていない。

知らない曲が増えてしまったのが要因か。

NHKが、「若者をタ-ゲットにしている」との方針だから仕方ないかな。

 

そんなわけで、ユ-チュ-ブに昔の「紅白歌合戦」を編集してアップしいています。

2023年は、もう少し動画アップを増やそうと思っています。

 

今回紹介するのは、1974年(昭和49年12月31日放送)の紅白歌合戦。

第25回NHK紅白歌合戦 - Wikipedia

 

 

 

1986年~2003年の17年間、年末に「思い出の紅白歌合戦」と言う番組がありました。

過去の紅白歌合戦を、オ-プニングからエンディングまで完全放送。

 

自分は、年末近くになると

 

>今年は何年度の紅白が放送されるんだろう?

 

と、新聞の番組表を楽しみにしていました。

 

参考までに各年度の放送内容は

 

昭和61年放送・・・・昭和50年  51年  54年

昭和62年放送・・・・昭和48年  51年  52年   

昭和63年放送・・・・昭和48年  54年

 

平成元年放送・・・・昭和38年   41年   50年   40年(白黒)

平成2年放送・・・・昭和48年   54年   60年

平成3年放送・・・・昭和49年   51年     55年     59年

平成4年放送・・・・昭和49年     63年

平成5年放送・・・・昭和38年   48年   53年     57年  

平成6年放送・・・・昭和49年   51年     55年     59年

平成7年放送・・・・昭和54年   56年     58年     60年

平成8年放送・・・・昭和47年   52年   57年   40年(カラー)

平成9年放送・・・・昭和48年   61年

平成10年放送・・・  昭和49年     63年

平成11年放送・・・  昭和53年     58年

平成12年放送・・・  昭和44年     54年

平成13年放送・・・  昭和38年     52年

平成14年放送・・・  昭和41年     61年     平成元年    平成10年

平成15年放送・・・  昭和43年     60年

 

平成15年以降は放送が終了。

放送されなかった、下記年度の放送をNHKに御願いしたいものです。

しかし、保存状態的に無理かも知れません。

 

・昭和42年 昭和45年 昭和46年 

 

昭和39年・・・・カラー・モノクロとも現存していない(ラジオ音声は現存)

昭和42年・・・・白黒VTRが現存するが、映像が全体的にぶれて大変見にくい

昭和45年・・・・現存しているフィルムは165分中の137分間で画像劣化

昭和46年・・・・カラーが現存しているが、大半が画像劣化で大変見にくい