映像・音源で振り返る グループサウンズ フォ-ク  歌謡曲だよ人生は! -12ページ目
GSブ-ムは来なかった!
 
2013年、ザ・タイガ-ス再結成で心躍らされていたのが、少しづつ思い出になってきています。


チケット争奪戦、追っかけ・・・・懐かしいと思えてしまう。


あの時自分は、タイガ-ス復活に便乗してGSブ-ムが絶対に来ると信じました。


ザ・タイガ-ス以外のGSが好きだったファンが、テレビや雑誌でタイガ-スを見て


そう言えばテンプタ-ズ、スパイダ-スも好きだったわ、久しぶりに聴きたいわ”


”友人の〇〇ちゃん、カ-ナビ-ツに夢中だったわ。久しぶりに連絡してみようかな”

 

”実は私、モップスが好きだったの・・・・・”

 

 

そんな会話が、あちこちでかわされ、GSが話題になる・・・・と信じたが。


あぁ~残念であります。

 

しかし自分の中では毎日がGSブ-ムなんです、今も。

 

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今回、個人的に好きなバンド
『ザ・ハイロ-ズ』 を紹介したいと思います。
 
 
ザ・シェルズ~ザ・ハイロ-ズ~ザ・サンブライツ~ザ・ステ-ションと名前を変えて,5年間に渡って活動したバンドです。

 

 

本人達は爽やかなコ-ラス・グル-プを目指していたようですが、時代がGS時代だったために、GSのくくりに強引に入れられて紹介されるケ-スが多い。


2枚のシングルレコ-ドを聴く限り、GSなのか歌謡グル-プなのか、はたまたフォ-クグル-プなのか判断が難しいバンドです。

 

ただ、演奏とコ-ラスがしっかりしているのでGSファン、歌謡曲ファンも楽しめるバンドでは間違いないでしょう。

 

 

主な活動拠点としては、ホテルのラウンジ・米軍将校クラブ・首都圏ナイトクラブでしたが、GS全盛時の1967年には、テレビ番組 『ヤング720』 にも出演したりGSっぽさも持ったコ-ラスグル-プです。

 

どんな年齢層のファンが多かったのかはよくわからないですが、こんな記事が残されています。

 

 

ここ数年、テレビや雑誌のGS特集で、ザ・ハイロ-ズのレコ-ドジャケットが何度か使われました。


昨年5月には、週刊現代の1960年代特集で、ザ・タイガ-スやテンプタ-ズに混じって、ザ・ハイロ-ズが写真付きで紹介されていたのには驚き!

 

偶然見かけたので、メンバ-の方に教えてあげたら

 

”メジャーな面々ばかりの中になぜかハイローズ???”  

 

本人たちもびっくりでした。

 

< メンバ-> 

 

    前田長靖 (Drms)  
   
 
   佐々木一廣 (G) 

   

      

 

   木谷昭彦(Vib.As.Pf)

   

 

   中村修(B)              

   

           

 

   木谷美彦(Org.Pf)

   

 

 

シングルレコ-ド

 

  A面 君をはなさない   B面 僕の恋人 君 君 

  (1967年11月発売)

 

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 A面  東京モナミ     B面 恋のアリア   
(1968年4月発売)  
 

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メンバ-の出会い~

ザ・シェルズ~ザ・ハイロ-ズ~ザ・サンブライツ~ザ・ステ-ション~解散~現在


 

木谷昭彦氏と前田長靖氏は、関東学院中学~高校の関東学院中高同期生で演劇部で知り合いました。また、1年先輩に佐々木一廣氏も在籍しており、ザ・ハイロ-ズの3人は演劇を通して運命的な出会いをしたわけです。

 

ちなみに演劇部には「悪魔のようなあいつ」にも出演した俳優の藤達也も在籍。


バンド結成のきっかけは、演劇部長であった女優の草笛光子の弟が中心となり、ハワイバンドを結成したのところから始まります。

 

ここからは、メンバの前田長靖氏に詳しく書いてもらいます。

 

 

草笛光子の弟が結成したハワイアンバンドに、前田長靖、木谷兄弟、佐々木一廣も加わり、演劇そっちのけで明治学院大学に進学後も、ハワイアンバンでド小遣い稼ぎを続けていました。


前田の友人中村を、当時前田が追っかけをしていたプロバンド 安田秀次とマウナアイランダース のライブに連れて行ったら、数日後に中村がそのバンドのベーシストになっていてびっくりしたのですが、中村の強い勧めで前田も学生バンドをやめて安田秀次とマウナアイランダースに、続いて佐々木もそのバンドで演奏することになりました。


マウナアイランダースでは、2年ほど演奏を続けていましたが、ハワイアンに飽き足らず、ジャズ・ポップスもやりたくなり、前田(Dr.)・佐々木(G.)・中村(B.)に加え、木谷昭彦(Vib)・美彦(はるひこKb.)も誘って5人組のザ・シェルズを結成しました。


デビューは横浜のホテルのラウンジ。


その後、先輩ミュージシャンの紹介でエニープロダクションに所属することとなり、グループ名をザ・ハイローズにあらため、ホテルのラウンジ・米軍将校クラブ・首都圏ナイトクラブなどで演奏していた中で、テイチクユニオンで事務所の自費出版という形でレコーディングすることとなりました。


バンド結成時の名前はThe shellsでしたが、所属したプロダクションの社長がHigh roseというのを提案したのですが、バラはこっぱずかしいので、メンバー全員の抵抗で却下され、メンバーの背丈がでこぼこなのと、アメリカのに同名のコーラスグループがあったので、妥協してThe Hi-lo'sとなりました。


シングル発売された4曲とも自分たちの演奏でレコ-ディングしました。


またテレビ出演した時、『ヤング720』では、三保敬太郎さんに褒められたのを覚えています。


ハイロ-ズ時代に演奏していた楽曲の選曲は、木谷と前田が担当しました。

 

木谷はアメリカンポップスやビートルズが好きで、前田はコード進行・ハーモニー重視で、二人で相談して以下のようなグループや歌手の曲をあれこれつまみ食いして演っていました。

 
ラスカルズ・ビージーズ・ビートルズ・シーカーズ・キャンドヒート・アソシエーション・レターメン・クリーデンスクリアウォーターリバイバル・アンディーウィリアムス・ミルバ・・・それらと何といってもフォーフレッシュメン!
 
他に日本語の歌でないと満足されないお客様多い場所では、ピンキーとキラーズ・ブルーコメッツ・森山良子や、かわったところでは島倉千代子・美川憲一も・・・
 
インストゥルメンタルでは、スタンダードジャズ・ラテン物などダンス用の曲も・・・要するに器用なバンドでした。
 
私がかぶれていたのはアメリカのフォーフレッシュメンだったので、ジャズコーラスもありましたが、木谷昭彦(兄)は好みが幅広く、8ビートポップスからいろいろ採用していました。そういえば、邦楽もやってました。
 
どんなバンド?と聞かれたときは、ヴォーカルバンドとかインストゥルメンタル ヴォーカルグループって答えていました。

アイドル系と区別してほしかったんですね。

解散は1969年。メンバーそれぞれがマンネリを感じていて、一度解散しようということになりました。、
 
ザ・サンブライツ時代
 
メンバーは木谷兄弟と前田、G.坂柳千明、Vo.ジョウイ坂元、Vo.木元由紀子です。


木谷をリーダーにバンドを結成し木谷弟がB.にまわり、G.はハイローズのボーヤだった坂柳が担当し、ハイローズ時代の知り合いヴォーカル男女各1名を迎えましたが、男はすっぽかしが多く、女性は引き抜かれて相次いで退団となってしまいました。

 
その後、米軍キャンプを中心に4人で活動していたところ、木谷の慶大の先輩の音楽プロデューサーから声がかかり、日野皓正・元彦兄弟など一流ジャズメンが所属するオールアートプロモーションを紹介され、高輪プリンスのナイトラウンジをホームグラウンドに、岸洋子の全国ツアーに2年間ほど同行することになりました。
 
また、ハイローズ時代と同じく、ナイトクラブ・米軍将校クラブ・ホテルのナイトラウンジなどで、アメリカンポップス・ジャズを演奏していました。


見るからにアイドル系を意識したみたいですが、音楽性はザ・ハイローズを踏襲してます。

 

 

 

 

所属事務所が弘田三枝子がいたMGプロにかわり、弘田のバックコーラス全国ツアーに同行したりして、レコーディングに至りました。


女性歌手は脱退後浅野すず子の後釜として巨泉さんのバンドザ・サラブレッツにいき、スタンダードジャズを歌っていました。

 

名前は、サラブレッツに行ったとき、巨泉さんの泉の字から いずみ となったんでしょうね。
 
   
 
   
 
   
 
 

※木本いづ美さんはソロでも活躍し、今は広島方面で歌手として活躍されております。

 



ザ・ステション時代

 

 

ステーションになってすぐ、シャンソンの岸洋子さんのツアーに一年の半分くらい同行していました。

 

また、阿久悠作品で 『朝日のようにさわやかに』 を発売。

 

 

 

 CMソングも多くレコ-ディングしました。

 

「ノ~ンビ~リ~シ~ッカリ~ペプシハペプシ~(コーラスヴァージョン)」

採用してくれたのは三保敬太郎さん


ヤマザキナビスコの 「ヤマザ~キス~ナック(小さなスナックのメロ)」

 

変わったところでは、福島中央テレビのジングル盤 「フクシマチューオーテレビッ」

 

ステーションとしてのラストステ-ジは、73年12月の名古屋中日ホテルの岸洋子ディナーショーです。

あっ、そうそうっ!去年の話ですが、NHKの歴史番組?でタイガースのデビューした年に同じくデビューした泡沫を含むGSのジャケットがべたべた貼られた中にハイローズがありました!                     

 

                                                    前田長靖

 

 

ボ-カルの前田長靖さんは、今は東京でお孫さんたちに囲まれ、趣味で音楽を楽しんでいます。

演奏がしっかりしているバンドなので、再結成して時々活動して欲しいと思っていましたが、メンバ-の木谷昭彦さんと中村修さんが、若くして亡くなられてしまっており、非常に残念でなりません。


うまく記事はかけませんでしたが、音楽面では非常に優れたバンドですので、ぜひハイロ-ズ・サウンドをCDで聴いてみてください。


ザ・ハイロ-ズのレコ-ドはプレミア価格がついており、自分は持っていないので福岡在住のGSレコ-ドコレクタ-の山口様にジャケ写真を提供して頂きました。どうもありがとうございました。

 

 

 

追記

2015年7月26日 ザ・ハイロ-ズ再結成

 

メンバ-の知人のライブにゲストとして出演し、往年の歌声を聴かせてくれました。

 

 

 

 

プライベ-ト写真なのでコピ-等遠慮願います。


 

 

自分で言うのも何だが、ツキが全くない。
年末・・・食事に行った店の駐車場のフェンスが壊れていて手を添えた瞬間、
フェンスもろとも深さ3メートル近い用水路に転落した。
ついてない人間の典型的なパタ-ンだ。
やっと怪我も完治したので、普通に過ごせればと思う。
 
正月と言えば、恒例の沢田研二コンサ-ト。行こうかと迷ったが平日なので
やめた。
リストを見せてもらったが、自分は知らない曲が多い。
ソロのジュリ-は詳しくないので、今年は研究してみようと思いますので
色々と教えてください。
 
話は変わり・・・・1980年代前半、ザ・タイガ-ス同窓会コンサ-トが開催され、
GSのリバイバルブ-ムで色々なバンドが復活し、テレビへの露出も増えた。
あの頃は、深夜にGS番組が放送されたり、新聞の番組欄から目が離せなく
ある意味、自分には充実した日々でありました。
世が平成になり、紅白歌合戦にタイガースが出ると言う噂が新聞等に出た時
冗談だろ~なんて思いましたが、本当に出てしまった。
紅白歌合戦、あの頃は2部構成で 『昭和の紅白』 『平成の紅白』 に分かれ
ザ・タイガ-ス、ピンクレディが 『昭和の紅白』 の目玉でした。
ちなみに自分は紅白歌合戦オタクで、昭和38年~ビデオコレクションをしており
昨年末も録画したので40本以上集めてしまった。そんなに集めていつ観るの?
と言われるが、老後の楽しみのひとつなのであります。
 
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1980年代後半、タイガース・メモリアルバンドが結成され凄く嬉しかったのを
覚えています。
都会人と違い、田舎者なのでコンサートへは行けませんでしたが、テレビなど
で流れる映像には飛びついたものです。
特に1989年に横浜アリ-ナで開催されたコン-トは印象深い。
多くのバンドが復活。すべてのバンドが素晴らしいステ-ジを観せてくれた。
特に印象深いのが、ゴ-ルデンカップスの 『銀色のグラス』。
いつもテレビでは 『長い髪の少女』 を歌っていたので・・・
また、ザ・タイガ-スも復活し、僕のマリ―やシーサイドバウンドを披露。
 
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同じ頃だろうか。、何気なく新聞の番組欄に目を通したら 『スーパージョッキー』 
のゲストに 『タイガ-ス・マニア』 と書いてあり、タイガ-スの物まねかな?
と取りあえず録画してみた。
『涙のロマンス』 が流れメンバーを見て、あっ!タイガ-スだがや!と叫んだ
のを覚えてます。もちろん心の中で叫んだわけだが。
後にも先にも、自分が 『ザ・タイガ-ス・マニア』 を見たのはそれ1回のみ。
どんな活動をしていたのでしょうか?
情報がありませんので教えてください。
コンサ-トなど開催したのか・・・・興味あります。ユーチュ-ブでも映像は
出てないし、テレビ出演等まったくわかりません。
CDが出てるのは後で知りましたが、驚く値段のプレミア価格になっており、
見かける事もありません。   
   
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1990年代後半、タイガ-スのメンバ-は 『 TEA FOR THREE 』 を結成。
CDを発売。
『 TEA FOR THREE 』 は,沢田研二・森本太郎・岸部一徳の三人によって結成され、音楽ラジオ番組を持つなどの活動を行ったが、単独LIVEは行わないままで活動休止になったユニットと解説されている。
 
正直、 『 TEA FOR THRE E』 の事もあまり知りません。
定期的にテレビ出演とかしていたのだろうか。
歌を聴く限り、自分的には好きな楽曲だ。うん、なかなかいい。
 
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その後、2013年にはオリジナルメンバーで再結成したわけですが、何を
やっても音楽史に残るのはファンとして嬉しいものです。
 
田舎にいると、情報らしい情報も入ってきませんので、テレビやDVDで過去を振り
返るのもいいものです。
 
今日は、録画しておいた 『忠臣蔵』 を観ていました。
時代劇大好きなんです。
内容はわかっていても、出演者によってドラマの雰囲気が変わり飽きません。
今回録画したのは、松平健が大石内蔵助を演じる2004年に放送されたドラマ
の再放送です。泣けてきます・・・『忠臣蔵』 は泣けてくるんです。
 
1986年6月26日、沢田研二デビュー20周年記念パーティーが東京プリンスホテルで開かれました。
翌日、各ワイドショーは競って取り上げていた (らしい)。
 
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自分は、『おはようナイスディ』 の映像を友人より頂きました。
丁度、「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ 〜千夜一夜物語〜」の新曲を発売した頃です。 
 
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番組内では、活動休止中だった沢田研二さんが~と紹介されていますが、テレビに出なかっただけなのか本当に活動休止中だったのか・・・
 
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 インタビューでは、千昌夫や和田アキ子、芳村真理、松田優作、かまやつひろし、内田裕也などが登場。松田優作とジュリーの結びつきが意外です。
 
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パーティーでは、元タイガースのサリー、タロー、シローの3人が並んでインタビューを受けてましたが、演奏ではトッポも加わり4人で歌っています。
やはりタイガースはいいですね。
 
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 最近、時間を見つけてはDVDを観ています。
 音楽関連の映像はストレス解消に最適です。
 観終わったら都度、ここで紹介したいと思います。
 今日は、1978年テレビ録画の 「ダーリング新曲大キャンペーン大作戦」
 を観ました。
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 新曲「ダーリング」を売り込むため、ジュリー自信が九州~大阪~東京と
 走り回り曲を宣伝するドキュメンタリ―。
 たぶんDVDで発売されてる気がします。わからないけど・・・
 今の時代は、一流歌手がキャンペーンで全国まわるのはないですね。
 
 それにしても、この曲、本当に売れました。
 自分も買いましたよ、中古レコード店で。
 
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 自分は、「時の過ぎ行くままに」とか「ヤマトより愛をこめて」のようなバラードが
 好きなので、「ダーリング 」のようなノリがいい曲は苦手でしたが、改めて聴く
 となかなか良い感じの曲に思えてきました。
 音楽は色々聴いてみるものです。
 
 それにしても追っかけファンの多さには驚きです。
 何時の飛行機に乗ってるとか、何時に〇〇テレビ局に入るとか、ファンは
 情報を持ってたのでしょうね。
 キャーキャー言いながら、タクシーで追いかけるファン達には圧倒されちゃいます。
 
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『沢田研二』
たくさんのヒット曲がある歌手は、懐メロ歌手として無難な道を進むパターンが多いのだが,今なお前を見続けて走り続けるアーチスト沢田研二。
 
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その魅力は、音楽を聴けば聴くほど映像を観れば観るほど伝わってきます。
女性ファンだけでなく、男性ファンも多い。コンサートに行くとビックリするほど男性ファンが多のだ。
ソロコンサートは2回しか行った経験がないが、夢の中にいる気分を味わえる。
また行きたいものだ。
ボーカリスト・沢田研二の素晴らしさとは別に、俳優・沢田研二の魅力もドラマや映画で存分に発揮されている。
残念だが、観るたびにモテる男は羨ましいなぁと思う。
よく、今のジュリーは・・・なんて批判的な意見も聞きますが、今のジュリー好きです。
歳を取って雰囲気が変わるは普通の事。素敵な60代じゃないですか。
自分は、あんな60代になれないだろうなぁ~と思っています。
 
 
最近、夏に見始めたDVD 「悪魔のようなあいつ」 をやっと観終わった。
観るのは3回目だが、なぜか飽きない。
当時、忙しい中での撮影だったと思うが、出演者やストーリーなど素晴らしいドラマだと思う。
しかし3億円の犯人は誰だったのだろう。
数年前に名乗り出た人がいて週刊誌で少し話題になったが、いつの間にか話しがなくなりました。 
 
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悪魔のようなあいつ  
良い人か悪い人か微妙な若山富三郎、謎の雰囲気のある藤竜也、思ったまま生きている荒木一郎、少し憎たらしい尾崎紀世彦や人の良さそうなデイブ平尾、悪人になりきれていない岸部一徳や子供を背負った存在感タップリの細川俊之など、出演者の魅力が最大限にいかされたドラマの様な気がします。
 
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最初は室内でのシーンが多く、金かけてないなぁ~と思いましたが、各俳優の熱演に圧倒されてしまい、ドラマの中に引き込まれていきました。
自分が好きなのは、若山富三郎演じる白戸警部と優柔不断な荒木一郎。
若山富三郎は、お酒を飲むシーンがカッコいい大人だと思ったが、ドラマ出演時は46才。もっと年齢的に上だと思ってたので意外でした。
 
白戸警部のシーンを中心にアップしようとしたら、すぐ削除された。
あまりの早い指摘にビックリであります。
 
このドラマの2年後にジュリーと若山富三郎は舞台で再会。
NHKビッグショー 「沢田研二 今、青春のきらめきを!」 
ゲストで若山富三郎が「悪魔のようなあいつ」の思い出話を語っています。
またジュリーとドラマの場面を再現したり、歌も披露しています。
 
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荒木一郎の存在もドラマを面白くしています。
荒木一郎ってヒット曲も多いんですよね。
「空に星があるように」が有名ですが、GS時代は、ザ・マドマックス・ファイブと言う
バンドを率いて活躍しました。
結構GSっぽい曲もやってます。
 
 『荒木一郎の世界』 (自主制作8トラカセットより~)
  
   
        
 
それにしても沢田研二は、歌も演技も素晴らしい。
JOWAさんから借りた「男はつらいよ」の映画はとても笑えました。
とにかく何をやっても華がある。
 
沢田研二関連のコレクターは世の中にいっぱいいます。
どちらかと言うと、コレクターは男性に多い気がします。
自分は、ソロの沢田研二に関してはリアルタイムでは1980年以降しか接することはありませんでした。
ただ色々な方が音源や映像をダビングしてくれたおかげで、1970代ジュリーも興味を持つ事が出来、ただただ感謝です。
自分が持ってる映像などは、ジュリーのコレクターには足元にも及ばない少ないコレクションですが、少しでもファンと共有出来たらと思い、少しの間ジュリー関係の映像や音源を紹介していきたいと思います。
 
          
 
 
 
 
 
 
 
 
 
テレビドラマを観るのは楽しい。
ドラマを観ている間は画面に集中しているので、嫌な事や悲しい事などを忘れさせてくれる。
昔は、学園物の青春ドラマが多かったが、最近は病院関係や会社関係、刑事ドラマが主流の世の中。
個人的には古臭いが、青春ドラマが好きです。忘れてしまった青春時代を思い出させてくれるから。
『飛び出せ青春』 や 『俺たちも旅』 などは今でも観たい番組です。
子供の頃に好きだった番組に 『青空は飛び出せ』 と言うピンキーとキラーズのドラマがありました。
今年スカパーで再放送されていました (我が家はスカパー観れませんが・・・・)
残念だったのは、全26話のうち24話の 『ヒトラーお前は誰だ!』 が不適切な描写があると言う理由で放送されなかった事。
理由が明白でないので納得いかなかった人も多いでしょう。
勝手な意見だけど、精神病院が舞台で暴力的な場面があったりする所が、不適切と判断されたのではないでしょうか。
観る限り個人的には何ら問題のない内容だと思うのですが・・・
 
 
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                    『ヒトラーお前は誰だ!』      
        
 
 
秋の新作ドラマで 「ごめんね青春!」 と言う学園ドラマがあります。
今風の学園ドラマですが、なかなか面白い。
男子校と女子高が合併して、男女共学になりバタバタする学園ドラマ。
自分の学生の頃とは雰囲気が全然違うけど、なぜか昔を思い出させてくれる。
 
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ちょっと古いが、今から40年くらい前に同じように男子校と女子高が合併して、てんやわんやの大騒動を巻き起こすドラマがありました。
今回の「ごめんね青春」は先生が主役ですが、「僕は女学生」は生徒が主役でした。
両方のドラマに共通するのが、アイドルグループのメンバーが主役だと言う事。
「ごめんね青春」は、関ジャニ∞の錦戸亮、、「僕は女学生」は、フォーリーブスの北公次が主役。
 
 
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全国に  『自主制作GSレコ-ド収集マニア』 は、20~30人くらいいるだろうか。
自分は収集マニアではないけど、グル―プサウンズ系(1966年~1971年頃)のレコ-ドで、CDでは聴けない曲とかは聴いてみたいと思っています。
この分野はリストらしいリストもなく、誰かが見つけて本にでも載せてくれない限り、存在すら知らないままで終わるのが普通なのが残念で仕方ありません。
私がレコ-ド収集を始めた頃は、誰にも見向きもされずバ-ゲンコーナーに埋もれていたものですが、今では何十万円も出さないと買えないのが現実です。
実態がわからない分野ですが、いくつか紹介いたします。
 
 
                     
 
 
アルファード  涙の思い出/帰らぬ少年
1970年録音の後期GSレコ-ドだが、「涙の思い出」は流れるようなリズムの楽曲で
ファンが多い。B面の 「帰らぬ少年」 はタイガ-スの代表曲である「青い鳥」を彷彿させる悲しいバラ-ド。両曲とも、ザ・タイガースの岸部おさみ作詞 森本太郎作曲。
未発表ビクタ-バ-ジョンをアルファ-ドのアニキが YouTube にアップしています。
 
 
                                      
                          涙の思い出                    帰らぬ少年 
 
                                     
                            涙の思い出             帰らぬ少年               明日月の上で
              (ビクター録音)          (ビクター録音)                (新宿ACBライブ)
         
 
アダムス      アダムとイブ/つまんない   
                 これが真実だ/アダムとイブ 
 
       
 
「旧約聖書」 のヒットで知られるアダムス。ファンクラブ制作の自主制作レコ-ドを2
種類出しています。アダムとイブは普通バージョンとロングバージョンがあり、理由は不明だが正規に発売されてもおかしくない出来栄えのバラード。
「アダムとイブ」は、水谷公生作のオリジナルでマイナー調のメロディが涙をさそう。
「アダムとイブ」のロングバ-ジョンでは、曲の後半に突如バラ-ドからニュ-ロックになり洋楽かと思いきや、しっかりと日本語で歌っている。
1969年くらいの録音か。
「つまんない」は、ひとりぼっちの孤独をそのまま歌で表現したバラ-ド。
「これが真実だ」 は、チープなオルガンから始まり、当時流行のア-トロックその  ものだが、曲と曲名が何度聴いても結びつかない。
 
 
アウトサイダ-ズ      たそがれの砂浜   /風と共に
 
                          
 
「たそがれの砂浜」間奏のフルートが、遠い故郷をなぜか思い出させるバラ-ド。 「風と共に」 6月の空に鳩は飛び出し6月の森に花は咲く と言う歌詞が心に響くが聴いた翌日には、すっかり曲を忘れてしまうであろう楽曲。 間奏の女性の声のセリフ 風が止んで彼はいなくなった の意味がわからない。 
 
 ジ・オアシス      LPレコ-ド
 
                   
 
なぜか自主制作LP.楽曲的には1969年頃の録音か。
AB面合わせて45分と言う長さのレコ-ド。
「青い影」は知っているが、他の曲は知らない曲ばかりだがオリジナルだろうか。所々、ギタ-が二ュ-ロックを感じさせられるが、セリフ入りの演歌風の曲も入っており ”男は度胸~~~” とか歌っておりサッパリわからない。どんなバンドなんだろう。GS,歌謡曲、ロック・・・すべてが混ざったLP。
 
 
ザ・キックス     二人の愛/ロンサム・チャイルド
 
                 
                
北海道・札幌で活動したGS。A面とB面が極端に曲調が違い、歌謡曲GSが好きかロック系GSが好きか、自分を知るうえで判断材料になるレコ-ド。
「二人の愛」は、ジャガーズのマドモアゼルブル-スに似たバラ-ド。
「ロンサム・チャイルド」はオルガンとギターを駆使したサイケ調の楽曲。自主制作には珍しく英詩。ジャケ制作前にオクラ入りらしいが、発売されず残念な1枚。
CD化を望む。
 
ザ・クライシス  ベカベガ・ぴあぴあ
           小さな森に逢いに行きたい
 
            
 
この曲は非常に説明しにくい。タイトルが意味不明だが歌詞もタイトルそのまま、ベカベガ・ぴあぴあ~と歌ってる。B面の「小さな森に逢いに行きたい」は、森に行きたいと言う作者の気持ちが伝わらないわけでもないが、別に行けなくてもイイや~って感じも伝わる。
 
 
ザ・サイレンサ-  恋の夜汽車/恋の夢
  
                         
 
1970年代のロックバンド 「コスモスファクトリー」 につながる理由からなのか、中古レコ-ド業界で人気ある名古屋のGS。しかしバ-ゲンコ-ナーで何度か見かけた事が・・・・ジャケは色鮮やか。
「恋の夜汽車」は、イントロの列車の音と間奏のギターのカッコ良さ、ボ-カルの一  生懸命さが伝わる曲。
「恋の夢」は、「恋の夜汽車」と同じバンド?と疑いたくなる、綺麗なバラ-ド。
セリフがあるのかな?と期待して聴いてしまう間奏だが、淡々と流れてしまう。
サイレンサーは、名古屋の丸栄デパ-トの裏にあった「ジャズ喫茶 オスカーのレギュラーバンドで、当時何度も観たと言う方の話を聞いたが、客席のテーブルの上に飛び乗り、ギターを弾いたりパフォーマンスが凄かったらしい。 
リードギターの西脇氏は今や、日本ジャズ界の名プレーヤーであっります。
 
ザ・サ二-ズ    ゴメンナサイ/恋した私
 
           
 
ジャケットが不気味でカッコいい。「ゴメンナサイ」は何度聴いても、”めんなさい” としか聴こえないサックスをメインとした楽曲。GSか?と聞かれたらGSだろうと答えてしまいそうだが、歌謡曲か?と聞かれても歌謡曲と答えてしまうビート感タップリの曲。「恋した私」は、恋する喜びよりも恋をした後が怖い言う消極的な恋の歌。間奏のオルガンが聴く人に淋しさ、虚しさを与える。タイガ-スの 君だけに愛を の後に絶対に聴いてはいけない。
 
 
 自主制作レコード②でも色々なバンドを紹介します。
6人揃ったザ・タイガース

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ロダンの 『考える人』 と言う有名な作品があるが、『考えない人』 は知ってますか?

昨年、44年ぶりにオリジナルメンバーが集まり,コンサートを開催した 『ザ・タイガース』
オリジナルメンバーでの復活コンサート開催の発表から,約1年近くファンをドキドキワクワクさせてくれました。
全盛期の1960年代にタイガースが青春だった人、1980年代の同窓会が青春だった人、1990年代のメモリアルクラブバンドの頃が青春だった人など、多くの人に夢を与えてくれた1年でした。
待ち遠しいけど、その間が楽しかった。色々な人がブログで取り上げたり、小さな情報に一喜一憂した日々。楽しかったなぁ。
タイガースのおかげで多くの人たちと触れ合う事が出来ました。
お金に買えれない宝ですね、出会いは・・・・

でも、夢の時間が過ぎてタイガースの活動が終わってからは,何か淋しさを覚えてしまう。
これが、淋しさをわかりかけた時とでも言うのだろうか。

コンサートでは色々な曲を歌ってくれたが、自分としては 『涙のシッポ― 』 を歌って欲しかった。
『青い鳥』の次の新曲として発売予定だったが、メンバーチェンジの影響でオクラ入りしてしまった曲。
トッポが参加した今回、あの日の続きの意味で歌って欲しかったです。

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コンサートでは洋楽カバァー、オリジナル満載の内容でしたが、メンバーを見ていて
あぁ~今回は友達に戻って好きな事をやれたコンサートなんだぁと思いました。
コンサートの後半のメンバーの表情を見ていると、1971年のビューティフルコンサートに近いものが感じられました。
夢のような楽しかった日々が終わって、現実の世界に戻ってしまう・・・みたいな感じで。






























色々な曲を歌ってくれましたが、聴いてみたいなぁ~コンサートで歌って欲しいなぁと思った曲が
何曲かあります。次回タイガースやる時は歌って欲しいなぁ

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ザ・チェリーサウンズ
 
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1960年代後半~のグループサウンズ・ブームの頃、全国の都市に多くのジャズ喫茶があり、色々なバンドがプロとして活動しておりました。

 

 

 

 

その時代、福岡市博多に「プレイメイト」と言うジャズ喫茶があり、そこのレギラーバンドとして活躍していたのが、チェリー・サウンズ。
レコード発売は、GSブームの後半である1970年ですが、バンドとしての歴史は古く、1966年頃からプロとして活動しておりました。
また、東京などから九州にやってきた有名歌手などのバックをやったりもしており、実力バンドだったようです。
ちなみに、この『機嫌を直してもう一度』のシングルレコードは、1969年に解散記念で作られた1枚。

 

 

 

 

 

 

 

機嫌を直してもう一度  面影の渚

https://www.youtube.com/watch?v=n9_UOdPMjcw&feature=youtu.be

 

 

 

 

 

 

 

 

B面の「面影の渚」は、GS、歌謡曲などの要素が含まれた曲で、途中で流れるように入る波の音の効果音が面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 

この曲は、黒人ガール・グループのシフォンズが、1966年に「STOP、LOOK、& LISTEN」というタイトルで発売したのがオリジナルと言われていますが、さらに4年前の1962年にカビリー歌手・高松秀晴がレコード発売しており、よくわかりません。

 

 

 

 

 

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また、1978年に 「スピリッツ」 がカバァーしレコードを発売。スピリッツは現在、 『木原慶吾&スピリッツ』 として九州で今なお活躍しております。

 

 

 

 

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『機嫌を直してもう一度』は、チェリー・サウンズのステージでの持ち歌でしたが、望月浩が福岡に来た時に、チェリー・サウンズが歌っているのを聴いて気に入り、東京に戻ってレコーディングしてシングル発売、大ヒットしたってわけです。
この歌は日本語詞が1番までしかなく、チェリー・サウンズのボビー吉田氏がステージで歌うために、2番以降の詩を作詞したと言う、いわゆる日本語のオリジナルの『機嫌を直してもう一度』は、チェリー・サウンズがオリジナルと言っても過言ではないのかも知れません。

 

 

 

 

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望月浩は、アイドル歌手としてデビューしましたが、グループサウンズ全盛時に 『望月浩とサンダーバーズ』 として ”ひとりぼっちの誕生日” と言うシングルレコードを発売。
その後、サンダーバーズはムーディナイツと名を変えて、ムード歌謡の世界で活躍。

 

 

 

 

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『機嫌を直してもう一度』の話に戻りますが、女GSの「ピンキーチっクス」がテレビドラマの中で、この歌を披露。楽器が弾けるのを証明しています。

 

 

 

 

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このピンキーチっクス、なぜかシングル3枚も残しており、また映画にも出演。どんな活動をしていたのか興味が持たれるが謎のままです。

 

 

 

 

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ちなみに3枚のシングル。2枚目は、GS 『ザ・フローラル』 が演奏しています。

 

 

 

 

チェリー・サウンズから話が逸れてしまいましたが、チェリー・サウンズは写真を見てわかるように、ジャッキー吉川とブルーコメッツのようなバンドを目指して、ステージでも大半がブルコメのナンバーをやっていました。
ステージ衣装は、博多にやってきたブルーコメッツの衣装をみて、お揃いの衣装(白いスーツ)をつくっりました。
メジャーデビューの話はなく。解散前(1969年)にグループの活動の想い出に残しておこうということで 「気嫌を直してもう一度」 のレコーディングをすることになったそうです。
曲の前にセリフを入れるのもレコーディング時に急きょ決めたようで面白い。

 

 

 

 

再結成に関しては、ボーカルが亡くなってしまったのと、連絡が取れないメンバーがいるために不可能との事で、残念ながら難しいみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

1966年から解散した1969年までのライブ音源が多数残されていますので、一部紹介させて頂きます。

 

 

 

 

 

下記以外にも、 『草原の輝き』 や 『心の虹』 などのブルコメ・ナンバー、また 『ペルシャの市場』 などのインストナンバーの音源が残されており、聴く限り実力バンドだったように思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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12月中旬、『GS アイ・ラヴ・ユー~ニュー・ロック&アフターGSサウンド時代~ 』 と言う雑誌が発売されました。
ザ・タイガースを中心に、色々なバンドが写真付きで紹介されていて読み応えのある本です。
元タイガースの森本太郎氏のインタビューやタイガースの写真なども掲載され、GSには興味なくてもタイガースは好きと言う人にもお勧めの1冊です。

 

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最近、GSのアルファードが少し話題になっているようです。
やはり、ザ・タイガース復活の影響がかなり大きいのかも知れません。
ザ・タイガース時代の岸部おさみ作詞・森本太郎作曲と言う 『涙の思い出/帰らぬ少年』 と言うレコードの存在は大きい。
ただ、結成はGS時代ですがアルファードが活躍したのが1970年代なので一般的に馴染みは薄い気がします。

 

『GS アイ・ラヴ・ユー』 の本の中では、元アルファードのボーカル・丸山芳春氏のインタビューが4ページに渡り掲載されています。
本の発売直前に丸山氏と食事をする機会があり、森本太郎氏と同じ4ページと言う扱いには恐れ多いと
話していました。
インタビューの内容は、ザ・タイガースとの出会いから サリーこと岸部一徳の店  『のっぽ』 でのバイト時代の話、そしてアルファードのデビュー曲  『涙の思い出/帰らぬ少年』 誕生秘話まで詳しく書かれています。

 

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『涙の思い出/アルファード』 岸部おさみ作詞・森本太郎作曲
『帰らぬ少年/アルファード』 岸部おさみ作詞・森本太郎作曲

オクラ入りした未発表の 『涙の思い出』 がユーチューブにアップされています。
http://www.youtube.com/watch?v=HAqBjrTLrJE


 

今もそうですが、沢田研二を中心にタイガースのメンバーは、ファンや自分たちのステージをとっても大切にしていました。
ましてや1ステージ40分程度のジャズ喫茶で、他のバンドを自分たちのステージに呼ぶなど普通では考えられない状況の下、アルファードはジュリーの紹介で 「涙の思い出」 をタイガースの楽器を借りて披露。いかにメンバーが緊張したか想像できます。


覚えていますか?・・・平成24年1月24日 沢田研二ライブツアーで、岸部四郎氏が舞台に登場した時に、四郎を抱きかかえて支えていたのが、元アルファードのメンバーだったと言う事は、あまり知られていない。
また、昨年末に発売されたDVD-ボックス5枚組にも当時の映像の中に、アルファードのメンバーは
タイガースのメンバーと楽しそうに映っています。

 

そう意味でも、ザ・タイガースの 「過去・現在・未来」 に最も関っているバンドこそアルファードなのかも知れない気がします。


 

写真は丸山芳春氏よりお借りしました

 

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左>アルファードのジャズ喫茶・ステージ(新宿ニューACB)
中>沢田研二のマイクを借りて歌う丸山氏(八宝閣ヤングパーティ)
右>サリーと談笑中の丸山氏(喫茶のっぽ)

 

ボーカルだった丸山氏の願いは、当時のファンとの再会。
ファンクラブを中心にジャズ喫茶をいつも熱くさせてくれていたファン達。
大人になってアルファードを忘れてしまったかも知れませんが、メンバー達はファンの声援を今でも覚えており、思い出をとても大切にしています。


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<写真左より~>
アルファード・ファンの集い(ボーリング大会)  
プライベートで遊びに来たサリー、内田裕也、ジュリー(喫茶のっぽ)
くつろぐ岸部一徳と四郎の兄弟(喫茶のっぽ)
サリーのコートをはおる丸山氏(右はドラムのケント)

 

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<写真左より~>
サリー(岸部一徳)の店 ノッポのマッチ
ノッポのクリスマス・パーティーで演奏するサリー
ファンと電話で話すアルファードの丸山氏

 

タイガース・メンバーのサイン入りコースター
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ノッポのマッチ(5種類)
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このブログを始めるきっかけとなったアルファード特集です
           ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/hanagata37/20639519.html

 

無事に2014年を迎える事が出来そうです。いつもいつも感謝の日々でございます。