ザ・ハイロ-ズ アダルトな雰囲気のGS | 映像・音源で振り返る グループサウンズ フォ-ク  歌謡曲だよ人生は!
GSブ-ムは来なかった!
 
2013年、ザ・タイガ-ス再結成で心躍らされていたのが、少しづつ思い出になってきています。


チケット争奪戦、追っかけ・・・・懐かしいと思えてしまう。


あの時自分は、タイガ-ス復活に便乗してGSブ-ムが絶対に来ると信じました。


ザ・タイガ-ス以外のGSが好きだったファンが、テレビや雑誌でタイガ-スを見て


そう言えばテンプタ-ズ、スパイダ-スも好きだったわ、久しぶりに聴きたいわ”


”友人の〇〇ちゃん、カ-ナビ-ツに夢中だったわ。久しぶりに連絡してみようかな”

 

”実は私、モップスが好きだったの・・・・・”

 

 

そんな会話が、あちこちでかわされ、GSが話題になる・・・・と信じたが。


あぁ~残念であります。

 

しかし自分の中では毎日がGSブ-ムなんです、今も。

 

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今回、個人的に好きなバンド
『ザ・ハイロ-ズ』 を紹介したいと思います。
 
 
ザ・シェルズ~ザ・ハイロ-ズ~ザ・サンブライツ~ザ・ステ-ションと名前を変えて,5年間に渡って活動したバンドです。

 

 

本人達は爽やかなコ-ラス・グル-プを目指していたようですが、時代がGS時代だったために、GSのくくりに強引に入れられて紹介されるケ-スが多い。


2枚のシングルレコ-ドを聴く限り、GSなのか歌謡グル-プなのか、はたまたフォ-クグル-プなのか判断が難しいバンドです。

 

ただ、演奏とコ-ラスがしっかりしているのでGSファン、歌謡曲ファンも楽しめるバンドでは間違いないでしょう。

 

 

主な活動拠点としては、ホテルのラウンジ・米軍将校クラブ・首都圏ナイトクラブでしたが、GS全盛時の1967年には、テレビ番組 『ヤング720』 にも出演したりGSっぽさも持ったコ-ラスグル-プです。

 

どんな年齢層のファンが多かったのかはよくわからないですが、こんな記事が残されています。

 

 

ここ数年、テレビや雑誌のGS特集で、ザ・ハイロ-ズのレコ-ドジャケットが何度か使われました。


昨年5月には、週刊現代の1960年代特集で、ザ・タイガ-スやテンプタ-ズに混じって、ザ・ハイロ-ズが写真付きで紹介されていたのには驚き!

 

偶然見かけたので、メンバ-の方に教えてあげたら

 

”メジャーな面々ばかりの中になぜかハイローズ???”  

 

本人たちもびっくりでした。

 

< メンバ-> 

 

    前田長靖 (Drms)  
   
 
   佐々木一廣 (G) 

   

      

 

   木谷昭彦(Vib.As.Pf)

   

 

   中村修(B)              

   

           

 

   木谷美彦(Org.Pf)

   

 

 

シングルレコ-ド

 

  A面 君をはなさない   B面 僕の恋人 君 君 

  (1967年11月発売)

 

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 A面  東京モナミ     B面 恋のアリア   
(1968年4月発売)  
 

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メンバ-の出会い~

ザ・シェルズ~ザ・ハイロ-ズ~ザ・サンブライツ~ザ・ステ-ション~解散~現在


 

木谷昭彦氏と前田長靖氏は、関東学院中学~高校の関東学院中高同期生で演劇部で知り合いました。また、1年先輩に佐々木一廣氏も在籍しており、ザ・ハイロ-ズの3人は演劇を通して運命的な出会いをしたわけです。

 

ちなみに演劇部には「悪魔のようなあいつ」にも出演した俳優の藤達也も在籍。


バンド結成のきっかけは、演劇部長であった女優の草笛光子の弟が中心となり、ハワイバンドを結成したのところから始まります。

 

ここからは、メンバの前田長靖氏に詳しく書いてもらいます。

 

 

草笛光子の弟が結成したハワイアンバンドに、前田長靖、木谷兄弟、佐々木一廣も加わり、演劇そっちのけで明治学院大学に進学後も、ハワイアンバンでド小遣い稼ぎを続けていました。


前田の友人中村を、当時前田が追っかけをしていたプロバンド 安田秀次とマウナアイランダース のライブに連れて行ったら、数日後に中村がそのバンドのベーシストになっていてびっくりしたのですが、中村の強い勧めで前田も学生バンドをやめて安田秀次とマウナアイランダースに、続いて佐々木もそのバンドで演奏することになりました。


マウナアイランダースでは、2年ほど演奏を続けていましたが、ハワイアンに飽き足らず、ジャズ・ポップスもやりたくなり、前田(Dr.)・佐々木(G.)・中村(B.)に加え、木谷昭彦(Vib)・美彦(はるひこKb.)も誘って5人組のザ・シェルズを結成しました。


デビューは横浜のホテルのラウンジ。


その後、先輩ミュージシャンの紹介でエニープロダクションに所属することとなり、グループ名をザ・ハイローズにあらため、ホテルのラウンジ・米軍将校クラブ・首都圏ナイトクラブなどで演奏していた中で、テイチクユニオンで事務所の自費出版という形でレコーディングすることとなりました。


バンド結成時の名前はThe shellsでしたが、所属したプロダクションの社長がHigh roseというのを提案したのですが、バラはこっぱずかしいので、メンバー全員の抵抗で却下され、メンバーの背丈がでこぼこなのと、アメリカのに同名のコーラスグループがあったので、妥協してThe Hi-lo'sとなりました。


シングル発売された4曲とも自分たちの演奏でレコ-ディングしました。


またテレビ出演した時、『ヤング720』では、三保敬太郎さんに褒められたのを覚えています。


ハイロ-ズ時代に演奏していた楽曲の選曲は、木谷と前田が担当しました。

 

木谷はアメリカンポップスやビートルズが好きで、前田はコード進行・ハーモニー重視で、二人で相談して以下のようなグループや歌手の曲をあれこれつまみ食いして演っていました。

 
ラスカルズ・ビージーズ・ビートルズ・シーカーズ・キャンドヒート・アソシエーション・レターメン・クリーデンスクリアウォーターリバイバル・アンディーウィリアムス・ミルバ・・・それらと何といってもフォーフレッシュメン!
 
他に日本語の歌でないと満足されないお客様多い場所では、ピンキーとキラーズ・ブルーコメッツ・森山良子や、かわったところでは島倉千代子・美川憲一も・・・
 
インストゥルメンタルでは、スタンダードジャズ・ラテン物などダンス用の曲も・・・要するに器用なバンドでした。
 
私がかぶれていたのはアメリカのフォーフレッシュメンだったので、ジャズコーラスもありましたが、木谷昭彦(兄)は好みが幅広く、8ビートポップスからいろいろ採用していました。そういえば、邦楽もやってました。
 
どんなバンド?と聞かれたときは、ヴォーカルバンドとかインストゥルメンタル ヴォーカルグループって答えていました。

アイドル系と区別してほしかったんですね。

解散は1969年。メンバーそれぞれがマンネリを感じていて、一度解散しようということになりました。、
 
ザ・サンブライツ時代
 
メンバーは木谷兄弟と前田、G.坂柳千明、Vo.ジョウイ坂元、Vo.木元由紀子です。


木谷をリーダーにバンドを結成し木谷弟がB.にまわり、G.はハイローズのボーヤだった坂柳が担当し、ハイローズ時代の知り合いヴォーカル男女各1名を迎えましたが、男はすっぽかしが多く、女性は引き抜かれて相次いで退団となってしまいました。

 
その後、米軍キャンプを中心に4人で活動していたところ、木谷の慶大の先輩の音楽プロデューサーから声がかかり、日野皓正・元彦兄弟など一流ジャズメンが所属するオールアートプロモーションを紹介され、高輪プリンスのナイトラウンジをホームグラウンドに、岸洋子の全国ツアーに2年間ほど同行することになりました。
 
また、ハイローズ時代と同じく、ナイトクラブ・米軍将校クラブ・ホテルのナイトラウンジなどで、アメリカンポップス・ジャズを演奏していました。


見るからにアイドル系を意識したみたいですが、音楽性はザ・ハイローズを踏襲してます。

 

 

 

 

所属事務所が弘田三枝子がいたMGプロにかわり、弘田のバックコーラス全国ツアーに同行したりして、レコーディングに至りました。


女性歌手は脱退後浅野すず子の後釜として巨泉さんのバンドザ・サラブレッツにいき、スタンダードジャズを歌っていました。

 

名前は、サラブレッツに行ったとき、巨泉さんの泉の字から いずみ となったんでしょうね。
 
   
 
   
 
   
 
 

※木本いづ美さんはソロでも活躍し、今は広島方面で歌手として活躍されております。

 



ザ・ステション時代

 

 

ステーションになってすぐ、シャンソンの岸洋子さんのツアーに一年の半分くらい同行していました。

 

また、阿久悠作品で 『朝日のようにさわやかに』 を発売。

 

 

 

 CMソングも多くレコ-ディングしました。

 

「ノ~ンビ~リ~シ~ッカリ~ペプシハペプシ~(コーラスヴァージョン)」

採用してくれたのは三保敬太郎さん


ヤマザキナビスコの 「ヤマザ~キス~ナック(小さなスナックのメロ)」

 

変わったところでは、福島中央テレビのジングル盤 「フクシマチューオーテレビッ」

 

ステーションとしてのラストステ-ジは、73年12月の名古屋中日ホテルの岸洋子ディナーショーです。

あっ、そうそうっ!去年の話ですが、NHKの歴史番組?でタイガースのデビューした年に同じくデビューした泡沫を含むGSのジャケットがべたべた貼られた中にハイローズがありました!                     

 

                                                    前田長靖

 

 

ボ-カルの前田長靖さんは、今は東京でお孫さんたちに囲まれ、趣味で音楽を楽しんでいます。

演奏がしっかりしているバンドなので、再結成して時々活動して欲しいと思っていましたが、メンバ-の木谷昭彦さんと中村修さんが、若くして亡くなられてしまっており、非常に残念でなりません。


うまく記事はかけませんでしたが、音楽面では非常に優れたバンドですので、ぜひハイロ-ズ・サウンドをCDで聴いてみてください。


ザ・ハイロ-ズのレコ-ドはプレミア価格がついており、自分は持っていないので福岡在住のGSレコ-ドコレクタ-の山口様にジャケ写真を提供して頂きました。どうもありがとうございました。

 

 

 

追記

2015年7月26日 ザ・ハイロ-ズ再結成

 

メンバ-の知人のライブにゲストとして出演し、往年の歌声を聴かせてくれました。

 

 

 

 

プライベ-ト写真なのでコピ-等遠慮願います。