プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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社会保険労務士・行政書士・認知症ケア准専門士のはまじゅんが、介護や認知症についておしゃべり。介護にかかわるすべての人に笑顔を届けます。

「私、この家を出て

アパートに戻ろうと思うの」

 

突然のみどりの告白に、健太は頭が

真っ白になった。

 

「そ、それは一体、どういうことだ?」

 

健太がしどろもどろになりながら聞くと、

みどりはキッパリと言った。

 

「私が入院する前に戻るってこと。

以前の私達に戻るってこと。

ただの中学の同級生に戻るってこと」

 

みどりは涙ぐみながら言った。

しかし、気が動転している健太は、みどりの

涙に気が付かない。

 

「それじゃあ、私、色々と準備があるから。

夕飯は、カレーが作ってあるから、自分で

食べてね」

 

みどりはそれだけ言うと、立ち上がって、

自分の部屋に向かう。

健太は、ヘナヘナとそこに座り込んだまま、

動くことも出来ない。

 

その夜、健太はみどりと一言も言葉を

交わさなかった。何か聞こうにも、何を

聞いて良いのかさえも分からない。

 

健太には、みどりの深い悲しみが、

全く見えていないのだった。

 

翌朝、ベッドの上で目が覚めた健太は、

昨日の事は悪夢だったのだと思いたかった。

 

今朝になれば、みどりはいつものみどりに

戻っていて、明るい笑顔で朝食の支度を

しているはずだ。

 

健太は恐る恐る台所をのぞく。

すると、テーブルの上に冷めたホットサンド

が置いてあった。中味は、健太の好きなハム

とチーズと卵焼きだ。

 

健太は、まだ大丈夫なのではないかと思えた。

そこで、勇気を振り絞ってみどりの部屋を

ノックする。

 

「みどり、ちょっと良いかな」

 

「何?私、今、忙しいんだけど」

 

ドアを開けると、みどりが自分の荷物の

荷造りを始めている。

 

「みどり、本気なのか。

どうして急にアパートに戻るなんて・・・」

 

健太が言うと、みどりは背中を向けたまま

言った。

 

「抗がん剤治療が大変なの。

それに、ここからだと通勤も辛いし、

これからは残業もあるし、アパートからの

方が便利なの」

 

健太は、そのままドアを閉めると、着替えて

外に出た。みどりと同じ空間にいる事が、

耐えられなくなってきたのだ。

 

「誰に相談しよう」

 

健太は車を走らせながら、考えをめぐらす。

 

楓や哲也に言ったら、本当に破局まで一気に

突き進みそうで怖かった。

 

「そうだ、高橋さんに相談しよう」

 

しかし、高橋さんは日曜日は勤務日だ。

仕事が終わるのは午後4時過ぎだ。

 

健太は、みどりにLINEをした。

 

「今日は高橋さんとグリーフケアの会の件で

打ち合わせがあるので、帰りが遅くなります。

夕飯は外で済ませます。お昼も外で食べます」

 

みどりは何かに怒っている。

LINEも読んでくれないかもしれない。

健太は心配したが、LINEはすぐに既読が

ついた。でも返事は無かった。

 

健太は、一日中ブラブラしながら、午後4時

まで待つ。こんなに時間が経つのが遅いと

思ったことは無かった。

 

午後4時過ぎ、健太は特養から出てきた

高橋さんを捕まえる。

 

「高橋さん、どうしても今すぐ、

相談にのって欲しいことがあるんです」

 

健太のただならぬ様子に、

高橋さんは驚いていた。

 

健太!  解決できるか?

 

TO BE CONTINUED・・

 

 

 

四十九日の日、みどりは朝からベッドに

もぐったまま、出てこようとしなかった。

 

健太は、余程体調が悪いのだろうと思って、

敢えて起こしに行かなかった。

 

一人で昼食を済ませると、骨箱を抱えて、

健太は一人で出発した。

 

納骨堂の前には、浩介夫婦が待っていた。

華江おばさんは、楓と哲也が駅まで迎えに

行っていた。

 

しばらくして、華江おばさん達が合流して、

納骨の準備が始まった。

 

大きな骨壺から小さな納骨壇用の骨壺に遺骨

を移して、納骨壇の中に納める。小さな箱の

ような納骨壇の前で、東福寺のご住職が

読経をして、皆で般若心経を唱えて終わった。

 

「眺めの良い所ね。私もこういう所なら、

少し狭いけれど入りたいわ」

 

華江が言った。

 

「お母さんがここが良いって決めたんですよ」

 

楓は、華江の両親と、自分たちの父親が先に

入っているので、君江が入ってちょうど

いっぱいになったと言った。これから、親子

夫婦でたくさん語り合う事だろう。

 

境内のカフェに移動すると、

七海が驚いていた。

 

「すごーい。今時のお寺って、カフェに

パフェまで置いてあるのね」

 

チョコレートパフェをぺろりと平らげると、

七海は言った。

 

「お葬式に来ていたみどりさんは、

今日は来ないの」

 

楓が何か言おうとした瞬間、

華江がピシャリと言った。

 

「身内でもない人を、納骨に呼ぶわけ

ないでしょう」

 

健太も楓も、他の皆もそれ以上何も

言わなかった。

 

浩介夫婦は東福寺からそのまま帰宅する。

駅まで華江と七海を送って、哲也と楓も

帰宅する。

 

健太は、一人で自宅に戻った。

 

いつもなら玄関に迎えに出てくれるみどりが、

今日はいない。

 

体調が悪くて、まだ寝ているのだろうか。

 

健太が喪服を脱いで、仏壇の前の祭壇を

片付けようと座敷に入ると、仏壇の前に

みどりが座っていた。

 

「みどり、もう、大丈夫なのか」

 

「健太、ここに座ってちょうだい。

話が有るの」

 

みどりのただならぬ様子に、健太は気圧され

そうになりながら、みどりの正面に座った。

 

「実は、私のアパートの事なんだけど」

 

健太は、みどりがアパートを正式に引き払う

と言うのだと思い込んでいた。

 

「私、この家を出て、

アパートに戻ろうと思うの」

 

健太!  ついに来たよ!

 

TO BE CONTINUED・・

 

母親の君江の葬儀を終えて、健太は月曜日

から通常勤務に戻った。

 

みどりは、月曜日だけ休んで、火曜日から

出勤した。

 

楓は、デイサービスでのパート勤務に戻った。

勤務の合間を縫って、市役所や年金事務所の

手続きを進める。

 

哲也も高橋さんも、いつも通り特養に

出勤する。

 

皆の生活の中から、君江の存在が消えた

だけで、日常生活には何の変りも無かった。

 

通常、七日毎にお寺様が自宅の祭壇にお参り

に来るのだが、最近は、家族みんなが働いて

いて忙しいので、お寺でのお参りをお願い

して、四十九日まで特に家族が集まらない

ことも多い。

 

健太も楓も、四十九日に集まるだけにすると、

東福寺のご住職に伝えた。

 

6月14日の金曜日、みどりの抗がん剤治療

が始まった。点滴で抗がん剤を入れるのだが、

その後のだるさが辛い。

 

みどりは、這うようにして帰宅すると、

金曜日は食事もせずに寝た。

 

週末は、少しずつ起きたが、家事は健太が

引き受けた。

 

7月5日の2回目は、前より少し楽になった。

それでも、金曜日は寝ていて、土曜日には

起きられるような状態だった。

 

楓は、東福寺さんと四十九日の打合せをする。

浩介夫婦が来るので、時間は午後2時からに

した。東福寺の納骨堂の前に集合して、骨壺

を小さい物に入れ替えた後、納骨壇の前で、

読経をして終わる。

 

全部で1時間程なので、その後、境内の

カフェでお茶をして、解散する予定にした。

 

颯介は、納骨堂の場所を知っているので、

また里帰りした時に絵里香さんと行って

くれれば良いと、楓は話してあった。

 

華江おばさんは、直前にならないと分から

ない。みどりは、前日が抗がん剤治療の日

なので、体調次第と話していた。

 

みどりは最近元気がない。

時々ボーっとしていることも多い。

健太は、気付いてはいたが、抗がん剤治療の

せいだろうと思っていた。

 

四十九日の3日前、華江おばさんから七海を

連れて行くと言う返事があった。

朝一番の電車で出て、納骨の後はまた、温泉

に行くのだと言っていた。

 

「華江おばさん、七海ちゃんを連れて来て

くれるそうだ」

 

25日に楓から連絡をもらって、健太は

みどりに話した。

 

「そう、良かったわね。

私、やっぱり納骨は遠慮するわ」

 

みどりがキッパリと言った。健太は驚く。

 

「体調次第じゃなかったのか、みどり」

 

「最近疲れているから、多分、体調が悪いと

思う。楓先輩には、LINEで連絡しておくね」

 

それから、みどりは、ほとんど

しゃべらなくなった。

 

健太には、どうしてみどりの機嫌が悪いのか、

サッパリ思い当たらなかった。

 

健太!  危険信号だよ!

 

TO BE CONTINUED・・

 

 

 

月曜日の朝、みどりは熱が出た。

原因は良くわからないが、この1週間の疲れ

が出たのだろう。

 

健太は、休もうかと言ったが、みどりは出勤

するように言った。健太は、富岡社長と職場

の皆に配るお菓子を持って、出勤する。

 

急なことで、冷蔵庫に食べるものも無い。

健太は、渡辺さんに連絡して、来てもらえる

ように頼む。

 

お昼少し前に、渡辺さんがお弁当を持って

来てくれた。前もって、みどりにはLINEが

してあった。

 

渡辺さんがみどりの部屋に、お茶とお弁当を

持って行くと、みどりはベッドの上に起き

上がる。

 

「みどりさん、寝てなくて大丈夫」

 

「渡辺さん、ありがとう。

もう熱も下がりましたから」

 

「みどりさんも、先週はあまり眠れなかった

んでしょう。今日はゆっくりすると良いわ。

お洗濯もするからね」

 

金曜日が出勤で、土日が通夜式と葬儀だった

ので、洗濯物もたまっていた。みどりは、

渡辺さんの心遣いが嬉しかった。

 

午後3時ごろになって、渡辺さんが、今度は

プリンを持ってみどりの部屋に入って来た。

 

「熱っぽい時は、こういう食べ物が良いのよ」

 

渡辺さんも一緒に食べながら、みどりは

通夜式や葬儀の様子を、少しずつ渡辺さんに

話した。

 

「男の人って、子供が好きなんでしょうかね」

 

少しの沈黙の後に、みどりが急に言った。

渡辺さんは、少し驚きながら聞いた。

 

「どうしたの、みどりさん。何かあったの?」

 

「いえ、浩介君とこの紫織ちゃんがとっても

可愛くて、哲也や健太もメロメロだったから」

 

みどりは、少し話をごまかした。

 

「そうね、8カ月でしょう。今が一番可愛い

頃よね。でも、子供って結構大変よ。

 

少し大きくなれば生意気な口はきくし、お金

はかかるしね。大人になっても、やれ就職だ、

結婚だと心配させられて、挙句の果ては孫の

面倒まで見させられて。

 

男の人は良いのよ。お金だけ出して良い顔

しているだけだから。気楽なものよね」

 

渡辺さんは、愚痴っぽい事を言って終わった。

 

「渡辺さん、そう言えば高齢者サロンの

準備はどうなりましたか」

 

「お陰様でね。部屋の改装はもう済んだのよ。

市役所への色々な書類も、主人が手伝って

くれてね。

 

ぽかぽかさんの山崎さんにも具体的な

アドバイスをしてもらって、正式には10月

からオープンの予定なの」

 

渡辺さんは、君江の世話をしている頃から、

地域の高齢者の集まるサロンをやりたいと

言っていた。

 

「良いなあ、渡辺さん、夢に向かって

一歩一歩着実に進んでいて」

 

「みどりさん、何を言ってるのよ。

あなたはまだ若いんだから、今は治療が大変

かもしれないけど、元気になればまた、

色んなことに挑戦できるわよ」

 

渡辺さんの励ましの言葉も、今のみどりには

少し辛かった。

 

「若いか・・・。

そんなに若くないんだけどな・・・」

 

渡辺さんは、夕飯の支度までして帰った。

 

久しぶりの出勤で、健太は少し残業をして

帰って来た。健太が帰って来た時には、

みどりは起きて着替えていた。

 

「みどり、大丈夫なのか。無理はするなよ」

 

「うん、大丈夫よ。明日は仕事に行くから。

健太、心配かけてごめんね」

 

みどりの笑顔が少しぎこちないことに、

女心に鈍感な健太が気付く訳も無かった。

 

健太!  大丈夫かな?

 

TO BE CONTINUED・・

 

 

精進落としの会食が終わり、それぞれが自宅

へと帰って行くことになった。

 

「私は七海と、海沿いの温泉宿が予約して

あるから、タクシーを呼んでちょうだい」

 

華江の言葉に、楓は会館スタッフにタクシー

の手配を頼む。タクシーが迎えに来て、

玄関先で全員が華江と七海を見送る。

 

「華江おばさん、ありがとうございました。

四十九日は7月27日の土曜日です。

おばさんはどうなさいますか」

 

楓の言葉に、華江が答える。

 

「そうね、暑い時期だから体調と相談して、

また直前にお返事するわね。気持ちとしては、

来たいのよ。多分最後になると思うから」

 

タクシーに乗り込んでから、華江は健太に

向かって言った。

 

「健太、若いお嫁さんもらって、子供を

たくさん作りなさいね。

君江お姉さんもきっと喜ぶわよ」

 

健太は笑いながら聞き流す。

 

やがて、タクシーは海沿いの温泉に向かって

走り出した。

 

楓は、颯介とフィアンセの河上絵里香に

持たせるお土産を渡すと、駅まで見送りに

行くと言う。

 

浩介夫婦は、紫織が眠っている今のうちに、

出発することになった。

 

会館に残った健太と哲也とみどりは、

ロビーで自販機のコーヒーを飲みながら

少しゆっくりしていた。

 

「健太、お疲れ様。家族葬とは言っても、

やることは同じだから、結構大変だったな」

 

哲也が健太をねぎらう。

 

「哲也、ありがとう。

でも、ほとんど姉貴が段取りしてくれたから、

俺はレールの上に乗っていただけだからな」

 

「健太、特養の付き添いからずっと、あまり

眠れてないでしょう。今夜は早めに休んだ方

が良いわよ。明日からの仕事もあるし」

 

みどりが、疲れの残る健太の顔を見て心配

そうに言った。

 

「健太、忌引きは取らないのか」

 

哲也が聞くと、健太が言った。

 

「火曜日からずっと、ほとんど仕事らしい

仕事をしてなかったからな。

市役所の手続きなんかは、姉貴でも出来る

そうだから、姉貴に頼んだんだ。

書類仕事は、姉貴の方が得意だからな」

 

哲也がうなずきながら、みどりに向かって

言った。

 

「みどりちゃん、そろそろ抗がん剤治療

始めるんじゃなかったか」

 

「ええ、そうなの。6月14日の金曜日が

初回で、3週間に1回のペースなの。

結構きついみたいだから、金曜日にお休み

貰って、週末は家でゆっくりしようと

思ってるの」

 

みどりの言葉に、健太が少し驚いた顔をした。

 

「みどり、そうだったな。ごめんよ、俺が

おふくろの事ばかり気にしていて、みどりの

治療のことまで、頭が回らなかったよ」

 

「大丈夫よ、健太。体力もついて、職場の

体制も整えてするんだから。

健太はまだ、四十九日まで忙しいでしょう」

 

みどりの言葉に、健太はみどりの優しさを

感じていた。

 

楓が戻って来て、3人に報告をする。

 

「颯介がね、9月に結婚式を挙げる予定

らしいの。健太もみどりちゃんも出て

あげてね。ついでに東京観光も一緒に

しましょうね」

 

「お葬式のすぐ後に結婚式の話はどうかな」

 

哲也が言ったが、楓は平気だった。

 

「良いのよ、お母さんだって喜んでいるに

決まっているわ。そうでしょう、健太」

 

楓の言葉に一同うなずくしかなかった。

 

「でも、私は、身内でもないし・・・」

 

みどりがボソッと言うと、楓が言った。

 

「何言ってるのよ、みどりちゃん。家族も

同然でしょう。颯介も絵里香さんも、みどり

ちゃんにも来て欲しいって言ってたわよ」

 

自宅に戻った健太とみどりは、葬儀会館から

もらって来た組み立て式の小さな祭壇を、

仏壇の前に置いて、君江の骨箱と位牌と遺影

を並べて、富岡社長に貰った白い花を飾った。

 

二人は、祭壇の前で手を合わせる。

 

健太は、母親を失った喪失感が、君江が施設

に入った時よりも薄いように感じていた。

 

特養での看取りを精一杯できたからだろうか?

いや、違う。あの時は、この家に一人取り

残された想いが強かった。

 

今は自分の隣に、みどりが居てくれる。

みどりがいる安心感が、自分の心を支えて

くれているのだと、健太は感じていた。

 

しかし、みどりの心は揺れ動いていた。

 

健太!  気付いてる?

 

TO BE CONTINUED・・