テナセリム大型錫錫の図録が届きました。
表紙に使われている4タイプは、コンディションを別にすれば、いずれも自分も保有しているものなので、チョット嬉しいですね。
小さくて見づらいですが、英文の紹介プロモ:
著者は、2004年にミャンマーを訪れた時に、同国の文化・歴史・風景・人々に感銘を受けたと述べています。
私も2000年代に数回だけ訪問しましたが、アジア最後のフロンティアと呼ばれるだけあって、独自の古い文化・歴史遺産が現代の影響をほとんど受けずに残っていることに強い印象と興味を覚えました。(最後のフロンティアというのは経済的な意味でよく使われていましたが、実際は文化的な意味でも大いにそうでした。)
著者は最初の訪問でペグー鉛銭に出会い、古代ビルマのコインに興味を惹かれたようです。その後、過去20年にわたってテナセリム地方のコインを収集していたオランダ人コレクターよりコレクションを譲ってもらい、そのかなりの部分が、過去に発行された図録に収載されていない未知のものであったことから、この本の上梓に至ったとの事です。
250枚以上のテナセリム大型錫・鉛銭を比較研究した結果、現在まで知られているほぼすべてのタイプ・バリエーションを網羅したこの分野の第一級の資料となっています。
又、タイミングよくこの地域の歴史を詳しく研究した本が出版されたこともあり、16世紀以降の西洋の記録中のテナセリムやペグーのコインに関する記載も丹念に調査して、各タイプの年代や発行地の推定もされています。
元々、テナセリム地方は、漢籍によれば、三世紀前半の扶南王「范蔓」が扶南艦隊を率いてシャム湾・マレー半島諸国を攻略したとき、扶南の属国となった半島西側の「頓遜」という国に比定する研究者もいます。少なくとも当時から海のシルクロードがマレー半島を横断するルートのいくつかのインド洋・アンダマン海側の起点として港市が交易で発展していたと考えられます。
現在の下ビルマ(ペグー(パゴー)からマルタバン(モールメイン)、そしてテナセリム地方のダウェイ、ミィエイ)
明の鄭和艦隊の遠征(1405~1433年)を基に作成された、「鄭和航海圖」に、テナセリム地方沿岸のダウェイやマルタバンが記載されているのが、テナセリム地方の港市が具体的に歴史上の文献に出てくる初期のもののようです。
(「鄭和航海圖」の一部。マルタバン、ダウェイ、テナセリウムと思われる地名が記載されている。)
当時のテナセリム地方は、タイのアユタヤ王朝の支配下にあり、1373年にその西洋との交易拠点として、テナセリムの町(現在のTaintharyiでミィエイからテナセリム川を内陸に遡ったところ)が建設され、首都アユタヤと陸路で結ばれていたそうです。
(1380年頃の東南アジア 出典:ウィキ)
その後、大航海時代となり、15世紀のポルトガルをはじめ、イギリス、フランス、オランダ、イタリアからの商人や冒険家による様々な記録、そして、最終的には英領インドの一部として支配したイギリス東インド会社の記録などに、この地方の貿易、鉱物(錫や鉛他)やコインの話がところどころ出てきています。
一方、コインの銘についてはダウェイのもの以外は解読されていなかったのですが、以下のタイプのコインの銘の中に年代が記載されていたことが著者によって見いだされ、発行(流通)時期が1399/1400年と初めて具体的に推定されています。
裏面の銘にビルマ暦761年と伝形で記載されていると思われるタイプ
(VC-100.1.1)
これ等の記録やコインの銘により、従来、テナセリムの大型錫銭は17-19世紀との記載が多かったのですが、もう少し時代は遡ることが分かりました。
また、コインの一部はテナセリム地方ではなく北に隣接するマルタバンやペグーの発行のものもあると考えられています。(従って、テナセリム地方のコインではなく下ビルマのコインという表現となっています。)
主要なタイプの発行地と流通時期:
象のタイプも希少性が高く、図録の写真のコンディションは自身が保有するものとほぼ同じですが、異なるバラエティー(VC 600.2)、コンディションの良いものを入手する機会を逃したのが重ね重ね残念です。
現存数の多い鉛銭ですが、裏のインスクリプションが綺麗に残っている素晴らしい個体です。
参考:
The Large Tin and Lead Coins of Lower Burma (including the Tenasserim region) from the 14th to the 19th Century, Kris Van Den Cruyce, 2023
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