自然な流れにまかせて生きる
私が大切にしているのは、「無為自然」という在り方です。これは、古くは老子の思想にある生き方で、無理に何かを成し遂げようとせず、自然の流れにそっと身をゆだねること。何もしない、怠けるという意味ではなくて。むしろ、自分の内に流れている自然のリズムや、世界との調和を信じて、余計な力を抜きながら、本来の自分に立ち返ること。まずは、無意識の“力み”に気づくことから。自分では緩んでいるつもりでも、実はどこかで力んでしまっていること、ありますよね。たとえば、スマホを操作しているとき。呼吸が止まり、身体がこわばっていて。ふと我に返る。そんな瞬間、ありませんか?でも、本当に大切なのは、そうやって「力んでから気づく」よりも、もっと手前の段階で気づけるようになること。だって、誰だって、わざわざ自分から力もうとして力んでいるわけじゃない。気づかないうちに、そうなってしまっているだけ。だからこそ、その無意識の力みにふっと気づけたなら、あとは少しずつ、それをやめていくだけ。『気づき』や『目覚め』って、なにか神々しい特別なものではなくて、きっと、こういうところにあるのだと思います。長年積み重ねてきた無意識のクセを手放していくことは、ときに地味で、泥臭くて、少し敬遠したくなるような作業かもしれません。でも、実はそこにこそ、本当の変化の種が、静かに宿っているのだと思います。そして無意識に緩んでいる身体が本来の在り方。一瞬で変わるような魔法のようなメソッドも魅力的だけれど、本当は、私たち自身の中に変化し、育ち、整っていく力がすでに備わっている。そのことを、少しずつ思い出していくような感覚。頭の理解ではなく、その感覚を、身体で感じて、日常の「ふつう」にしていく。たとえば、呼吸や身体の感覚に意識を向けてみると、私たちの内側には、いつも「調和しようとする力」が働いていることに気づきます。その流れに抗わず、ただ静かに寄り添ってみる。すると、不思議と必要なことが自然と動き出し、必要でないものは、そっと離れていきます。「頑張らなくても大丈夫だよ」と言われると、ちょっと不安になることもあるかもしれません。でも。頑張らなくても整っていくもの、満ちていくものって、本当はたくさんあるんです。むしろ、頑張らない方が整っていく。私はそんな感覚を、日々、静かに感じながら、ひとつひとつ味わって、生きています。