☆ 占い師・画家…人間のようなもの ☆ -70ページ目

☆ 占い師・画家…人間のようなもの ☆

画家・伝説の魔術師☆ 相馬 英樹 の愉快な毎日♪

(※この日記は10年前から7年前頃までの日記を基にした回想録です。)

~以下、前回からのつづき


全ての薬剤を断って通院もしなくなった。

たまに気が向いたとき、豊平で開業している、

最も好きな精神科医のO先生に近況報告をしに行く以外は、

精神科で出逢った友達の家で過ごしたり、

図書館や街角で道行く人々を眺めていた。

ホームレス生活の延長かな。

ホームレス生活をしてから、摂食障害も快方に向かって居た。

時には友人らが、パチンコや競馬で稼いだ金銭で畜肉をご馳走になったり、

日に一度は、

JTのぷりぷりエビしゅうまいの2個入り冷凍パックを購入して食べる様になった。

友人Tが、いつも近所の100円ショップで

刺身や天麩羅を購入して来る様になってからは

一度も嘔吐せずに、一日を過ごせる事も有るほどになった。

Tは、たまに5~10人程度の友人を集めてパーティーを開いてくれた。

Tの家に飽きたり、Tが用事で出掛ける時などは、

その時知り合った 何人かの友人の家にも世話になった。

中には、家族ぐるみで世話をしてくれた友人や、

経済的支援をしてくれた友人も居た。

皆が、僕の命を守ろうと連携を取ってくれた。

ただ、彼らとの生活は

僕にとって

どのポイントから見たとしても、

穏やかな未来とは、間逆に向かっている事だけは明らかだった。


彼らは、破滅的な未来に怯え、うろたえ、もがき苦しむ中でさえ、
瞳を輝かせ…

いつか自分が救われる日までは、
誰かに優しくしようと、
誰かを守ろうと、

心を込めて、人を愛し…

『自分達はどういう形で社会貢献度出来るのか』

という事だけを考えて居た。

そんな彼らの純粋な愛に僕は守られて居たんだ。

だから僕は、じっとしてなんか居られなかった。

社会復帰を果たそうと日々、苦悩しているAという友人と連絡を取り、

『今すぐに仕事が無いのなら、二人でモチベーション上げて、手当たり次第に探そうぜ!』

僕達は、

二人で朝から晩まで街を徘徊し、

飲食店・あらゆる職種の事務所・あらゆる法人を端から端まで何の概念も持たず、

履歴書すら持たずに訪れ、

日々、粉砕した。


しかし、やはり継続は力なり。



ある日、二人が訪れた芸能事務所で…

なんと、揃ってモデルとして採用される事になったのだ。


ただ、僕が思うに、

この僕と、あのAがモデルになるわけが無い。


仕事内容は

家電店で携帯電話売り。


なんだそういう事か…


携帯電話売りとは言っても、

直接的に携帯電話を売るのは各・携帯ショップの女の子で、

僕らは通り掛った人が、

フラ~っと携帯電話コーナーに入る事をコーナーの入り口で祈る役割だ。

ほとんどただ立ってるだけ。


とにもかくにも社会人。


しかし、喜びは束の間。

Aが売り場の女の子にやたらとアピールし過ぎて苦情が入り、

一週間もしない間にクビになった。

…4日間位かなぁ。


この仕事はクルマがないと、規定の時間までに現地に行けないので、

車を持ってなかった僕も自宅待機という名目で、

罪もない相馬英樹は、短い社会参加を終えた。


不発に終わった自立心発動期ではあったけれど、

これが切っ掛けで、


『やれば、ちゃんと出来るじゃん!』


そんな自信が付きました。



~つづく



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風邪をひいた様なので、来週のイベント準備と、宴会場所、探して過ごします☆
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どなたか札幌大通り近辺のカラオケBOXで、ファーストフードや揚げモノ意外の、例えば鍋とか刺身とか言った感じのメニューが充実してる店、知りませんか?

そんな訳でごきげんよう。
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カップのエース(水の力の根源)

喜び・幸福・快楽・多産・純粋な愛・感情・豊饒・自己証明

あなたの心に降り注ぎ、満ち溢れる大地と宇宙の愛を 感じて下さい。

あなたを取り巻く状況は 既に満たされて居る という事の意味と、喜びを感じて下さい。

『あなたなりの創造主』からのささやかなギフトに感謝しましょう。

たとえば、あなたが帰る 暖かい家があったなら あなたは既に幸いです。

あなたの食卓に地の恵み・水の恵みがあったなら、あなたは既に幸いです。

あなたの横に、どんな形にせよ関わり合う人があったなら、
あなたは既に幸いです。

浴槽に暖かな水が満ち、体を温める事が出来たなら、あなたは既に幸いです。


もし仮に、あなたが創造主なら、

人に与えた恵みの中に、

些細な欠陥を見出して、

不満を述べる者と、

或いは

その恵みに幾ら欠陥があっても、
喜び感謝する者との、

どちらに、新たなる恵みを満たしたいと考えるでしょう。

答えはそのまま、あなたに降り注ぎます。


今日も沢山の小さなハッピーがあなたの額に降り注ぎます様に。


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英樹出没情報☆

※ 私、英樹はどうやら風邪をひいてしまった様なので、
少しの間、出没を控えようと思います。

みなさんもお気をつけて。

(※この日記は10年前から7年前頃までの日記を基にした回想録です。)

~以下、前回からのつづき



退院したのは良いけれど、

すぐに出来る事と言えば…

特に思い当たる事もなく

取り敢えず、一度自立しようと

以前働いてたおかまバーの友人Mの紹介で、

ショーパブやゲイバーで少しの間 働いた。

ある朝、初夏の柔らかな風に心奪われて、

今年の夏は、動物みたいに

季節を儚い肌身で感じて、

虫の様に弱々しく、生きて行こうと決めた。

それから毎日、

僕の住む平岸のアパートから

大通り公園まで歩くのが日課になっていた。

大通り公園のベンチに仰向けに寝転んで、

風に揺れる木漏れ日を眺めていると、

自転車に乗った老人が話し掛けて来た。

『今日はいい天気だね~』

『そうですね。』

『ん!?まさかあんた、男かい?』

そうして僕は、大通り公園のホームレスと仲良くなった。

肝臓を壊してからショーパブやゲイバーを離れ

無職で障害者年金暮らしの僕だったが。

意外にも、大通公園に集うホームレスの中には現役の会社員や

挙げ句の果てには 経営者までもが 紛れ込んで居て、

ごく一部の人ではあるけれど、

たまに日雇いの肉体労働や交通整理、

居酒屋の雑用なんかに 出掛けて行く人も居る。

しかし、アイヌ人や老人のホームレスなどは職に就く事が出来ずに

映画やドラマの中で見るように

ゴミの中から、食べられそうなものを選び、

必死で命を繋いでいた。

どういう繋がりなのかは知らないけれど

時々、ヤクザや小企業の社長なんかが

缶ビールや、テイクアウトの牛丼なんかを山の様に持って現れ、

路上生活者に配っていた。

僕みたいに自分の住む家はあるにも関わらず、

路上生活している人にさえも、

漏れなく牛丼と缶ビールは配られる。

ヤクザや小規模経営者が

何の見返りも期待出来そうに無い

ホームレスや僕なんかに

『ごくろうさんです、』

とか言いながら食品を配っている姿は

意味が解らずシュールではあったが、

同時に人間愛 そのものだった。

また、朝になると

大通り公園のシンボルマスコットであるハトに撒き餌する為に、

街のパン屋が、パンの耳を大量に持って現れ、

路上生活者の ボスに渡して去って行く…

柔らかくて新鮮なパンの耳は、

僕が食べても結構美味くてね。

つまり…

『あなた方が食べて余った分をハトにあげてね』

という意図が、最初から見え見えだった。

世の中捨てたモンじゃない!

僕も、何か手伝える事は無いだろうか、

とショーパブの客だった ホテルの料理長Sに相談を持ちかけた。

『決まった時間に取りに来てくれるなら、100食位何とかするよ』

と料理長と社長が言ってくれた。

僕は、路上生活者の汚れた衣服を

家へ持ち帰って洗ったりもした。

そんな暑い夏が終わり、

路上生活とも別れの時が来た。

彼らの中にも…

帰る家のある者を…

その癖、でしゃばりで、恩着せがましい僕の存在を

快く思わない人達は居て、

その人達と僕の集落の人との間に隔りが出来てしまった。

預かった洗濯物を届けたのを最後に、

ホテルの料理長にも挨拶をして

彼らに会いに行くのをやめた。


野外生活をやめて家に戻ると、突然張り合いが無くなって、鬱に陥った。

朝から晩まで、風呂と地下フロアを行ったり来たり、

そうして家で悶々としている時、

友人Tから電話が入った。

『パチンコで勝ったからさぁ、奢るよ。パァーっとやろうよ☆』

そうして僕が自殺を謀り入院していた事、

Rが出て行ってから暫く入院してたこと、

ホームレスと暮らしていた事なんかを話していると、

Tは瞳一杯に涙を浮かべて、

『英ちゃん、死んじゃダメだよぉ。 』

『俺が見張ってるから、しばらく俺の家に居ろよ。』

と言ってくれたんだ。

Tの横に居たYまで涙を浮かべて こう言うんだ。

『Tの家がイヤならウチに来いよ、英ちゃんが死んだら俺も生きて行けないよぉ。』ってね。

その横にいたNも、ニヤニヤと場の空気に照れながら、

『ウチも別にいいよ。』だって。

嬉しかった。

もう自分の命を粗末には出来ないな、

つくづくそう思った。



~つづく



先日、狸小路アリスでタロット占い出店した際に、
尊敬するうっち先生に届けてもらったシーサー☆
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可愛いでしょ?
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さっそく玄関で家護ってくれてます。
老人病院に強制入院させられて何日かが経った。

僕より2~3歳年上のDさんと僕以外の入院患者は、

言葉も通じない痴呆症のお年寄りばかり。

それでも僕は、時折り其処に居るのが何故か心地良く感じる事もあった。

痴呆症で言葉の通じないお年寄り達と、

アイコンタクトで会話していると、

時々だけど、ビックリする位しっかりとした反応が返ってくる。

そうでなくても、

まるで小さな子供みたいに純粋な瞳を輝かせて。

ニコニコと優しい笑顔を向けてくれる。

それが時には、幸せだった。

むしろそれ以外の楽しみを病院で見つけるのは困難だ。

何となく、『僕はこのまま、ここで死ぬのかな?』と考えてた。

どんな要因だろうと、

死を決意した結果ここに居るのだから、それも止むを得ないか。


Dさんは外出届を提出すれば、午前中は買い物に出掛ける事が出来た。

僕は、栄養失調と拒食が続いており、

点滴と『エンシュアリキッド』という流動食で栄養を補っている状態で、

医者や看護師から見ると不安の対象なのだろう。

外出を申し出たが、

なかなか許可しては 貰えなかった。

入院して少し経った或る日、Dさんが話し掛けてくれた。

『外出時に内緒でウイスキーを持ち込んだので夜の巡回が終わったら一緒に飲まないか?』という悪魔の囁き。

僕は拒食症だけど、酒は余り気にせず飲むので、二つ返事で承諾した。

何より痴呆症の老人ばかりの病院で普通の若い人と話せる事が、

とてつもなく特別なことの様に、嬉しかった。

ウイスキーの入った紙コップを揺らしながら、

かつての社会生活が 如何に贅沢で幸福だったことか…

身をもって感じた。

ウイスキーは、ダルマ。

つまり『サントリーオールド』だが、二人であっという間に空けた。

話題は、Dさんの病気の話や、僕が此処に運ばれて来た経緯なんかで。

特にテンションの上がる内容では無いが、

何だか修学旅行気分みたいで妙に盛りあがった。

それが切っ掛けっていう訳じゃあ無いけど、自分の為に、

徐々に食べ物を食べても、吐き出さずに我慢する様になった。

汗だくになりながら、

入院二週間目には、

柔らかめの粥を少し、

一月目には蕎麦を食べられる様になった。

体重が50キロを越えた頃には、

午前中に近所のスーパーまで買い物に行く許可が下りた。

僕は、スーパーに出掛けた記念に『ワイルドターキー』という、バーボンウイスキーをこっそり病棟に持ち込んだ。

Dさんを誘って、

看護婦の巡回後に杯を交わして居ると、

廊下で慌しく看護婦が走り回っているのが聞こえた。

人が亡くなった空気。

亡くなった老人が誰なのかは、

僕もDさんも何故かすぐに解った。

何が面白くてそうしているのか、いつも歯の抜けた笑顔の可愛らしい、

アカウミガメの様な顔のIさん。

自然と、亡くなったIさんへの追悼の杯になって、

在りし日のIさんの人生を想い、

それはそれでしんみりと良い時間だった。

そんな日々も過ぎ、

Dさんも先に退院してしまい、

すっかりつまらなくなってしまった或る日、

バイク仲間のSが面会に来てくれた。

・『英ちゃんがこんな病院に居るべきではない。』

・『こんな所に何時までも居たら英ちゃんの為に良くない。』

・『事務局に問い合わせたら身元引受人が居ればすぐにでも退院できると言っていた。』

・『俺が身元引受人になってやるから、すぐ退院しろ。』

僕は、

異装や離婚・病気の事など、様々な事情が重なって両親から勘当されていたので、

こういう切っ掛けでもなければ、

退院は難しいだろう。

そういう訳で、僕は…

担当医と退院前の面接をすると、

取り敢えず突然、殆ど何の前触れもなく退院した。

~つづく
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ソードの王女
風の中の地

不敗・開拓・厳しい・現実的・管理・知性・低俗・攻撃的・復讐・怒り

未完成な私達人間にとって、

私達を取り巻く事象や環境は常に不安定であり、

不安定な軸には(底)も(頂点)もある。

なかでもピークを迎える今が、

次のフォーカスにシフトするタイミングである事をあらわしている。

新たなる道を開拓するのも良い。

現象・ギフトはただ受け取るのではなく、それを如何に糧とするかによって次のフォーカス・道程が決まる。

即ちこのカードは、創造主から送られるギフトではなく、

あなた自身がプレゼンテーターであり、

喜ばしい事象を引き寄せ、『次のフォーカスへの起爆剤を生み出す力』を与えられる時を意味する。

仕事帰りに、色々なところに出掛けたり、

より多くの人に会うなどして、

あなた自身の視野を広げる事を意識すると良いでしょう。

ただ、気迫と攻撃性は紙一重。

くれぐれも気をつけて。


今日も新鮮で創造的な一日であります様に☆


英樹出没情報☆

今日は家でのんびり事務作業等を片付けようと思います。

勿論、南沢サロンでのセッションも可能です。

あと、一升瓶かベルギービール持って遊びに来てくれても歓喜で~す☆
強度の鬱病に陥って数年。

今はあの頃から丁度、

10年位経ったと思う。

当時の僕には、

社会復帰が見込まれず、

そんな僕の命さえ繋ごうと、

国から障害者手帳が交付された。

2ヶ月ごとに障害者年金が振り込まれ、

それを生活費に充てていた。

障害者年金が振り込まれたある日、

家から一時間歩いて、ステーキヴィクトリアへ行き、

一人で食事をしていた。

サラダバーを盛り付けに行くと、

たまたま食事に来てた、

沼(以後N)と藤沢さん(以後F)の二人が、

僕を見付けて、嬉しそうに話し掛けてくれた。

『英ちゃん、久し振り~!良かったら俺達の席に来てよ?』

人からこんな風に誘って貰えるのも、悪くないと思い、

彼らの席に移動して、

病院の近況や、Nが信仰してる福音と聖書について語り合った。

その時の会話が切っ掛けで、

一度、南区にある教会へ日曜礼拝に行ってみる事になった。

初めての礼拝はカルチャーショックだった。

フォークソングや、ロック調の賛美歌が盛り沢山の、

とても楽しい礼拝だった。

教会の人達は、僕の異装とか、オネエ系の言葉づかいとか面白がってくれて、

その日礼拝に来た、殆どの人と打ち解け

連絡先を交換し合ったりした。

日曜礼拝が余りに楽しかったので、

僕は教会の演奏チームに入ろうと思い

数ヶ月の間、バンドのメンバーと共に教会のホールでギターやオルガンを鳴らしていた。

しかし、異装を纏い、洗礼を受けずに居る僕は、

全ての礼拝者から快く思われて居る訳ではなかった。

ある時、牧師から『バンドの参加は遠慮して欲しい』と言われ、

参加は断念せざるを得なかった。

それから暫くの間、

僕の足は教会から遠のき、

新しい『死』の行く先を模索していた。

同棲を始めたRと二人で、

酒ばかり飲んで日々を過ごした。

Rは、当時住んでいたアパートの二件隣にある、

聖バプテスト教会に行きたがったが、

以前一度行った時、帰り際に牧師から

異様な空気を放つ彼女の様態が原因か、

『彼女を連れてくるのはまずい。今回限りにして欲しい。』

と言われた。

それで、何らかの理由をこじつけて、教会へは行かずに居た。

それでも僕が通りかかると神父は笑顔で話し掛けてくれた。

Rが、ベゲタミンでODを謀って3日間ほど眠り続けた。

僕は、かつての恋人をインフルエンザで亡くし、

Rと同棲する前に同棲していた女性も自殺で失っている。

もう、これ以上無理。

自分自身の為にも、Rを死なせるわけには行かない。

そう思った僕は自ら死をもって彼女の意識を死から遠ざけようと誓い、

まず、持ち金を全て焼き捨て、

Rの溜め込んだ薬剤を全~部飲み尽くし、

意識が遠のいて行くのを待って居ると、

当然、意識を失った。

暫くは死の淵を彷徨ったみたいだ。

8日間ほど経って意識を取り戻した時、

僕は数人の警官とN&Fカップル、

そして何人かの友人達に囲まれて自室で横たわっていた。

連絡の取れなくなった僕に不安を抱き、

NやF達が連絡を取り合って駈け付けてくれた。

警察に届けて管理人に連絡を取り、開錠してもらったと言う。

体重42キロまで肉を失い、

あらゆる嘔吐物・排泄物を垂れ流し

腐れ果てた屍骸のような僕の姿を見て恐怖を抱き、警察に通報したのだろう。

Rは薬剤大量摂取のあと動かなくなった僕に驚き、

恐ろしくなって家族を呼び、

壊れ果てた僕を放って実家へ逃げ帰っていた。

Rの衣類や持ち物は、

Rの家族によって運び出された様だった。

救急車で、創成川沿いにある老人病院のアルツハイマー病棟に強制入院させられ、

病院から薬剤の投薬を止められた。

~つづく
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ワンドの6
ビクトリー 勝利
獅子座の中の木星

成功者・魅力・勝利・成功・ポジティブ・愛・オーラ・美・豊穣。

…無敵のポジティヴカード

この時は、幸いです。

心穏やかに、豊かな時となるでしょう。

それもこれも、あなたの日頃の行いが報われる成果です。

無敵のポジティヴカードだけに、

記述する問題点が少なく、文章はさっぱりしてしまいますが、

とにかく今日はハッピーな筈です。

良かったですね!

ハッピーな筈ではありますが、

まれに満たされないと感じる人が居ます。

そういう場合、

内面的問題と向き合う時です。

また、注意点がただ一つ。

人は、豊かであればある程、

豊さを失う事を恐れ、

豊かになれずに居る者に対して

『内面的問題と向き合う時です。』

などと言って見下すなど、

傲慢になりがちです。

大きな心で隣人に手を差し伸べる…そんな霊的な豊かさを育みましょう。

今日も健康で充実した一日であります様に☆


英樹出没情報☆

今日は昼から夢横町で、受講生様と、

セッションの合間に講座を行う感じで過ごそうと思ってます。

もし気が向いたら、遊びに来てくれると嬉しいです。

知ってると思うけど、僕は霊能者です。

なので、幽霊を見るのは日常茶飯事です。

ただ、

心優しい幽霊との触れ合いなんかも時々あるんですよ。

その中の一つ、

実際に僕が体験した、

こんな話があります。


今から20年前、

僕は自動車整備士でした。

それで札幌市豊平区月寒にあった、

ヤマカミっていう整備工場の二階に、一人で住んでたんです。

整備工場跡は現在も未だ残っていて、

僕が勤めていた頃とは別の会社が使っています。

住居部分は、今はもう取り壊されて無くなりましたが、

僕が住み始めた20年ほど前は、

建物の住居部分が、当時既に築40年経っており、

木製の窓枠は立て付けが悪く、

吹雪の日なんかは隙間風に乗って雪が舞い込んで来るので、

ちょっと油断していると部屋の隅に結構ビックリする量の雪が積もっている事なんかもしばしば。

時には、部屋の中で雪掻きした事もある程です。

そんな寒~いお正月に、

僕は相当キツい風邪をひいて寝込んでしまいました。

正月なので工場に出勤して来る人は居ないワケで、

高熱にうなされて、自炊したり買い物に出掛ける元気も無く、

外は吹雪いて居る。

そんな訳で、安静にじっと寝ているしか有りませんでした。

本当に心細かった。

そんなある日の事です。

夜中、物音に眼を覚ますと…

大好きな彼女が、

料理を作ってくれてるんです。

僕は布団の中で時々眼を開けて、

愛おしげに彼女が台所に立つ後姿を眺めていました。

鶏肉と野菜の中華炒めとか、

シチューとかそんな感じのメニューが何品かあったと思います。

料理を作って器に盛り付け終わると、

彼女は、まるでいつも当たり前にそうしてくれているかの様に、

『 私、今日はもう帰らなきゃ。』

そう言って、僕の傍に来てニコッと微笑みながら

『今夜は、もう帰るね。』 と言って帰って行った。

僕は、『ありがとう。』と言って

『じゃあね。』と、手を振った。

少し寂しかったけど、

僕はベッドで布団に包まったまま、

温かい料理が美しく盛り付けられた食器が、

綺麗に並んだテーブルを引き寄せながら、

目で彼女を見送った。

『食べ終わったらストーブに当たって暖かくしてゆっくり休んでね。 』

と言って部屋から出ると階段を降りて行った。

その夜は、やっと食事に有りつく事が出来て、

彼女が言った様に体を温めて、

良く眠った。

翌朝、眼を覚ますと…


幾分 体調が良くなっている。


昨日の夜、彼女が来てくれたお陰だな。





…え?


僕って…

彼女、居たっけ?



でも来てくれた彼女…

確かに知ってる。


う~ん、

誰だったっけ?


確かに、

彼女が作ってくれた食事を僕が食べた痕跡は…

テーブルの上にそのまま残って居る。





あれぇ~?

誰だろう。



自分で寝ぼけて作ったのかなぁ…

ただ、当時の僕は

料理をするといっても、

せいぜい肉しか入ってないカレーライスとか、味噌汁や麺類だけで、

中華炒めなど作った事もないし、

作り方だって知らない。

冷蔵庫の中だってカラッポで、

材料自体、家にはないのだ。

それにしても、

夕べ確かにこの部屋を訪ねて来た、

彼女の、顔や声も

何もかも

思い出せない事自体が不自然だ。


正月であるという事からも、

整備工場には鍵が掛かっていて

その鍵は、僕と社長しか持ってない。

整備工場の更衣室に僕の家の玄関があるので、

外からは、整備工場を通らなければ、

僕の部屋に来る事自体が、不可能。

学生時代に、インフルエンザで亡くなった恋人の霊が、逢いに来てくれたのかとも考えましたが、

恥ずかしながら定かでは有りません。

でも本当、誰だったのか…

20年以上 経った今も思い出す事は出来ないけど、

もしかしたら今こうして生きてる事だって、

そういう存在が居てくれたお陰なのかも知れません。


もし、あなたが

あの時の彼女だったとして、

この文章を読んで居たら、

伝えたい事がある。



あなたのお陰で、

今日も元気で やってますよ。


ありがとうございました。
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ディスクの王女
地の中の地
ヨーロッパとアフリカ大陸の天空

強靱・美・待機・創造・寛大・慈悲・保護・威厳・浪費・放蕩・延期

握り締めた富を解き放ち、新たなる富をめがけ旅立つが良い。

シフトのサインを表わすカード。

この時はひとつの段落の終結を受け容れると共に

新たなるフォーカスエリアに侵入するタイミングにあります。

活発な星はいずれバランスを失い、燃え尽きます。

次の道程へシフトする為に『動』から『静』へと心穏やかに調整を図り、

次のサインを待つ時です。

慌てる事はありません。

なぜなら

あなたに必要なものは、

あなたの未来の中に全て揃って居るからです。

そしてあなたが育てた種は、

今は、未だ芽吹いては居ませんが

しっかりと根を張り次の春を待って居るのです。

固い土を持ち上げて新たな命が誕生する時を待ちましょう。


今日も心穏やかに…豊かな一日であります様に☆


英樹出没情報☆


今日、水曜日は狸小路アリス出店日です。

僕の他にも多くの占い師が揃って居ます。

もし気が向いたら、遊びに来てくれると狂喜乱舞します!

乱舞は、

ちょっと言い過ぎました。
こんにちは。

子供の頃、祖母と眠るのが好きでした。

和服特有の糊の様なものなのか染料なのか解りませんが、その匂いが好きではないのに何故か落ち着く感じがしました。

静寂の中…祖母の寝室の仏壇が月明かりに美しく照らし出されて、神殿のようで神聖に見えるのも好きでした。

それに遺影に写る丸眼鏡をかけた祖父の頑固そうな顔が可愛くて好きでした。

僕が眠りにつく前に祖母は色々な話を聞かせてくれました。

祖父の部隊が中国大陸で爆撃を受け祖父が両足を失った事。

母の兄が戦死したこと。

もう一人の兄が終戦後、帰国して家に帰る途中、崩れて来た木材の下敷きになって即死したこと。

更にもう一人の兄は子供の時分に野壺に転落して死んだこと。

その時に自分の息子を大勢の村人と共に捜索した時の祖母の心境。

そして息子の亡骸を見た時の祖母の苦しみが、自分が出演する映画を見ている様に鮮明なビジョンとして私の心理の表層に浮かび上がってきました。

また、こんな話もしてくれました。

僕の母は14人兄妹の末っ子から2番目で、サハリン生まれです。

終戦後、祖母に連れられて、乳呑み児の頃に数人の兄弟姉妹と共に引き上げ船で帰国したのですが、航路でロシア軍(=ソ連軍?)の爆撃を受け祖母や母一行とその他大勢の邦人を乗せた船は撃沈されたのだそうです。

多くの犠牲者が出たようですが、祖母達は女子供だったからなのでしょうか?

運良く救助され、無事に帰国出来たという事でした。

祖母は十数年前に100歳を目前にして亡くなりましたが、僕の心の中には子供の頃に布団の中で思い浮かべた光景が今でも鮮明に思い出されます。

その話を母に話してみたことがありますが、『そういう話題を話してくれた事は一度も無かった』のだそうです。

私たちは現在、戦争の無い国に生きています。

しかし、世界中のすべての国に戦争が無いわけではありません。

今この瞬間にも…

様々なかたちで、罪のない国民や子供達も狙撃され処刑され、巻き込まれて死んで行きます。

それは切ない事です。

しかし、私はこの切なさを背負える事を誇りに思います。

私達の祖先は、朝鮮で、中国で、罪のない人々を処刑し虐殺し爆撃してきました。

そういう事が無ければ、得られなかった学びが在るからそうなったのだと私は思います。

私はそういった歴史の中から、そして現在に至っても展開され続ける戦争から何を学べたかな?

そして何を得るべきなのかな?

ただ言える事は…

国の為、平和の為と信じて罪のない人々を殺し続けなければ成らなかった、また今尚そうせざるを得ない世界中のあらゆる軍人達。

ありがとう。

あなた方のお陰で私は、そういう事をやめるべきだと思うことの出来る人になれました。

そして不自由と恐怖に怯えたまま涙を流すことさえ許されずに、儚くも黒焦げにされ、肉片と血飛沫にされ、時には切断され、襤褸雑巾の様に人生を終えなければ成らなかった子供達、大人達。

ありがとう。

あなた方が犠牲になってくれたお陰で私は、あなた方の命を愛おしみ、暴力に対する悲しみや、他人に対する思い遣りを再確認することが出来る人になれました。

戦争という混沌の中では、加害者・被害者の全てが犠牲者であると私は考えます。

戦争が亡くなれば良い?

世界平和?

それも良いでしょう。

私も将来的にはそうなれば良いと思います。

ただ、私の場合は『本当にそれだけで良いのかな?』と思うのです。

ただ、未だ私達にそこからしか学ぶ事の出来ない事が一つでも、また一人でもある間は、永遠にそこに有るべきなのかも知れません。

『悲しみ』が必ずしも悪い物だとはどうしても思えないのです。

日本の図書館には、過去の資料などが腐るほど有ります。

そういう環境に恵まれているのも何かの縁でしょう。

たまには、図書館にでも行って、そんな資料を基に、己の立ち位置を再確認してみるのもいいかも知れないんじゃかな?

という感じです。

では、良い一日を。