☆ 占い師・画家…人間のようなもの ☆ -69ページ目

☆ 占い師・画家…人間のようなもの ☆

画家・伝説の魔術師☆ 相馬 英樹 の愉快な毎日♪

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ソードのエース

風のカードです。

基本的なポジティヴカードでフォーカスの上昇や勝利を意味します。

また風は、どんな苦境の中に於いても、

その姿を自由に変化させる事が出来ます。

素晴らしいアイデアのカードでもあるので、

新しいプロジェクトなどを立ち上げるにも絶好のチャンスです☆

きっとイイ事、ありますよ~!

風は屋外で巻き起こるものです。

なのでキーワードは『屋外』『アウトドア』です。

家にじっとして居ないで、太陽の下に飛び出し “風” に身を委ねましょう!


今日も健康で面白い一日であります様に☆


英樹感激情報☆

明日から夢横町でのタロット出店復活します☆
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大アルカナXVIII 月

神秘的な力・秘められた力・根源・革命・復活・変化の前兆・投資・隠蔽

あなたの懐には、あなた自身気付かない力が秘められています。

その力は、あなたを次のフォーカスに移行させる為に必要な、あらゆるアイテムを兼ね備えています。

人には、それぞれ与えられた使命があり、

その行く先は自我の動向にかかわらず、偉大な力によって使命へと向けられます。

行く先に見えていた光を見失ったのであれば、流れに身を委ねるだけで良いのです。

あなたは全能からの雇われの身なのですから。

創造主はあなたに不安を強いて居らず、良い未来へと、希望を抱く様に促している。

創造主はあなたに苦難を強いて居らず、いくつもの選択肢を差し出している。

この時こそ、新しいシフトへの入り口です。

わくわくしながら参りましょう。


今日も皆様方にとって優雅で風流な一日であります様に。



英樹感激情報☆

今日から4月開催予定のワークショップへ向けての具体的な構築に入るよ。


乞うご期待。
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ディスクの4 力

俊敏・規律・執着・保守・安定・節度・秩序・体制

ブロックのカード。

人は、時として、

自分でも何だかおかしいな、と首を傾げて見せながらも、

噂の裏打ちがあるなしにかかわらず噂を広めたり、

自分にとって都合の良い仲間が言った陰口や噂話から、

他人にジャッジメントを下す事があります。

また過去に、自ら五感を通して経験した印象からしか、

様々な事象に対し、ジャッジメントを下す事が出来ない時があります。

いずれにせよ果たして、判断の必要はあったでしょうか?

結果として、

その自護に基づいた硬いブロックに被われたあなた自身は、

言わば、オイル交換が出来ない構造の 自動車の様な物です。

もしあなたに思い当たる事があるのなら、

あらためなさい!

あなたは、冒険や遊びが自分の生活に変化を齎す事を恐れ、

冒険や遊びを避けます。

個としてのアイデンティティーの投棄です。

古い体液を循環させたまま病んでいる自分にすら気付かずに居ます。

今日は、きちんと鏡の前に立って、

決して視線を外さずに己の姿をしっかりと見詰めてごらんなさい。

自分の名前は『真実』を意味するのだという事を、

自分に対して説明のつく様に声に出して言ってごらんなさい。

一つも やましい事は有りませんか?


このカードに描かれた要塞はあなた自身が勝手に設置した、

あなた自身を閉じ込める為の檻です。


厳しいメッセージでは有りますがw

僕自身、良~く心を研ぎ澄まして、

自分にやましい嘘が無いか、ジャッジしてみようと思います☆


今日も皆様方にとってニコニコラッキーな出来事の連続となります事を、お祈り致します。



英樹最新情報☆


今日は、

狸小路アリスの楽しい仲間達や周囲の友人と、カラオケに行く予定が有りましたが…

インフルエンザ潜伏期間を考慮して、参加を断念します。

また、せっかくの休みついでなので、このまま日曜日までゆっくり休む事にしま~す!
(※この日記は10年前から7年前頃までの日記を基にした回想録です。)


~前回からの続きです。


一般病棟…とは言っても保護隔離病室じゃないだけ。

で、男子閉鎖病棟。


朝、『相馬君、相馬君』と

カッちゃんが起こしに来る。


『何、何?』

『煙草、吸いに行こう。』

『煙草?無いよ。』

『俺のあげるから。』


早起きして、朝の看護士巡回が始まる前に、

3階洗い場にある鉄格子付きの扉を開け、

刺青のK山さんが隠し持っているライターでこっそり火を点け一服の時間。

至福のひととき。


8時15分から朝食なのだが…

此処は精神病院。

7時半頃になるとホールの東側には長蛇の列。


ホール前方のステージの様に一段高くなった所から、

並んだ者順にセルフサービスで配膳されるのだ。


早くから並んでる人は、いつも決まって居て、

その人達は多分、この病院で一生を終えるであろうと思われるタイプ。


何処がそう思える要素かは自分でも解らないが…

『何だか動物園みたいだな』、と思った。


カッちゃんは早く並ぶタイプの男で、

普段はニコニコと明るい表情をしているが…

そこに並んでいる時の眼は、一触即発。

ちょっと慌てたおじさんが割り込もうものなら…

物凄い形相で殴りかかって行く。


僕やK山さんは席に座ってテレビを観たり新聞を読んだり、

たまにK山さんは並んでる人達を見て、

やれやれ…という表情で苦笑いしていた。


割り込んだおじさんを突き飛ばしているカッちゃんを見て、

『ありゃ死ぬまで病院だな。』と言っていた。



そんな或る日、K山さんは男女混合の開放病棟へ行く事になってしまった。

朝の一服のライターは、

T嶋さんという礼文島出身の元警察官の人に引き継がれた。


K山さんは此処では僕にとって一番頼りに成る存在だった。


心細かったが、仕方が無い。

今度は、K山さんの舎弟みたいな感じの、

僕より10歳位歳上のI森さんという人が仲良くしてくれた。


閉鎖病棟だったが、僕やI森さんは午前中に外出許可を取れば

午後には財布と煙草を持って外出する事が出来た。


入院患者の入浴日は決まって居て、

週に二回。


ただ、食事の列と同じで数時間前から行列が出来る。

やはり行列の人達は、

この病院で一生を終えるであろうと思われるタイプ。

つまり、そういう意味でヤバそうな感じの人達ばかり。


先に入った人が浴槽で下痢糞を漏らしたり、

石鹸を喰って浴槽に吐き戻したり。


そんな事が日常茶飯事なので、

僕が入る頃には風呂の水は必要以上に濁って居り、

また濁って居なくても清潔な印象が持てない。


実質的に浴槽のお湯に浸かる事は出来ず、

身体だけ洗って出て来るしかないのだ。


そこで仲良しのI森さんと僕は、

夕方に病院から外出をして銭湯に浸かり、

脱衣場で缶ビールを2~3本飲んで帰って来るのが日課だった。


当然、

坑精神薬や坑鬱剤、安定剤や眠剤を多量摂取している僕達が、

外出時にアルコールを摂取して良い筈は無く、

院長にバレたら隔離病室に入れられるのは必至だった。


でも普通に、看護士は気付いてて、

『問診がある時は一本にしときなよ。』

なんてウインクしながら言ってくれた。


~つづく
(※この日記は10年前から7年前頃までの日記を基にした回想録です。)

~以下、前回からのつづき




その後起こるある事件を切っ掛けに…

あとから知ったことなのだけど、

僕が最初に運び込まれた保護室は、

過去に使われていたもので、

通常は現在使われておらず、

その広さからも想像出来るように、複数の人を収容する為の部屋だった。


暴れて血だらけになった僕は、

別の部屋に移されたが、同じ病院の同じ保護室とは思えない、

牢獄の様に頑丈な、鉄格子の狭い部屋。

本当に刑務所の独居牟の様な、イメージ通りの精神科の保護室。

僕を隔離するには好適な部屋だった。


廊下に沿って、いくつかの部屋が横に並んでいる造りで、

廊下に面して各部屋の入り口があった。


部屋の入り口の床側に、小さな食事の搬入口みたいなのが有って、

僕の部屋は一番端っこ。


廊下に向かって話し掛けると、廊下から誰かが答えてくれる(笑)

引っ越してぐに、2件隣の『カッちゃん』という人が、

『ねえ、新しく入ってきた人、名前教えてよ。』


『ああ、僕、相馬です。』


『相馬君、下の名前 教えてよ。』


『ああ、英樹です。』


『英ちゃん、かっぱえびせん好きか?』


隣の『コロちゃん』という人を介して鉄格子の間から貰ったもの。



それはもうこの世の物とは思えない…



なんというかスゴかった。



丁寧に折り畳まれ正方形の箱のような形状を保った状態、

その銘柄の二枚重ねティッシュペーパーの持ち得る強度耐性・張力などの

全ポテンシャルの限界を引き出したと云えるテクニックで包まれており、

中の品物は、直線に近い形状、かつ長さの等しい物を厳選したのだろう。

四本ずつ互い違いに四段に積み重ねてあり…合計16本。

僕が想定しうる限り、

最も美しい形態に組み上げられたかっぱえびせんが

贈られて来た。

だから、ほら…

みてごらん。

ティッシュペーパーを解いても、

崩れる事なく広がったティッシュペーパーの中心に


しっかりと鎮座している!

ね?




…やっぱり、ここは 病院なんだ~



贈られて来たかっぱえびせんが織り成す 

独特な世界感を堪能しつつ、僕は思った。


その夜、更に大変な事が起きた。


突然強制入院させられた病院で最初の夜に、突然起きた事件は、

社会的に、この病院の在り方を問われる、深刻なものだった。


次の日の朝、眼を覚ますと廊下の外が騒々しい。


廊下に何人もの警察官が居て、僕の隣の部屋を出たり入ったりしていた。


上半身を起こして黙って見ていると…


担架に載せられ袋を被せられた人っぽいものが、

救急っぽい人達によって運び出されて行った。


聞けば、こういう事だ。


・夕べ僕が寝てしまった後に、僕の隣の部屋に新しい患者が運び込まれて来た。

・僕の隣の部屋には、既にコロちゃんが居た。

・通常、既に患者の収容されている保護室に、新しい患者を受け容れる事は法的に認められていない。

・一般病棟・保護病棟共に満室であり、夜なので整理しようにも時間と人手が足りない。

・頼みの綱の旧病室は、不幸にも昨日緊急入院した相馬英樹により破壊され使用不能である。

・新しい入居者とコロちゃんはウマが合わず、喧嘩した。

・新しい入居者は、頭に来てコロちゃんを殺してしまった。

・僕らの様子を見に来た看護士が様子がおかしい事に気付いた。


なにはともあれ、コロちゃんは殺された。


この事はニュースになり、僕の入院している病院は各界から叩かれた。

この事件は、その後この病院の改築工事や、システムが全面的に変わる切っ掛けに成った。


その日、物々しい現場検証が行われるとあって、僕達『保護室組』は、

一時的に食堂ホールの傍らに2部屋ある古い一般病棟に移された。


昨日あれだけ暴れた僕も、自分が寝ている傍で…

殺人事件が起こったという事実を前に恥ずかしながら動揺が隠せず、

妙に日頃の攻撃性を失い、

午前中は点滴を打ちに来た美人の女性看護士を口説いて遊んだ。


食事は食堂ホールで、

それぞれ気に入った場所に座って食べるのだが、


空いている席に座った途端、鋭い眼力の男から

『そこはダメだ!』

…と怒鳴られた。


こういう病院の患者に、

その人が持っている以上の人格を期待しても無理だろう。


別の席を探そうとキョロキョロしてると…

いかにもスジ者っぽい嫌な感じのおっさんが、満面の笑みを浮かべて

『兄ちゃん!ここに来い!』と自分の隣の席を指して叫んでくれた。


肌を露出した全ての部分に刺青がチラ付いていて『逆にヤだな~』と思ったけど、

この出逢いは、その後の入院生活に於いて、

とても重要な出逢いとなった。


その病棟は東病棟と云って、

東西南北ある内の東側に位置する病棟で、男子閉鎖病棟。


北と南が女子閉鎖病棟で、

西が男女混合の開放病棟となる。


まあ、

その日の午後は、

綺麗な看護士も居ず、

殺人事件のことで気分が優れず、

何本でも

いつまででも

煙草ばかり吸っていた。


~つづく
今日は苫小牧のイベント出展予定でしたが、

先週末からインフルエンザかな~と思ってたら、

一昨日確定したので、

混雑するイベント会場で、感染さない為、断念しました。

体調は良いので、妻と二人
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川沿まで散歩して来ました。
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川沿イオンのミスドでコーヒー飲みながら、
ビジネスや新しいお家サロンなんかについて、
ワクワクしながら話しました。
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楽しかったよ~☆

食器とか旅行バッグとか靴とか、沢山ウィンドウショッピングして、
高級毛皮とか催事してたので、最後にじっくり眺めて来ました~

帰りは藻南廻りのバスに揺られながら、ずっとニコニコとお喋りしながら帰って来ました~。

気分が良いので、
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パスタ作りました。

アサリとトマトの相性に戸惑いましたが、普通に美味かった~

残ったアサリで一杯やってます☆
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ソードのエース

風の源

成功・勝利・知識・栄光・武器・新しいフォーカス


あなたの中で勝利を以って

ひとつの大きな区切りが終息し、

新たなる時代のキーワード『勝利のカギ』を受け取る時です。

この時に、新しいプロジェクトの閃きを創造主に委ね、

アクションを起こさないと、

たちまちチャンスは遠ざかって行きます。

今日は一番最初にあなたが思いついた事で良いので、

何か一つ、あなたの中で新しい事を始めるには最適です。

たとえば、僕の場合なんかは、

今までは面倒で出来なかった『歩く日課』を始める、

或いは、

長期的な断食の最初の日としても、

とても適して居ます。

とかね。

ただ、実はインフルエンザにかかっており、

明日位までは潜伏期間なので、

やはりいずれにせよ、創造主に委ねます。

今日も新鮮でハッピーな一日であります様に!


英樹予定変更のお知らせ

英樹はインフルエンザでした。

昨夜には既に体温も安定し、徐々に体調も良くなりつつありますが、

明日ぐらいまでは潜伏期間である可能性が有りますので、

予定して居た本日の狸小路アリス、

及び明日の苫小牧茶飯やMayさんでのイベントへの参加は、

NGとさせて頂きます。

苫小牧イベントでは、

満杯の御予約頂いて居たのにも関わらず、

今回はご迷惑をお掛けしますが、懲りずに、

また次の機会に来て下さると幸いです。

(※この日記は10年前から7年前頃までの日記を基にした回想録です。)

~以下、前回からのつづき

子供の頃、特に何が有るという事もなく…


幼児の中にたまにそういう子が居ると思うけど、魂の高揚が抑え切れず、

調子に乗って衝動的に『変顔』をしてみたり奇声を発したりしていると、

そんな僕に母はよくこう言った。


『またお前はバカ真似ばかりして!』

『そんな事ばかりしていたら“キチガイ病院”に連れて行くからね!』

僕には3歳歳下の弟が居るのだが、

僕の弟は幼い頃から訳あって知能に発達障害が認められ、

その上、一見てんかん風の原因不明の心臓発作を起こし、

何度も何度も死の淵を彷徨ったのだろう。

彼は子供時代の殆どを病院などの施設で過ごした。


当然、僕の母は弟に付きっ切りで、

父は朝早くから夜遅くまで仕事があった。


そんなわけで、

僕は5歳位から、小学校高学年に架けての大半を、

近くに住む母の姉達の家に預けられて過ごした。


弟の居る病院の向かいに、母の言う『キチガイ病院』が在った。

或る日、弟の病院に行った夕刻。

帰り掛けに父親より先に病院の外へ出ると、


辺り一面に嬌声が響き渡っていた。


それはオレンジ色の夕焼けに輝いた日暮れの街に…

悲しく、激しく響き渡ってた。


『キチガイ病院』の1階にある小部屋の鉄格子から、その声は聞こえて居た。


まだ20歳に満たないであろう女性が

鉄格子を両手でつかみ、外界に向かって…恐怖に怯えた瞳をしっかりと見開きながら、

『おかあさぁぁ~ん!!』と、

一定の短い間隔を擱いて連呼していた。


彼女は狂乱していたが廃人ではなく、意思・情念に満ちていた。


あの頃の僕は未だ幼児ではあったが、物凄い悲しみが込み上げて来て、

『うゎ~~』っと涙を流しながら、

その女性の叫ぶ姿から眼を逸らす事が出来ずに見詰めていた。


現在でもあの女性の、

何処にもぶつけ様の無い情念が鳴り響く日暮れの街を思い出すと…

涙が溢れて来るのだ。


母は、まさか自分の息子が、かの『キチガイ病院』に入院する事になるとは、

思ってなかったのだろう。


僕が精神病院に入院する事になって、

当時の妻は働く事に忙しかったので、

心細そうな母に連れられて、

お昼ご飯に、

大通り地下街オーロラタウンの銀座ライオンで長崎ちゃんぽんを食べ、

タクシーで精神病院へ、行ったのでした。


精神病院の待合室の空気は深緑色で暗く、

煙草の煙と其処に存在する人々の発する異質かつ不快な『氣』が充満していて、

其処に居るだけで発狂しそうだった。


そして間もなく、発狂してしまった。


あちらこちらに置かれた灰皿を蹴り倒し、

待合室や受付の前に置かれているありとあらゆる設備を引っ繰り返した。


止めようと駆け付けた大勢の男性看護士が取り押さえようとしても、僕は暴れ続け、


失神した隙に、麻酔薬を注射する事でその場は収まったという事を、

あとになって聞いた。


気が付くと僕は広い白い部屋の中心に置かれたパイプベッドの様な物に拘束帯で固定された状態。


何だか口の中が埃っぽく感じられた。


風と虚無の音が聞こえるだけで、辺りに人の気配はない。


僕は、ただ眼を見開いて、

ただ白いけど汚れただけの天井を見詰める他無かった。


何時間経っただろうか。


数人の看護士が来て僕に事情を話し、拘束帯を外してくれた。


さっそく水を貰って飲み干す。


『相馬さんの場合は、まず2~3日入院して様子を見ましょう。』


不安に思った通りの流れになってしまった。


広い保護室に一人取り残された僕は部屋の角にあるトイレで小便をしたのですが…


流し方がどうしても解らないのだ。


レバーのような形状のものは便器の周りになく、

色々な部位を押したり捻ったりしてみたが、

全く解らない。


木製の扉の小さな窓に嵌め込まれた鉄格子に向かって

『すいませ~ん。』と言ってみるが

誰も居ないのか返答はおろか人の気配すらない。

最初は用事が有って呼んだのだろうが、

呼び続ける内に用事よりも『怒り』にウエイトが傾いてきた。


その時の僕の境界線に到達した瞬間、鎖を噛み切った狂犬の様に、


僕は渾身の力を込めて木製の扉に体当たりしたり、

飛び蹴りを喰らわせてダメージを与え始めた。


意外にもこの精神科の扉は、僕のささやかな攻撃に敢えなく蹴り破られ、

勢い良く走り出した僕は迷路の様な廊下を走り続け、

またしても立ちはだかる看護士詰め所の木製扉に向かって、

猛タックルして破壊すると共にひとりなだれ込んだ。

なぜ僕はそんなにも暴れなければならなかったのかも謎だし、

キチガイが何百人も居る病院の扉がなぜ老朽化した木製だったのかも今となっては解らないが、

そうなのだから仕方がない。

非常時の表情の割には隙だらけの看護士達に向けて、

『死ね!バカ共!』

などと原始的罵声を叫びながら、

卓上の書類や医療小物等を彼らに叩き付け、

窓ガラスという窓ガラスを手当たり次第に手にした長い棒状の物で叩いて暴れた。


しかし今度は柔道部出身の身体の大きな看護士と、

体育会系の数人の看護士に力まかせに拘束帯を架けられて惨敗し、

詰め所の中のベッドに寝かされた。


気が付けば、パジャマの様な薄着で、

身体をあちこち損傷しながら、孤独に戦ったのだろう。

腕やら足やら額やら打撲やら突き指やら身体中に各種の怪我ができてヒリヒリしている上、

温かな血の道筋が感じられた。


~つづく

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ソードの6 科学

的確・明瞭・実験・克服・知性・明確な目標

お久しぶりです。

すいません。

体調を崩して寝込んでました。

皆様お元気でしたか?

私は、もう少しで本来の自分を取り戻せそうです。

さて、

人は、苦難に巡り会うと、

『どうしてこんな事になってしまったのだろう?』

と、嘆きながらも苦難を乗り越えるならまだしも、

挑まずして 苦難を回避する為に、

様々な方法で、それをやらない理由を考える場合があります。

一方『苦労は買ってでもしろ。』と言う人も居ます。

あなたはどちらだと思いますか?

ただ、苦労は売ってません。

一人の人間の一生に於ける目的が、

カルマの咀嚼・消化だとするならば、

『苦労』は、宇宙から出された宿題なのではないかと私は思うのです。

教育課程では、面倒だからと宿題をやらなかったなら、叱られます。

経験ありませんか?

難しい宿題を出されて、『オーマイガーッ!どうしてこんな事になってしまったのだろう?』

頭の良いあなたには無かったかも知れませんがね…

宿題を回避し続けても、

それを有り難く受け止めて乗り越えるまでは同じ問題の繰り返しです。

それどころか、問題の難易度はますますレベルアップして行きます。

難しい問題の上に次から次へと、更に難しい問題が上積みされて行くのです。

結果、卒業出来ずして寿命を迎えます。

そうなった場合、どうなるかと言うと…


それは、

なってみた人にしかわかりません。


脱線。


このカードの意味は、

あなたの苦労や困難を乗り越える為のカギ、つまりヒントが、

この時に受け渡され、

あなたの夢見る未来や目標へと繋がるだろう、という事です。


きょうも穏やかで爽やかでハッピーな一日であります様に。


(※この日記は10年前から7年前頃までの日記を基にした回想録です。)

~以下、前回からのつづき


病気になる以前の僕はというと…

デパートの従業員であり。

自動車整備士であり。

洗濯屋に勤務していた。

いくつか他の仕事も。

当然どの仕事もそれぞれ僕にとっては『大変』だった。

そんな僕がいつも心に思うのは、

『いつか自由になりたい!』

…という事。


そうして、僕は病気に成った。


膠原病→自殺未遂→鬱病→その他

病気になった事で『障害者』という肩書きにより、

社会と自分との間に隔執が生じた。

そして障害者年金、

障害に苦しむ人を思うと、不適切な表現になるかも知れないが、

実際にそれを受けて僕が感じたままを書くと、

地下鉄もバスも乗り放題で、

下手なサラリーマンより優雅に暮らせる。

もう、当分はデパートにも整備工場にも、洗濯屋にも出勤しなくて済む。


ただ、


病床で、自由を手に入れた僕は思った。


『自由になりたい!』


『自由になって、もう一度、社会に戻りたい!』


本を読む時間も映画を観る時間もある。


だけど、僕が手に入れたばかりの自由を振り捨てて選んだのは、

“自由”な年金暮らしではなく、

社会の中で堂々と生きる 自由だった。


社会の中で、いつも漠然とした何かに苦悩していた頃の自分と比べて、

病の床で何もせずとも暮らして行ける自分が、

比べる価値も無いほど『不自由』で或る事が

心に痛い程、骨身に染みて

解ったのだ。

そうして、今度はデタラメの履歴書を書き、一人で色んな所に面接に行った。


連れが居た時とは違って、中々、一人で『虱潰しに会社訪問する』のには勇気が必要だった。

それでも飛び回ったんだ。

勇気を振り絞ってね。

~不発だけど。


そんな或る日、友人Nから電話が来た。


『英ちゃん、俺と別海行かない?』


野付郡 別海町 尾岱沼

実際にそこで暮らし続ける人には失礼だが…

市街地と呼べる土地に生まれ育った僕にとって、

その家が友人Nの幼馴染の所有する廃墟だった事も大いに影響するだろうが、

その町での生活は、古代人に近い物があった。


家の玄関から15秒で野付湾。

決して泳げない海。

綺麗だった~
     
毎朝、こうして海辺を散歩しながら歯を磨いていた。

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下水道は無く、トイレは全てぼっとん便器。

更に僕の家のストーブは壊れており、

極寒の中、室内で半円筒状に切断したドラム缶に

薪をくべながら夜を堪忍んだ。

また、ガスコンロが破損していたので…

半円筒ドラム缶の薪の炎を利用して、

水産加工場で貰ったイカやホタテ、北海シマエビ、鮭、

近所の農家で貰ったイモやタマネギを炙って原始的な食文化を満喫して居た。

ただ、僕がここへ来て間もなく、

友人Nは、

体調を崩して札幌へ帰ってしまった。

休日。

午前中は隣接の物置を加工した様な水産加工場にパートの叔母さんが二人と、

一人乗りの漁船とその漁師が水揚げに来るが、

朝9時を回ると俺以外の人物はひとりも居ない。

テレビとラジオはあるが、一局たりとも受信出来ない。

当時契約していたAUの着せ替え携帯だけが情報源だった。

時には一日中、人と会う事もなく過ごした事もある。

家から10キロ以上離れた水産加工場に、

自転車で通ってた(冬は徒歩)けど、

秋の新巻鮭のシーズンなんかは、就業時間が午後20時を超える事もしばしばで、

漁港からちょっと離れると、

街灯が一つも無いので、道も空も何も見えないのだ。

野犬の群れに襲われ流血した事も有ったけど、

今もこうして生きてる。

素晴らしい事がたくさん有った。

家のベランダから左側には、蒼く美しく冷たい、深い海がうねり…

そこから見える岩石の小さな島に、オオワシが住んでた。

大鷲がどうということは無いのだけど、眺めていると何だか…涙が溢れるほど気分が良かった。

僕の住処と、直線距離にすると100メートル足らない所にオオワシが住み…

人間の住む、隣の家までは…2キロ以上あり、自転車で軽く10分掛かる。

毎朝、家の傍の電柱にくくりつけられたメガホンから、

その土地の歌手の物と思われる 『 此処に来なければ絶対に生涯聴く事が無かった筈の演歌 』 が流れ、

週に一度位の頻度で『午前○時に近くで熊が出たので無防備に家から出ない様に。』という忠告が有り終日家で過ごす日もあった。

滅多に晴れることは無いが…それでも晴れた日には

家から数分の白鳥台からトドワラの向こうに国後&択捉方面が綺麗に見渡せる。


給料が入ると、村に三件ある居酒屋の内のどれかに出掛けたが、

大抵は気のいい漁師がなぜか酒を奢ってくれた。

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悪い生活ではなかったが、

廃墟では、余りにも寒過ぎて、

町営住宅への入居は絶望的に難しいという事だったので、

これも、新たな道標なのだろう…と、

美しく優しい村に別れを告げて、

札幌へ帰って来た。


~つづく