こんにちは。
子供の頃、祖母と眠るのが好きでした。
和服特有の糊の様なものなのか染料なのか解りませんが、その匂いが好きではないのに何故か落ち着く感じがしました。
静寂の中…祖母の寝室の仏壇が月明かりに美しく照らし出されて、神殿のようで神聖に見えるのも好きでした。
それに遺影に写る丸眼鏡をかけた祖父の頑固そうな顔が可愛くて好きでした。
僕が眠りにつく前に祖母は色々な話を聞かせてくれました。
祖父の部隊が中国大陸で爆撃を受け祖父が両足を失った事。
母の兄が戦死したこと。
もう一人の兄が終戦後、帰国して家に帰る途中、崩れて来た木材の下敷きになって即死したこと。
更にもう一人の兄は子供の時分に野壺に転落して死んだこと。
その時に自分の息子を大勢の村人と共に捜索した時の祖母の心境。
そして息子の亡骸を見た時の祖母の苦しみが、自分が出演する映画を見ている様に鮮明なビジョンとして私の心理の表層に浮かび上がってきました。
また、こんな話もしてくれました。
僕の母は14人兄妹の末っ子から2番目で、サハリン生まれです。
終戦後、祖母に連れられて、乳呑み児の頃に数人の兄弟姉妹と共に引き上げ船で帰国したのですが、航路でロシア軍(=ソ連軍?)の爆撃を受け祖母や母一行とその他大勢の邦人を乗せた船は撃沈されたのだそうです。
多くの犠牲者が出たようですが、祖母達は女子供だったからなのでしょうか?
運良く救助され、無事に帰国出来たという事でした。
祖母は十数年前に100歳を目前にして亡くなりましたが、僕の心の中には子供の頃に布団の中で思い浮かべた光景が今でも鮮明に思い出されます。
その話を母に話してみたことがありますが、『そういう話題を話してくれた事は一度も無かった』のだそうです。
私たちは現在、戦争の無い国に生きています。
しかし、世界中のすべての国に戦争が無いわけではありません。
今この瞬間にも…
様々なかたちで、罪のない国民や子供達も狙撃され処刑され、巻き込まれて死んで行きます。
それは切ない事です。
しかし、私はこの切なさを背負える事を誇りに思います。
私達の祖先は、朝鮮で、中国で、罪のない人々を処刑し虐殺し爆撃してきました。
そういう事が無ければ、得られなかった学びが在るからそうなったのだと私は思います。
私はそういった歴史の中から、そして現在に至っても展開され続ける戦争から何を学べたかな?
そして何を得るべきなのかな?
ただ言える事は…
国の為、平和の為と信じて罪のない人々を殺し続けなければ成らなかった、また今尚そうせざるを得ない世界中のあらゆる軍人達。
ありがとう。
あなた方のお陰で私は、そういう事をやめるべきだと思うことの出来る人になれました。
そして不自由と恐怖に怯えたまま涙を流すことさえ許されずに、儚くも黒焦げにされ、肉片と血飛沫にされ、時には切断され、襤褸雑巾の様に人生を終えなければ成らなかった子供達、大人達。
ありがとう。
あなた方が犠牲になってくれたお陰で私は、あなた方の命を愛おしみ、暴力に対する悲しみや、他人に対する思い遣りを再確認することが出来る人になれました。
戦争という混沌の中では、加害者・被害者の全てが犠牲者であると私は考えます。
戦争が亡くなれば良い?
世界平和?
それも良いでしょう。
私も将来的にはそうなれば良いと思います。
ただ、私の場合は『本当にそれだけで良いのかな?』と思うのです。
ただ、未だ私達にそこからしか学ぶ事の出来ない事が一つでも、また一人でもある間は、永遠にそこに有るべきなのかも知れません。
『悲しみ』が必ずしも悪い物だとはどうしても思えないのです。
日本の図書館には、過去の資料などが腐るほど有ります。
そういう環境に恵まれているのも何かの縁でしょう。
たまには、図書館にでも行って、そんな資料を基に、己の立ち位置を再確認してみるのもいいかも知れないんじゃかな?
という感じです。
では、良い一日を。