☆退廃的日常・退院 | ☆ 占い師・画家…人間のようなもの ☆

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画家・伝説の魔術師☆ 相馬 英樹 の愉快な毎日♪

老人病院に強制入院させられて何日かが経った。

僕より2~3歳年上のDさんと僕以外の入院患者は、

言葉も通じない痴呆症のお年寄りばかり。

それでも僕は、時折り其処に居るのが何故か心地良く感じる事もあった。

痴呆症で言葉の通じないお年寄り達と、

アイコンタクトで会話していると、

時々だけど、ビックリする位しっかりとした反応が返ってくる。

そうでなくても、

まるで小さな子供みたいに純粋な瞳を輝かせて。

ニコニコと優しい笑顔を向けてくれる。

それが時には、幸せだった。

むしろそれ以外の楽しみを病院で見つけるのは困難だ。

何となく、『僕はこのまま、ここで死ぬのかな?』と考えてた。

どんな要因だろうと、

死を決意した結果ここに居るのだから、それも止むを得ないか。


Dさんは外出届を提出すれば、午前中は買い物に出掛ける事が出来た。

僕は、栄養失調と拒食が続いており、

点滴と『エンシュアリキッド』という流動食で栄養を補っている状態で、

医者や看護師から見ると不安の対象なのだろう。

外出を申し出たが、

なかなか許可しては 貰えなかった。

入院して少し経った或る日、Dさんが話し掛けてくれた。

『外出時に内緒でウイスキーを持ち込んだので夜の巡回が終わったら一緒に飲まないか?』という悪魔の囁き。

僕は拒食症だけど、酒は余り気にせず飲むので、二つ返事で承諾した。

何より痴呆症の老人ばかりの病院で普通の若い人と話せる事が、

とてつもなく特別なことの様に、嬉しかった。

ウイスキーの入った紙コップを揺らしながら、

かつての社会生活が 如何に贅沢で幸福だったことか…

身をもって感じた。

ウイスキーは、ダルマ。

つまり『サントリーオールド』だが、二人であっという間に空けた。

話題は、Dさんの病気の話や、僕が此処に運ばれて来た経緯なんかで。

特にテンションの上がる内容では無いが、

何だか修学旅行気分みたいで妙に盛りあがった。

それが切っ掛けっていう訳じゃあ無いけど、自分の為に、

徐々に食べ物を食べても、吐き出さずに我慢する様になった。

汗だくになりながら、

入院二週間目には、

柔らかめの粥を少し、

一月目には蕎麦を食べられる様になった。

体重が50キロを越えた頃には、

午前中に近所のスーパーまで買い物に行く許可が下りた。

僕は、スーパーに出掛けた記念に『ワイルドターキー』という、バーボンウイスキーをこっそり病棟に持ち込んだ。

Dさんを誘って、

看護婦の巡回後に杯を交わして居ると、

廊下で慌しく看護婦が走り回っているのが聞こえた。

人が亡くなった空気。

亡くなった老人が誰なのかは、

僕もDさんも何故かすぐに解った。

何が面白くてそうしているのか、いつも歯の抜けた笑顔の可愛らしい、

アカウミガメの様な顔のIさん。

自然と、亡くなったIさんへの追悼の杯になって、

在りし日のIさんの人生を想い、

それはそれでしんみりと良い時間だった。

そんな日々も過ぎ、

Dさんも先に退院してしまい、

すっかりつまらなくなってしまった或る日、

バイク仲間のSが面会に来てくれた。

・『英ちゃんがこんな病院に居るべきではない。』

・『こんな所に何時までも居たら英ちゃんの為に良くない。』

・『事務局に問い合わせたら身元引受人が居ればすぐにでも退院できると言っていた。』

・『俺が身元引受人になってやるから、すぐ退院しろ。』

僕は、

異装や離婚・病気の事など、様々な事情が重なって両親から勘当されていたので、

こういう切っ掛けでもなければ、

退院は難しいだろう。

そういう訳で、僕は…

担当医と退院前の面接をすると、

取り敢えず突然、殆ど何の前触れもなく退院した。

~つづく