メリークリスマス!
メリーって誰やねん…
あなたは誰とどんなイブを過ごしますか?
今日も私は相変わらず点描を描いたり、タロットを並べるなど、どうしても早急に片付けたい仕事があります。
ありがたい事です。
ありがとうございます。
今日は…夕方には仕事を切り上げて家族で鶏肉料理とケーキを作り、食べながら過ごす予定です。
今日は16回目の天描オラクル。
『 free as a bird(鳥のように自由) 自己の確立・独立 』

(どこへ行くのかは、自分自身の意思で決めればいい。)
昨日は家族でピザを焼きました。


ビールとピザの組み合わせって、魅力的ですよね
『ずるいこうもり』という童話絵本があるのを知っていますか?
概要を簡単に説明しますと…一匹のこうもりが居まして
森には哺乳類と鳥類が対立して居ます。
こうもりは、どっちつかずの八方美人振りで哺乳類の傍に居るときは哺乳類にとって都合の良い事を言って機嫌をとり、鳥類の傍に居るときは鳥類にとって調子の良いことを言っておだてます。
あっちへ行ったり、こっちへ来たりを繰り返すうちに、『こうもりのやつ、一体どっちの味方なんだ?』ということになり、やがて哺乳類からも鳥達からも毛嫌いされて、動物たちの話し合い会議にかけられ、村八分になってしまう、と言うお話です。
この童話を読んだ子供達の誰もが、『こうもりみたいにはなりたくない!』と思ったことでしょう。
しかし、私は他の子供達のようには思いませんでした。
どう思ったかというと…『こうもり、可哀想。』
私は、この童話の中で出会ったこうもりは、とても孤独で寂しがり屋さんだったのではないかと思ったのです。
子供だった私の、小さな脳の中では、別の観点からこの童話を解釈していました。
その解釈では、次のようになります。
一匹のこうもりが居まして
森では、哺乳類の群れと鳥達の群れが、対立しています。
こうもりは、これまでどちらの群れにも加わった事がなく、どうしたかというと…
ある時、自分と似た種族である哺乳類の味方につきました。
ところが、こうもりには、鳥のように自由に空を飛ぶことが出来る翼があります。
哺乳類の友人達は、自由に空を飛びまわるこうもりを見て、口々に…
『見ろよ、あいつ鳥のようだぜ!』『羽が在る奴のいうことなんか信用するものか!』といいました。
やがて、こうもりが話しかけても誰も返事をするものは居なくなり…
こうもりは、寂しくなって自分の気持ちを解ってくれそうな友達を探しに出掛けます。
ある時、こうもりが空を飛んでいると…自分と同じ様に空を往く、鳥達の群れに会いました。
こうもりは『一緒に飛ぼうよ!』と言って鳥達と会話を楽しみながら、自由に空を飛びまわります。
しかし、こうもりの翼には、鳥達の様に美しい羽はなく、全身を哺乳類の様な真っ黒い毛で覆われています。
やがて鳥の仲間達は、毛むくじゃらのこうもりを見て…
『見ろよ、あいつけものの様だぜ!』『毛むくじゃらの奴の言うことなんか信用するものか!』と、いいました。
やがて、こうもりが話しかけても返事をするものは居なくなり…
こうもりは、またまた一人ぼっち。
これだと、『ずるいこうもり』ではなく『不運なこうもり』或いは『一人ぼっちのこうもり』ですよね。
恐らく、この童話の作者にして見れば『八方美人は嫌われますよ。』というメッセージなのだと思うのですが…
果たして、そうでしょうか…
たしかに『八方美人』という言葉を、良い意味で使って居る人を見たことがありません。
一人の人が、あっちへ行けば行ったで、あっちに居る人が幸せになるような事を言い
こっちへ来れば来たで、こっちにいる私が幸せになるような事を言ってくれる。
…それの、どこがいけないのでしょう。
私は良く人に対して『今日は一段と輝いてますね。』『いつも思うのですが、あなたは美しい人ですね。』『素晴らしい!』という様なことを言います。
勿論、本当にそう思わない時には、何も言いません。
『ありがとう、そんなこと言ってもらえるなんて…嬉しいじゃないですか~テンション上がります!』という人も居れば
『皆にそんな風に言ってるんでしょう!八方美人には騙されませんよ。』という人も居ます。
照れて居るだけだとは思いますが…『八方美人』という言葉は、例えばこんな風に使われて居ますよ、という一例です。
気になって、ネット検索で一番最初にヒットした辞書で調べてみると…
八方美人とは…だれに対しても、如才じょさいなく振る舞うこと。また、そのような人。どこから見ても欠点のない美人の意から。▽「八方」はあらゆる方向。この言葉は、悪い意味で用いられることが多い。
…とあります。
何故、悪い意味で用いられるのでしょう…私は知っています。
悪い意味で受け取るのも、良い意味で受け取るのも、自由です。
私は、ずるいこうもりの様に、嫌われようとも、八方美人であり続けることでしょう。
(どこへ行くのかは、自分自身の意思で決めればいい。)
このメッセージから私が受け取った事は、『ずるいこうもり』で在り続けようという決意でした。
全ての事象は…受け取ってもイイし受け取らなくてもイイ。
全ての行動は、やってもいいし、やらなくてもいい。
全ての努力は、頑張ってもいいし、頑張らなくてもいい。
人というのは、常にニュートラルな存在であり、個が個のタイミングでシフトする、或いはシフトしない事を選択できます。
全てが、『どっちを選んでも良いのだ。』という、現実をハッキリさせた上で、どっちを選ぶかの選択肢が与えられているのです。
それが『自由』というものの本質であると、私は考えます。
童話の中に出て来たこうもりが、その時の自分の心を制限してまでも仲間はずれになりたくないのなら…
哺乳類と鳥類、いずれかの派閥の群れに所属することも出来たでしょう。
私が解釈する『ずるいこうもり』が選んだのは、自由であると同時に孤独である…逃げ場も混じりっけもない、『個性』という真実でした。
free as a bird…常にあなたは…未来という名の、何の制約もない、自由にどこへでも行ける翼を持っています。
相馬 英樹




























