こんにちは。
二日間、遊びと仕事で天描お休みしてました。
26日は我が家で忘年会でした。
総勢17名。

持ち寄りの宴会なので、忙しい人は自分なりにオススメの一品を購入して持ち寄り…
料理自慢の人は、腕によりをかけた…今年度最高の逸品を持ち寄りました。

17名の中規模宴会にそぐわない狭い我が家のテーブルではありますが…
いつもどおり狭いながらも楽しい我が家。

酒に酔い、人に酔い…各々の会話も弾み、ついつい食べ過ぎてしまう夜。
お陰で昨日27日は食欲がなく、大好物の羊羹と妻の実家から贈って頂いたミートローフで一献。


今朝は冬休みに入った小学3年生の息子がフレンチトーストを焼いてくれました。

程好く狐色に焼きあがった表面を、クリスマスケーキ作りで使った粉砂糖で飾ってくれました。
粉砂糖の如く吹雪き舞い上がる雪を眺めながら、小さな手で作られた大きな愛…有り難く頂きます。
味も中々なものでしたよ。
今日で天描オラクルは、18回目となりました。
『 celebration (祝い) 両極の融合 』

(インスタントの時代から、ムズカしい~…を愉しめる時代へ。)
人は皆、人との関わり合いの中で、時に悩んだり、時には衝突したり…
試行錯誤を繰り返しながら、妥協点と互いの中立点を模索して生きています。
両極の融合…それも一つの愛の在り方と言えますが、決して簡単な事ではなかった筈です。
人と人との関係はもとより
対人間ではなく、対社会ともなると、数え切れない人間の思考や想念が入り交わって、互いの関係性の中立点を模索してゆくわけですから、更に難題…並大抵の事ではありません。
私自身、出逢う社会の中で、ついついカンタンなものを選んでしまったり居心地重視で、社会と関わってきたような気がします。
しかし、効率化重視の社会では、機械を導入することによって動力に必要となる電気を作るために膨大な資源を燃やし、地球を痛めつけます。
難しい事はコンピューター任せにして、かつては自分達の力でやって来たことを、効率性重視で機会の力に頼りすぎていると、人間の本来持ち得た力は、どんどん退化してしまうんじゃないかな…と思う今日この頃です。
効率が良くなるという事は、より良い未来に繋がる筈なのですが…
果たして私達が積み重ねて来た効率重視の社会の中で、人は以前よりも住み心地の良い環境・より居心地の良い職場・より健康な心身・より素晴らしい国家・より美しい地球を、手にすることが出来たのでしょうか…
スーパーの食品コーナーは、安心で安全な食材や食品に埋め尽くされて居るでしょうか…
国家は、国民一人ひとりの豊かな未来の為に、総力を上げて協力してくれて居るでしょうか…
会社社会は、睡眠時間や適度な休息を与え、心理環境ともに、社員一人ひとりの生活を考え個性を尊重して居るでしょうか…
地球は私達の進化と並行して、どんどん綺麗になって居るでしょうか…
私達の食品に対する意識を例に挙げてみると、進化の過程と、人の生き方との結び付きを解りやすく見知る事が出来ます。
かつて食品業界に、添加物の採用により食品の賞味期限を長持ちさせ、生産行程のオートメーション化による『進化?』あってこそ成立する、インスタント(簡略化)文化の時代が到来。
このセンセーショナルな動きは、人々の生活に、様々な意味で著しい変化を齎しました。
インスタント脳・デジタル脳の私達には、ちょっと面倒な重たい話題になりそうですが…
社会・産業は経済効果の向上に尽力し、金と時間と言った…所謂プライバシーにあたる領域をコントロールする事によって、個性や人格を奪い、便利で従順なステレオタイプの人間を、量産して来ました。
居住空間もインスタント化され、巨大なコンクリートの箱の中に幾つもの閉塞された空間を作り…結果、人間関係もインスタント化(簡略化)されて行きました。
生産効率重視の社会構築…当然、金の稼ぎ方もインスタント化され、挙げ句の果てには、『人間の生き方』そのものが、無意識の内に、マニュアル化されて来たのです。
効率化が行き着いた先には、更なる効率化…
日本の様に、殆んどの人が衣食住を保障されて居る先進国(富裕社会)の中で、効率化重視の歴史が育んだDNAに侵食された人間の頭の中は、『いかに苦労をせずに大金を手にするか』という本能を構築。助長して来ました。
やがて、平気で国民を騙し…税を搾取し、愛だとか…人の真心の様な綺麗なものを踏み躙り…命を軽んじる国家の下で
もう既に、一部の若者の間では、老人がその半生を賭けて紡いで来たであろう、なけなしの財産を奪い、いかにずる賢く生きるかという、ゲームを競う生き方が流行して居るのです。
既に、ちょっと前まで従順な一般社会人だったステレオタイプが…リストラされ、デジタル脳にバグが発生して、人を殺したりコンビニを襲ったりしてしまって居るのです。
(インスタントの時代から、ムズカしい~…を愉しむ時代へ。)
食品も、インスタントの時代から、元来在るべき形に回帰しつつある現代。(…であるのだと信じたい。)
例えば農業や、自動車産業の一部、民間では既に原子的な生産方法の素晴らしさが見直され、フリーエネルギーに寄せる関心も高まって来ている一面が見受けられます。
綺麗ごとといわれていた正義や、心・個性といった、生産性重視の社会の中では切り捨てられていた部分に、少しずつ人々の意識が傾きつつある様に、私は感じます。
よく頭を使って考えてみてください。
簡略化=らくチン=倖福ではないという事が解ってくるはずです。
難しい=面倒臭い=不幸ではないという事が見えてくるはずです。
当然、『環境?真実?私は、そういう事とは一切関係ございませんので…』
という人が沢山居ることも知っています。
私も其処に居ました。
皆、そこから始まるのです。
だけど、私達人間は皆、知って居るはずです。
『本来自分はどう生きるべきだったか…』
『そもそも自分は誰なのか!?』という疑問や苦しみを
両手一杯に抱えた人たちが、泣きながら…私の元にも沢山やって来ます。
私やあなたが、自分とは一体なんであるのか、世界が何処へ向かって居るのかを模索し、監視し続ける限り、無限の可能性・望みはあります。
たとえあなたが今、どの様な立ち位置で、どんな眼鏡をかけて其処に立っていようとも…あなたの眉間に、真理の光が齎されるであろうことを確信して居ます。
あなたの未来が、眩いばかりの光の中にあることを確信し、心からお祈りします。
相馬 英樹
おまけ絵画『タイトル・シュールレアリズム』
