マジすか学園F☆#2ー4
【エリアK】内のとある場所──
「五人vs八百人…」
薄暗い室内に、
複数のモニターの光がずらりと並んでいる。
モニターの中では、前田たちが、圧倒的多数のディーヴァの隊員に囲まれている場面が映し出されていた。
そのモニターを見つめる、少女のつぶやく声が続いた。
「絶望的な展開ってやつやな…、アホらしいくらいに」
その少女は、西日本最大の組織ディーヴァを統べる総帥。
ただ、
少女の本当の名は、誰も知らず、また、素顔をはっきり見た者も、いなかった。ある理由から、通常、サングラスなどで顔を隠し、ケータイで話す際は、ボイスチェンジャーを使っている。
ディーヴァを立ち上げた当初から、そうだった。
正体不明。
故に、
少女は、いつからか、こう呼ばれるようになっていった。
『無敵』─と。
誰にも勝てない。敵対する者すらいない。
誰も、その正体を知らないのだから。
では、何故、これほど、巨大な組織、ディーヴァをつくりあげることが出来たのか。
それは─
この少女には、生まれつき、特別な能力(ちから)があったからである。
誰も、逆らうことのできない、恐ろしい能力(ちから)が──。
「結末(エンディング)が見えたら、物語(ストーリー)も…、つまらんなぁ」
そう言いつつ、総帥は、
モニターのある薄暗い部屋を出た。
次の瞬間、強い海風が、総帥の全身を打つ。銀灰色(グレイ)の特攻服が、激しくなびく。
そこは、豪華客船のように巨大なクルーザーの甲板上だった。先程までいた薄暗い船室から、総帥は、陽の当たる場所へ、足を踏み出した。
広々とした甲板の左舷を、ゆっくりと歩いていく。総トン数は十万を超え、全長は二百メートル以上はあった。
しばらく行くと、総帥は、
船尾付近で立ち止まり、小型双眼鏡(オペラグラス)を取り出し、陸のほうを眺める。
三百メートル程先に、
前田たちが、圧倒的多数のディーヴァ隊員に呑み込まれていく瞬間が、見えた。
総帥の脳裏に映像(ウ゛ィジョン)が浮かぶ。
「最初に沈むのが小歌舞伎か…、次が大歌舞伎、それから、学ラン、鬼塚だるま、そして…」
確信をこめて、低く、笑う。
「前田…、世の中…、“マジ”なんて、ないんやで…」
【エリアB】
福本アイナ。
ディーヴァの将軍であり、神殺し(エースキラー)の異名を持つ少女は、“波動”と呼ばれる、人が持つ固有の生命力(オーラ)のようなものを、読み取り、また、自らの“波動”を操ることが出来た。
相手の“波動”を読み取るということは、動きを完全に把握でき、見切ることが可能ということ。ゲキカラが攻撃しようとする拳にちからを込めれば、“波動”の変化がその拳付近にあらわれる。脚に“波動”の変化があれば、蹴りがくる。
それによって、
ゲキカラの動きは、見切られ、軽々とかわされ、アイナをとらえることは、全くといってよいほど、出来なかった。
さらに、アイナは、自らの全身の“波動”を自由自在に操り、特にそれを拳に集中させたものは、普通の拳に比べ、威力が倍増し、まるで、ハンマーのように、ゲキカラの全身を幾度となく叩きつけ、脳を揺さぶった。
うたれ強く、タフなゲキカラも、ついには、倒れるほか、なかった。
アイナが、地面に伏せたままのゲキカラに向け、吐き捨てるように、言う。
「どうしたんや…、『ぶっ殺(つぶ)す』んやなかったんか?」
“応え”が返ってこないので、アイナが、さらに続ける。
「初めてやろ?“波動”を纏った拳、くらうのは」
「波動……?」
先程も耳にした、アイナの発した聞きなれない単語─“波動”。ただ、その威力だけは、身にしみて感じていた。
“波動”をまとった衝撃は、いままで味わったことのない程の強烈な一撃だった。さらに、無痛症だった肉体が、前田やその仲間たちとの闘いを経て、徐々に、『痛み』というものを感じるようになっていた。それは、通常の感覚を取り戻し始めているということだったが、
この変化は、ゲキカラの不利に一層、拍車をかけていた。痛みが動きを鈍らせる。
さらに、アンダーガールズの凶獣シノブとの激闘やニューヨークでのカラーギャングとの争いのダメージが、まだ、完全に抜けきってはいなかった。
しかし、
そんなことは、お構いなし、と言わんばかりに、ゲキカラは幽鬼のように立ち上がる。いくら、拳をうちつけられようが。
視界が歪んだまま、それでも、返り血を浴びた拳を大きく振るう。何度でも。
「何回やっても、同(おんな)じや…」
言いながら、ゲキカラの拳を避ける。
「やっぱり、変わってもうたんやな…、伝説のラッパッパ…、最狂のゲキカラも…、いまとなっては…、時代遅れの代物(シロモン)か…、甘くなったもんや」
“波動”をまとった拳が、ゲキカラの腹部に、突き刺さる。勢い、身体がくの字になるほどに。
倒れまいと、膝にちからを込める。奥の歯を噛み締め、
「確かに……、変わったかも…しれない…」
いままで、しらなかった『痛み』というもの。
自分が受けた『痛み』、相手が受けた『痛み』、そして、自分が与えた『痛み』──。
それらを、初めて、知ったとき、自分が変わっていくのを感じた。それは、決して、わるいものではなかった。
ただ─
現在、全身に、これまで、味わったことのないほどの激痛を感じているゲキカラ。このままでは─
しかし、ここで、負けるわけにはいかない。マジ女が、ラッパッパが、負けるわけには─。絶対。
「──それでも、変わらないことは…、ある」
一瞬、ゲキカラの視線が、アイナを刺し貫いた。
ゲキカラの内側から溢れ出る“波動”が、全身を包み込んでいく様子が、アイナには、見てとれた。いままで、見たことのない“波動”の質と、溢れかえるほどの量。
一体、どこから攻撃が来るのか─
アイナが、そう思った瞬間。
アイナの身体は、後方に、大きく吹き飛んでいた。ゲキカラの血まみれの拳によって─。
倒れ込んだまま、顔をおさえ、驚愕の色をあらわにするアイナ。“波動”の残滓すら見えなかった。
「どうした?見たかったんだろ─」
“波動”を全身に纏ったゲキカラが、返り血を浴びた微笑で、見下ろす。
「──超激辛な…わたしを」
マジすか学園F☆#2ー3
とある救急病院の廊下──
カツコツと、
リノリウムの床を、踏みつけるように歩く少女。
パンプスから、黒いエナメル質のブーツに履き変えた少女は、怒りを抑えるのに、必死だった。自分自身の不甲斐なさに、つくづく、呆れる。怒りは身体中の痛みを、忘れさせていた。
(ラッパッパに…、二度目は…ねーぞ)
ラッパッパが、同じ相手に、二度、負けることは許されない。必ず、オトシマエはつける。
そう考える少女を、背後から駆け足とともに、必死に呼ぶ声があった。
「シブヤさんッ!」
切羽詰まった声は、舎弟のダンスのものだった。
「シブヤさん!どこ行くんですか?」
「トイレだよ!ついてくんじゃねぇ!」
視線は、前しか見えていない。
ダンスが、必死になるのにはそれなりに、理由があった。その原因となる、目の前の疑問を、そのまま、ぶつけてみた。
「そ、それなら…、どうして、トイレ行くのに、その『スカジャン』着てるんですか!?」
先程までのスーツ姿から一変。
ラッパッパ四天王の証。
パールピンクの光沢のあるスカジャンに。白い袖には、桜の刺繍。
救急で、運ばれてきたシブヤは、ほどなくして、意識を取り戻すと、
急いで、サークルの使い走りに、着替えとブーツを持ってくるように言い、適当な場所で着替え、医師の許しも得ず、現在、外へと、足を進めていたのだ。
一緒に運ばれてきたダンスは、シブヤより後に、目を覚ますと、すぐに、シブヤのもとを目指した。医師から、シブヤのほうが重傷だと聞かされていたからだ。
そして、シブヤの病室に向かおうとしていた矢先、シブヤらしき人物を見かけたのだった。
ダンスが呼びとめても、シブヤは、歩みを止めることはなかった。シブヤには前しか見えていない。すがりつくように、ダンスは、言う。
「ダメです!まだ、そんな身体じゃ…」
四天王の証のスカジャンにブーツ、濃いピンクのグローブ。どうみても、戦闘体制だった。
「おちおち、寝ちゃ、いられねーんだよ!」
堪えきれず、感情をあらわにするシブヤ。歩く速度は増していく。
「わたしには、わかるんだ…」
苦痛に、顔を歪め、
「わたしが、やられたってことが知れたら、勝手に暴走するやつが出てくる…、あいつらなら、きっと…」
自分なら、間違いなく、そうなるから。いままでも、そうだった。仲間がやられたら、どんなことをしても、その敵を討つ。それが、ラッパッパの絆。
「だから…、それを止めるのも、仲間(わたし)の仕事なんだよ!あの野郎は、わたしの獲物だからな」
「でも…、そんな身体じゃ…」
全身打撲に、肋骨にはヒビが入っていた。
「お前は、もう少し、ここで、休んでろ!」
「シブヤさんのほうが、ケガがひどいじゃ…」
「効いちゃいねーよ、あんなもん」
見えみえの強がり。だが、光宗の実力を肌で感じているからこそ、焦る気持ちは止まらない。
「だったら…、わたしも、一緒に行きます!」
「ばか野郎!十年早いんだよ!」
シブヤに一喝され、
しゅんとなるダンス。
そこで、シブヤは、ようやく、足を止め、振り返った。そこには、見たことのない穏やかな表情があった。
「それでも…、『十年後のお前』ってのを、早く見てみたいもんだけどな」
「シブヤさん…」
「これ、やるよ」
シブヤの手から、放たれた
桜色の小瓶がくるくると、宙を舞う。
まるで、桜の花びらのように。
ダンスは、あたふたしながら、顔面を壁に激突させ、鼻血をだし、ようやく、その小瓶を受け止めることに成功した。
「わたしにとって、たぶん、これが、最後の喧嘩になるだろう…、
ダンス…、お前は、卒業するまでに、それが似合うような女(ヤンキー)になれよ…
じゃあな、
未来で…待ってる」
そんな言葉を残しつつ、最後の扉を開き、
病院の外へ出たシブヤの姿は、あっという間に、見えなくなっていた。
ダンスは、ペディキュアの小瓶を、握りしめ、こんな言葉を思いかえしていた。
『たとえ、1%でも、勝つ“目”があるのなら…、それに賭けるのが、わたしたち…ラッパッパだ!』
マジすか学園F☆#2ー2
スーパーマーケット裏──
「さて、次は、あの人か…、あんまり、ひとりで、やりすぎると、後で、『あいつ』がうるさそうだけど」
既に、次の標的に思いを巡らし、倒れ伏したブラックと阿部マリアたちに背を向け、歩き始めるカヲル。
そのとき、ジャリ…という音が聞こえた。
振り返ると、うつ伏せになっているブラックの左の手が、アスファルトの砂を掴むように、ゆっくりと握られようとしていた。
「……、まだ、意識はあるということですか…、それとも、無意識?」
一応、警戒しながら、その光景を見つめるカヲル。
「無駄なんですけどね。わたしのあの一撃を受けて、いままで、誰ひとりとして、立ち上がった者はいませんから…、
そうですね、
これ以上、苦しまないように、楽にしてあげましょう」
嗜虐的な笑みをもらし、近くにあったビールケースを手にする。
「これを、頭に叩きつければ…、もう二度と─」
カヲルが、ビールケースを、高々と掲げたとき、ケータイの着信音が鳴った。
つまらなそうに、ケースを、あらぬ方向に放り投げる。
せっかちな『あいつ』からの着信と思ったが、
ディスプレイには、未登録の番号が表示されていた。
とりあえず、通話ボタンを押しながら、ケータイを耳にあてる。
『光宗カヲルだよね?』という第一声が聞こえてきた。
「トリゴヤさん…ですか?」
『別に、よく知らないアンタなんかに気安く呼ばれたくはないんだけどね』
電話の相手は、カヲルの想像通りだった。
「どうして、この番号を…、あぁ、お得意のサイコメトリーというやつですか」
『世間話をするつもりはないよ。いま、何処にいる?』
「いまですか?いま、ちょうど、ブラックさんとの勝負が終わったところです。伝説のラッパッパ四天王も大したことないですね。シブヤさんに、ブラックさん、…次はあなたの番ですよ。トリゴヤさん」
『どうせ、汚い手でも使ったんじゃないの?シブヤや、ブラックまでが、そんな簡単にやられるわけがない…、もし、本当なら…、絶対に許さない!』
「それは、想像にお任せします。ところで、トリゴヤさんは、いま、どちらにいらっしゃるんですか?」
一瞬の間隙。
『テメーの後ろダヨ!』
直後。
突然、ひとの気配を感じたカヲルが焦り、振り向く。
しかし、そこには、誰の姿もなかった。
「は…、はは…、冗談なんて、言うひとだったんですね」
「冗談じゃねーよ!」
今度は、ケータイを通してではなく、背後から、直接、響く声。
カヲルが再び振り返ったとき、すでに、トリゴヤの拳が一直線に、飛んできていた。
直撃は避けたものの、よろめき、後ずさる。
いつの間にか、
カヲルの背後に、すでに覚醒したトリゴヤが、佇んでいたのだった。顔半分を覆い隠す長く赤い髪という異形の姿で─。
「たーだーいーま…」
「…ッ!?」
カヲルは、どこかで、妖しい鳥の鳴き声を聞いたような気がした。トリゴヤを厳しく見据える。先程までとうってかわって、異様な雰囲気が、この空間に漂っていた。
「お前にも聞こえただろう…、“告死鳥”の鳴く声が…」
その言葉を発したのはブラックだった。かなりのダメージを堪え、なんとか、立ち上がっていた。負けられない。
「告死鳥…?」
ブラックのほうに、向き直り、
思わず、カヲルが聞き返す。
「その名の通り…、貴様に、死(敗北)を告げる鳥のことだ…」
得心したように、頷くカヲル。そして、何故、立ち上がることができたのかを考える。
「そうですか。かわせないと思った瞬間、急所を微かにずらしていた、というわけですね…、それでも、ダメージはかなりあるようですが─」
「貴様のような卑劣な人間に…、ラッパッパ(わたしたち)が、これ以上、負けるわけにはいかない…」
「なるほど─、そちらこそ、本当に、息の根をとめてほしいみたいですね」
攻撃態勢に入ろうとするカヲルから、素早く、
ブラックを庇うように、
間に、割って入るトリゴヤ。
「ブラック、大丈夫?」
満足に動けないブラックを気遣うトリゴヤ。覚醒したトリゴヤを見て、彼女の覚悟を感じとるブラック。
「…やつのスピードと射程距離には…気をつけろ…」
そんな二人を見つめる
カヲルには、不思議と、余裕が感じられた。堂々とした─。
一体、この少女は何者なのか?
それを、知ることの出来るのは──
「見てて、わたしの本気を」
そう言ったかと思うと、トリゴヤは、一瞬で、カヲルとの距離を詰める。
そして、
カヲルの頭を、右手でわし掴みにし、両目を閉じた。
トリゴヤの
得意とする相手の過去(こころ)を読み取る能力だった。深層心理にまで迫る。
直後。
トリゴヤは、何故か、苦しげに、うめくと、くずれ落ちるように、ひざまずいていた。その間、カヲルの挙動は、一切なかった。
「はぁ…、はぁ…、こんな…、こんなことって…」
急激に、息を荒くするトリゴヤ。
「どうした…、トリゴヤ…、一体、何が見えたんだ?」
余程、恐ろしい過去が、見えたのか。
カヲルは、ただ、微笑んでいた。
「何も…」
「何っ?」
屈辱と驚愕のないまぜになった表情で、トリゴヤは、つぶやいた。
「……、読(み)えなかった…、何も…」