こんにちは、ひでちぇろです。

 

10年くらい前に、

よく写真について勉強していました。

 

そして、

構図の話でよく出てくるのが、

写真は引き算ということです。      

 

写真の初心者は、

構図になんでも入れて

足し算をしたがるけれども、

それだと、

何が伝えたいのか分からなくなります。

 

主題を強調してメッセージを

伝わりやすくするためには、

 

余分なものを排除する、

引き算が大切だということです。

 

 

音楽の場合はどうでしょう?

自分のやっている

オーケストラではどうか考えてみます。

 

まずは、

作曲者が曲を作って、足し算。

 

ちゃんと弾ける様

奏者が個人練習して

また足し算です。

 

その後

スコアとか作曲経緯を勉強したり、

指揮者に観てもらって合奏したり、

とか、

 

一つのまとまりをもつまで、

ずっと足し算です。

 

写真の被写体を

人間が作っているみたいなものでしょうか。

 

最後の方にバランスを整える時に

引き算とか足し算をやります。

 

そして最後に、

お客さんの共感と拍手で足し算です。

 

あまり引き算の要素がないんですね。

 

音楽の世界をゼロから

立ち上げているからかもしれません。

 

写真はできた世界を一瞬で切り取るから、

いきなり引き算なんですね。

 

同じ創造的営みだけれど、

まったく違います。

 

自分の好きな分野で比較しましたが、

他の芸術分野も作り方や

意識のフォーカスしどころが違うのかと思います。

 

それを自覚的にやれるかどうかですね。

 

芸術分野の

ひとつの面白いところだと思います。

 

それでは。

 

 

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こんにちは、ひでちぇろです。

今日は、音楽と宗教について考えてみます。

まず、宗教と音楽の
似かよった部分について。

社会と人と神の領域をつなぐ役目を
しているところが似ているのでは
ないでしょうか。

そして、
多くの人を幸せにするところ。
または、苦しみから救うところ。

長い伝統に支えられつつ、
新しいものも常に産み出されたりする
ところも、
似ているかと思います。

またその相似性からお互いに利用
している部分もあるかと
思われます。

他にも色々似たところは
あるかもしれません。


今度は、異なるところですが、

一番大きいのは、
音楽が元で戦争になることはない
ことでしょう。

音楽の趣向が違うために、
殺し会うなんてありえないですよね。

逆に国境、言語、宗教、肌の色
を越えて繋がり合う
潜在的な力があると感じます。

安易な考えかもしれませんが、
宗教も音楽もそれぞれ
究極的な源は同じなのかと思います。

宗教では、現代でもいろいろと
いがみ合いが発生しています。
この面から世界がわかり合うのは
なかなか難しいんでしょう。

音楽で見ると、
ジャンルはロック、ポップス、ジャズ、クラシック、邦楽とかガムランのような民族音楽などたくさんありますが、
いがみ合わずに併存できていると思います。

言葉がいらないからかもしれません。

そして実際に言葉なしに世界をつなげられるかもしれません。

世界中で紛争が絶えない昨今、
本当に甘いかもしれないけれど、
音楽の潜在的な力に注目すべき時期にきてるかもしれない。

と考えたりしています。

では。

時間は命。

命を持って生きた
時間の総和が人生。

音楽は時間芸術。

0.1秒ずれても、
まったくタイミングが
外れたように聞こえる。

音楽は、
時間の感じ方を
能動的に作り出す。


人間の身体で、
心臓がリズム、

肺が音楽の流れ、
メロディー、

和音は身体ではなく、
感情が対応する。

これらが、
時間感覚の大元だとしたら、

音楽は、

肉体感覚や、
勝手にわき上がる感情を越え、

時間感覚を
コントロールして、

命を、
生きていることを
積極的に感じて
高みに昇る営み。

そして、
思考や言葉は
介する必要がない。

この音楽があってこそ、
救われて
ここまで生きてこられた。

これからも、
何度も救われながら、
生きていくんだろうな。

では。
こんにちは、ひでちぇろです。


神智学と教育学で有名な、
ルドルフ・シュタイナーは、

「音楽の音体験と人間の音体験」
という、音楽に関する本を著しています。

精神世界の観点から
音楽について考察した本は
なかなか見かけないので、
貴重だと思い購入しました。

今半分くらいまで読みましたが、
挫折の可能性もあるので、
この段階で内容について書いてみます。

まず、シュタイナーは
この本を出す前に
神智学における人間の構造として、
物理的身体から生命体、感受体、
魂そして霊性の領域までを階層構造に分けて説明しています。

そして、この本の中では、
音楽は物理的現象ではないこと。

空気が振動して、
耳で受け取った後に、
音楽となるということ。
受け取った情報が音楽である
としています。

テレビの電波そのものは
音でも映像でもないのと
同じことでしょう。

そして音楽は、
頭での思考を介さずに、
霊性的な部分にまで直接情報が伝わる
伝達手段であると言っています。

そして、和音についても
独特な説明がされています。

古代アトランティス時代には、
7度が重要な和音だったとのこと。

その後、
ギリシャローマ時代では
5度の和音によって、
個人越えて神を感じることができた。

そのあとから現代までが3度の時代で、
個人の内面と和音が対応しており、
この段階で長調と短調に分かれます。

という感じで、

人間の精神の変化、発達に合わせて、
重要な和音が変化します。

この様な領域は、
物理的な証明は困難ですが、

人間の精神の階層構造や
精神の発展と音楽を
対比している考えであり
貴重だと感じています。

読み終わったら、
自分の実体験と対比しながら
書きたいと思います。

それでは。

こんにちは、ひでちぇろです。

 

 

唐突ですが、

人生の目的とは何でしょうか?

 

あなたにとって、

人生の目的とはいったい何でしょう?

 

私にとってですが、

 

実際、50年生きてますが人生の目的は、

あまりよく分かっていません。

 

ナチスのユダヤ人収容所から生還した、

精神科医のビクトール・フランクさんによると、

 

人間は、

人生から生きる意味が問われているとのことです。

自分で生きる意味が何かという問いに答えなさい

ということですね。

 

また、文学者ゲーテの書いた

「ファウスト」では、

ファウストの得た教訓は、

 

学問的や書物で示される生きる目的は意味がなく、

実際に人生を生きて、

失敗を繰り返しながら成長して、

はじめて目的が得られる、

 

というようなものでした。

 

要するに、頑張って生きてみて、

自分で考えて答えをだせ、

ってことですね。

 

 

私は、

アマチュアチェロ奏者としての演奏活動を

かれこれ35年くらい継続しています。

 

これもなにか

人生の目的につながるのかもしれません。

 

ぼんやりと感じているのは、

現実社会で力で生きる力を鍛えるのが仕事、

こころの内面を深く、豊かにするのが音楽、

他人の気持ちを分かる様になるのが人間関係、

 

という感じで、

合わせ技で「成長」するのが、

人生の目的かもしれません。

 

 

ということで、

音楽演奏は自分の成長の一つの重要な要素として、

体力が許す限り、続けたいと思います。

 

では。

 

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こんにちは、ひでちぇろです。

 

ポピュラー音楽のテンポは、

だいたい一定です。
 

ジャズもほぼ一定のテンポの

枠の中で演奏している感じがします。

完全に一定ではないが、

変化は微小かと思います。

 

一方、

クラシック音楽ではテンポが常に、

自在に大きく変化します。

 

皆さん、これに対してどう作ったり、

合わせたりしているのでしょうか?

 

私の若いころの

オーケストラでのテンポ作りは、

 

まずメトロノームに合わせる練習をした後、

指揮を見てその場の雰囲気で合わせていました。

 

一瞬ごとに集中というか、

悪くいえば場当たり的でした。

 

これだと不安定で、

なかなか説得力のあるテンポを作れませんでした。

 

 

アマチュアオケでの演奏で、

これまで試してうまくいくと思えたのは、

 

フレーズごとのテンポ作りです。

4小節等の1フレーズでひと単位として、

テンポを作ります。

(1フレーズの長さは譜面と音源から判断します)

 

フレーズの前半でわずかに加速し、

ピークのあとは減速して終わる。

これがひと単位です。

 

この単位でどれくらい緩急を付けるかを、

自分のなかでイメージでとして

あらかじめ設定しておきます。

 

フレーズが最小単位の物語なので。

 

こうやって、フレーズ単位でテンポを

あらかじめ設定して、それを再生するやりかたにすると、

 

自分のテンポを、

あらかじめ用意した

物差しで測っている感じで客観視でき、

 

自己中心的に急に早くなったり、

だらだら少しずつ遅くなったりという、

アマチュアにありがちなテンポ上の失敗を避けられます。

 

さらに、フレーズごとのテンポの前後関係、

全体の中の位置付けを、

あらかじめ理解しておくと、

さらに精度は高まります。

 

音楽のストーリーの全体像と

フレーズごとの小さいストーリーの階層構造を、

 

自分なりに一度作って

その上での各フレーズ単位のテンポを決められると

最高ですね。

 

テンポ設定は

実際に音を出しながら決めるので、

準備に時間はかかりますが、

自分のテンポに一本筋が通ります。

 

また、各フレーズの出だしの合わせも大事なので。

管楽器と一緒に、アウフタクトで息を吸うのも、

効果的ですね。

 

こういう事前準備や工夫をした上で、

オーケストラ全体の意志のゲシュタルトに

自分の物語をアジャストすることで、

より良く全体に貢献できるし、

何より楽しめます。

 

要はテンポ合わせでなく、

音楽を合わせるという意識が大事という訳です。

 

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では。

 

 

 

こんにちは、ひでちぇろです。

 

演奏というのは,

記号で示された楽譜から音楽をつくり出す、

創造的行為と言えます。

 

ただし、

純粋に音楽をこの世界に

出現させることが目的

ということもあまりなさそうです。

 

人間がやることなので。

 

 

アマチュア演奏家が演奏する行為は、

創造というより、

消費に近いと思います。

 

弾きたいから弾く。

満足したらそれでおわり。

というのに近いのではないでしょうか。

 

たとえ、演奏会を開いて、

お客さんの前で演奏するにしろ。

 

さらに自分が満足できていたらよいのですが、

だらだらいい加減に弾いていたら、

それはもう、浪費ですね。

 

作曲家が命を削ってつくった音楽に、

表面的に

なんとなく参加しているだけですから。

 

お金に例えると、

 

お金の投資=創造的演奏

お金の消費=消費的演奏

お金の浪費=浪費的演奏

 

となる感じでしょうか。

 

 

プロの方々はお客さんからお金をもらって

演奏するので創造的演奏をしなければならない、

厳しい立場なのかと思います

 

我々アマチュアは消費がゆるされる、

ある意味恵まれた立場なのかもしれません。

 

ということで、

 

恵まれた立場を生かして、

あまり余計な縛りを自分にかけたりせず、

自由にのびのびと、

消費を楽しみたいと思います。

 

それでは。

 

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こんにちは、ひでちぇろです。

 

クラシック音楽の楽器演奏において、

通常、プロ奏者のレベルで弾けるアマチュアはほとんどいません。

 

アマチュアは、

 

小さい頃からやっている人もごく少数だし、

音大に行ったり、海外留学したりして、

専門教育的な教育を受けてもいません。

 

人様からお金が頂ける様な演奏もできません。

 

しかし、

演奏することが好き

という気持ちだけは、

負けてないこともあるかもしれません。

 

義務だけで演奏しているアマチュアがいるとしても、

すぐに止めて他の事に時間を使うようになるでしょう。

 

 

一方プロの場合、

(その立場にたったことはありませんが)

 

音楽をやる目的は人によって、

1.生活の糧を得る為(作業)

2.聴き手を満足させる為(奉仕)

3.自分も客も満足する(共感)

4.それらを超越して神との対話の為(祈り)

という段階があるのではないかと想像します。

 

この段階は下の段階が満たされないと、

上に行けません。

 

職業としてやるには、

当然1や2の項目に書いた通り、

聴衆に満足していただくことが

大前提となります。

 

これに対して、

 

アマチュアは、

いきなり3の自分と聴き手を同時に満足させる段階

を目指せます。

 

なぜなら、

当たり前ですが、

すでに他の収入源があるからです。

 

いきなり自分の楽しさを追求できる立場って、

恵まれていて

プロから見ても

うらやましいのではないかと思います。

 

去年から、

私はネットビジネスの勉強を始めました。

 

このブログもその一環で、

文章の練習や、

自分の考えを整理して発信する練習が

主目的です。

 

最終的には、

インターネットの数のレバレッジと自動化

で時間を作り、

3の自分と聴き手の幸福から、

4の祈りの段階を目指したいです。

 

私は15歳でチェロを趣味としてはじめましたが、

たとえ現在すでに成人になっていても、

 

アマチュアの成人で

平日の日中ずっと練習し続けた人はほとんど、

いないと思います。

 

前例がほとんどないので、

行けるところまで行けば、

プロ顔負けのすごい演奏ができる可能性もなくはないと思います。

 

好きだから、

行くところまで行ってみたいです。

 

しかし、一人でずっと続けるのは結構難しいかもしれません。

 

なので、

アマオケの団体の様な

コミュニティを作って音楽を追及したいなと思っています。

 

まずは、

最初はチェロだけの団体立ち上げて

ネットビジネスで時間を作って。

コミュニティを立ち上げてもいいかもしれません。

 

 

ネットビジネスについて色々試しながら、

想像を膨らませていきたいと思います。

 

それでは

 

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こんにちは、ひでちぇろです。

 

 

オーケストラでの演奏で

議論になりがちなことの一つに、

 

個性出すか、

協調して周りに合わせるか、

というのがあります。

 

これは、

どちらをやってもなかなかうまくいかないのが常です。

 

ここは協調してとか、

ここはトップだし個性を出すか

とか使い分けしてみても

 

どうも納得できないことが多いです。

 

しかし、

あるとき気づきました。

 

オーケストラで音を合わせると、

みんなの意志を束ねた、

共通の意志持った何かが生まれることに。

 

その共通の何かは明らかに

ある特定のリズムを刻んでいます。

 

つまり、複数の人間が音を合わせて音楽をつくると、

意志のゲシュタルト(個々のものがまとまることでできる、

全体としての新たな意味、構造)ができます。

 

この意志のゲシュタルトに合わせることで、

的確な音楽の流れ(リズム、メロディー)がつくれるのです。

 

この意志のゲシュタルトの担い手となって、

このゲシュタルトに協調して合わせていくことが出来る時、

 

個性と協調、

自分と全体の両方が満たせる演奏ができるのだと思います。

 

それでは。

 

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