ジャーナリスト 石川秀樹 -12ページ目

ジャーナリスト 石川秀樹

ちょっと辛口、時どきホロリ……。理性と感情満載、世の常識をうのみにせず、これはと思えばズバッと持論で直球勝負。
3本のブログとFacebook、ツイッターを駆使して情報発信するジャーナリスト。
相続に強い行政書士、「ミーツ出版」社長としても活動中。

★実家の相続には「生命保険」と「遺言書」を使え!遺留分減らし代償金ゼロに らくらく文例4
http://yuigonsouzoku.net/use-a-life-insurance/



前回は普通のお宅の相続で「遺言を書く」だけで遺留分という観念を顕在化させる効果があり、実家の相続が楽になるということを書きました(同居する長男側からの視点ですが)。



きょうはさらに「生命保険」を使うというお話。
保険というのは奇妙な性質をもった”財産”です。
相続税の対象になります。
それなのに「相続財産」ではないのです。
被保険者が亡くなり、受取人に死亡保険金がおります。
その受け取りは相続ではなく、あくまで個人としての受領。
したがって遺産分割の対象となる財産から外れます。





この特殊な性質の結果、現金や預金を「保険」に換えるだけで相続財産額を減らすことができます。
ゆえに相続税の”節税商品”として保険が使われることは、相続税対策を考える多くの人がすでにご存じです。



さらに保険を使うと、相続税の控除額を1相続人当たり500万円増やすことができます。今年から基礎控除額が4割も減額されましたから、いっそう注目されています。



しかし今回示したかったのは、そんな節税策ではありません。
普通のお宅の相続に相続税は関係ありませんから(基礎控除額以内の相続なら無税。そんなお宅が9割以上です)。



きょう例として示すのは、そんな相続税とは無縁のお宅の相続。それでも兄弟姉妹の対立は起きます。分けにくい財産の最たるもの「実家そのもの」が主役ですから。



よく使われるのが「代償分割」という方法です。
家を相続する人が、他の相続人に一定金額を法定相続分に足りない一定金額を「代償金」として支払う方法です。
でもこれって、払う側からするとかなりつらいです。



というわけで、なんとかそれを軽減する方法を考えた次第。
今回はなけなしの預金を生命保険に換えたら、という話になります。




★遺留分減殺請求をさせない遺言、普通のお宅でこそ書いてほしい らくらく文例3>
http://yuigonsouzoku.net/abandoned-the-legally-reserved-portion/



タイトルだけを読むと何やら恐ろし気な遺言書のようですが、「普通のお宅の相続の場合も、遺言書を書いた方がもめずに済みますよ」ということを言いたかったのです。


「普通のお宅」というのは、相続税を払わなくても済む家庭、つまり相続税の基礎控除額よりも相続財産が少ない家庭のことをいいます。おおよそ10軒中9軒がこの中に入ります。
ですから「うちは遺言を書くほどの財産がないから」「うちは資産家じゃないし、きょうだいの仲がいいから」というお宅が、今回の話の舞台。主役はお母さんです。




普通のお宅のお母さんは、まず遺言書なんて書きません。
無理はないと思いますが・・・・。
でも今は戦後70年、民法も変わって長いです。
長子相続なんてとう昔のことで、兄弟姉妹相続権はみな平等の「均分相続」が当たり前になっています。


だから「権利意識」も非常に強い。
そういう状況で目ぼしい財産といえば「実家(マイホーム)」だけ、という状況で子が複数いれば、もめない方が例外です。
例として取り上げたお宅は、相続財産1200万円。相続税の対象にはならないケースです。


遺言書があるのとないのとでは、劇的に結果が違ってきます。
どうぞ「もめない相続」のヒントにしてください。



★人間性が絡む「相続」こそが私の天職 !!! ”長い下り坂”を伴に走る者のプロフィール
http://yuigonsouzoku.net/long-profile/


「老後」というのは長いゆるやかな下り坂なのでしょう。
(65歳の私には実感がありませんが)
実感はないけれど、リスクを理解する力はあります。


年を取るということはリスクの連続です。
まず、やりがい、生き甲斐だった職から離れる。
環境が違う。流儀が変わる。
前ほど自分の存在が大きくはない。


アイデンティティの危機です。
貧しくもなります。
仕事を離れたのだから。
体力も落ちる。
体力以上に気力が落ちる。
人から求められない苦痛に耐えなければならない。
大きな喪失感です。


体が不調になる。
ぼけも忍び寄る。
誰もが恐れ、否定して、自分には関係ないと。
首尾よく3人に1人の中に入らなくても、そういう可能性があるという「老後」という鬱屈は、心をなえさせます。






注目されるのは「老人」の事故の急増。
だまされるのも、大半は「高齢者」。
いつからバカの代表のように見られているのか?
介護のこと・・・・・
もう考えるのもばかばかしい。


そして、最後はひとり。
長生きリスクの切なさに、むかむかと腹が立ってくる。


長いゆるやかな下り坂。
甘く見てはいけないと思う。
生き抜けるのかな・・・・
たぶん。
そしてその先にあるものは?


「相続」


もう、うんざりしちゃうね。
そんなもの、どうだっていい!
どうせ自分はいないんだ。
残ったものが勝手に分ければいい。
そんなことまで俺に、私に心配かけるなよ!


これが本音かなぁ。
どこまで俺たち”高齢者”は人がいいんだろう。
「逃げ切り世代」などと言われ、
団塊の世代なんか、下の世代から鬼のように嫌われて、
超超高齢社会の元凶のように言われて、
それでもニコニコ笑ってる。


何を言いたいんだっけ。
そうだ、マイプロフィールを書いたんだ。
「長い下り坂の伴走者」
そう、そういう志をもったということ。


世の中、カネの話だけじゃない。
そればかりではないが、カネの話が苦手というわけでもない。
何しろ俺たち高齢者は、あの高度成長も、バブル崩壊も、この目で見てきた、この足で歩いてきたのだから。


終活も遺言・相続もドーンと来いだ。
なんだか高齢者が流行に乗せられ右往左往しているようで悲しい。年寄りだ、相続だといえばテレ朝木曜ドラマ「遺産争族」
みたいな醜態が高齢資産家の実態のように描かれることに腹が立つ。


私たちはあんなドジは踏まない。
少なくとも私がかかわらせてもらう相続事案で
あんなドタバタ劇は演じさせない。
もっと周到に、完ぺきに「相続」を設計してみせる。


「長い下り坂」と書きながら、まだぜんぜん下っていない。
それもこの年頃の男としてはやや気恥ずかしい。
でも、仕方ないね。
今はまだ心底「下りもいいもんだ」などと認める気分になっていない。やる気満々だ。


行政書士石川秀樹の幕はまだ上がったばかり。
どれだけ演じられるか、とにかくやってみたい。



★まちの歴史と魅力を解き明かす~『ちいさな町の物語』:塩見 寛
http://denhonkan.co.jp/story-of-a-small-town/


思い出深い1冊を今回、無料版として公開することにしました。 






■   □

昔からまちづくりの話が好きでした。
学生時代、ル・コルビシェの『伽藍が白かったとき』を読みふけっている傍ら、興奮して読んだのは浜野安宏の『人があつまる』。ファッション都市論の草分けでした。


そんな私が40年後、出版社を始めて電本を事業化したとき、最初のお客様になってくれたのが塩見寛さんでした。建築家です。
建築家や写真家は文章がうまいですね。
眼がいいのでしょう。
着眼です。目のつけどころというのでしょうか。


不思議なご縁で塩見さんに出会い、好きだったジャンル、建築・まちづくりの分野の本をつくれるようになってワクワクしたことを思い出します。あれから3年。
あらためて塩見さんの著書の紹介文を書きました。


新聞や本づくりに38年間もかかわってきたのに、自分の手で本を世に送り出すのは初めてのことでした。
ちょっと奇異に聞こえますね、「初めて」なんて?
本当に初めてなんです。


記事を書くこと、それを編集して新聞紙面にすること、それは毎日のようにやってきました。
出版局に移ってからも、本の企画や編集に口を出すことは、うるさいくらいにやっています。でも本の1ページ1ページを編集ソフトを使って「ページに組み上げる」のは初めての経験でした。


本づくりは楽しい。
あらゆる工程が喜びに満ちています。
何しろ自分の言葉が「本という形のある物」に変わるのですから。その本は、何年たってもページを開けば著者の思いが語りかけてきます。


電本にそのだいご味はない!?
そんなことはありません。私は塩見さんの電本に、紙の本を作ると同じ熱意を注ぎ込みました。いや、本の編集は初の挑戦でしたから、かつて新聞社で企画立案、原稿に目を通しタイトルを決めてきた時以上の神経をつかったのです。


パソコンでもスマートフォンからでもご覧になれます。
アプリがなくても読めるので、「まち」に興味がある人のアクセスを期待しています。





手漕ぎボートから見る鞆の浦の港と常夜灯













先日相続セミナーを開いたとき、高齢男性から質問を受けました。
「法定相続分があるんですが、遺言とどっちが強いですか?」


とっさのことに、条件反射のように「それは遺言書ですよ」とお答えしたんですが、今はちょっと後悔しています。


その時の私は『案外、相続について何もご存じないんだなぁ』と思ってしまったんです。
かくいう自分も、行政書士の勉強を始めてから初めて「法定相続人」やら「遺留分」という言葉を知ったわけで、
<ふつうの人は知らなくて当然>
といった思いがどこかにあります。


事実、相続を経験した人でなければ「遺産分割協議を相続人全員で行って、遺産の配分を決める。その決定は全員一致でなければならない」などということも、あまりご存知ではないのでは?


というわけで質問を一蹴してしまったわけですが、冷静にその言葉を振り返ってみると、
「自分は相続人のひとりです。(お年から考えて)私は被相続人の兄弟で(被相続人には子がいないので)私にも法定相続分があります。(被相続人の兄が)お嫁さんに全財産を相続させるという遺言を書いた場合、私の法定相続分はどうなるんでしょう」


このようなことを聞きたかったのではないでしょうか。
そうと分かっていれば、もっとていねいに説明すべきでした。
この人の場合、私が推測したように亡くなる方の兄弟であるとすれば「法定相続分は遺産の4分の1」あることになります。
しかし兄が上記のような遺言を遺せば、「法定相続分」は消し飛びます。
「法定」という言葉が付いているにもかかわらず、「法定相続分」は必ずもらえるという権利ではないからです。


さらに言えば、第2位の法定相続人までには「遺留分」という法定相続分の半分までを取り戻す権利がありますが、被相続人の径庭姉妹は第3位の相続人ですから、遺留分がありません。
だからこの人は兄に遺言を書かれたら万事休す。
遺産は1円ももらえないことになります。


もちろん、そういう趣旨の質問だったかどうかはわかりません。
でも『申し訳なかったな』という思いが、今も残っています。


そんなこともあって「法定相続分」について普通の「とは物(短い用語解説)」の何倍かありそうな”ていねい解説”を書いてみました。



★法定相続分とは──争族裁判で参照される各相続人の取り分(「権利」ではありません
http://yuigonsouzoku.net/legal-inheritance/