懐かしのぱちんこ名機列伝 -31ページ目

ロボスキーⅠ(三共)


旧要件時代の三共羽根物黄金時代のヒット作。


役物内部の人形がロボットで、足にスキー板を履いているのでロボスキー(多分)という

非常に安易なネーミングも、トータルバランスの完成度の高さで違和感なく受け入れられ

ていました。


羽根に拾われた玉は先ず役物上部の手前からそのまま下段に落下or上段ステージ後方

に送られ下段後方から前方Vへ向かうという振分けが発生します。


ロボットの足元がスキー板のような障害物である為、前方から落下した玉はこれによってV

入賞を阻まれるので、どちらかというと、イレギュラー的な入賞となります。

スキー板の端で弾かれ大当りというパターンが結構発生しますので、通常時に役物が少し

ずれている台を探すという地味な攻略法が存在しましたw






王道パターンは上段後方に送られた玉が、ロボットの足元に落ち、スキー板の間を通って

そのままVへ向かうというものです。但し、後方に送られた玉が左右に落ちてしまった場合

は外れ確定となりますので、何気にタイミングがシビアになっています。


大当りになると最大4個までロボットの足元に玉が貯留されます。この玉はVを狙う為では

なく、カウントを稼ぐ為のものでして、解除後は玉がどんどん後方に送られる為比較的継続

が容易な割には出玉も安定していました。それだけに貯留状態で自力でVに入賞すると結構

損した気分になったりしますw


又、大当り中はロボットが左右に揺れる動きを行う為、折角足元を通過したにも関らず、スキー

板がVからそれた状態だとあっさり外れたりもします。これが10カウント目だったりした日には

目も当てられませんなぁ・・・



この頃は羽根物カウント機能とでもいうのでしょうか?大当り中に役物に入賞した玉数を大当り

の最後に表示してくれる機種が結構存在しました。


10カウントで8Rですから、最大でも80個が限度なわけですがロボスキーの場合完走すると

この表示が大体60前後ありましたね。


大当り1回で大体600個弱。それでも当時としては結構波の荒い機種と認識されていました。


パチンコやパチスロは時としてその出玉性能から規制を受ける事があるのですが、いっその事

この時代の規定に戻したらいいのではないかと・・・・最近の見た目だけが派手になっている台を

見るとつくづくそう感じます。


半パチとか1円パチンコが最近遊べるお店として増えていますが、何かが根本的に違っていると

思うのは自分だけでしょうかね?




■おまけ動画

大当り



*動画はnobさんのブログ からお借りしています

ニュートランプカード2(京楽)

■225分の1


液晶角ドットのモニター画面採用で、美麗な図柄が表示されるようになりました。

京楽はこの表示システムをかなり長期間使用しており、恐らくこのタイプで最も

多くの種類を登場させていたのではないでしょうか?


とはいえ、(地域性もあるとは思いますが)大ヒットと呼べる程設置されたものは少なく

最初に登場したグランプリやサファリなんかは結構見たのですが、この台は一度も

見た事がないような気がします。



打った記憶がほとんどない機種というのは結構あるのですが、この台の場合、実は

後のデジパチの革命とも言える演出が初めて採用されているんですよね。


リーチの進行コマ数が一定以上続くと、スクロールがスローになり大当りかその前後

でしか停止しなくなるのです。



つまり、今のデジパチにほぼ全て採用されているスーパーリーチの魁マシンなのです。



にも関らず、その歴史的マシンを自分は打った事はおらか見た事もなかったなんて・・・・

というか、登場した時はあまり話題にならなかったような気がするんですよね。



その後液晶モニターの登場等によってリーチの演出が複数採用されるようになると、

通常時のリーチと区分する為にスーパーと呼ばれるようになったわけですが、この歴史を

辿っていくとこの台にまで行き着くというだけですからね。


只、このリーチが長引いてからのスローは京楽お得意の演出として以後も数多くの機種に

継承されました。確かに非常に熱い演出なのですが、ほとんどがノーマルでは絶対当らない

ようになっていましたので、打ち手によっては結構好き嫌いが分かれたのではないでしょうか?

スーパールーレット(西陣)

■大当り確率220分の1


西陣の初期デジパチ「ターボR 」を思い起こさせるようなルーレット役物が久々の復活。


実はそれ以前にもワンボールギャラリーという、1個戻しデジパチでこっそりとリメイクは

されていたのですが、特殊なスペックに加え1300発機という事が災いしほとんどホール

で見かける事はありませんでした。


西陣独自の表示方式だけにメーカーも意地になったのでしょうか?

おまけチャッカー機として再度のリベンジを図りました。


しかしながら、西陣のビッグブランドの後継機でありながら、この台も見事にホールには

設置されなかったような気がします(関西地方では・・・)



赤枠、白枠、中央デジタルが同じ数字で停止すれば大当りとなるのですが、停止順序は実は

中→赤→白となっています。しかも中央セグは赤と緑があり、緑で止まれば問答無用で外れにな

ってしまいます。


当時の内規により、表示上と内部確率の乖離は±10%以内とされていた為、見た目が100分の1

のこの台は、どこかで確率調整をする為の振分けが必要になっていたんですよねぇ・・・


今から考えるとこの停止順序が逆であれば、もう少し受け入れられたのではないかと?


朝三暮四のようで最終的には同じ結果になるにせよ「リーチ確率20分の1でリーチ信頼度10%」

よりも「リーチ確率10分の1で信頼度5%」の方がとりあえず打つ気にはなれると思うのですよ。


リーチがかかってから外周でルーレットが移動している時は確かにドキドキできるのですが、そこ

へ至るまでのバランスで失敗したのではないかなぁ・・・


又当時のゲージは左右対称が基本となっている為、このように役物の占める比率が高い台という

のは必然的にスタートへの釘が構成がいびつなものとなり、玉の流れで違和感を感じるという理由で

敬遠されたりしました。実際には肩の部分がワープルートにはなっていたのですが、まだそれ程認知

された機能ではなかったために、それに気付かない人もいたりして・・w


個人的にはかなり面白い台だと思っていたのですが、やはり当時も分かり易い台にお客が集まる傾向

にあったようで、こういう変則的な台は一部のコアなファンには支持されていても人気は伸び悩んでいました。


今の機種のように、多彩な予告や豊富なリーチ演出が伴っていれば、もしかしたら受け入れられたの

かも知れませんがねぇ・・・・・







あれ?




そういやこんなのも出てたなぁ・・・



■おまけ動画

リーチ

魔界組(西陣)


当時大ヒットした某映画をそのままパクッタイメージさせるような コミカルな役物で人気を得ました。


羽根に拾われた玉は一端上部後方へ送られ、そこから下段前方にあるVへ向かうわけですが、

一端大当りになるとカウント後半からこの役物が両腕を前に出した状態で停止します。


この腕の間に玉が貯留されると最後は前方に移動して来て、Vの手前に玉を落としてくれるので

非常に継続が容易となっていました。


しかし、この役物が非常に甘い為、貯留してくれるのはカウント4~8個の間だけとなっており、適

当に打っていると結構簡単にパンクするんですよねぇ・・・


通常時の上下に跳ねるアクションと貯留中の腕を前に出す動き、最後の前方に移動する演出等

はアナログ羽根物とは言え、見事に映画のイメージを再現したように思います。


末期には役物が故障して腕が片方しか上がらなかったり、不自然な形で貯留して簡単にVをそら

すような極悪キョンシーも多数出現するようになりましたが、ボロボロになってもそれでも尚抜群の

人気を維持していましたねw




新要件後にラッキーボーイ2となって劇的な復活を果たしたのですが・・・



これを開発したのは西陣ではなくマルホンでした。


覚えている方も多いと思いますが、この時期マルホンは何故か旧要件でヒットした羽根物の

リメイクを積極的に行なっていました。


といっても他社のものをそのまま流用していた為、正確には単なるパクリなわけですがw

ローリングマシン、うちのポチ、マジックカーペット等など・・・・


主に標的になっていたのは三共の台だったのですが、そんな中に何故か西陣のこの台がこっそりと

紛れていたのですよねぇ・・・・

サンライズ(藤商事)

■大当り確率64分の1


アレジンの爆発的ヒットで一躍注目の的となった藤商事の連荘アレパチ。


続いて登場したエキサイト、更に両者のゲーム性をミックスしたアレンジマンはその後もホールで

抜群の人気を維持し、当時は「アレジンが10台あれば経営が成り立つ」とまで言わしめました。


当時の状況 が紹介される時、これらに加え連荘アレパチの元祖であったアレキングや、太陽電子の

スーパーアレパチ 等が代表作とされているのですが、実はエキサイトと共に、今後のアレパチの方向

性を伺うような形で同時発売されていた機種があったのです。


それが今回紹介するサンライズです。


登場時はエキサイト共にアレパチ三兄弟とも呼ばれ注目されていたのですが、残念ながらその後は

三男の地位をアレンジマンに譲る形となり、ほとんど話題になる事なく姿を消してしまい、今ではその

存在を覚えている人すら、あまりいないのではないでしょうか?


エキサイトと同様クルーンを利用しておりながら、何故にここまで冷遇されてしまったのか・・・

実はこのクルーンの目的が決定的に違っており、それが両者の運命を決定づけてしまいました。


デジタルの始動部分は左肩の所にあり、大当りすると上部の電チューが開放されます。

ここで拾われた玉がクルーンに向かうわけですから・・・



デジタルの始動ではなく、大当りの抽選にクルーンの振分けを使用していたのです。



御多分に漏れず連荘アレパチでして、一度デジタルが揃えばかなりの連荘が期待できたわけで

すが、この台の場合「振分けに当選しなければ出玉は0」となっており、このスリリングなゲーム性

が実際には、全く受け入れられなかったのです。


その分大当り確率は非常に甘めなものとなっており、ゲーム性は申し分がないとは思うのですが

大当りと出玉のバランスに失敗したのかなぁ・・と。


当時のアレパチに求められていたのは一撃性であり、ホールもほぼ同時期に登場したこれらの中

からどれを選ぶか・・・と言えばその選択は限られていたのではないかと思われます。


本流から離れたスペックという事もありマイナー機で終わってしまいましたが、そのゲーム性やデザ

インを見る限り、決して安易に作られたものではなく、それまで苦戦していたアレパチ市場を開拓す

る為に模索しながら開発されたのではないでしょうか?


アレジンの爆発的ヒットによってアレパチの流れが一気に決まってしまいましたが、もしもこの時に

遊べる連荘アレパチとしてニーズがあったのならば、間違いなくヒット機種になっていたでしょう。


登場する時期の問題でほとんど設置されませんでしたが、、そのスペックは名機として語り継がれ

るにふさわしいものだったと(自分は)思っています。