鳥の巣 北京のヘルツォーク&ド・ムーロン
ドキュメンタリー映画「鳥の巣 北京のヘルツォーク&ド・ムーロン」を観た。「鳥の巣」とは言わずと知れた8日から始まる世界の祭典のメインスタジアムのことだ。文化と文化がぶつかりあって新しい物を作るときの状況がフィルムに収められている。中国文化とスイス、バーゼルの建築家とのやりとりは、客観的にはコミカルに見えるほどだ。でも観ているうちに何も中国と他国という話ではなく、日本人同士でも身につまされる思いもあって、価値と価値の合わさるときのエネルギーは膨大なものだと思ってしまう。そして何よりも「鳥の巣」の愛称が中国の人々からつけられたことが大きい結果を生んだのだと思いました。作ったものがそれを使う人々のものにならなければならないからです。
やっぱり傘を買う
意外に雨が長く降っていてやむ気配がない。心を鎮めてばっかりなのもどうかと思い傘を買おうと決意。どうせかうなら変な傘をと思い、スパイラルマーケットでSENZの傘を買って会社に向かう。SENZのサイトの映像集も何だか変でいい。フジテレビの目覚ましにも紹介されている映像ものっかってます。
スカイ・クロラ
生きていると感じるためには、自ら何かをおこさなくては実感できない。誰かと関わらないと自分が存在していることさえも希薄になる。1994年のCMで「人生と関係したい」と言っていたAppleのジョブズがスタンフォード大学の学生たちに贈った言葉にもリンクする映画だった。
Julian Opie 展
水戸芸術館で開催中の「Julian Opie」を観てきました。ちょうど斉藤環(精神科医)さんの「顔は語る/ジュリアン・オピーのポートレート」という講演会も聴くことで、ただ観に行くよりも頭の中でいろいろ思考が走り、整理をできました。Julian Opieの作品は、世界中の商業施設やBlurのレコジャケなどで有名ですので、知らない間にほとんどの人が見ているのではないでしょうか?写真を撮ってそれをトレースして、パーソナリティーを感じられるぎりぎりにまで線をそぎ落としていく。タイトルにその絵になっている人の名前がつく。そこにリアルに生きている人間のコンパクト化(圧縮)されたデータが浮かび上がる。Adobe Illustratorのようなベクターデータを扱うグラフィックソフトを使って制作することも、出来上がった作品の持つ意味とリンクしているのが面白いし、そしてちょうど最近金沢で観た「ロン・ミュエック」の想像でリアルな人体を再現することとちょうど対局に位置しているのがさらに面白かった。この夏この2つの展覧会が開催されたことも興味深い。











