一石何鳥が動くー87「後ろの正面だぁ~れ?」 | 「彩どり師の仕業」今様の巫女的生き方の心得指南いたします

お読みいただきありがとうございます。

人生の彩どり師・関みゆ紀です。



一石何鳥が動くー86「夏至の篝火花」の続きです。



前回、私が「上賀茂神社」と「下賀茂神社」へ訪れたのは

令和元年5月1日。







猿田彦の夫が、「平成」から「令和」へ移り変わる瞬間を

「京都」で迎えたいと言ったことからでした。

その時に、「上賀茂」と「下鴨」は、

歴史があるから外せない場所だと言ってたんですね。

夫は無自覚だと思いますが、何かあるんだろうなぁ。

あの時は、雨でした。







令和4年5月3日の五月晴れ。

本来の「五月晴れ」とは、旧暦・太陰暦の5月なので、

「梅雨の晴れ間」のことを指すのだそうですが。

3年後に「下鴨神社」の同じ幕を潜ります。







翌日の5月4日には、「斎王代禊の儀」が行われるはずでした。

(2022年は中止でした)







現在では、「上賀茂」と「下鴨」が、毎年交互に行うのだそうです。

まさに、「井上の二枚看板」ですね。







「上賀茂神社」と「下鴨神社」にとっての5月は、

重要な意味を持っています。

毎年5月15日に行われる「葵祭」(正式名・賀茂祭)があるからです。

(以前は、旧暦の四月の中の酉の日(十理の日)であった)

なんか、「あをによし」から「あおい」へですなぁ。







「葵祭」は、6世紀頃から「賀茂神社」で行われていたそうですが、

平安時代に嵯峨天皇が「平安京鎮護の神」と定めて、朝廷の祭祀とし、

未婚の内親王(天皇の娘)を「斎王」として仕えさせました。

嵯峨天皇のお名前は、一石何鳥が動くー38「もとただす」に登場しましたね。







現代では、「斎王代」として、民間の未婚の女性が選ばれているのだそうで、

それが「斎王代禊の儀」で「葵祭」の前儀です。

葵祭の主役 斎王代



去年の5月24日にあやちゃん から伝えられた八咫烏の謎掛けです。

宇宙の真ん中で愛智を学ぶー69「69」
宇宙の真ん中で愛智を学ぶー70「祭りと纏り」











鶴と亀が統~べった。

後ろの正面だぁ~れ?ですわなぁ。







八咫烏からの伝言の「祭り」の謎解きは、







上賀茂神社と下鴨神社の「葵祭」まで続いていたと思われます。

なぜならば、当然、「下鴨神社」の「八咫烏」と関連していて、







平安貴族の間では、「祭り」といえば、

「葵祭」
のことを指していたそうなので。

という知識は、「下鴨神社」に訪れた5月3日にはありませんよ。

わからないで来ています。

ワケは後からわかるです。

あれ?あの御社なんだろう?って氣になる箇所がありました。

令和元年には全く氣付かなかったところでした。







そう、ここ、「斎王」が儀式を行う「禊の場」でございました。







近くに寄ってみました。







看板があるな。なになに?!







この時、点と点が天に繋がりました。







井上社ですとっ( ゚Д゚)

そして、御祭神は・・・

後ろの正面は・・・







2021年4月1日に、夢で観た「井上の二枚看板」も、

宇宙の真ん中で愛智を学ぶー26「千を出せ!」







全て







瀬織津姫の仕業

でございました。



一石何鳥が動くー88「瀬織津姫の差し金」に続く。




 

 

 






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