【前回のあらすじ】


江戸から戻った土方との話し合いの中で、さらに絆を深める沖田と春香。そんな中、偶然、斉藤と藤堂の会話を耳にしてしまうのだった。


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【十六夜の月】 第24話



意識を失ってからどれくらい経ったのだろう。


起きしな、ぼやける天井を見つめながら、ここがお世話になっているお屋敷の自分の部屋だと気付く。


「ご気分はいかがですか…」

「市村さん…」

「沖田さんが留守だった為、急遽、俺と斉藤さんとでこちらへ運ばせて頂きました」


その視界に市村さんの心配そうな顔が映りこみ、すぐに起き上がろうとしてまた眩暈を伴った私は、市村さんに横になるように促された。


「いけませんよ、無理をなされては…」

「でも、私…」

「先程も言いましたが、母親になるのですから…」


次いで、私の肩を抑え込むようにしていた市村さんの大きな手がゆっくりと離れ、「もうじき、先生も来られると思います」と、言ってまた横になる私に布団を掛け直してくれる。


「しかし、険しい表情で斉藤さんが春香さんを抱えて廊下を歩いているのを見かけた時は、かなり動揺しました…」

「斉藤さんが…」

「ええ」


そう呟いて私の隣に正座すると、市村さんは困ったように微笑った。


水分を摂る為に台所へ向かう途中、前方からぐったりとした私を抱きかかえて歩いて来る斉藤さんと鉢合わせになり、事情を聴いた市村さんは斉藤さんと一緒に私をここまで運んでくれたのだそうだ。


「…それで、斉藤さんは?」

「自らお医者様の元へ行ってこちらへ足を運ぶようにお願いした後、屯所へ戻って沖田さんに報告すると仰られていました」

「そ、そうですか…」

「…何か心配事でも?」


市村さんの少し不安そうな瞳と目が合う。


「いえ、何も…」

「それなら良いのですが」


市村さんは知らないのだろう。

藤堂さん達の思惑を…。


詳しいことは私も分からないけれど、このことは誰にも話さない方がいい。そう思った私は、何も悟られないように出来るだけ明るく振舞った。


「私はもう大丈夫です!少し眠ったら調子も良くなって来ましたし…」

「…春香さん」

「はい?」


苦笑しながら言う市村さんにぎこちない笑みを返すと、彼は伏し目がちに静かに口を開いた。


「独りで背負い込まないで下さい」

「え…」

「先程も言いましたが、今が一番大事な時期だと聞きました。ですから、これからは御自身のことだけを考えるようにして頂きたいのです」


お願いします。と、言って市村さんはやんわりとした微笑みを浮かべる。


確かに、妊娠二ヶ月目くらいが一番お腹の赤ちゃんに影響を及ぼすそうなので、あまり無理をせずに楽しいことだけを考えるようにと、先生から言い渡されている。


本来ならば、先生の助言通りに療養していたほうが良いのだろう。でも、あの沖田総司の妻となったからには、私も新選組の為に尽力し続けなければ…。


それに…


「無理はしないようにします。だから、出来るだけ沖田さんの傍で見守っていたい……この目に焼き付けたい…」

「………」

「……本当は、とても怖いんです」


視線を上げると、市村さんの少し怒ったような視線とかち合う。


「そのお気持ちは痛いほど分かります。ですが、お腹の子にもしものことがあったらどうなさるおつもりですか?」

「…っ……」

「同様に、春香さんの身に何かあったら…」


真っ直ぐな瞳が、私に語り掛けている。

それこそ、沖田さんが悲しむだろう…と。


俯き加減に項垂れる私の目前。

市村さんは、何かを考えるようにして一瞬、明後日の方向を見つめすぐに視線を私に向け言った。


「無事に誕生されるまでの間、屯所内のことは俺達に任せて。春香さんはここで療養して下さい」

「……分かりました」

「沖田さんに何かあったら、俺がすぐに知らせに来ますから」


その柔和な微笑みに小さく頷いて、ゆっくりと立ち上がり部屋を去りゆく市村さんを見送り、その後すぐに駆けつけて下さったお医者様の問診を受けた。


その結果、貧血と高血圧を伴っているということを告げられた。こうなると、なるべく安静にしていなければいけないようで、「産まれるまでの辛抱や」と、苦笑する先生を見送った後、独り自分の部屋で先程の会話を思い出していた。


(…藤堂さんは…これからどうするつもりなんだろう…)


斉藤さんが“ここに残る”と言った後、藤堂さんはただ、“分かった”とだけ答えて。それと、“このままでは無駄死にだ”とも言っていた。


そして、何よりも気になるのは、藤堂さんが伊東さんにつくと言っていたことだ。それが一体何を意味するのか、ただ不安だけが心の中を覆い尽くしていった。


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一方、その頃。


沖田は、約一か月ぶりに往診に訪れた南部精一郎の付き添いを任されていた。


「以前尋ねた時よりは良くなっていると思うが…まだまだ、改善しないといけない部分があるな」

「そうですね」


屯所内の衛生管理は完全とは言えなかった。特に、病室に関しては早急に改善しなければという結論に至った。


「なるべく、不要物はすぐに処分するよう徹底させなさい」

「承知しました」

「男所帯だと、難しいかもしれんがな」

「はい…」


その後も続く隊士らの治療を済ませ、助言を残して屯所を後にする南部を見送った。


(男だけでは補えないものもある、か。)


玄関の段差に腰掛け草履を脱ぎながら、軽く咳き込む中。いつの間にか背後までやって来ていた斉藤から声を掛けられ、沖田は口元に手を添えたままゆっくりと振り返った。


「大丈夫ですか…」

「ああ。君の方こそどうした、浮かない顔をして」

「実は…」


次いで、言いにくそうに俯きながら言う斉藤の言葉に沖田は一瞬、耳を疑った。


「何だって?!」

「勝手ながら俺と市村とで屋敷へと運ばせて頂きました。その後、お医者様に春香さんの元へ足を運んで頂くようにお願いして参りました」

「それで、あの方の容態は?」

「恐らく……貧血を起こされたのではないかと…」

「そうか、ありがとう」


では、俺はこれで。と、言い残し一礼してその場を去る斉藤を見送った後、沖田はその足で春香の待つ屋敷へと急いだ。


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そんな沖田さんが、心配そうな顔で私の元を訪れてくれたのは、先生が帰られてから間もなくのことだった。


開口一番、「大丈夫ですか」と、優しい声をかけてくれて。次いで、布団の上で上半身だけを起こしていた私の肩を優しく抱きしめてくれる。


「少し貧血気味だと言われましたけれど、大丈夫です。お腹の子も…」

「…良かった」

「総司さんの方こそ、体調は大丈夫ですか?」


そっと離れてゆく温もり。

それでも、お互いの指は絡め合ったまま、沖田さんは「大丈夫ですよ」と、言って薄らと微笑んだ。


「“病は気から“と、申しますが、貴女と生まれてくる子を守らなければ…という想いだけで生き延びているような気がします」

「でも、無理はしないでくださいね…」

「貴女の方こそ…」


その真剣な、少し怒ったような視線と目が合う。


「……はい」

「なんて、甘え過ぎていたのは私達の方なのですが…」


再び誘われる沖田さんの温かい胸に頬を埋め、この身を預けた。次いで、大きな手の平が熱を帯びたまま、私の後ろ髪をそっと梳いてくれる…。


その大きな温かい手を両手で握りしめ、胸元へと誘い。これからは、無理をせずにここで療養するということと、沖田さんの傍にいられない不安な想いを告げると、沖田さんは私の手を強く握りしめながら、「極力会いに参ります」と、囁いてくれたのだった。



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



そんな一騒動あった晩のこと。


一年半ぶりに、懐かしい人との再会を果たした。


「翔太くん!」

「やっと会いに来られたよ」

「どうしてここに?」


御主人に案内されるまま、客間へと向かった先で私を迎え入れてくれたのは翔太くんだった。その姿は、あの頃と比べると一回りも二回りも男らしく見える。


それから、改めて翔太くんにお茶を出した後、お互いにこれまでのことを熱く語り合った。昨晩、龍馬さんと共に藍屋を訪れた際、秋斉さんから私が沖田さんに嫁いだことや、ここにお世話になっていること等を聞き、わざわざ会いに来てくれたのだそうだ。


それは、私へのお祝いの言葉から始まり、初めて秋斉さんから私と沖田さんのことを聞いた時、龍馬さんと一緒にかなり驚いたことや、翔太くん達の世直し旅のことなど。


話し出したら止まらなかった。


「龍馬さんも、お前に会いたがってた」

「私も、龍馬さんに会いたい…」

「今夜もさ、“わしも一緒に行くぜよ”って聞かなくてさ」

「ふふ…」


困ったように微笑う翔太くんに同じように苦笑を返し、私は龍馬さんの笑顔を思い出した。それと同時に、厳しい現実にも目を向けさせられるのだった。


「龍馬さん達、勤王志士からすれば新選組は敵なんだもんね…」

「ああ。面の割れていない俺とは違い、不逞浪士の一人である坂本龍馬はまさに、目の敵だからな…」

「…どうしてかな」

「何が?」


今更ながら、ふと疑問を抱いてしまう自分がいる。


どうして、人は争い合うのだろうかと。


「何かあったのか?」

「………」


黙り込む私の顔を覗き込むようにして、翔太くんはいつもの微笑みを浮かべ言った。


「何があったんだ」

「…………」

「俺にも話せないことなのか?」

「そんなことは…ないんだけど…」


(翔太くんになら…大丈夫かな…)


私は、意を決して斉藤さんと藤堂さんの会話を聞いてしまったことや、山南さんと土方さんとの間にあったであろう確執についても全て話すと、翔太くんはすぐに険しい表情を浮かべながら何かを思い出すように口許に指を添えた。


「…この間、伊東甲子太郎が龍馬さんの元を訪ねて来て、現在の滞在先近辺は、新選組がうろうろしているから気を付けた方が良いだろうと、それだけ言い残して帰って行ったんだ」

「伊東さんが?」

「藤堂平助が、伊東甲子太郎につくと言っていたということは…いずれ、内部争いが起こることは間違い無いだろうな」

「そんなっ…」


軽い動悸を感じながら胸を抑え込むと翔太くんは、「脅かしてごめん」と、言って苦笑した。


「でも、新選組の参謀がわざわざ敵である龍馬さんに忠告しに来るなんて、本来ならあり得ない話だからさ…」

「確かに、そうだね」

「もしも、内部争いが起こったら…同士討ちなんてこともあり得る」

「同士討ち…」


ふと、藤堂さんの言葉がまた脳裏に甦る。

斉藤さんに、“お前はどうする?”と、尋ねていたのはそういうことだったのか…と。


その時、斉藤さんは“誠の意味を見極めたい”と、答えていた。ということは、斉藤さんと藤堂さんは袂を別つことになってしまうのだろうか…。


そんなことを考えながら、浮かない顔をしていたからだろうか。翔太くんは、ほんの少し苦笑していつにない真面目な表情で静かに口を開いた。


「あの沖田総司の妻として、この時代で生きると決めたんだろ」

「うん…」

「なら他の誰でもない、沖田さんとじっくり話し合ったほうがいい。それに、母親になるんだ…」

「……うん」

「俺で良ければいつでも話し聞くし、遠慮せずに頼ってくれて構わない」


だから、独りで考え込むなよ。と、とびっきりの笑顔を見せてくれる。私は、その笑顔に一つ頷いて、改めて翔太くんに感謝の気持ちを伝えた。


そして、口頭だったけれど滞在先を教わり、私の方からも会いに行くということを伝え。そろそろ戻るという翔太くんを見送る為に玄関へと向かう。


「しばらくは、さっき伝えた滞在先にいるから。何かあったら遠慮なく訪ねて来いよな」

「うん、必ず!」

「あ、そうだ…これを渡すの忘れてた」


そう言いながら、翔太くんは懐から一通の書簡を取り出しこちらへ差し出した。


「龍馬さんから」

「私に…」

「必ず渡して欲しいと、言われていたのに忘れるところだったよ」


受け取ってすぐ、「じゃあ、またな」と言って踵を返す翔太くんに声を掛ける。


「ありがとう、翔太くん。会いに来てくれて…」

「こっちこそ、話せて良かった」

「帰り道、気を付けてね」

「ああ」


こちらに手を振りながら走り去って行く翔太くんの背中を見送って、私は手にしたままの書簡を胸に部屋へと戻った。


(龍馬さんからの手紙…)


行燈の傍でゆっくりと開いて行く書簡。


そこには、ところどころ達筆で読めない部分もあったけれど。私へのお祝いの言葉と、励ましの言葉が書かれていて。


その龍馬さんらしい優しい文章に、心がぽかぽかと温かくなっていった。


「ありがとう…龍馬さん」


そう呟いて、同時に悪阻の気持ち悪さや気怠さを忘れていたことに気付く。


“病は気から”と、沖田さんも言っていたけれど、抱えていた問題を翔太くんに聞いて貰えたからだろうか。いつの間にか、心の中を覆っていた闇から少しだけ解放されたような気がした。



これから、新選組がどうなっていくのか。


沖田さんの体のことも、藤堂さんや斉藤さん達のことも…。考えたらきりがないし、不安は尽きないままだけれど、私が今、一番に考えなければいけないのは…


沖田さんの志を継ぐ者を大切に育て、この世に誕生させること。


改めて、母親になるということへの責任を感じると共に、その意味を認識させられたのだった。




【第25話へ続く】




~あとがき~


未だ知らない沖田さんと、言いにくそうな斉藤さん。そして、秘かに動き出している内部分裂…。


そして、久しぶりに翔太くんとの再会を果たした春香。


内部分裂の件は、監察方などによって調べられ…やがて、隊士らの間で噂になって…それで、どうやら伊東派と近藤派との争いが起こってしまうみたいなんですよね。


でも、ここでは監察方の偵察と同時に、春香が切っ掛けで伊東達の思惑が露呈されることに…。


その時、沖田さんはどうするのか。

史実だと、どうなのか…。そのへんも気になりますが…


その後、史実では目立った事件も無く季節が移りゆくようですが…。


隊士らは、大阪警備の途中に藩士らと争いになり尊い命を脅かされたり…近藤さんが長州へ出張したり…。


相変わらず、屯所内では規律を乱した隊士らの切腹が続いたりあせる


波乱続きのように思えますヽ(;´Д`)ノ


史実がどこまで正しいかは分かりませんが、それらを基にこれからも頑張って描いて行きますっ。


いやぁ、しかし…

「独りで考え込むなよ」とか、「独りで背負い込むなよ」とか、言って貰ったり、言ってあげたり。


そんな関係って、良いですよね。


どうして男性と女性がいるのか。

今までは、あまり考えたことが無かったのですが…


何かに対して、あるいは誰かに対して悩んだ時。

女同士にしか分からないこともあれば、それだけでは補えないこともある。


そんな部分を補ってくれるのは、男性の意見や温もりだったりするのかな?と。


その逆も然り。


だから、両方必要なんだろうな…と、思う今日この頃ラブラブ!



話は変わりますが…


今朝、NHKにチャンネルを変えたら、「純情きらり」という作品が放送されてて、丁度、光浦靖子さんとその恋人役?の西島秀俊さんとのシーンでした音譜


どうしても、俊太郎様のイメージで観てしまうわたすラブラブ!


津軽弁も、萌えました(笑)


光浦靖子さんも個人的に好きなので、思わず光浦さんの演技にもほろりしょぼん


宮崎あおいちゃんも可愛くてドキドキ

今まで観た事無かったのですが…調べたらキャストも豪華で、お話も面白そうだったので、観続けてみようと思いました音譜


『純情きらり』

(↑どうやら、私が観たのは再放送みたいですあせる


ほんまに、西島さんって素敵だ…。


スーツも、和装も似合うしラブラブ



今回も、沖田さんと春香を見守りに来て下さってありがとうございました!!