【前回のあらすじ】


山南の介錯を終えた沖田と共に、山南の死を悼む春香。改めて、沖田との時間も限られていることに気付かされる。土方も然り、沖田と共に話しながらも、改めて新選組の行く末を見据えはじめたのだった。


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【十六夜の月】 第22話



数日後。


新選組は、壬生屯所からほんの少し離れた場所にある、西本願寺の北集会所(きたしゅうえしょ)へと移った。


その理由は、増え続ける隊士の方々を収容できなくなりつつあったことと、ここ北集会所(きたしゅうえしょ)は、300畳ほどの講堂や広い縁側があり、全国から僧侶が集まった際の会場としてたまに使用されていただけだった為、真っ先にこの場所が浮かんだらしい。


もう一つの理由は、西本願寺はかねてより長州藩に協力的で、池田屋事件などの後にも長州藩らを匿ったという事実があり、新選組がここに屯所を置くことで、今後の根拠地になることを防げるという思惑もあるのだそうだ。


沖田さんは、相変わらず体調の良い時と悪い時を繰り返すも、牛肉を食べるようになってからは多少の体力回復がみられるようになり、調子の良い時は自ら竹刀を持って撃剣師範を務め。


私は、時々新居へ戻るも、今まで通り屋敷でお世話になりながら、沖田さんに付き添うという生活を送っていた。




そして、屯所移転から十日の後。

伊東さんや斉藤さんと共に、江戸へと出立する土方さんを見送った。


その間、屯所内を任された隊士の皆さんを手伝いながらも、もう一つ重要な役割を担う。


それは、本願寺の僧侶や参拝者との共存で、広い境内での剣術の稽古などによる騒音は多少、目を瞑って貰うとしても、豚や鶏の飼育や調理による悪臭に関しては、なるべく迷惑をかけないようにすることだった。



そんな忙しい日々を過ごす中。


久しぶりに新居へ戻ることが出来た私達は、懐かしささえ感じる部屋で二人だけの時を過ごしていた。


「沖田さん、お風呂ご用意出来ました!」

「あ…」


風呂場から戻った私に、沖田さんは一瞬、唖然としてすぐに微笑むとゆっくり私に近づき、


「頬に炭が…」

「え?!」


その少し荒れた細い指先が、私の首から掛けられたままの手拭いの先を取り、頬についているであろう炭を優しく拭き取ってくれる。


「炭がついていても、可愛いですけれど」

「…っ…」


次いで、私の首元からそっと手拭いを取り去った。


「先にどうぞ」

「いえ、沖田さんから…」

「…そう言うと思っていました」


少し困った様に微笑う沖田さんに苦笑いを返すと、「それなら、一緒に入りませんか?」という、思いがけない言葉に思わず驚愕してしまう。


「えっ!!」

「なんて、言ってみただけです」

「あ…っ…」

「では、先に頂いて来ますね」


(……っ…)


相変わらずの言動に振り回されながらも、足早にこの場を後にする沖田さんの背中を見送り、すぐに浴衣などを用意して風呂場へと向かう。


(一緒に入りたいと思うけれど…やっぱり…私は…)


お風呂場の前で立ち止まり、中から聴こえる音に耳を澄ましながら思いきって声を掛ける。


「あの、沖田さん…」

「はい」

「…その、お背中を流しましょうか?」


ほんの少しの間。


中から少し笑ったような声が聞こえて来て、「お願いします」との返事を貰う。


緊張しながらも、湯を拭き取る為の手拭いと浴衣を衣棚の中に入れ置き、素早く袖と裾を襷上げて手拭い片手にゆっくりと風呂場へ入ると、逆さになった子桶に腰を下ろし、濡れ手拭いを腰元に置いた沖田さんの姿が目に飛び込んで来た。


「し、失礼します…」


こちらに背を向ける沖田さんを横目に、溜桶になみなみ注がれたお湯で新しい手拭いを濡らし、目前の広い背中を優しく擦るように拭いていく。


(…また痩せたような…)


左肩に添えた自らの手の平から骨ばった感触を受けながら、言いようも無い程の切なさに襲われそうになった。その時、


沖田さんは、ほんの少しこちらを振り返りながら楽しそうに口を開いた。


「ねぇ、春香さん」

「はい…」

「桜が満開になったら、団子でも食べながらお花見しませんか?」

「いいですね、お花見したいです」

「……それと、」


ふと、左手に重ねられる大きな手。


(…っ……)

「これからは、春香と呼んでもいいですか?」

「え、あ…勿論です…」


右手も止まったまま、こちらに視線を向けようとする沖田さんの横顔を見やった途端、左手首を取られ優しく引き寄せられる。


「えっ…」


突然のことに躊躇う間もなく、態勢を崩しながら沖田さんの膝の上に腰を下ろしてしまうと同時に、端整な顔を目前にして慌てて視線を逸らした。


「すみません、どうしても貴女に触れたくて…」

「…っ…」

「しかし、土方さんの言う通りだったな」

「え?」


私を膝の上に乗せて抱き寄せたまま、沖田さんは楽しそうに微笑みながら土方さんとの思い出話を語り出した。


まだ、浪士として上洛する前の話らしいのだが、土方さんから“女性はお風呂の時間を大事にするようだ”と、いうようなことを聞かされたらしい。


「確かに、その通りかもしれませんね。大概の女の人は、お風呂での一時を大切にしていると思います」

「そういうものなのですね」

「私も……いつか、沖田さんと一緒に入りたいとは思いますけど…」


俯き加減にそう言うと、沖田さんは薄らと微笑みながら私の顔を覗き込むようにして言う。


「その日が楽しみだ」

「……はい」

「それと、そろそろ名前で呼んで貰えると嬉しいのですが…」


その言葉に照れつつも、はっきりと沖田さんの名前を呟いて視線を上げると、その先にある柔和な瞳と目が合った。


「このまま貴女を抱きしめたい…」

「えっ…」

「と、思うのですけれど……床まで我慢します」

「総司…さん…」

「すぐに上がりますから、もうしばらく待っていて下さい」


顔が真っ赤になっているのを感じながら、ゆっくりと立ち上がり湯船に浸かる沖田さんに背を向け、一声かけて早々に風呂場を後にした。


(ドキドキし過ぎて…)


台所へ戻り、土間に腰掛けようとして腰元が微かに濡れたままだと気付いて、さっきまで沖田さんの膝の上にいたことを思い出すと同時に、私に投げかけられた言葉に勝手に胸を躍らせる。


「お布団、敷かないと…」


何故かそんな風に呟いて、濡れた足を拭いて着物を脱ぎ、襦袢だけになって寝室へ向かった。次いで、布団を敷いて改めて、そういえばこうして布団を並べるのも、あの初夜以来であることを思い出す。


(…あれから、今日まであっという間だったような…)


秋斉さん達に別れを告げ、新居での生活が始まり。


山南さんとの永遠の別れがあった。


それが発端となり、隊士の方々からも、“新選組は、その行き場所を見誤っているのではないか”という声が出始めている。


これから、どうなるのだろう。

新選組は、どこへ行くつもりなのだろう…。


今、私があれこれ考えてもすぐに何かが変わる訳では無いけれど。新選組として生きる、沖田さんの負担を少しでも軽減させたいと思っていた。



それから、入れ替わるようにしてお風呂を済ませ、少し躊躇いがちに声を掛け合い、あの夜と同じように沖田さんの布団に枕を並べて寄り添う。


「やはり、こうしていると落ち着くなぁ…」

「…私もです」

「ずっと、忙しくて延ばし延ばしにして来ましたが…」


沖田さんは、天井を見やりながら「祝言を挙げないといけませんね」と、呟いた。


「祝言…」

「はい。土方さんからも、急かされていますし…」

「でも、そんな暇は…」


少し困ったように微笑む沖田さんに、気持ちは嬉しいけれど今はそんな暇は無いだろうし、新選組隊士としての沖田総司を支える立場としては、そんな暇があったら体を休めて欲しいということを告げた。


「春香…」

「私は、こうしていられるだけで十分幸せですし、そんなお金があるなら無駄遣いせず、何かの時の為に残しておきたいと思います…」


素直な想いを口にすると、沖田さんはしばらくの間真顔で私を見つめ、すぐにいつもの苦笑いを見せる。


「もう既に、尻に敷かれているようだ」

「え…」

「確かに貴女の言う通りです。正直、いくらあっても足りないくらいですから…」


伏し目がちに呟く沖田さんに小さく頷いて、すぐ傍にある大きな手を両手で優しく包み込み、自らの腹部へと誘う。


「それに、会いに来てくれるかもしれませんからね」

「………」

「総司さんの意志を継ぐ者が…」



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



短い沈黙の後。


そうですね、と涼やかな声がして、腹部を擦ってくれていた沖田さんの手の平が、私の頬を優しく包み込む。


「それも楽しみだ」


爽やかな声と、優しい温もりに包まれながら再び受け止める甘い抱擁。


この人が愛しくて、愛しくて。

強く抱きしめられては、二度と離れないで欲しいと手繰り寄せる。


私は、この身を預けながら、沖田さんが抱えているであろう哀しみを少しでもいいから受け止めたいと思っていた。


 ・


 ・


 ・


春本番を迎えた、五月十日夕刻。


無事に江戸から戻った土方さん達を迎え入れた。


その間、新選組に対する悪評が広まったりして、花見どころでは無かったのだけれど、私達にとって何よりも嬉しい知らせを受けていた。


それは、私達が一番待ち望んでいたことで。


お医者様の言葉に感動を覚え、何より…


「いつ会えるのですか?!」

「ふふ、まだまだ先ですよ」


目を輝かせながら、私と私のお腹を交互に見やる沖田さんの笑顔が嬉しかった。


苦しそうに咳き込む度に不安な気持ちに苛まれ、無事に誕生するまでの間、いや、それ以降も沖田さんの容態を考えると、不安ばかりが募っていく…。


それでも、私は新たな志を胸に抱いていた。


大切な人の為に…

この一瞬を積み重ねながら強く生きて行きたい、と。





【第23話へ続く】




~あとがき~


久しぶりに、沖田さんと二人だけの時間を描き、少し楽しくなりつつも…この先、新選組はどんどん分裂していくんですよね…。


残り約三年…。

毎度書いていますが、なるべく楽しい場面も織り交ぜて描いていきたいです音譜


もう、わたすの勝手な妄想ですし(;´▽`A``


切ないのは否めまへんがあせる


今回も、遊びに来て下さってありがとうでしたラブラブ!